「人・組織の活性化」カテゴリーアーカイブ

「RFP入門 ― はじめての提案依頼書」

発注者自らが、求めるシステムやサービスの仕様・条件をドキュメントとしてまとめきるのは、けっこう労力が必要です。

RFP入門・表紙
RFP入門 ― はじめての提案依頼書
【Bud Porter-Roth(著)、渡部洋子(監訳)、2004年、日経BPソフトプレス刊】

■ドキュメント化の重要性
Request for Proposal(RFP)とは、「システムなど何か複雑なものを導入・購買する際に、提供してくれる業者を選ぶため(入札するため)発注者が用意するドキュメント」とでもいえばよいでしょうか。安直な表現をすれば「提案書を書いてもらうためのガイドライン」です。

中小企業や小規模な調達実務を想定すると、業者から提案書さえ受けるとは限らず、場合によると口頭説明と見積書だけで済ませてしまうことも多いものです。提案書を出す前に発注側から「提案依頼書」を出すとなると、「少し大げさ」と感じられる場合もあるでしょう。

でも、特に技術的内容を含む取引では、相互の意思疎通の過程をドキュメントとして残すことの重要性は高いものです。記録として残す習慣があることで、ビジネスの進め方もシステマチックになっていくものと思われます。当ブログの別の記事(※など)で、マニュアル化を重視することで成功したNASAの仕事の進め方について触れました。宇宙に飛ぶロケットや人工衛星となると、それこそ膨大な技術ドキュメントが必要となり、業者の選択では多くのRFPが用意されてプロジェクトが進んでいることでしょう。

「日本企業はNASAの危機管理に学べ」

本書は、RFPの書き方を具体的に説明した実用書です。事務的事項、管理的事項、技術的事項それぞれについて、文書例、必要条件、注意事項などがまとめてあります。本書の事例では、情報システム構築プロジェクトのようなものが想定されています。

■RFPの章立て構成
本書では、RFPの枠組みとして次のような構成例が挙げられています。ただし、以下は本書に書かれている内容そのものでなく、一部を(ブログの筆者である私が)勝手に取捨選択しているとともに、タイトルなど本書に書かれている用語をそのまま使わず“意訳”しています。

[RFPの章立て例] …本書自体の目次ではありません
第1章 概要説明と事務的事項
当社の現状
プロジェクトの背景
提案してもらいたい事項
言葉の定義
提案書の書き方
入札の締め切りと当社の質問窓口
採用決定通知までの手順
第2章 技術的な仕様詳細
プロジェクトの目的と目標
現在のシステムおよび業務の内容
提案書に求められるシステムおよび業務の技術的要件の詳細
機能・性能・業務範囲等に関する条件
第3章 管理面での仕様詳細
現在想定しているプロジェクト計画案
提案書に求められる管理的要件の詳細
(日程、投入する人員・リソース、手法など)
スケジュール全体・納品・保守・文書化等に関する条件
第4章 参加資格
入札に参加できるための条件、資格
第5章 提案者の企業情報
提案書とともに提供してほしい企業情報について
(企業沿革、財務情報、組織人員体制、過去の実績など)
第6章 価格提示のための書式
価格を算出・提示するための明細項目
価格を算出するための注意点説明
契約 契約書(購買契約、保守契約、機密保持契約など)の書式または要件
付録 ワークフローや検討資料、Q&A

中心部分は、第2章と第3章です(本書自体の目次でいうと、第4章と第5章にそれらの説明がある)。「広すぎず狭すぎず、具体的でありながら硬直化していない条件を表現する」ことで、発注者としての意図をきちんと示すことができるでしょう。こうした枠組みと実例が、実際にRFPを書くために参考になると思われます。取引の内容により構成や表現はさまざまであるべきなので「このサンプルのまま使っちゃあかんで…」という意味の注意が書かれていますが、場合によってはここで書かれている実例をなぞるだけでうまくRFPをまとめられるかもしれません。

同時に、読んで試して書いてみるほどに、サンプル文章の言葉の入れ替えだけでは提案依頼書が書けないことも実感できます。こうしたドキュメントをまとめきるには、やはり何度も同様のドキュメントを過去に作った経験がものをいうことでしょう。

■ビジネス・ドキュメントの実用題材に
本書は海外本の訳書のため、直訳したような言葉が多いのが難点です。ビジネスの現場では正直ピンとこない言い回しがけっこうあり、文章の意味を解釈するのに時間がかかることがあります。この本を使いこなすには、書かれている言葉をあらためて実践的な言い回しに頭の中で“翻訳”するステップが必要かもしれません(上に示した[RFPの章立て例]のように…)。

それでも、この種のビジネス・ドキュメントを書いたことがない若手ビジネスパーソンなどにも、構造的なビジネス・ドキュメントの枠組みとか、要件の記述方法とかを学ぶよい題材になると思われます。システマチックにドキュメントを書くことの少ない「ベテラン」より、本書をつてにして構造的に文書を構成しようとする経験不足の若手ビジネスパーソンのほうが、案外良い提案依頼書や提案書を書けるかもしれません。

「人間特性データベース」

サイト紹介:製品評価技術基盤機構が公開している、身体寸法や体力などの測定結果データベース。無料で利用できます。

http://www.tech.nite.go.jp/human/
nite人間特性データベース画面例

「標準的な人間の身体特性」をWeb上で検索することができます。快適な生活を送るための製品作りや生活空間作りなどに役立てることが主目的とされています。当ブログでは「身体を測る」をテーマの一つにしていますが、実際に存在する人の具体的な測定結果を簡単に確認するのに便利なサイトでしょう。

データベースの各項目を選ぶことで、平均値や標準偏差などの統計値を簡単に確認できます。元データをダウンロードすることも可能です。

データベースに掲載されている項目は、次の通りです。

・人の身体寸法(身長、体重、体脂肪率、身体の各部位の長さなど)
・体力測定(肺活量、血圧、握力、視力、聴力など)
・最大発揮力(手、肩、肘、足、腹など曲げたり伸ばしたりする力)
・手足の関節の動く角度(自力、および外からの力を加えた場合)
・指や手で押したりひねったりする力

やや心配なのは、このデータベースは数年前から公開されているわりに、その後あまり拡充されているようにみえないことでしょうか。測定項目や検索条件は少し充実されたかもしれませんが、全体のデータ件数は約1000件(人)程度であまり増えていないようです。例えば年齢、性別などいくつかの属性で絞り込むと、検索されるデータ数がすぐに2~3件とかになってしまい、統計的な数字は意味を成さなくなります。昨今、公的団体の活動は予算面などでなかなか難しいところがあるのかとも推測しますが、社会的に価値あるデータベースになっていくことを期待したいところです。

▽追加情報
・AIST人体寸法データベース(産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センター)http://www.dh.aist.go.jp/AIST91DB/
・高齢者対応機器の設計のための高齢者特性の解明に関する調査研究(人間生活工学研究センター)http://www.hql.jp/project/funcdb2000/

「日本企業はNASAの危機管理に学べ」

「国際宇宙ステーション計画で、なんらかの悲劇的な事故が起きるのではないかと憂慮している」と著者は警鐘を鳴らしています。

日本企業はNASAの危機管理に学べ
「日本企業はNASAの危機管理に学べ!」
【澤岡昭(著)、2002年刊、扶桑社】

■宇宙プロジェクトにはやはり失敗も多い
以前の記事で採り上げた「組織行動の「まずい!!」学」と同じような「失敗学」の本といえます(こちらのほうが出版は先)。米国の宇宙機関の強さや賢さについてわかりやすく解説するとともに、宇宙からみの事故とそのマネジメント上での欠点について考察しています。

俎板の上に乗った素材は、アポロ1号爆発事故、アポロ13号の危機、スペースシャトル・チャレンジャー号事故、ミール・スペースシャトル計画のいざこざなど。事故の内容は他の書籍・報告書で繰り返し説明されている通りなので、この分野に精通している方にとって目新しい情報があふれているとは言いがたいかもしれませんが、日本の宇宙開発プロジェクトに実際に関わってきた著者としての視点はやはり参考になります。

テーマと、それぞれについて学ぶべき“教訓”(答)は、次に挙げる目次を見ることでほぼ推測できると思います。技術的・専門的な本ではありません。

〔目次〕
第1章 真実は現場に聞け―アポロ1号焼死事故は語る
第2章 情報は一元化すべし―アポロ13号奇跡の生還
第3章 組織優先の意思決定の落とし穴―チャレンジャー爆発の隠された原因
第4章 シミュレーションが危機を救う―NASAの「What if games」
第5章 ロシアの宇宙ステーション事故―政治的に決定された無謀な計画
第6章 国際宇宙ステーションの危機管理―救いのない憎しみとあきらめからの脱出
第7章 異文化混合から生まれたマニュアル―マニュアルを守るということ
第8章 閉鎖空間の危機管理―航空機事故に学ぶ機長の危機管理
第9章 決定的な要素 リーダーの資質―マスメディアの道化師にならないために
第10章 アメリカへの宇宙からの神託、火星へ―あこがれの国への回帰

■責任のありか
個人的には、「責任のありか」とリスクとの関係についての考察が参考になりました。

たとえば、日本以外の「すべての航空先進国では、操縦ミスに対してパイロットの責任は問わない」という点が何度か強調されています。誰でも責任問題がからむと、自らの立場を守る意識がどうしてもでてくる。こと航空機のパイロットについては、その弊害が大きいという意見です。

「事故によって生命の危機にさらされるのはパイロットとて同じであり、パイロットは最善を尽くすはず …(中略)… 同様の事故の再発を防ぐためには、操縦士の罪を追及するより、真実を知ることの方が優先されるべき」

一般企業の場合とは少し異なるかもしれませんが、たとえば何か不祥事が起こったとき、現場担当者個人にすべての責任を追いかぶせて真の原因を隠してしまい、また同じような不祥事が起こることを目にします。現場担当者が権限の範囲で精一杯活躍して結果的に失敗したときには、過剰な責任を現場に負わせないことも重要なのかと思われます。

■アポロ13号事故の責任
それと逆の例として紹介されているわけではないのですが、アポロ13号事故の際のNASA幹部の対応が対照的です。

アポロ13号のあの事故が発生した後、宇宙船のロケット噴射方法をめぐっていくつかの選択肢がありました(すぐに引き返す/スピードを上げて月を回って戻ってくる/時間をかけて月を回って戻ってくる、といった選択)。この選択はほぼ技術的な判断による(管理者ではなく現場が意思決定していく類の問題)といってよいでしょう。実際、最良と思われる選択肢を見極めたのは、実質的に管制官ジーン・クランツをリーダーとした現場担当者グループでした。

しかしこのとき、本来大所高所から方針を下す位置にいるNASA幹部がわざわざロケット帰還方法を決めるための会議を開き、最終的な意思決定をしたようです。上が下に意見を押し付けたという意味ではなく、むしろ最高幹部が決めたという形式をとった(≒その責任を幹部がとることを自ら明らかにした)ことで、クランツら現場の心理的負担を軽くし、任務の遂行をしやすくした、と筆者は推測しています。

もちろん、どんなことも上が責任をとればよいというわけではありません。現場には現場の責任があるのはもちろんです。たとえば、アポロ13号の燃料タンク爆発が起こった時点から異常個所の把握とその重大さに気付くまで約1時間もかかっていました。その間無駄に電力資源が消費されたため、後の帰還までに残された電力が本当にギリギリになってしまいました。この責任の所在は、明らかに管制官であるクランツにあったということです。「もし、電力不足による帰還失敗という事態になっていたなら、この点についてクランツは責任を問われていたであろう」と著者は述べています。

■標準マニュアルの功績と、属人的な強さ
また本書では、標準マニュアル化の重要性について1つの章が設けられています。NASAという組織の強みとして、一つひとつの作業が事細かにマニュアル化されることとか、さまざまな出来事が記録として残され分析や後の意思決定に活かされることが、事実とともに語られています。

話は少し違いますが、本blogではコンビニという小売業態についてもテーマとして採り上げています。コンビニに限らず、こうしたチェーン店が多店舗となっても機能する原動力の一つに「マニュアル」の存在があります。つまり、ある一定の合理的なオペレーションを「標準手順」としてマニュアル化し、それを関係者が一定の価値観の基で共有する。それがあってこそ一定品質の商品・サービス提供できるわけで、現代のフランチャイズやレギュラー・チェーンが成立する重要な要素になっています。

米スペースシャトルの(打ち上げはともかく)宇宙実験が成功を収めているのは、まさにその手法が機能している結果なのでしょう、極端に言えば「NASAのどの宇宙飛行士が行っても、その能力の違いで成果が大きく異なることがないよう実験マニュアルと訓練がされている(最初から、そうしたマニュアルを着実に実行できる人が宇宙飛行士として選ばれている)」。そんなシステム作りがしっかりしていることが、組織としての強さであることは間違いありません。

しかしながらその一方で、属人的な仕事の進め方があったからこそうまくいった例が示されていることも興味深いところです。

人間関係つくりで失敗続きだったミール・スペースシャトル計画(「ドラゴンフライ」 1-宇宙飛行士の“問題児”たちなど参照)でしたが、NASA2人目の飛行士シャノン・ルシドはかなりの成功を収めました。ロシア飛行士との人間関係も良好で、各種の宇宙実験も比較的スムーズに進んだとされています。

ルシドの成功は、彼女の優秀さもさることながら、運用リーダーにガーステンマイヤーという柔軟な頭脳の持ち主がいて、彼が地球側(ロシアの地上サイト)で黒子となったことが重要な要因だったそうです。NASAのシステムやマニュアルによっていたというより、ガーステンマイヤー個人のいろいろな判断が、ロシア側ともルシドとも良好な関係を作り、適切に仕事の手当てをできたのかもしれません。

注目したい点の一つは、ガーステンマイヤーの仕事ぶりに支えられていたにも関わらず、その経緯やノウハウが他と共有される形になっていないことです。「彼がいかにしてルシドの黒子を務めたかについて一切記録を残していないので、それは謎として語り継がれている。その意味でも彼の仕事ぶりはNASA的とは言えず、彼のキャラクターのなせるわざであったのではないだろうか」と著者は推察しています。

■国際宇宙ステーションでもきっと危機が起こる
ミールに関する記録、特に事故原因や事故回避のいきさつ、人間関係などについての記録は、他のプロジェクトと比べるとかなり少ないそうです。そのため未だに不明な点が数多く残っているようです。これを明らかにして教訓にしない限り、いやそれを明らかにしてもなお、不測の事故は起こるのかもしれません。それが著者の「国際宇宙ステーション計画で起こりうるなんらかの悲劇的な事故への憂慮」につながっています。

なおスペースシャトル・コロンビア帰還失敗事故は本書が書かれた後に起こった事件でなので、本書には書かれていません。コロンビア号事故に関しては、後に同じ著者が「衝撃のスペースシャトル事故報告書」(中央労働災害防止協会刊)という書籍を出版しています。そこでは「NASAの危機管理が結果的にはお粗末であった」ことに触れているなど、また認識を改めなければならない様子もみられます。

タイトルからイメージされる「企業に役立つ危機管理の手引書」というより、もっと気軽な読み物と位置付けるのが良いでしょう。

身体を測る 08-心拍はゆらぐ

心臓の鼓動には思った以上に身体のいろいろな情報が含まれていて、自律神経の活性度などが分析できるそうです。

心電図
[心電図の模式図]

■健康な人のR-R間隔は適度に変動する
心臓はもちろん自律神経(交感神経と副交感神経)の支配を受けて動いているので、その支配の影響が脈拍に現れます。脈拍を調べて分析すると自律神経の活性度がわかり、そこからストレスの大きさ、睡眠の深さ、全身持久力の強さなどが計測できるそうです。その計測のカギともいえるのが、脈の強さとか頻度ではなく、脈の“ゆらぎ”だというのが興味深いところです。

心電図をとると、上のように心臓の鼓動に合わせて電圧が上下するグラフが得られます。グラフの横軸は時間です。通常、心臓は規則正しく脈を打っていて、1拍の中にP、Q、R…、というさまざまな波が含まれます。うち最も大きなピークであるR波の間隔が「R-R間隔」、つまりは一つひとつの脈の速さを意味する時間です。たとえばあるときに測ったR-R間隔が1秒だとしたら、その時の1分間の脈数は60秒÷1秒=60(拍)です。

健康な人の脈は毎回ほぼ規則正しく打たれるわけですが、面白いことにこのR-R間隔は常にごく微妙な変化をする、つまり“ゆらぐ”そうです。「R-R間隔変動」といって、通常は必ずこうした脈のゆらぎがあるそうです。一方心筋梗塞や糖尿病などの疾病がある場合、運動やストレスで心拍が高くなった場合、または年をとった人の場合など、この心拍のゆらぎは減ってしまうそうです。

我々一般人の常識からすると、心拍のゆらぎというとなんとなく“不整脈”のイメージを持ってしまいますが、そうではないのですね。考えてみると、人を興奮させる作用を持つ交感神経と、落ち着かせる作用を持つ副交感神経が、常に身体に影響を及ぼしているわけですから、それら自律神経が正常であれば心拍にすぐさま反応するというのも納得いきます。

■心拍の様子から身体の状態を測る
研究によると、心拍変動には相当に複雑な要素が含まれていて、生理学的な制御機能が長短さまざまな周期を持つ成分と関係しているとのこと。つまりR-R間隔変動はいくつもの種類の波の合成と見ることができるようです。

うち、周期が長い(周波数の低い)LF成分と周期が短い(周波数が高い)HF成分の2つがかなりはっきり認められます。LFは主に血圧調整の機能と関連しているゆらぎで交感神経と副交感神経の両方に影響を受け、HFは主に呼吸活動からくるゆらぎで副交感神経と強い関係があるとされます。

ゆらぎの大きさ(ばらつきの度合い)をそれぞれ「LF」「HF」としたとき、
・LF/HF =アクセルの利きのよさ(交感神経の活性度)
・HF =ブレーキの利きのよさ(副交感神経の活性度)
として指標化できるという解釈になっています。

さらにこれらの指標(LF、HF)と実際に計測したい何らかの状態(値「X」)との相関関係が証明できれば、
X = f (LF, HF)
といった関数(式)を導くことができることになります。

(1)人のR-R間隔を、何らかのセンサーを使って実測する
(2)R-R間隔からR-R間隔変動の値(LFとHFの値)を計算する
(3)LFとHFの値から、式にあてはめてXを計算する

という手順で、身体の何らかの状態(ここでは「X」)を測定できるということになります。

上記のうち(2)は一見難しそうに思えますが、数値処理をすることは技術的には難しくありません。「スペクトル解析」などといった純粋に数学的な処理なので、応用分野に関わらず定型的に計算できます。(1)は、ある状態の心拍をかなり精度良く計測できるセンサー技術が必要になります。(3)は、つまるところその応用分野で実用的な変換式や変換テーブルができるかどうかという話になります。現実に商品化するにあたっては、(1)と(3)を実用レベルでうまく組み合わせることができるかどうかがポイントになってくると思われます。

■自律神経から睡眠状態を測る
以前の記事「身体を測る 05-健康状態がわかる睡眠シート」で、寝ている間の睡眠の深さを測ることができる商品例をご紹介しました。具体的には、布団の下にシートを敷くだけでREM睡眠、浅いノンREM睡眠、深いノンREM睡眠…、をリアルタイムで判別できます。生体測定 製品・サービス一覧にそのちょっとしたリストがあります。

睡眠の深さとR-R間隔変動とは深い関係があるらしく、いくつかの商品はまさにこの応用で睡眠の深さを測定しています。すべて詳しく調査したわけではもちろんありませんが、リストに挙げたもののうちスリープシステム研究所(旧社名:シービーシステム開発)とジェピコの製品はこの種に該当するようです。他の睡眠シートや睡眠センサーは異なる方法(たとえばイビキの大きさ、体動の様子などからの判定法)をとっているか、もしくは公表されている情報だけからは仕組みが十分に判断できないものでした。

余談ですが、眠りの深さは自律神経系のデータから判別できるものの、最も浅い眠り(…正確な表現ではありませんが)である「REM睡眠」と「覚醒」状態の判別はできないらしいことです。睡眠の深さという高度な判断ができる一方、「起きているか/(REM睡眠として)眠りに入ったか」「目覚めたか/夢を見ながらまだ寝ているか」という、目で見ればわかるような簡単な違いをこの方法だけで判別するのが難しいというは、なんだか少し意外な気がします。結局「REM睡眠」と「覚醒」の判別は、体動や呼吸といった別の信号を加味して判断する場合が多いようです。

なお、眠りの状態を判断してアラームがなる腕時計「スリープトラッカー」(ウェザリージャパン)という商品が一部で話題となったようです。ただしこれは睡眠深度測定をしているというより、起きる時間に近づくと体動を感知して鳴らすタイミングを判断しているというものと思われます。上記リストにも挙げてありますが、「睡眠モニター」ではなく「加速度計」の一種として分類するのが適当でしょう。

■安静時の心拍変動には豊富な情報が含まれる
身体を測る 06-メタボリ症候群と全身持久力」では、最大酸素摂取量VO2maxの測定の話をしました。一般にVO2maxを測定するにはトレッドミルなどで目いっぱいの運動をして呼気などを測定しなければなりません。

しかしここでも、心拍変動からVO2maxを測定しようとする理論があるらしく、実際にハートレートモニターの大手POLAR(ポラール)社が、Own Indexという独自の分析手法を盛り込んだ商品をすでに発売しています。(「生体測定 製品・サービス一覧」リストにも掲載しています)。

ポラール「Sシリーズ」に備わっている「フィットネステスト」がそれで、「VO2maxと同等の数値が計測できる」としています。面白いことに、運動したときの心拍を測るのではなく「5分間の安静時心拍」を測って割り出します。心拍変動は安静時に最も情報が安定して得られるらしいので、おそらくそうした理論と臨床的研究から編み出されたノウハウなのでしょう。

ビッグブルー(ポラール心拍計専門店)
ポラール

ただしポラールの「フィットネステスト」は、心拍データだけから直接的に計測するというより、「年齢」「性別」「身長」「体重」「運動習慣」を入力した上で割り出すようです。家庭用体組成計で体脂肪率を計測するのと同じようなイメージですね。とすると、(よくわかりませんが)精度についても「家庭用体組成計程度」ではないかと推測されます。

スポーツ愛好者などもう少し詳しく心身の状態を測定したい向きには、もう一歩踏み込んで、たとえば運動中のR-R間隔変動をリアルタイムで測定してその時のリラックス度/ストレス度を表示してくれたり、あるいはLF値、RF値を連続で記録してくれたりすると役に立ちそうな気がします。1拍ごとのR-R間隔を計測できる機能を持つ高機能なハートレートモニターもあるので、あとは計算すればよいだけではないかと思われますが、やはり運動時の心拍変動を精度高く計測するのは難しいものなのでしょうか。

心拍変動は、ストレスの測定などにも使われている例があるようです。無侵襲で身体の豊富な情報を導くことができる切り口として、さまざまなセンサーやアイデアが今後実用化されていくのではないかと予想されます。

「組織行動の「まずい!!」学」

いわゆる「失敗学」という分野が注目されていますね。本書は、マネジメントの視点から失敗のパターンを端的に解説しているあたりが興味深い内容になっています。

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「組織行動の「まずい!!」学」 ― どうして失敗が繰り返されるのか
【樋口晴彦(著)、2006年刊、祥伝社新書】

■リスク管理の本質
失敗から学べることは数々あります。当ブログの書評でくどいほど触れた「ドラゴンフライ」なども、成功というより失敗に近い事例から組織やマネジメントを学ぶことができる書籍の類でしょう。

本書は、「ドラゴンフライ」のように1つの事例について深く追っているというより、さまざまな事件・事故を例として挙げて説明している一種の事例集といえます。

チェルノブイリ原発事故
JR福知山線脱線事故
三菱重工・大型客船火災事故
高病原性鳥インフルエンザ発症事件
スペースシャトル・チャレンジャー打上失敗事故
スペースシャトル・コロンビア帰還失敗事故
「えひめ丸」衝突事故
日航123便墜落事故
東海村・核燃料加工工場における臨界事故
関西電力・美浜原発事故
不正経理事件と監査法人の問題
耐震強度偽装事件

これら事故の原因、とりわけ表面的な現象の後ろにあるマネジメント面での問題からリスク管理につながる教訓が引き出されているあたりが、多くの組織人には興味深く感じられるのではないでしょうか。

■集団となることで生じる思わぬ判断ミス
たとえばスペースシャトルの事故。この件ではよく、「スケジュールに迫られたNASAがサプライヤーに圧力をかけた」といったニュアンスが原因説明の前面に出がちです。しかし本書では、チャレンジャー号の爆発事故について“グループシンク”の結果だったという点が強調されています。

※ グループシンク…「凝集性が高い集団において、集団内の合意を得ようと意識するあまり、意思決定が非合理的な方向にゆがめられてしまう現象」

ようするにNASAから(事故の原因となった部品の)製造元への一方的な圧力とかいうものではなく、むしろ「これだけ皆がシャトル打ち上げの同意をしているのに自分のところが今さら反対できない」といった目に見えない力が、意思決定に間違いをもたらした。一体感のある集団となることに成功したからこそ発生した浅慮だったということです。

■成果主義がうまくいかないパターンの分析
このほか、コストダウンの連続が知らず知らずに安全管理に破綻をもたらしてしまうパターン。現場の綿密な管理が必要といっても、「現場を支える」と「現場を支配する」の違いが成否を大きく分けてしまうパターン。「もったいない」精神はとてもよいことだが、それを一つ間違えて「過去に対する執着」を持つと失敗につながりうるというパターン。いろいろな失敗パターンが語られています。

成果主義がうまくいかない場面についても「目標押し付け症」「総合評価濫用症」「管理職不適応症」などいくつかのパターンで解説されています。人事政策や評価に関わっている立場の者にとって、それぞれの説明にうなずける部分が多くあるでしょう。

当ブログでは“人の身体や特性を測る”ことを一つのテーマとして繰り返し採り上げています。本書の「必ずしも数値で計測できるものばかりではないのに、あらゆる部署に目標管理を適用しようとする」といった失敗事例からは、あらためて人事測定・評価の難しさが認識されます。

さまざまな事故・事件について著者がどう“料理”しているかは、ぜひ本書を読んでみてください。一つひとつの事例を深追いしたい方にはやはり少し物足りないところがあるかも知れませんが、それでもさまざまなエッセンスが煮詰まって入っていると思われるのではないでしょうか。一般向け新書判なので分量は少なく、かつ分かりやすい表現になっているので、一気に読むこともできます。頭がスキッとする気がします。