「人・組織の活性化」カテゴリーアーカイブ

「宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶」

[写真中央]の「宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶」(内山崇氏著)。2008年のJAXA試験で最終試験まで進んだ方の著書です。

astronaut select test2008

■「当事者」としての覚悟

書籍としては出版されたばかり(2020年12月)ですが、レポートされている最終試験が行われたのはもう13年も前になります。当時の宇宙飛行士選抜の様子はNHKでもレポートされましたし、漫画「宇宙兄弟」でも宇宙飛行士選抜の様子がたびたび表現されていますが、やはり当事者からの情報は興味深いことばかりです。

結局のところ、重要な役割を担う立場に立てるというのは、本気の経験や覚悟が大きな軸となって自らの内に組み立てられているかどうかにかかっているのでしょう。人間力そのものの重要さに圧倒されるばかりです。付け焼刃だけではなんともなりません。

「宇宙に行きたい」ではなく「宇宙で自分は何ができるか」をきちんと意識しているかどうか… 当事者としての意識がことのほか重要であることが、本書から深く伝わってきます。それは、宇宙飛行士に限られず、他の仕事や立場でも同じかもしれません。

■写真に並べた他の本について:

[写真右]「宇宙飛行士の育て方」(林公代氏著)は、この分野で著名なジャーナリストが2010年に書かれた本で、2008年試験については特に詳しく説明されています。

なお、著者の林公代氏は2014年にも「宇宙飛行士の仕事術」という著書を書かれており、その出版記念に今回の「宇宙飛行士選抜試験」著者である内山崇氏と二人で行われたトークショーをされたことがありました。その場で私も聴講していました。
本サイトの関連記事:
https://mir.biz/2014/05/0600-0105.html

[写真左中]「中年ドクター宇宙飛行士受験奮戦記」(白崎修一氏著)は、1998年宇宙飛行士選抜試験のファイナリストのお一人による体験記(この時の合格者は古川さん、星出さん、山崎さん)。日本における宇宙飛行士試験の内容が一般にも広く知られるようになった先駆けとなる情報だったかと思います。
https://mir.biz/2006/07/1716-1011.html

[写真左端の2冊]「ドラゴンフライ」(ブライアン・バロウ氏)は、かつて宇宙に浮かんでいたロシアの宇宙ステーション「ミール」を舞台としたノンフィクション。米露の宇宙飛行士が共同して事に当たる場面で、大変な困難があったことがわかります。
https://mir.biz/2006/09/0601-1248.html
https://mir.biz/2006/09/1510-4732.html
https://mir.biz/2006/10/1122-1350.html

“まちづくりとオープンデータ活用シンポ”より

まちづくりで、いわゆる“ビッグデータ”または広く標準的なデータに加え、それぞれの地域に密着した情報をいかに見える化し、実務に生かしていくかが求められています。「広域情報+ローカル情報」の組み合わせは、ものづくりIoTの現場や、人材アセスメント・評価での考え方と通じるところがありそうです。

グローバル・コンテンツとローカル・コンテキスト
〔グローバル・コンテンツとローカル・コンテキスト〕

「まちづくりとオープンデータ活用」シンポジウム(主催:Code for Suginami、杉並区産業商工会館にて、2017/9/22)を聴講しました。講演は、庄司昌彦GLOCOM准教授。その後のパネル・ディスカッションは、庄司准教授のほか、笹金光徳高千穂大学学長、杉並区役所の馬場氏、西武信金の山崎氏、モデレータとして新雅史東洋大学助教の5人。あまりまとまっていませんが、以下に気が付いたところを挙げてみました。

■オープンデータをまちづくりに生かすには

本シンポジウムのテーマは、地域社会(地方自治体)の衰退が課題となっている昨今、社会で役立つ調査結果や収集データを「オープンデータ」として整備し、それらをどのようにまちづくりに生かしていけばよいか、です。

なお、文章は話者の発言そのままではなく、筆者(松山)の解釈を含めた表現になっているところがありますので、ご容赦ください。

パネルディスカッションの様子
〔パネルディスカッションの様子〕

– 地域社会の衰退のスピードは変えられる。たとえば島根県海士町は、「島留学」や住民主導のまちづくりなどから、移住者が増えている。
– 日本の高齢者の25%は「友達が一人もいない」という。今後、人々が協調して活動する機会を増やすことが、重要な政策となるだろう。
– 「オープンデータ」とは、単に公開されたデータでなく、「開放(自由に使える)資料(イメージなどを含むさまざまなドキュメント)」である。
– 2016年末に施行された「官民データ活用推進基本法」において、都道府県におけるデータのオープン化計画づくりが義務とされた。

– 商店街の活性度や地域の元気度をどう測るか、「コミュニティカルテ」のようなものができないか研究している。
– 行政(杉並区)の情報政策課として、各部署に情報のオープン化を説得している(が、必ずしも理解が得られるとは限らない?)
– 金融機関はプライバシー情報が多いので、情報はほとんどがクローズドである。だが、金融庁森長官によって進められているディスクロージャーの動きから、銀行はどこもdiscloser誌(決算報告書のようなもの)を開示するようになった。

(参考)
「東京都オープンデータ推進 庁内ガイドライン」
http://opendata-portal.metro.tokyo.jp/www/contents/1491469912683/
「東京都オープンデータカタログサイト」
http://opendata-portal.metro.tokyo.jp/www/index.html
新雅史モデレータの興味深い著書
「商店街はなぜ滅びるのか」 facebook記事(2012年)

■局所的な文脈をいかに組み入れるか

いくつかのテーマのうち、講演者である庄司氏は「ビッグデータや広域で一律的に整備される標準データも必要だが、地域創生などには、それぞれの地域生活に密着した(地域企業が持っているような)ローカルデータが必要となる」という点を特に主張されていました。

中央からの発想、もしくはグローバルという視点を強く持ち出すと、ビッグデータや定量的な社会指標を重視しがちです。まちづくりの目標設定、たとえば補助金・助成金を受けるための目標設定などにおいて、地域の特性とはピントが外れた判断基準だけが一人歩きする危険があるわけです。しかし「想いやこだわりを地域や個店はしっかり持つべき。それなしにオープンデータ(広域・標準のデータ)を活用しようとしても、あまり意味がない」。

このあたりの考え方を自分なりに図式化してみたのが、冒頭の図の上部「まちづくり」として示した部分です。まちづくりにおける「広域・グローバル」データと「個別・ローカル」データのイメージとを対比させてみました。要素が必ずしも論理的に図式化されているわけではなく、概念的な項目と“RESAS”のような個別システム名が混じっています。あくまでもイメージに過ぎません。

個人的な意見になってしまうかもしれませんが、広域・グローバルな部分とは、膨大な「コンテンツ」として存在している、いわば客観的な“測定値”でしょう。一方、個別・ローカルな情報とは、外部から見れば理解しにくい「コンテキスト」(文脈)を含むもの。できるだけ客観化するに越したことはないのですが、必ずしも(普遍的に通用しそうな)客観性だけではなく、その地域、会社、グループ、個人といった粒度での主観性を併せ持つものだと思われます。

(参考)
RESAS:地域経済分析システム(内閣府 まち・ひと・しごと創生本部)」
https://resas.go.jp/

■ものづくり、ひとづくり、でもあてはまる枠組み

冒頭の図ですでに示しているように、筆者(松山)の感想としては、この枠組みはシンポジウムで論じられていた“まちづくり”の場面だけでなく、“ものづくり”(工場)、“ひとづくり”(人材育成)においても同じようなアナロジーができると思われます。

例えばものづくり企業のIT実践でも、米国的なビッグデータ構築や、ドイツ的なIndustry4.0標準化だけでなく、もう少しローカルな、個々の現場から上がってくる情報を組み合わせていくべきとの問題意識があり、日本の中小企業などが研究しています(IVI:インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ など)。

逆にものづくりの側から見ると、生産系の“どろどろしたデータ”は工場やラインの情報化で不可欠だという印象を持っていましたが、商業・マーケティング系でもやはり同じように「マクロで横並びになった情報」と「ミクロで文脈をさぐるような情報」の組み合わせが意識されていて、それがまちづくりというテーマで論じられるとこのシンポジウムのような議論につながってくるのかなと考えます。

さらに、当blogでは以前から何度も、ひとづくりを考える上で「アセスメント」(人事測定)と「イバリュエーション」(人事評価)の違いをテーマとしてきました。これも同じ枠組みで上の図に表現してみました。

(参考)
IVI:インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ
https://www.iv-i.org/
人事測定と人事評価の違い
http://mir.biz/2006/07/0418-5333.html

■ローカルベンチマークの枠組みとのアナロジー

さらにさらに、中小企業の経営状況を分析するツールとして経済産業省が打ち出してきた「ローカルベンチマーク」(通称:「ロカベン」)の枠組みも、同じように比較できそうです。ローカルベンチマークは、従来単に同業種比較で経営指標を見比べ、どこが勝っているのどこが劣っているのと一律の判断をしがちだった反省を踏まえ、定量的な情報(6つの指標)のほかに、定性的な情報(4つの視点)をできるだけわかりやすく枠組みに示したものといえます。

ローカルベンチマーク
〔ローカルベンチマーク〕

(参考)
ローカルベンチマーク(経済産業省)
http://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/sangyokinyu/locaben/

最後にこんな記事をご紹介。コンテキストの必要性について述べた記事ですが、とても面白く読めます。
「紫式部は、なぜ源氏物語を書いたのか?」(池永寛明氏、日経新聞運営のサイトCOMEMO)

「今の日本は、コンテンツが中心で、「それはなぜか?」というコンテクスト(背景・文脈)を追いかけることが苦手な国になっている」
「「巨人の星」の星飛雄馬が1球投げるのに30分番組が終わるというような「長さ」がない」

厚生労働省の助成金体系が変わる

厚生労働省の雇用関係助成金の体系が2017年4月に大幅に見直されました。いくつかの助成金が統廃合されたほか、メニュー全体が整理されて項目数が減ります。また、「生産性要件」の適用拡大などが進められています。

雇用関係助成金改訂図1
〔雇用関係助成金の新旧比較-図1〕

■40種類くらいのメニューを約半減

用意した図3点は、新しく発表された平成29年度の体系(「新体系」と呼ぶことにします)と平成28年度の体系(「旧体系」と呼ぶことにします)を比較したものです。その他いくつか重要と思われる点について挙げてみます(以下、暫定情報を含む)。

厚労省の助成金の数は、数え方や範囲により異なるのですが、旧体系の大枠で30~40種類、細かいコース数で70~100種類と数多くあります。しかも似たような名称のものが多数あり、わけわからない状態になっていました。ずっと従来から引きずってきたのですが、わかりやすくなるように今回整理統合されることとなりました。新体系では23種類(+α)に分類されます。

助成金の見直しは、当然ながら政府政策を受けて進められています。たとえば現在重視されているのは、たんに既存業態のまま雇用を維持するというのではなく、雇用を必要としている分野への労働力のスムーズな移動、および女性・中高年・若年労働者の雇用促進といった観点からの施策の充実でしょう。「中途採用者の拡大」「長期不安定雇用者の雇用開発」「結婚・育児・介護などでいったん職を離れた人の再雇用者の評価処遇」などを目的とした助成金が新設されています。

■生産性要件の拡大

職業能力の開発という視点からは、長年行われてきた「キャリア形成促進助成金」の名称が「人材開発支援助成金」と変更されました。年々複雑化してきたコースも整理統合され、少しわかりやすくなったかもしれません。

雇用関係助成金改訂図2
〔雇用関係助成金の新旧比較-図2〕

助成の対象となる教育訓練は何でもよいわけでなく、図にあるようにいくつかの狙いに沿ったものであることが求められます。「若手育成」「技能継承」「グローバル人材」といった目的がコース名としても示されています。加えて今回注目できるのは「労働生産性の向上に直結する訓練」が新設されたことでしょう。

厚労省の助成金だけでなく、中小企業庁の補助金などを含め、現在の政府施策で非常に重視されているのが「生産性の向上」です。採択要件として生産性の向上指標が組み入れられてきた例が増えています。雇用関係助成金においては、目標とする生産性要件をクリアすれば助成額が割増しとなる助成金の仕組みが組み入れられてきています。

また、政府の「働き方改革実現会議」からもわかるように、非正規雇用者の雇用安定というだけでなく、多様な働き方へ対応できる経営体制へ変化することが日本企業に求められているとされます。「キャリアアップ助成金」「職場意識改善助成金」「両立支援等助成金」などにそれらの施策対応が強く組み込まれてきていることがわかります。

雇用関係助成金改訂図3
〔雇用関係助成金の新旧比較-図3〕

その他、今回というよりすでに数年前から行われていることですが、障害者の雇用促進、人手不足が懸念される建設業労働者に対する訓練環境整備、最低賃金の引き上げ支援などが厚労省系の助成金として用意されています。

※この記事は、初期の情報から、図および説明を一部更新しています(修正:2017年6月15日)。

“アジアで働く、日本で働く-シンポジウム”より

日本企業は、東南アジア人材獲得に本気になりつつある。東南アジアでの日本語学習者は増えている。でもその裏には、人材のミスマッチ、ピントの外れた人材採用、ステレオタイプなイメージと現実の違いも…。

JapanFoundation symposium
[「アジアで働く、日本で働く」シンポジウム]

シンポジウム「アジアで働く、日本で働く」(主催:日本経済新聞、共催:国際交流基金日本語国際センター Aug.20 2014)より。日本企業、海外からの留学生それぞれにとって、グローバル人材の採用/就職の状況はどうなのかが話し合われました。例によって、以下は私の個人的なメモです。発言者名省略。

■日本に馴染みすぎた人材採用は異文化の導入にならない?

日本企業と(日本企業への就職を目指す)学生とのギャップはある。例えば、企業は“日本人化した留学生”を採用したいのか、それとも多様な文化で生活経験のある留学生を採用したいのか。建前として後者を採るようなことを言っている企業も、本音では前者を選ぶことがある。

企業から見ると、文化の違いが大きい外国人を雇用しても、考え方がぶつかってなかなか使いこなせないことがある。しかし、初めから日本文化に馴染んで“日本人化”してしまっている人を採ったら、あまり意味がないのではないか。組織内での化学変化が起こらないのではないか。会社の文化など、入社した後で学べば良いではないか。

学生から見ると、日本企業の情報は非常に少ない。(東南アジアの優秀な学生は、急いで海外人材を求める日本企業から)安易な内定をもらいがち。その結果ミスマッチも増えている。人間関係で辞める人も多い。できれば、学生時代にインターンシップで(規模や業種の違う)3社位で働いてみるのがよいかもしれない。

→(松山コメント:)グローバル化などと旗を上げても、やはり企業側に異なる価値観や多様性を受け入れ、組織自体を変化させていく心構えがないとだめということでしょうね。

■日本の大企業が積極的に東南アジア人材を探している

5年前に日本で就職するのは中小企業の例が多かったが、今は大企業が増えた。いくつかの日本企業は、日本への留学生だけでなく、自ら積極的に現地にアプローチして人材を探している。東南アジアの学生で日本企業に入りたい人なら、今がチャンスだ。

東南アジアから日本企業に勤めようとする動機は、給料の高さでなく、欧米企業に比べ人間を大切にしてくれるという(ステレオタイプな)イメージがあるから。急激な変動が少ないので、一気に責任ある立場に立ちたいという人より、安心して長期的に勤めたいという人が日本企業を選ぶ。

ワーカーとして日系企業に勤めたいという人は減っている。例えばマレーシアでは今年最低賃金制度が導入され、日本でワーカーとして働くメリットは賃金水準の上からも小さい。

→(松山コメント:)欧米の合理主義・スピード優先の人材管理手法に染まっていないことが、意外にも日本企業の独自性としてプラスに働く場面があるといえそうです。しかし実態はステレオタイプのイメージだけでないブラックな体質もあるはずなので、そのあたり、後々悪イメージに転化しないか不安も残ります。

■日本文化への興味が、日本語学習者増に

(登壇者の出身地であるベトナム、ネパールでは)日本語を学ぶ人はかなり増えている。就職のためというより、日本文化・ポップカルチャーへの好奇心がきっかけになっている。

現地の日本語学校は増えた。ただし日本語をきちんと教えられる先生が少なく、教師の質は落ちている。(ベトナムの)大学では、質の高い日本語教師がなかなか雇えない。

→(松山コメント:)現在増えている日本語学習者は、日本語を専門的なレベルで話せる人が増えているというより、どちらかというと日常会話などライトなレベルの日本語や、言葉というより日本文化への理解者が増えているということなのかもしれません。それでも、裾野が広がるという意味で、長期的には十分に歓迎すべきことなのでしょう。

Nikkei Asian Review誌の冠がついたシンポジウムでした。

国際交流基金日本語国際センター25周年記念シンポジウム

「宇宙飛行士の仕事力」

若田光一宇宙飛行士がISSの船長の役割を担い、活躍されています。一つのコミュニケーション・ミスが重大事件を引き起こしかねない宇宙では「誰がリーダーであるかを誇示する必要はない」。組織のあり方について、一つ先の未来モデルを示しているのかもしれません。

「宇宙飛行士の仕事力」p105と表紙
[宇宙飛行士の仕事力、林公代著、日経プレミアシリーズ、2014年]

■宇宙飛行士と管制官
本サイトで久しぶりに、宇宙もの書籍をご紹介します。宇宙ライター林公代氏の最新著。出版に際し4月22日に、東京の八重洲ブックセンターで「宇宙飛行士・管制官の仕事力に迫る!」というトークショーが開かれました。それも聴講してきましたので、本書とトークショーの内容を含めて少しだけメモをまとめてみました。

「宇宙飛行士の仕事力」目次
第1章 日本人初の「国際宇宙ステーション船長」誕生
なぜ船長に選ばれたのか
仕事は打ち上げ前に終わっている
一匹狼型チャレンジャーから協調型リーダーへ ほか
第2章 「1000分の3」の選抜試験
理想の宇宙飛行士8つの資質
覚悟をうながすチャレンジャー号事故の映像
ディスカッションで能力をあぶり出す
最後の合否を分けたもの ほか
第3章 「想定外」でも生きて帰るための訓練
最短4年半の訓練
本番より厳しいシミュレーション
リーダーの間違いを指摘できるか
ミスを極力減らす方法 ほか
第4章 仕事場は宇宙
「あうんの呼吸」の過信は禁物
短時間でチームワークを築くには
命令しないリーダーが一番 ほか
第5章 宇宙飛行士はつらいよ
大変なのに、つらそうに見えないわけ
宇宙飛行士の「引きこもり」事件
遠慮しすぎず、気にしすぎない ほか

■超現実の世界で通用するリーダー像
目次を見るだけでも、これが宇宙に関心のある人だけに役立つ話ではなく、一般の企業、組織、個人にとって多くの示唆があることがわかると思います。

地球上では、組織の中で少しくらいのコンフリクトがあっても、普通は当事者にとって逃げ場が全くないわけではありませんし、直に人の生命につながる場面は少ないでしょう。しかし宇宙では「ちょっとドアを出て外の空気を吸ってくるわ」とはいきません。また、ほんのちょっとのミスがクルー全員の命を危険にさらす可能性があります。この状態を、“生死と隣り合わせの中でごまかしのきかないミッションを遂行していく”という意味で、私はよく「超現実的な世界」と表現しています。

その超現実的な宇宙ミッションの世界にも、かつてのマーキュリー・アポロ計画/スプートニク・ボストーク計画の時代と今とでは、組織づくりに関して大きな考え方の変化があります。NASA(アメリカ航空宇宙局)もРоскосмос(ロシア連邦宇宙局)もそれぞれ失敗を重ねた上で、それぞれの長所を取り入れた運営システムに成長しています。JAXA宇宙飛行士の若田光一さんが日本人として初めて、かつ(軍出身でなく)文民出身として初めてISS(国際宇宙ステーション)の船長となったのは、若田さんの能力・人柄とともに、組織運営の考え方が変わってきた大きな流れの中にあると受け取ることが出来ます。

本書の中に「誰がリーダーであるかを誇示する必要はない。たとえるなら『透明な氷のような船長』でありたい」という若田さんの言葉が紹介されています。かといって、日本のくたびれた組織の管理職のように“いてもいなくても同じ”という存在ではもっと困ります。リーダーは一体何をする役目で、そのためにどんな考え方をもっていたらいよいのか。現代の一つのリーダー・モデルが本書の中で説明されているのではないかと感じられます。

林氏は4年前に「宇宙飛行士の育て方」という本を書かれていまして、その時も本ブログで紹介しようと思っていたのですが、書き逃していました。

■基礎訓練だけで1600時間強?
本書に、JAXA資料による「宇宙飛行士の訓練の流れ」(最短4.5年)と、そのうち基礎訓練(1.5年)の説明が記されています(冒頭の写真参照)。これによると、次のような訓練で構成されています(たぶんここに示されているもの以外にもカリキュラムがあるのだろうと推測します)。

・イントロダクション(163時間)
施設ツアーが105時間と多い
・基礎工学(45時間)
航空宇宙工学概論、電気・電子工学概論、計算機概論
・宇宙機システム・運用概要(53時間)
各国の宇宙機、ロケット等の概要
・ISS/きぼうのシステム(174時間)
ISS運用、ISSシステム、きぼうのシステム・運用訓練
・サイエンス(162時間)
宇宙科学研究、ライフサイエンス、微小重力科学、地球観測・宇宙観測
・基礎能力訓練(1031時間)
一般サバイバル技術訓練、体力訓練(104時間)、飛行機操縦訓練(240時間)、英語(200時間)、ロシア語(200時間)、メディア対応訓練、写真技術、水泳技術ほか

計算してみると計1600時間強。飛行機操縦、語学、および体力関連で全体の約1/2といったところでしょうか。項目を見るだけで我々一般人はため息をついてしまいそうです。もし私が候補生になったとしても、余裕を持って取り組めそうな時間は「水泳技術」(5時間)くらいしかなさそうです。ハァ…

これ以外にも、さまざまな情報が盛り込まれています。

■必要十分な情報を、相手を見て伝える技術
4月22日に行われた八重洲ブックセンターでのイベントは、林公代氏ともう一人JAXA管制官内山崇氏のトークショーで、内山氏は現場で起こるあれこれを結構生々しく話されていていました。内山氏は、自身が宇宙飛行士選抜試験の最終選考まで残った経験があり、その後日本実験棟「きぼう」やHTV「こうのとり」の管制官として活躍されています。

面白い話はいくつもあったのですが、以下に少しだけ挙げてみます(私のメモに基づいて再構成したもので、本人の発言通りではありません)。

まず、主に“管制官”に求められるコミュニケーションの話:
・限られた時間内にコミュニケーションを完了させなければならないので、短い言葉で的確に伝える必要がある。まず結論を言ってから、その理由などを説明する。事前にさまざまな訓練やコミュニケーションをとっていれば、(複雑な背景なども)結論を言った段階ですぐに理解してもらえることもある
・伝えておけば安全だが、忙しい中で当たり前のことを伝えても、無駄になりうる。かといって「彼は言われなくてもわかっているだろう」と安心しすぎてしまうのも、後で問題が起こりかねない。プライオリティの判断はフライトディレクターにかかっていて、重大である
・完璧すぎるリーダーに対しては特にその線引が難しい。現場(ここでは宇宙飛行士)の側としては、たとえわかりきったことを伝えられても、広く聴く姿勢が必要だろう

■マニュアルでもカバーしきれない状況
ついで、マニュアルとルール、リスク管理の話。

・「こうのとり」のマニュアルは、実にその95%がトラブル対処法についての記載である
・運用にあたって、確固としたフライトルールがあり、それに沿っている。リスク回避に関しても、例えば「1つ壊れたときは fail operative」「2つ壊れたときは fail safe」といった指針があり、それに従う。マニュアルにその場合の対処法を示してある(のでその記述が大半を占めてしまう)
・とは言いながら、運用の世界では何ヵ所壊れようが、簡単にミッションをあきらめるというわけにもいかない。マニュアルには1つ2つ壊れた後の対処法まで書かれているが、その先、追加で何をしていくべきなのかをリアルタイムで決めていくことが求められる

人材育成、組織開発、キャリア形成、コミュニケーション論など、いろいろな視点から参考になろうかと思います。