小笠原の空港予定地

小笠原返還50周年記念(2018年6月26日)を機会に、小笠原空港設立のニュースが少し報道されています。予定地は父島の「洲崎」という場所で、おそらく最後の唯一残った候補地でしょう。ただし仮に空港ができるとしても20年~30年先と言われています。

小笠原、洲崎D
〔小笠原の洲崎写真D(地図D)〕

■6日サイクルの島時間
小笠原諸島には現在空港はなく、観光客は片道24時間かけて船で訪れるしか手段がありません。これでも以前より速くなりました。繁忙期や船のドック入りの時期を除くと、6日に1往復するスケジュールが基本です。最も一般的な観光日程は「3泊6日」で、これを「1航海分」といった表現をします。3日じゃ足りないと帰りの船を1回見送る「2航海分」とるならば「9泊12日」です。もし1航海6日でも長すぎるとなれば「0泊3日」で、船内移動時間が計48時間なのに対し、現地滞在時間はわずか3~4時間! という日程しか組めません。

逆に島民が本土に出てくるとしたら最短「1泊4日」が可能ですが、普通は「7泊10日」が最短日程になるのでしょう。それ以上に重要なのは急病人が出た場合などの緊急搬送で、その場合は海上で離着陸できる自衛隊の飛行艇(US2など)が用いられます。急患対応は年間で30回程度行われているようです。

そんな状況に対応するため、小笠原諸島への空港設立がかつてから計画されていました。と同時に、何度も計画はとん挫しました。世界遺産になった今は、空港が作れる場所は本当に限られており、最後の最後に残った唯一の候補地が「洲崎」。じつはここ、戦争中に日本軍の滑走路があった場所です。

小笠原空港協議会資料1
〔父島洲崎の位置(小笠原空港協議会資料より 1)〕

■東京都「短い滑走路の空港案を検討」
小笠原空港協議会資料には次のように記載されています。

小笠原空港協議会資料2
〔空港の計画案の一つ(小笠原空港協議会資料より 2)〕

戦前の洲崎の滑走路の長さは500m程度のようです。実際、陸地だけでみるとそのくらいの長さしか取れません。昔はこのあたりに岩の洞穴(海蝕洞)があるとともに、岬の先野羊山と父島の間にわずかに海峡があったとされますが、そうした自然の造形物は同時期に変貌したようです。風情のありそうな海蝕洞は跡形もなく、海峡は埋め立てられて完全に陸続きになっています。そんな場所に1200m滑走路の建設が案として計画されています。

小笠原空港協議会資料3
〔空港予定地(小笠原空港協議会資料より 3)〕

この地図のように、予定されている滑走路は1200mといってもかなり海に出っ張ります。その分埋め立てることになるわけで、やはり自然環境への影響が気になるというのが現代の常識的な感覚かもしれません。そうした意見もあってのことか、もっと短い滑走路の飛行場にする検討余地があると、協議会の資料自身にみられます。6月29日に小池東京都知事から「環境に配慮して1000mより短い飛行場案を検討する」といった旨のスピーチがありましたが、それは都知事の案というより、検討項目の一つとしてあった案といったほうがよさそうです。

小笠原空港協議会資料4
〔洲崎計画案からの検討課題(小笠原空港協議会資料より 4)〕

■現予定地
次の図は父島西側の地図で、地図中央の岬のような場所が洲崎とその先にある野羊山です。1200mの滑走路予定地(推定)を赤い線で示しました。緑の線は、仮に滑走路を800mに短く抑えた場合に予想される部分を、勝手に書き込んでみた線です。

小笠原空港予定地の位置図
〔小笠原空港予定地の位置図〕

■現状写真
冒頭の写真は約2カ月前(2018年4月)に撮影した現場写真で、図中「D」から矢印の方向を写したものです。木立の先に二見湾、その先に烏帽子岩という小島が見えます。このあたりの左手前から右手奥にかけて滑走路が造成される計画です。

洲崎地区は、幕末に欧米人が住み始めた頃、ペリーが江戸への渡海途中で来島してきた頃には、島の中心街にしようとしていたこともあったようです。明治から昭和初期にかけて民家や畑もある場所でした。しかし戦後は、臨時の運転試験場として使われた以外はほとんど放置されてきたそうです。

洲崎の入り口部分までは、舗装道路が整備されています(写真A)。
小笠原、洲崎A
〔小笠原の洲崎写真A(地図A)〕

舗装道路が行き着いたところ、ちょうど滑走路予定地(真ん中)の脇に当たるところ(地図B)。
小笠原、洲崎B
〔小笠原の洲崎写真B(地図B)〕

写真Bの中央に右に入る小径があり。そこを曲がった場所(写真C)。位置的には、写真Cの道の左側が滑走路予定地で、この小径は滑走路の脇か誘導路か、そんな場所になるのでしょうか。
小笠原、洲崎C
〔小笠原の洲崎写真C(地図C)〕

写真Cを先に行くとわずかに左に曲がり、冒頭の写真Dの風景が現れます。さらに海岸まで到達すると写真Eのような風景があります。
小笠原、洲崎E
〔小笠原の洲崎写真E(地図E)〕

■周辺から見ると
滑走路予定地を周辺から見ると、どんな風景なのでしょうか。写真Fは、島の北側、大村市街地からほど船見山付近、いわゆる「ウェザーステーション」からの写真です。
小笠原、洲崎F
〔北側から洲崎方向。写真F(地図F)〕

写真Gは反対の南側、小港海岸の南、中山峠展望台を少し越えたあたりからの写真です。
小笠原、洲崎G
〔南側から洲崎方向。写真G(地図G)〕

写真Hは北東の二見港(正確には製氷海岸あたり)からの写真です。
小笠原、洲崎G
〔北東側から洲崎方向。写真H(地図H)〕

■賛否は昔からさまざま
なお、空港建設の是非は賛否ともずっと前から語られています。参考URLにある、平成20年に実施した「航空路に関する村民アンケート」1193件の自由記入意見もその一部でしょう。少し話題として採り上げられた今になって、あたかも初めて問題視されたかのような意見が外部からご親切に示されても、おそらく島民の方々や関係者の方々から“にわか意見”と受け取られるだけでしょう。

小笠原でわずかに見聞きした範囲では、島民は比較的冷静といいますか、これまで何度も計画がとん挫してきた過去の経験から「どうせ実現しない」、少なくとも「実感はない」と受け止めているような様子がみられます。もちろん私も明確な“にわか”にすぎませんので、「自然保護」も「観光促進」もどちらも軽々なことは言えない、と考えています。

(参考)
「航空路の開設に向けて」(小笠原村)
https://www.vill.ogasawara.tokyo.jp/kikaku_seisaku/
小笠原航空路協議会議事録(東京都行政部)
http://www.soumu.metro.tokyo.jp/05gyousei/06koukuuro.html

【追伸】
2018/7/12日報道より。小笠原空路で仏伊合弁の航空機メーカーATRが開発中のプロペラ機ATR42-600Sを想定しているとあります。現行モデルATR42-600のSTOL改良型で約50人乗り、滑走路長は800mで済むとのこと。小笠原空港の滑走路がその長さで良いかどうかはまた違う話かもしれませんが。。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です