新オープンする高級な商業施設にも、昭和レトロ感は確実に広がっているようです。運営コストの高い場所での店舗作りは、また違った展開があるかもしれません。
[東京の新スポットに出現した、レトロなホルモン処とバー]
■古いものが新しく見える時
昭和レトロに関する記事(秋葉原等、居酒屋、定食店、惣菜店)を書いてきました。昭和というシンボルに代表される“ちょっと昔にあった、忘れかけていた匂い”が、今の社会に新鮮に受け入れられているのは間違いないところでしょう。都電荒川線も“復活版”レトロ車両を1両導入したほか、三ノ輪橋停留場にはガス灯のような照明を設置するそうです。
新たに登場する商業施設の店舗作りにも、昭和に限らず日本的な美しさや懐かしさが取り入れられています。瓢箪やつくばいのようなディスプレイがセンス良く飾られていたり、店の外装にいかにも古い日本家屋の様相をほどこしていたりと、工夫がみられるようです。先ごろオープンした東京駅前の新丸ビルや六本木の東京ミッドタウンも例外でなく、近代的なビルのなかにいくつかの“昭和レトロ”が進出しています。
■立ち飲みがファッション
レストラン街で最もレトロ感のあるのが、写真に挙げたモツ焼きの店「日本再生酒場 い志井」でしょうか。昭和30年代の雰囲気作りを目指した立ち飲み形式の店。例によって、店内には昭和の時代のブリキの看板や人形(写真はタイガース?)、小物がちりばめられていて、ビール片手にモツ焼きなどを気軽に頬張ることができます。
この「日本再生酒場」はすでに路面店として新宿、池袋、蒲田、門前仲町などに展開されています。店舗開発・運営はビーヨンシイ。「もつやき処 い志井」のほうが長い歴史があり、そのノウハウを立ち飲み型店舗に応用し始めているようです。
「日本再生酒場」では女性客を積極的に取り入れようとしているようです。女性が立ち飲みをファッションとして楽しむなど、ちょっと前には考えにくかったところです。料理は臭みが少なく食べやすく調理されています。もっともその分、モツの少し癖のある味が好みの人には物足りないかもしれませんが…。
■女性専用のバー
同じ新丸ビルにはもう1軒、「来夢来人(らいむらいと)」という女性専用の昭和レトロなバーがあります。いかにも場末感のある店作りと、いかにもダサい店名。いや、ダサいというより、普通すぎる店名でしょう(日本全国に「来夢来人」というバーはいったい何軒あるのでしょうか)。この場所でわざわざこの名前をつけたところに、“一見怪しそう。でも本当は安心みたい”と思わせる距離感が絶妙です。
やはり昭和30年代あたりの雰囲気作りがされているようです。客層からいうと、もう少し後の世代がメインなのでしょう。私が通りかかったときには、BGMとして「セーラー服と機関銃」がかかっていました。
「昔から一度はこういった店に入ってみたかった。でも男性(特に会社の上司)に連れられて入るのはまっぴらゴメン。かといって女性だけで入ると他の男性酔客からの視線が気になるし…」とか思って入れなかった女性客でも、ここなら安心して入れるのかもしれません。
両店とも「女性にも気軽に受け入れられる昭和レトロ」というところが店舗イメージのカギとなっているのでしょう。場末感といっても本当の場末ではなく、怪しさといっても劇場型にすぎず、あくまでも洗練された店作りと食材の提供を目指しているといえます。この手のコンセプトの外食店は、おそらく今後多数登場することでしょう。
■場代の高さと昼食時の運営
場末の飲み屋やバーが繁盛するのは、一般的にはその場代の安さが重要な要素となっているはずです。
・立ち飲み店の場合
人通りがそこそこある立地は必要だが、経費は全般に抑えられていて、客単価は安くても回転数は高く、薄利多売的であること
・バーの場合
ガード下とまではいかなくても、繁華街の少し端になどに位置し、常連客がそこそこついていること
などが、十分な利益が出る条件でしょう。
一方、新丸ビルのようなかなり高級な立地ともなると、店の賃貸料は決して安くありません。「日本再生酒場」にしても、以前からある路面店は夜の営業だけでペイしたかもしれませんが、新丸ビル店では昼の時間を寝かしておくわけにはいきません。昼食用に、もつ煮定食(ランチ)を数種類用意してあります。
ご存知のように昼時ともなれば、新丸ビルのレストラン街は相当の人出があり、どの店もあちこちにずらっと入店を待つ客が並んでいます。しかしそうした店に比べると、(あくまでも私が立ち寄ったときの印象に過ぎませんが)立ったまま昼食をとろうという人はさほど多くない様子です。定食の中身にしても、味はともかく、街中の定食店と比べるとどうしてもコスト・パフォーマンスが悪くなってしまうことでしょう。とすると、昼時のリピーターはさほど多くないことも予想されます。
■コスト増とどう折り合うのか
まだ開業したばかりなのでこれからかもしれませんが、仮に夜には強くても、昼の営業は課題が残りそうな様子が窺われます。この店に限らず、本来コストをあまりかけずに済んでいた“昭和レトロ”的業態が、高級な商業地で店舗作りをするとなると、
・場代の高い立地条件で
・女性にも安心して受け入れられる程度に手間とコストをかけ
・味など商品の品質も高めのものが求められる
ことを強いられます。
昭和レトロの外食フォーマットは、まだいろいろ試行が重ねられていくのでしょう。