「日本企業はNASAの危機管理に学べ」

「国際宇宙ステーション計画で、なんらかの悲劇的な事故が起きるのではないかと憂慮している」と著者は警鐘を鳴らしています。

日本企業はNASAの危機管理に学べ
「日本企業はNASAの危機管理に学べ!」
【澤岡昭(著)、2002年刊、扶桑社】

■宇宙プロジェクトにはやはり失敗も多い
以前の記事で採り上げた「組織行動の「まずい!!」学」と同じような「失敗学」の本といえます(こちらのほうが出版は先)。米国の宇宙機関の強さや賢さについてわかりやすく解説するとともに、宇宙からみの事故とそのマネジメント上での欠点について考察しています。

俎板の上に乗った素材は、アポロ1号爆発事故、アポロ13号の危機、スペースシャトル・チャレンジャー号事故、ミール・スペースシャトル計画のいざこざなど。事故の内容は他の書籍・報告書で繰り返し説明されている通りなので、この分野に精通している方にとって目新しい情報があふれているとは言いがたいかもしれませんが、日本の宇宙開発プロジェクトに実際に関わってきた著者としての視点はやはり参考になります。

テーマと、それぞれについて学ぶべき“教訓”(答)は、次に挙げる目次を見ることでほぼ推測できると思います。技術的・専門的な本ではありません。

〔目次〕
第1章 真実は現場に聞け―アポロ1号焼死事故は語る
第2章 情報は一元化すべし―アポロ13号奇跡の生還
第3章 組織優先の意思決定の落とし穴―チャレンジャー爆発の隠された原因
第4章 シミュレーションが危機を救う―NASAの「What if games」
第5章 ロシアの宇宙ステーション事故―政治的に決定された無謀な計画
第6章 国際宇宙ステーションの危機管理―救いのない憎しみとあきらめからの脱出
第7章 異文化混合から生まれたマニュアル―マニュアルを守るということ
第8章 閉鎖空間の危機管理―航空機事故に学ぶ機長の危機管理
第9章 決定的な要素 リーダーの資質―マスメディアの道化師にならないために
第10章 アメリカへの宇宙からの神託、火星へ―あこがれの国への回帰

■責任のありか
個人的には、「責任のありか」とリスクとの関係についての考察が参考になりました。

たとえば、日本以外の「すべての航空先進国では、操縦ミスに対してパイロットの責任は問わない」という点が何度か強調されています。誰でも責任問題がからむと、自らの立場を守る意識がどうしてもでてくる。こと航空機のパイロットについては、その弊害が大きいという意見です。

「事故によって生命の危機にさらされるのはパイロットとて同じであり、パイロットは最善を尽くすはず …(中略)… 同様の事故の再発を防ぐためには、操縦士の罪を追及するより、真実を知ることの方が優先されるべき」

一般企業の場合とは少し異なるかもしれませんが、たとえば何か不祥事が起こったとき、現場担当者個人にすべての責任を追いかぶせて真の原因を隠してしまい、また同じような不祥事が起こることを目にします。現場担当者が権限の範囲で精一杯活躍して結果的に失敗したときには、過剰な責任を現場に負わせないことも重要なのかと思われます。

■アポロ13号事故の責任
それと逆の例として紹介されているわけではないのですが、アポロ13号事故の際のNASA幹部の対応が対照的です。

アポロ13号のあの事故が発生した後、宇宙船のロケット噴射方法をめぐっていくつかの選択肢がありました(すぐに引き返す/スピードを上げて月を回って戻ってくる/時間をかけて月を回って戻ってくる、といった選択)。この選択はほぼ技術的な判断による(管理者ではなく現場が意思決定していく類の問題)といってよいでしょう。実際、最良と思われる選択肢を見極めたのは、実質的に管制官ジーン・クランツをリーダーとした現場担当者グループでした。

しかしこのとき、本来大所高所から方針を下す位置にいるNASA幹部がわざわざロケット帰還方法を決めるための会議を開き、最終的な意思決定をしたようです。上が下に意見を押し付けたという意味ではなく、むしろ最高幹部が決めたという形式をとった(≒その責任を幹部がとることを自ら明らかにした)ことで、クランツら現場の心理的負担を軽くし、任務の遂行をしやすくした、と筆者は推測しています。

もちろん、どんなことも上が責任をとればよいというわけではありません。現場には現場の責任があるのはもちろんです。たとえば、アポロ13号の燃料タンク爆発が起こった時点から異常個所の把握とその重大さに気付くまで約1時間もかかっていました。その間無駄に電力資源が消費されたため、後の帰還までに残された電力が本当にギリギリになってしまいました。この責任の所在は、明らかに管制官であるクランツにあったということです。「もし、電力不足による帰還失敗という事態になっていたなら、この点についてクランツは責任を問われていたであろう」と著者は述べています。

■標準マニュアルの功績と、属人的な強さ
また本書では、標準マニュアル化の重要性について1つの章が設けられています。NASAという組織の強みとして、一つひとつの作業が事細かにマニュアル化されることとか、さまざまな出来事が記録として残され分析や後の意思決定に活かされることが、事実とともに語られています。

話は少し違いますが、本blogではコンビニという小売業態についてもテーマとして採り上げています。コンビニに限らず、こうしたチェーン店が多店舗となっても機能する原動力の一つに「マニュアル」の存在があります。つまり、ある一定の合理的なオペレーションを「標準手順」としてマニュアル化し、それを関係者が一定の価値観の基で共有する。それがあってこそ一定品質の商品・サービス提供できるわけで、現代のフランチャイズやレギュラー・チェーンが成立する重要な要素になっています。

米スペースシャトルの(打ち上げはともかく)宇宙実験が成功を収めているのは、まさにその手法が機能している結果なのでしょう、極端に言えば「NASAのどの宇宙飛行士が行っても、その能力の違いで成果が大きく異なることがないよう実験マニュアルと訓練がされている(最初から、そうしたマニュアルを着実に実行できる人が宇宙飛行士として選ばれている)」。そんなシステム作りがしっかりしていることが、組織としての強さであることは間違いありません。

しかしながらその一方で、属人的な仕事の進め方があったからこそうまくいった例が示されていることも興味深いところです。

人間関係つくりで失敗続きだったミール・スペースシャトル計画(「ドラゴンフライ」 1-宇宙飛行士の“問題児”たちなど参照)でしたが、NASA2人目の飛行士シャノン・ルシドはかなりの成功を収めました。ロシア飛行士との人間関係も良好で、各種の宇宙実験も比較的スムーズに進んだとされています。

ルシドの成功は、彼女の優秀さもさることながら、運用リーダーにガーステンマイヤーという柔軟な頭脳の持ち主がいて、彼が地球側(ロシアの地上サイト)で黒子となったことが重要な要因だったそうです。NASAのシステムやマニュアルによっていたというより、ガーステンマイヤー個人のいろいろな判断が、ロシア側ともルシドとも良好な関係を作り、適切に仕事の手当てをできたのかもしれません。

注目したい点の一つは、ガーステンマイヤーの仕事ぶりに支えられていたにも関わらず、その経緯やノウハウが他と共有される形になっていないことです。「彼がいかにしてルシドの黒子を務めたかについて一切記録を残していないので、それは謎として語り継がれている。その意味でも彼の仕事ぶりはNASA的とは言えず、彼のキャラクターのなせるわざであったのではないだろうか」と著者は推察しています。

■国際宇宙ステーションでもきっと危機が起こる
ミールに関する記録、特に事故原因や事故回避のいきさつ、人間関係などについての記録は、他のプロジェクトと比べるとかなり少ないそうです。そのため未だに不明な点が数多く残っているようです。これを明らかにして教訓にしない限り、いやそれを明らかにしてもなお、不測の事故は起こるのかもしれません。それが著者の「国際宇宙ステーション計画で起こりうるなんらかの悲劇的な事故への憂慮」につながっています。

なおスペースシャトル・コロンビア帰還失敗事故は本書が書かれた後に起こった事件でなので、本書には書かれていません。コロンビア号事故に関しては、後に同じ著者が「衝撃のスペースシャトル事故報告書」(中央労働災害防止協会刊)という書籍を出版しています。そこでは「NASAの危機管理が結果的にはお粗末であった」ことに触れているなど、また認識を改めなければならない様子もみられます。

タイトルからイメージされる「企業に役立つ危機管理の手引書」というより、もっと気軽な読み物と位置付けるのが良いでしょう。