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小笠原の空港予定地

小笠原返還50周年記念(2018年6月26日)を機会に、小笠原空港設立のニュースが少し報道されています。予定地は父島の「洲崎」という場所で、おそらく最後の唯一残った候補地でしょう。ただし仮に空港ができるとしても20年~30年先と言われています。

小笠原、洲崎D
〔小笠原の洲崎写真D(地図D)〕

■6日サイクルの島時間
小笠原諸島には現在空港はなく、観光客は片道24時間かけて船で訪れるしか手段がありません。これでも以前より速くなりました。繁忙期や船のドック入りの時期を除くと、6日に1往復するスケジュールが基本です。最も一般的な観光日程は「3泊6日」で、これを「1航海分」といった表現をします。3日じゃ足りないと帰りの船を1回見送る「2航海分」とるならば「9泊12日」です。もし1航海6日でも長すぎるとなれば「0泊3日」で、船内移動時間が計48時間なのに対し、現地滞在時間はわずか3~4時間! という日程しか組めません。

逆に島民が本土に出てくるとしたら最短「1泊4日」が可能ですが、普通は「7泊10日」が最短日程になるのでしょう。それ以上に重要なのは急病人が出た場合などの緊急搬送で、その場合は海上で離着陸できる自衛隊の飛行艇(US2など)が用いられます。急患対応は年間で30回程度行われているようです。

そんな状況に対応するため、小笠原諸島への空港設立がかつてから計画されていました。と同時に、何度も計画はとん挫しました。世界遺産になった今は、空港が作れる場所は本当に限られており、最後の最後に残った唯一の候補地が「洲崎」。じつはここ、戦争中に日本軍の滑走路があった場所です。

小笠原空港協議会資料1
〔父島洲崎の位置(小笠原空港協議会資料より 1)〕

■東京都「短い滑走路の空港案を検討」
小笠原空港協議会資料には次のように記載されています。

小笠原空港協議会資料2
〔空港の計画案の一つ(小笠原空港協議会資料より 2)〕

戦前の洲崎の滑走路の長さは500m程度のようです。実際、陸地だけでみるとそのくらいの長さしか取れません。昔はこのあたりに岩の洞穴(海蝕洞)があるとともに、岬の先野羊山と父島の間にわずかに海峡があったとされますが、そうした自然の造形物は同時期に変貌したようです。風情のありそうな海蝕洞は跡形もなく、海峡は埋め立てられて完全に陸続きになっています。そんな場所に1200m滑走路の建設が案として計画されています。

小笠原空港協議会資料3
〔空港予定地(小笠原空港協議会資料より 3)〕

この地図のように、予定されている滑走路は1200mといってもかなり海に出っ張ります。その分埋め立てることになるわけで、やはり自然環境への影響が気になるというのが現代の常識的な感覚かもしれません。そうした意見もあってのことか、もっと短い滑走路の飛行場にする検討余地があると、協議会の資料自身にみられます。6月29日に小池東京都知事から「環境に配慮して1000mより短い飛行場案を検討する」といった旨のスピーチがありましたが、それは都知事の案というより、検討項目の一つとしてあった案といったほうがよさそうです。

小笠原空港協議会資料4
〔洲崎計画案からの検討課題(小笠原空港協議会資料より 4)〕

■現予定地
次の図は父島西側の地図で、地図中央の岬のような場所が洲崎とその先にある野羊山です。1200mの滑走路予定地(推定)を赤い線で示しました。緑の線は、仮に滑走路を800mに短く抑えた場合に予想される部分を、勝手に書き込んでみた線です。

小笠原空港予定地の位置図
〔小笠原空港予定地の位置図〕

■現状写真
冒頭の写真は約2カ月前(2018年4月)に撮影した現場写真で、図中「D」から矢印の方向を写したものです。木立の先に二見湾、その先に烏帽子岩という小島が見えます。このあたりの左手前から右手奥にかけて滑走路が造成される計画です。

洲崎地区は、幕末に欧米人が住み始めた頃、ペリーが江戸への渡海途中で来島してきた頃には、島の中心街にしようとしていたこともあったようです。明治から昭和初期にかけて民家や畑もある場所でした。しかし戦後は、臨時の運転試験場として使われた以外はほとんど放置されてきたそうです。

洲崎の入り口部分までは、舗装道路が整備されています(写真A)。
小笠原、洲崎A
〔小笠原の洲崎写真A(地図A)〕

舗装道路が行き着いたところ、ちょうど滑走路予定地(真ん中)の脇に当たるところ(地図B)。
小笠原、洲崎B
〔小笠原の洲崎写真B(地図B)〕

写真Bの中央に右に入る小径があり。そこを曲がった場所(写真C)。位置的には、写真Cの道の左側が滑走路予定地で、この小径は滑走路の脇か誘導路か、そんな場所になるのでしょうか。
小笠原、洲崎C
〔小笠原の洲崎写真C(地図C)〕

写真Cを先に行くとわずかに左に曲がり、冒頭の写真Dの風景が現れます。さらに海岸まで到達すると写真Eのような風景があります。
小笠原、洲崎E
〔小笠原の洲崎写真E(地図E)〕

■周辺から見ると
滑走路予定地を周辺から見ると、どんな風景なのでしょうか。写真Fは、島の北側、大村市街地からほど船見山付近、いわゆる「ウェザーステーション」からの写真です。
小笠原、洲崎F
〔北側から洲崎方向。写真F(地図F)〕

写真Gは反対の南側、小港海岸の南、中山峠展望台を少し越えたあたりからの写真です。
小笠原、洲崎G
〔南側から洲崎方向。写真G(地図G)〕

写真Hは北東の二見港(正確には製氷海岸あたり)からの写真です。
小笠原、洲崎G
〔北東側から洲崎方向。写真H(地図H)〕

■賛否は昔からさまざま
なお、空港建設の是非は賛否ともずっと前から語られています。参考URLにある、平成20年に実施した「航空路に関する村民アンケート」1193件の自由記入意見もその一部でしょう。少し話題として採り上げられた今になって、あたかも初めて問題視されたかのような意見が外部からご親切に示されても、おそらく島民の方々や関係者の方々から“にわか意見”と受け取られるだけでしょう。

小笠原でわずかに見聞きした範囲では、島民は比較的冷静といいますか、これまで何度も計画がとん挫してきた過去の経験から「どうせ実現しない」、少なくとも「実感はない」と受け止めているような様子がみられます。もちろん私も明確な“にわか”にすぎませんので、「自然保護」も「観光促進」もどちらも軽々なことは言えない、と考えています。

(参考)
「航空路の開設に向けて」(小笠原村)
https://www.vill.ogasawara.tokyo.jp/kikaku_seisaku/
小笠原航空路協議会議事録(東京都行政部)
http://www.soumu.metro.tokyo.jp/05gyousei/06koukuuro.html

【追伸】
2018/7/12日報道より。小笠原空路で仏伊合弁の航空機メーカーATRが開発中のプロペラ機ATR42-600Sを想定しているとあります。現行モデルATR42-600のSTOL改良型で約50人乗り、滑走路長は800mで済むとのこと。小笠原空港の滑走路がその長さで良いかどうかはまた違う話かもしれませんが。。

生産性向上を狙う「IT導入補助金」

「IT導入補助金」(正式には「サービス等生産性向上IT導入支援事業」)という制度が動き始めました。「ものづくり補助金」が主に製造業だったのに対し、こちらは主にサービス業が対象となりそうです。


〔IT導入補助金のスケジュール概要(一部未定)〕

■生産性を向上させる見込み数値を計画

平成28年度第2次補正予算で導入された「IT導入補助金」のスケジュールが発表されたので、経産省側からの口頭コメントも含め、図のようにまとめてみました(一部未定)。

この補助金をごく簡単に言うと、中小企業等(ユーザー)が

・パッケージソフト(またはパッケージサービス)の新規導入計画と、
・そのツールを使って生産性を向上する計画(見込み数値)を立て、
(クラウドも可、単純な会計や給与ソフトは不可、リースは不可)

・2017年3月の限られた期間にベンダーから製品を購入し、
・支払いを済ませ、導入を完了、稼働させたら、
(交付決定より先に購入、契約してしまったら対象外)

・20万円~100万円の範囲で、
・購入代金の一部(補助率2/3)が戻ってくる、
(つまり製品価格としては30万円~150万円が対象)

というものです。生産性向上計画はさほど複雑なものではなく、少しの工夫で指標を用意できると思われます。

■ベンダーがユーザーの申請を代行

IT導入支援事業者(ベンダー)とその製品の電子申請が今日1月11日夜から可能になります。

導入する中小企業(ユーザー)の交付申請は1月27日から2月末まで。ただし、ベンダーがユーザーの代わりに、補助金申請、購入の完了報告、さらには導入後3年間、毎年3月末に後年報告を行うので、ユーザーは自ら申請はしません。とはいっても、自社資料や稼働状況をベンダーに対して提供する必要があります。

詳しくは、事務局(一般社団法人サービスデザイン推進協議会)のサイトを参照してください。
https://www.it-hojo.jp/

「グローバル・ニッチトップ企業論」

中小企業と言っても、昔からの下請型企業、特定工程に強い中小企業、ニッチトップ型企業、グローバル・ニッチトップ企業といった類型ごとに企業戦略として採るべきスタンスも異なる…。そんなヒントが、ケーススタディとともに多数示されています。

「グローバル・ニッチトップ企業論」書籍と講演
[グローバル・ニッチトップ企業論、細谷祐二著、白桃書房刊、2014年]

同書籍、および3月に開かれたシンポジウム「多摩の中小企業の知られざる国際化と経営者の姿」(主催:東京経済大学・多摩信用金庫)における同氏の基調講演を混ぜこぜにしたメモです。

■海外生産より海外販路開拓、ニーズ把握を
内容は、ざっくり言って「普通に良い中小企業」と「海外進出し高業績を示している中小企業」の差を分析したもの。ニッチだが世界で高いシェアを持つ製品を複数持つ“グローバル・ニッチトップ企業”には、次のような特徴が明らかだとされています。

・技術力(解決力)があるから、自然と取引先などから相談事(ニーズ)が持ち込まれてくる
・その(確実に存在する)ニーズとシーズを結びつける機能を持つ
「ニッチトップを目指して討ち死にする製造業も多い。逆説的だが、技術力(シーズ)がありそれを前面に押し出してしまうとワナがある。グローバル・ニッチトップは初めにニーズありきで、そこから解決法を作る(または他社から見つける)」

・輸出を早い時期から行いながらも、海外拠点設置はむしろ慎重
「以前から海外生産を展開できている企業はともかく、これからは得意先などの依頼・海外進出にたんに応じて海外生産を優先させる必要は必ずしもない。むしろ国内で生産し輸出することを基本戦略とする方が薦められるのではないか。一方、海外ニーズの把握、販路開拓といった部分は海外で活動を進めるのが望ましい」

■中小企業支援の「支援疲れ」
また、中小企業支援に対する問題意識から、次のような分析・提言があります。

・たんに補助金などの予算を確保し機会を増やすだけでは不十分
・「支援疲れ」「支援され疲れ」が生じている。補助金の多頻度利用企業は、必ずしも補助金の効果を実感できていない(空回りしている)
・グローバル・ニッチトップ企業は、海外見本市出展費用の経費補助ニーズが高い
・「優れた中小企業◯◯社表彰」といったものは単なるスナップショットに終わっている場合も多く、グローバル・ニッチトップほど継続的な成果を上げていない
・技術開発補助金の審査では、市場化という成果に結びつく見通しが十分に立っているかどうかをチェックすることが重要

著者はもともと経産省で中小企業政策に携わってきた幹部の方です。最後の項目 “技術開発補助金の審査では…” 部分の提言は、現在の補助金審査に間違いなく取り入れられていることでしょう。補助金申請中の方は、特にご注意を!

人材活性化と個人のキャリア自律

「社内で人材を育て定年まで企業が面倒見る」といった人材管理のあり方はとうに崩壊しているはずですが、そのわりに企業の人材流動化が進んでいないことが日本経済の一つの課題とされています。要因は、組織・企業側にも、個人の意識の側にも、どちらにもあるようです(経産省のシンポジウムより)。

Jinkatsu201403
[シンポジウムの資料抜粋]

■産業構造の変化に応じた人材流動化の必要性
“組織人材の活性化”と“個人の自律的なキャリア形成”を促す経産省の政策で「多様な『人活』支援サービスの創出・振興」というものがあります。事業の詳細や成果については、経産省のサイトでご確認いただくとして、ここでは先月行われた成果発表に位置付けられるシンポジウム
「新たな人材の流れを促す『人活』支援サービスの可能性~ミドルの自律的キャリア形成と移動がもたらす企業価値の向上」(Mar.18, 2014、主催:経産省、事務局:みずほ情報総研)
より、いくつかメモを書き出してみました。

この事業は、民間の人材紹介等会社を介し、「人材が豊富な経済セクターから、その人材の力を必要としている経済セクターへの、人の移動促進」を促すようなサービスの成功事例をつくろうという試みです。

あえて語弊のある表現をすると、次のような狙いがあるといえます。
・大中企業が持て余している40代~50代ミドルを、中小企業へ転職させる
・成熟企業に定年までしがみつこうとする社員を、成長産業へ転職させる
・組織の都合優先でヒトを考える企業に、個人主導のキャリア形成策を考えさせる
・社内育成した人材の外部流出に消極的な企業に、外部を含めた人材戦略を考えさせる

■政府予算を使った、丁寧な“お見合い”
この事業はH24年度に調査研究がまとめられ、その後に実証事業を展開。昨H25年度に3.5億円、今年度は2.9億円の政府予算がついています。H25年度は実施事業者(サービス提供会社)が8社、プログラム参加者(転職または出向を検討し、研修に参加した人)が約150人、受入候補企業(転職先または出向先として手を挙げた企業)が約270社・約400ポストだったとのこと。

Jinkatsu201403-2
[『人活』支援サービス創出事業の概要]

単に転職希望者と求人案件を集めるだけではなく、例えば、
・海外勤務経験やグローバルな事業展開に関わった経験がある人
・新規事業創出や事業撤退などの修羅場経験がある人
といった人材条件を決めて、
・主に大企業の人事部門にもちかけて出向希望者を募集
・参加者に「学び直し塾」や「成長分野実践研修」といった研修プログラムを実施
・一つひとつの案件に対して丁寧にマッチング提案をする
といったステップを踏んでいます。その結果、実施事業者のうち(株)インテリジェンスでは11人、(株)パソナでは3人、実際に成約に至った模様です。

シンポジウムでは、守島基博一橋大学教授の基調講演、経産省からの政策背景説明、実施事業者からの成果発表、そしてパネルディスカッションが行われました。パネルディスカッションでの登壇者は以下の通り。
(ファシリテーター)
 原正紀 氏(クオリティ・オブ・ライフ 代表取締役)
(パネリスト)
 守島基博 氏(一橋大学教授)
 高橋俊介 氏(慶大特任教授)
 平岡智信 氏 (インテリジェンス キャリアディビジョン 再就職支援事業部長)
 堂前隆弘 氏 (パソナ グローバル事業部 チーム長)

議論で出た発言を、発言者省略でいくつか下に記します。
(※以下は正確な発言そのものではなく、複数の発言趣旨をまとめたり、表現を調整していることをお断りします)

■社員の転職が外部ネットワークを広げる

この事業がアウトプレースメント(不要となった人材の削減)とは違うのか、という質問がよく来る。次の2点で違う。
 (1)組織として不要な底辺を押し出すことが目的ではない。組織として必要な優秀な人材でも、場合によって、大きな観点から流動化させることを意味する
 (2)組織が社員に約束していたはずの雇用契約を破るような(肩たたきのような)転職勧告ではなく、雇用責任は重視したうえで、人材戦略に沿って展開する

転出元と良い関係を保って外に出る(転職する)人材が一定程度いる会社は、外部ネットワークができやすく、長い目で見て組織としてのメリットも大きい。
一方、退職率が高いといっても、元の組織と良い関係が築けないまま退職させてしまう企業は、(ブラック企業的であり)良い訳はない。
ミドル以降の年齢になると、(転職による)採用機会が本当に少ない。それを整備する中でわかるのは、中小企業が大きな受け皿となりうること。海外進出などを目指し、グローバル人材を求めている。
求職側(受け入れ側)からの引き合いがある一方、転出元企業(またはチャレンジする人)の方が少ない。

■多様なキャリア形成
受け入れ側の中小企業にも、ダイバーシティ対応が問われる。つまり異文化で仕事をしてきた人材を受け入れられる環境がないと、せっかくの転職者(出向者)を生かせない。特に若い成長企業の場合、年配・ベテランをなかなか使いこなせない。逆に、これに対応できると、成長企業にとって大きなプラスとなるだろう。

現在のミドル個人個人は、自分のキャリアを自分でデザインしにくい時代になっている。そのためか、非常に功利的に(損得の問題として)キャリアを考える傾向がある。キャリア自律という言葉を大いに誤解しているのではないだろうか。若いうちから自ら仕掛けていく経験を踏むことが必要か。
研修では、語学や財務のようなスキル研修より、自己理解研修といった内容への反響が大きかった。今までキャリアの棚卸しをしたことがなかった人が多かったためと思われる。

転職は、決してドロップアウトでなく、多様なキャリアの一つであると捉えるべし。
産業構造の変化により、多人数の職種転換が必要となる。何も対策せずにいると、今の40代くらいの世代はあと10-20年経った時に(居場所がなくなり)、大問題になリかねない。

■企業の人材戦略の考え方が問われている
特定の技術知識・市場知識を身につけさせることは、(研修により)対応可能なことが多い。一方、もっと抽象性の高い能力(例えば、その人の持っている意識・性格に強く関連する部分)は、すぐに身につけられないものである。マッチングにあたっては、その見極めが重要。
マッチングにおいて重要なのは、“思い込み”をしないこと。個々の人ができる仕事の内容を分解し、例えば「ある地域で発揮した能力を、他の地域でも応用可能」と判断できることがある。
“To Be Hired”的(あるべき人材能力を厳格に規定してそれに合う人のみを採用する)な人材採用ではなく、今いる人材をこうして活かしていけばよいではないか、という提案がもっと必要だ。

人活産業としては、求人マッチングそのものより、その前工程部分(企業に対する人材コンサルティングや、就業者のキャリア自律支援)にどう取り組むべきかが重要となるだろう。

  *   *   *

以上、あまりまとまっていませんが、もっとあってしかるべき人材流動化に対し、企業側にも個人側にも課題があることがわかります。個人的な感想として、
「企業は、社員を強くコントロールできて当然などと誤解してはいけない」
「個人は、キャリアを積み上げる責任が自分自身にあることを意識せよ」
といったメッセージが聴こえる気がします。

公的機関の人材育成事業-2

前回に引き続き、“人づくり”に関わる公的機関の分類、整理です。今回は、中小企業庁系の機関を中心に説明します。公共サービスの背後に無駄があり、関連法人が事業仕分けの対象になっていますが、なかにはばかばかしい仕分けとしか思えない結果もみられます。

公的機関の概要図B
〔人づくりに関係する機関の分類例〕 図のpdfファイル

■中小企業基盤整備機構も事業仕分けの対象に
前回(1回目)の記事では、人材教育に関連する似通った名前の組織が多く存在していること、厚生労働省管轄の団体は職業能力開発促進法が主な法的根拠になっていること、雇用・能力開発機構が関連する職業訓練機関を運営してきたこと、その雇用・能力開発機構は事業仕分けによって廃止されることになっており、来年に別の独立行政法人とくっついて新たな独法となる予定であることなどを説明しました。

1回目の記事の冒頭で挙げた図(初期掲載版から少しupdateしました)と、文章の冒頭で書いた“クイズ”がまだ説明できていないので、それらも参照しながら先を進めます。

このテーマに関連する公的機関は大きく次の4グループに分けられます。
・厚生労働省系
・中小企業庁・経済産業省系
・文部科学省系
・地方自治体が運営するもの

厚労省の場合に、「雇用・能力開発機構」と「職業能力開発促進法」がそれぞれ重要な実行機関と法的根拠であったように、中小企業庁系でもそれぞれ該当する機関と法律があります。

(7)中小企業基盤整備機構
:全国に10の支部(地域オフィスを含めるとそれ以上)
(8)中小企業大学校
:全国に9校

中小企業庁の施策実行の中枢となる実行機関が「独立行政法人中小企業基盤整備機構」で、2000年前後の特殊法人改革の波の中から2004年に出来た法人です。前身は、中小企業総合事業団、地域振興整備公団など。

中小企業大学校は、同機構が設置する教育施設です。つまり組織的には(7)が(8)を含みます。(中小企業大学校ではなく)中小企業基盤整備機構自身が主催する研修セミナーもあります。

雇用・能力開発機構の箱モノ事業ほどではないにせよ、どの程度社会の役に立っているかとなると、厳しい意見が一部にあるようです。かりに末端の事業は高く評価されたり少ない報酬で頑張っていたりしても、機構役員の報酬や外注時の手数料が多額であるといわれます。組織・システムとしてのオーバーヘッドが大きければ、それは見過ごすわけにはいきません。雇用・能力開発機構と同様、国の機関として活動する意義が問われ、第2次の事業仕分けの対象に選ばれています。

これらの組織の名称は長いので、話の中ではよく「機構」と一言で表されます。しかし厚労省の職業訓練の話の中での「機構」と、中小企業支援の文脈での「機構」では、指している組織が違うので注意しなければなりません。

■省庁の枠を超えられるか?
1回目の記事の図と違う視点から、職能大や一般の大学・高専などを比較分類して、冒頭の図(人材育成に関連する機関の分類例)にまとめてみました。

中小企業大学校については、「大学校」とはいっても基本的には一般向け。一般企業の経営者や従業員を対象にした研修と、中小企業の支援者 ― ざっくりいうと中小企業診断士 ― の養成の両方の機能を持っています。

あたりまえのことかもしれませんが、教育機関や教育事業を制度化すると、その学校や研修の指導者の養成、つまり一段階上の「指導者教育機関」が必要になってきます。そうみると、厚労省系でいま廃止するかどうか話題になっている職業総合大については、それを単体で見るのではなく、そもそも国として職業教育のシステムを維持できるかどうかという判断になってくるのかもしれません。

一般の国立大学についても、多々課題はあるものの、経営の仕組みやガバナンスのあり方が変わっていく途上です。もはや省庁が複雑な教育システムを自前で維持する時代でないでしょう。厚労省や中小企業庁の審議会、事業仕分けでの議論など省庁の枠内のみの視点は、時代の流れの下では吹けば飛んでしまいそうな気がします。

■機構と中小企業大学校
中小企業基盤整備機構の主な法的根拠は「中小企業支援法」です。この法律は、人材育成のほか経営支援、技術支援、金融面での支援その他広い意味での中小企業支援について記されています。第1条に「国、都道府県、中小企業基盤整備機構が行う支援事業の推進…」と目的が明記されています。

もとをたどると「中小企業基本法」という基本法があり、その第19条に「(国は)職業能力の開発及び職業紹介の事業の充実その他の必要な施策を講ずる」と書かれています。それを受けるように中小企業支援法の第3条の3項4項に「中小企業の従業員研修」と「中小企業支援者の養成」が示されています。

また「独立行政法人中小企業基盤整備機構法」の第15条の2に、機構の業務は「経済産業省令で定める法人の役員・職員の養成・研修」「都道府県が行うことが困難な中小企業者・従業員の研修」を行うこととされています。これが中小企業大学校の存在根拠のようです。

中小企業大学校の研修については、直接的な評価を耳にする機会はあまり多くないのですが、間接的な評判や研修内容を見る限りでは、悪い印象はありません。ここの研修は結構早めに満員になってしまうという印象があります。もし評価されているとすれば、むしろ完全に国から独立させて民営化ができそうな気がしますが、どうでしょうか。

(参考)昨年の事業仕分けでは、たとえば次のようなコメントつきました。
「中小企業大学校については、講師は比較的低額で協力しているので、9校全体で43億円の運営費は内容に照らして高すぎる」

なお、この19日に、経済産業省から「経済産業省所管独立行政法人の改革について」という発表がありました。(第2次)事業仕分けの前の省内仕分けのような意味を持つのでしょう。中小企業大学については次のような記述があります。

「中小企業大学校の研修事業については、中小企業者のそれぞれの経営課題や現場実態を踏まえた研修に重点をおくこととし、以下の見直しを行う。
1)短期研修については、市場化テストを全校に拡大し、その結果を踏まえて廃止を含めた検討を行う。
2)受講料の水準を見直す。特に、中小企業診断士研修について、研修生が中小企業者や中小企業支援担当者ではない場合には、受講料負担を適正水準まで引き上げる。
3)コストの高い地方中小企業大学校は、地元との協議の上、その在り方を検討する。」

■体系は“混沌”か“柔軟”か
自分だけの印象かもしれませんが、厚労省系のシステムが「職業能力開発促進法」でかなりシステマチックに体系化されていたのに比べると、中小企業庁系の法体系やシステムは、ごちゃごちゃ感が否めません。悪く言えば“混沌”。よく言えば“柔軟”。毎年のように中小企業向け施策の内容が変わり、それに伴って複雑怪奇に形を変えていきます。

毎月どころか毎日事情が変化する経済環境に中小企業が対応していきたい実情を考えると、もしかしたらこうしたフレキシブルな考え方の方がよいのかとも考えられます。

しかしながら政治家の判断(思いつき)と、官僚の優秀さ(辻褄あわせ)が巧みに絡まりあい、見事に複雑化したり、整理されたりします。かつて制定された「中小企業 ○○ 法」「中小企業 ○○ 制度」という名の法律や制度の数は、数十、いや数百あるかもしれません。中小企業診断士になろうとする人は皆、これら名称群に悩まされます。試験に合格するためには、中小企業施策の本質を理解することより、これらの名称の暗記に時間を費やさざるを得ません(今は違うのでしょうか?)。

「中小企業支援センター」「中小企業振興センター」「中小企業応援センター」などの名称が乱立する理由もこの辺にあり、時に同じものを指し、時に違う概念を指します。

■中小企業支援センター
中小企業支援センターは、中小企業基盤整備機構の支部や窓口を指すこともあるのですが、多くの場合は都道府県の機関としてのセンターを指します。都道府県に1カ所づつ。位置付けとしては、中小企業庁傘下ではなく、地方自治体(都道府県)傘下の組織ということになります。制度上は、47カ所すべて「財団法人」です。

(9)中小企業支援センター
:全国で都道府県ごと47カ所(その他いくつかの政令指定都市にある地域中小企業支援センターが13カ所)
全国一括りで言うと「中小企業支援センター」ですが、都道府県別に「振興公社」「振興センター」「支援機構」などの名前になっており、行っている事業もそれぞれ少しづつ異なると思います。例えば東京都の場合は「東京都中小企業振興公社」、神奈川県の場合は「神奈川産業振興センター」、長野県では「長野県中小企業振興センター」などです。
つまり、
(10)中小企業振興センター
は、区分上は(9)の別名の一つに分類できます。

成り立ちはそれぞれ違うところがありますが、各都道府県とも、法的には中小企業支援法によって指定されているはずです。業務としては、中小企業庁関連、厚労省関連、その他もろもろ。多様な事業を持っているので、国というより都道府県の政策実行機関とみる方が正確でしょう。

組織の成り立ちとしては、「全国下請企業振興協会」の都道府県協会が前身だったところが多いかもしれません。東京都について言えば、民法に基づいて設立された財団法人下請企業振興協会という公益法人が母体で、その後東京都勤労福祉協会、東京都の知的財産総合センター事業、社団法人東京産業貿易協会といった団体や事業が次々に統合。一方、産業技術研究、食品技術といった部門が他に移管され、今の財団法人東京都中小企業振興公社になりました。本社は秋葉原の駅近くにあるほか、蒲田、青砥、立川などに支社があります。

それぞれのセンターが、独自の研修メニュー、支援メニューを持って活動しています。地域のニーズに応じて、製造業、商業、サービス業それぞれの内容が組まれています。関東近辺では、埼玉県中小企業振興公社に、結構充実したものづくり系研修があるようです。

■また一つ増えた類似名称
これだけでも類似名称は混乱しますが、この4月1日からまた新たな名称が現れました。2009年秋に行われた、例の事業仕分けの“賜物”です(笑)。

(11)中小企業応援センター
:全国84カ所

この名称は、新たに組織を立ち上げたというより、基本的には既存の機関の一部に付けた別名のようなものです。地域の中小企業がよろず相談を持ちかける先、専門家派遣をしてもらう場所ということです。

実は中小企業の経営課題解決のワンストップ窓口的なものとして、H20から「地域力連携拠点」というものが327カ所指定されていました。これは、先に触れた中小企業支援センターのほか、地域の商工会、商工会議所、信用金庫、中小企業診断士会、中小企業団体中央会などがその窓口になっていました。中小企業から総合相談を受け、必要とあれば適任の専門家を紹介することが主な役割となっていました。

ところが事業仕分けの俎上に上り、めでたく?予算計上の見送りと相成りました(事業仕分けの資料番号2-58)。当初、平成20年度から3年間の計画で全国で動いていたため、廃止は現場の人間にとって結構突然の出来事でした。

(参考)昨年の事業仕分けでは、たとえば次のようなコメントがつきました。
「全国的にまんべんなく事業を行うことに意義はあるのか。商工会議所、財団、地銀、信組に対する支援になっているのではないのか」
「もともと地銀、税理士、商工会議所の本業にあたるところで、政府は地域力連携拠点を作れば十分で、専門家の費用は受益者が払うべきである」

でも、これまた不思議なもので、「仕組みの見直しによる再提出」がされた結果、新たに「中小企業応援センター」という名で似た事業が現れました。これが(11)。まるでゾンビ。

地域力連携拠点の327個所から中小企業応援センターの84個所と、全体が整理されたように見えます。しかし、実は地域の複数の拠点が「コンソーシアム」を組んで、グループとして応援センターの看板をかけた、というのが実態です。応援センターの看板がかからなかった機関も、「ワンストップ相談窓口」がなくなるわけでも、専門家派遣の機能がなくなるわけでもありません。これまで「地域力連携拠点」の認定を受けていなかった団体が新たにいくつか加わっている分、窓口の数はかえって増えたかもしれません。

見かけより何より、いくら「応援センター」として見かけ上の数が整理されたとしても、個々の団体が、まったくそれまでつきあいのなかった(他の拠点の)専門家を自信もって紹介できるということは少ないものです。結果的に、「応援センター」として認定されたかされないかは、予算配分上の損得はあるものの(それは大きいでしょうが)、利用者から見ると、たんに“屋上屋を架した”だけのものに過ぎません。

(参考)地域力連携拠点事業の予算規模は資料によると約58億円でしたが、中小企業応援センターの予算規模は45億円弱。全体としては20%程度の予算削減ということになるようです。

政治家や仕分け人は、「無駄なものを仕分けできてシメシメ」と自己満足しているかもしれません。でも国の官僚や自治体関係者からすると、「政治家が余計なことをしてくれたので、現実とつじつまを合わせるため、新たな仕組み作りと手続きをわざわざやらざるをえなかった」というあたりが本音かもしれません。そして現場の人間や利用する一般企業からすると「また一つ、似たような名が増えて複雑になった」というのが現実です。いやホント、何をやっているのか。

まあ、今日に始まった話ではなく、どうせ数年するとまた改変されたりするでしょう。正直言って迷惑ですが、まったく時代の変化に対応しないよりはまだましと、ある程度達観を決め込む方が精神的に楽です…。

またしても長い文章になってしまいました。

(参考)
はんわしの「評論家気取り」 屋上屋を架す? 中小企業応援センター

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