「中年ドクター 宇宙飛行士受験奮戦記」

宇宙飛行士選抜のための項目を掘り出してみました。一般企業のスタッフの人選、社員の選抜、評価にあたっても、少し参考になるところがあるのではないでしょうか。

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中年ドクター 宇宙飛行士受験奮戦記
【白崎修一(著)、学習研究社(刊)、2000年】

■宇宙で貢献したいと思う強い意志
宇宙飛行士の資質や選抜については、「月の記憶 アポロ宇宙飛行士たちの『その後』」「フォロワーシップ(followership)」でも少しずつ触れました。この本はアポロとかの話とはまったく毛色が違い、39歳で初めて宇宙飛行士の選抜試験に応募し最終試験までいった方が、受験者の立場で選抜の様子を興味深く描いた本です。国内の、もしかしたら自分でもトライできると思わせるような身近に感じられる話になっているので、雲の上とも思える米ロの宇宙飛行士選抜の話とは違った面白さを感じさせてくれます。

本書を読むと、誰でも宇宙飛行士を目指すことができるという親近感が感じられます。しかし一方では、半端な気持ちでトライしたところでどうにもならない圧倒的な“何か”が厳然としてあることがはっきりわかります。

・宇宙飛行士という職業を早くから意識し
・長期キャリアを見据えて専門知識を身に付け
・常に自らを磨き、宇宙開発に貢献できる技術や見識を蓄積し
・心身ともにセルフ・コントロールできる意志の強さを持ち
・かつ、たまにしかない募集のタイミングに併せて挑戦できる

そんな資質(と少しの運)がない限り、挑戦さえ覚束ない感を持ちます。

なお、本書には書かれていませんが、この時の選抜で選ばれた3人のうち2人は、宇宙開発事業団(JASDA、現JAXA:宇宙航空研究開発機構の前身)の職員でした。少しだけ意地悪な言い方をすると「選抜が始まる前から合格される方のメドはついていたのではないか」と勘ぐってしまいたくなります。つまり、この時の選抜試験は、はじめから宇宙飛行士になるつもりで事業団に入りキャリアを積んだ方を公式に認めるためのプロセスだったと…。(もちろん、そんなことはなかったはずです)

良し悪しを言っているのではなく、それほど「選抜よりもっと前の人生設計」や「宇宙飛行士になって貢献したいと思う強い意志」が、こうした特殊な仕事でモノを言うのでしょう。「評価」(“アセスメント”ではなく“イバリュエーション” ※参照)するスタンスと考えれば、まさに納得できるものです。

「人事測定と人事評価の違い」

■選抜試験で何を測られるのか
著者の豊かな見識やユーモア、奮闘の様子は、ぜひ本書を読んで楽しんでもらうことにして、ここでは選抜の各段階でチェックされた検査項目または検査内容に視点を絞ってみてみましょう。

下に挙げた項目以外にもいろいろあるはずですが、受験者の立場で「テストされている」と自ら判断できる項目、その多くは結果を客観的に表現できるもの、つまり「アセスメント」(測定)項目です。JAXA(JASDA)による公式の資料にとらわれず、わざと俗っぽい表現と方法で整理してみました。細かい例外は省きます。もちろん私は部外者ですので、本書の情報から勝手に推測しているに過ぎません。


0 応募条件
0-1 学歴:自然科学系の学位で大学を卒業している
0-2 経験:研究職としての実務経験が3年以上ある
0-3 推薦:所属機関の推薦状がある
0-4 英語コミュニケーション力:TOEICのような試験結果で英語能力を証明できる

1 一次試験
1-1 身体的特性:一般の「健康診断」レベルで特に大きな欠陥がない
…たとえば身長(149cm~193cm)、血圧(最高血圧140mmHG以下かつ最低血圧90mmHG以下)、視力(裸眼0.1以上、矯正1.0-以上)など。いくら強い意志があっても、視力などでひっかかってしまう人は少なくないでしょう。
1-2 心理的特性:一般的な「心理テスト」で特に大きな欠陥が見つからない
1-3 一般教養:公務員の一般教養試験のようなもので、そこそこ知識があることを証明できる
1-4 基礎的専門能力:数学・科学系および宇宙開発の分野に関し、そこそこ一般的知識がある

2 二次選抜
2-1 身体的特性:「人間ドック」レベルの検査で特に大きな欠陥がない
…内視鏡検査、X線検査を含め「考えられる限りの検査」を受けたといいます。虫歯や過去の開腹手術の有無などが結構ネックになるようです。かなり踏み込んで身体検査をしても、宇宙での活動に支障がないことが客観的に証明できなければならないことを意味します。
2-2 運動能力:まずまずの体力を保って活動ができる
…トレッドミルによる負荷をかけた心肺機能検査などが行われるとのことです。

■ここからが本番
以上はすべてスクリーニング、つまり最低条件のチェックだといえそうです。このあとが本番の試験といえるのかもしれません。

2-3 意志の強さ:面接の機会に志望動機などをはっきり伝えられる
…採用担当者や宇宙飛行士の毛利さんなどが試験官。英語での受け応えもあるそうです。
2-4 英語コミュニケーション力:英語で状況理解、伝達などができる
…ネイティブ・スピーカーが試験官。短いビデオをみてその内容についての質問などがされる形だったようです。
2-5 潜在的・顕在的精神状態:宇宙飛行士としての職業に適合した心理状態である
…心理面接で過去から現在にいたる精神的影響が引き出されたり、自分でも気が付かない深層心理が調べられたりするとのことです。警察の取調べのようなかなりきつい精神面接もあるとのこと。
2-6 グループ活動への適合性:グループで討論したときに、適切に意思表明や議論ができる

■閉鎖環境テストとヒューストンでの面接
この時の選抜では、三次選抜まで残ったのはわずかに8人。三次選抜の前半は、1週間におよぶ閉鎖環境テスト。後半はヒューストンに飛んで行われた面接が中心とのことでした。

3 三次選抜
3-1 長期滞在の適性:閉鎖環境に長期間カンヅメになっても問題なく合宿生活ができる
3-2 忍耐力:細かい作業にも途中で投げ出すことなく取り組める
…閉鎖環境に閉じ込められている間に「無地のジグソーパズル」や「ワープロ練習」を課題として与えられたとのことです。
3-3 企画立案力:与えられた情報から、テーマに沿った企画を立てることができる
…閉鎖環境に閉じ込められている間に「旅行計画作り」が課題として与えられたとのことです。
3-4 心理的特性:心理テストを何度も受けても大きな欠陥は見つからない
…閉鎖環境に閉じ込められている間に毎日同じ(?)質問紙法による性格検査を受けたというあたりが徹底しています。性格検査は、同じものを何度もやるとむしろ自分を飾る意識がなくなり心理特性が明確になっていくものです。

3-5 思考と操作を両立させる能力:頭で考えながら手を止めることなく作業できる
…閉鎖環境に閉じ込められている間、パソコンを用いた思考&作業コントロールのテストが毎日あるとのことです。
3-6 空間認識力とその中での活動能力:ロボットアームなどを失敗なく操れる
…閉鎖環境に閉じ込められている間、ロボットアームの操作訓練につながるようなちょっとした検査があるとのことです。
3-7 共同プロジェクト推進能力:企画から実制作まで、メンバーと協力して時間をかけて推進できる
…閉鎖環境に閉じ込められている間を通じ、共同でレゴ・ブロックを使ったロボットの制作が課題として与えられました。
3-8 プレゼンテーション能力:成果や考えをきちんと発表し、他人に伝達できる
…完成したロボットについて、考え方や機能などを説明する必要があるわけです。

3-9 論理的思考力・説得力:テーマに沿って議論し、人を説得できる
…閉鎖環境に閉じ込められている間、ディベートのための時間が毎日のように組み込まれていたようです。テーマや各自の役割(司会、肯定派、否定派、まとめ役)は管制室から指示され、受験者はそれに従うことになります。議論の勝ち負けというより、論理的に議論を組み立て、相手をいやな気分にさせないながらも納得させる力が求められているようだと推測されています。
3-10 無重力や宇宙酔いに耐えられる資質がある
…水平回転装置による身体能力の検査。つまりあの有名(?)な“回転いす”でぐるぐる回される訓練のこと。「コリオリ加速度負荷検査」というらしい。
3-11 芸術や文学などに積極的に取り組める素養がある
…「人文芸術的面接」として、テーマに沿った絵を描くことが求められたとのことです。

■最終面接へ
以上がほぼ「アセスメント(≒測定)」に近いものといえます。もちろん、アセスメントだけでなく、随時「イバリュエーション(≒評価)」がされていたのは間違いないわけですが、ここではわざとアセスメント的な表現で列挙しました。

しかし以下はもう、アセスメントではなくあきらかにイバリュエーションのためのものといってよさそうです。

3-12 総合的判断:「こいつは果たして本当に強い意志があるのか!」の見極め
 (a) NASA現役宇宙飛行士による面接
 (b) 日本人宇宙飛行士による面接
 (c) 宇宙開発事業団役員による面接
3-13 宇宙飛行士としての生活への対応能力
…実際にはテストという形をとっていませんが、ヒューストンまで行って現役宇宙飛行士などのパーティに何度か参加したり、スペースシャトルのシミュレーション機に乗ってみたり、さまざまな機会を通じて関係者が集う機会を設けていたりします。これらを通じて意識的または無意識的に選抜側による被選抜者の観察がされているのは間違いないでしょう。テストというより、宇宙飛行士になる(有名になる)ことで生じるさまざまな生活のシミュレーションといったほうがよさそうです。

4 最終面接
4-1 総合的判断:宇宙開発事業団の役員が評価して合格と認められること


繰り返しになりますが、以上はJASDA(JAXA)の資料でも著者がまとめた内容でもありません。テストの内容がどのような意味を持っていたのか、あるいは持っていなかったのか。さらにはどのように評価に利用されたのかはもちろん公になっていません。あくまでもこの評を書いている私の勝手なまとめと推察です。

こうみてみると、かなりたくさんの項目を挙げることができます。でも実際に選抜の最終段階で選抜する側が意識する事柄は、かなり少ないような気がします。先に触れたように、選抜試験より前に相当部分が決まっている「人生設計」や「強い意志」とかが決め手となるのでしょうが、これらはこの場になってとってつけたようにアピールできるというものでもないのでしょう。

選抜のシステムや実際について、宇宙機関の関係者からぜひ何らかの機会にじっくり聞いてみたいものです。

▽追加記事:
2009年3月に、NHKスペシャル「宇宙飛行士はこうして生まれた~密着・最終選抜試験~」という番組が組まれました。
宇宙飛行士選抜(NHK特集より)


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