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“まちづくりとオープンデータ活用シンポ”より

まちづくりで、いわゆる“ビッグデータ”または広く標準的なデータに加え、それぞれの地域に密着した情報をいかに見える化し、実務に生かしていくかが求められています。「広域情報+ローカル情報」の組み合わせは、ものづくりIoTの現場や、人材アセスメント・評価での考え方と通じるところがありそうです。

グローバル・コンテンツとローカル・コンテキスト
〔グローバル・コンテンツとローカル・コンテキスト〕

「まちづくりとオープンデータ活用」シンポジウム(主催:Code for Suginami、杉並区産業商工会館にて、2017/9/22)を聴講しました。講演は、庄司昌彦GLOCOM准教授。その後のパネル・ディスカッションは、庄司准教授のほか、笹金光徳高千穂大学学長、杉並区役所の馬場氏、西武信金の山崎氏、モデレータとして新雅史東洋大学助教の5人。あまりまとまっていませんが、以下に気が付いたところを挙げてみました。

■オープンデータをまちづくりに生かすには

本シンポジウムのテーマは、地域社会(地方自治体)の衰退が課題となっている昨今、社会で役立つ調査結果や収集データを「オープンデータ」として整備し、それらをどのようにまちづくりに生かしていけばよいか、です。

なお、文章は話者の発言そのままではなく、筆者(松山)の解釈を含めた表現になっているところがありますので、ご容赦ください。

パネルディスカッションの様子
〔パネルディスカッションの様子〕

– 地域社会の衰退のスピードは変えられる。たとえば島根県海士町は、「島留学」や住民主導のまちづくりなどから、移住者が増えている。
– 日本の高齢者の25%は「友達が一人もいない」という。今後、人々が協調して活動する機会を増やすことが、重要な政策となるだろう。
– 「オープンデータ」とは、単に公開されたデータでなく、「開放(自由に使える)資料(イメージなどを含むさまざまなドキュメント)」である。
– 2016年末に施行された「官民データ活用推進基本法」において、都道府県におけるデータのオープン化計画づくりが義務とされた。

– 商店街の活性度や地域の元気度をどう測るか、「コミュニティカルテ」のようなものができないか研究している。
– 行政(杉並区)の情報政策課として、各部署に情報のオープン化を説得している(が、必ずしも理解が得られるとは限らない?)
– 金融機関はプライバシー情報が多いので、情報はほとんどがクローズドである。だが、金融庁森長官によって進められているディスクロージャーの動きから、銀行はどこもdiscloser誌(決算報告書のようなもの)を開示するようになった。

(参考)
「東京都オープンデータ推進 庁内ガイドライン」
http://opendata-portal.metro.tokyo.jp/www/contents/1491469912683/
「東京都オープンデータカタログサイト」
http://opendata-portal.metro.tokyo.jp/www/index.html
新雅史モデレータの興味深い著書
「商店街はなぜ滅びるのか」 facebook記事(2012年)

■局所的な文脈をいかに組み入れるか

いくつかのテーマのうち、講演者である庄司氏は「ビッグデータや広域で一律的に整備される標準データも必要だが、地域創生などには、それぞれの地域生活に密着した(地域企業が持っているような)ローカルデータが必要となる」という点を特に主張されていました。

中央からの発想、もしくはグローバルという視点を強く持ち出すと、ビッグデータや定量的な社会指標を重視しがちです。まちづくりの目標設定、たとえば補助金・助成金を受けるための目標設定などにおいて、地域の特性とはピントが外れた判断基準だけが一人歩きする危険があるわけです。しかし「想いやこだわりを地域や個店はしっかり持つべき。それなしにオープンデータ(広域・標準のデータ)を活用しようとしても、あまり意味がない」。

このあたりの考え方を自分なりに図式化してみたのが、冒頭の図の上部「まちづくり」として示した部分です。まちづくりにおける「広域・グローバル」データと「個別・ローカル」データのイメージとを対比させてみました。要素が必ずしも論理的に図式化されているわけではなく、概念的な項目と“RESAS”のような個別システム名が混じっています。あくまでもイメージに過ぎません。

個人的な意見になってしまうかもしれませんが、広域・グローバルな部分とは、膨大な「コンテンツ」として存在している、いわば客観的な“測定値”でしょう。一方、個別・ローカルな情報とは、外部から見れば理解しにくい「コンテキスト」(文脈)を含むもの。できるだけ客観化するに越したことはないのですが、必ずしも(普遍的に通用しそうな)客観性だけではなく、その地域、会社、グループ、個人といった粒度での主観性を併せ持つものだと思われます。

(参考)
RESAS:地域経済分析システム(内閣府 まち・ひと・しごと創生本部)」
https://resas.go.jp/

■ものづくり、ひとづくり、でもあてはまる枠組み

冒頭の図ですでに示しているように、筆者(松山)の感想としては、この枠組みはシンポジウムで論じられていた“まちづくり”の場面だけでなく、“ものづくり”(工場)、“ひとづくり”(人材育成)においても同じようなアナロジーができると思われます。

例えばものづくり企業のIT実践でも、米国的なビッグデータ構築や、ドイツ的なIndustry4.0標準化だけでなく、もう少しローカルな、個々の現場から上がってくる情報を組み合わせていくべきとの問題意識があり、日本の中小企業などが研究しています(IVI:インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ など)。

逆にものづくりの側から見ると、生産系の“どろどろしたデータ”は工場やラインの情報化で不可欠だという印象を持っていましたが、商業・マーケティング系でもやはり同じように「マクロで横並びになった情報」と「ミクロで文脈をさぐるような情報」の組み合わせが意識されていて、それがまちづくりというテーマで論じられるとこのシンポジウムのような議論につながってくるのかなと考えます。

さらに、当blogでは以前から何度も、ひとづくりを考える上で「アセスメント」(人事測定)と「イバリュエーション」(人事評価)の違いをテーマとしてきました。これも同じ枠組みで上の図に表現してみました。

(参考)
IVI:インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ
https://www.iv-i.org/
人事測定と人事評価の違い
http://mir.biz/2006/07/0418-5333.html

■ローカルベンチマークの枠組みとのアナロジー

さらにさらに、中小企業の経営状況を分析するツールとして経済産業省が打ち出してきた「ローカルベンチマーク」(通称:「ロカベン」)の枠組みも、同じように比較できそうです。ローカルベンチマークは、従来単に同業種比較で経営指標を見比べ、どこが勝っているのどこが劣っているのと一律の判断をしがちだった反省を踏まえ、定量的な情報(6つの指標)のほかに、定性的な情報(4つの視点)をできるだけわかりやすく枠組みに示したものといえます。

ローカルベンチマーク
〔ローカルベンチマーク〕

(参考)
ローカルベンチマーク(経済産業省)
http://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/sangyokinyu/locaben/

最後にこんな記事をご紹介。コンテキストの必要性について述べた記事ですが、とても面白く読めます。
「紫式部は、なぜ源氏物語を書いたのか?」(池永寛明氏、日経新聞運営のサイトCOMEMO)

「今の日本は、コンテンツが中心で、「それはなぜか?」というコンテクスト(背景・文脈)を追いかけることが苦手な国になっている」
「「巨人の星」の星飛雄馬が1球投げるのに30分番組が終わるというような「長さ」がない」

インシデント・プロセス

事故(アクシデント)につながりかねない出来事(インシデント)に気づき、必要な情報を集めて処置をする。事例を基にした演習手法の一つで、教育訓練に利用されています。さまざまなバリエーションがあります。

インシデント・プロセス事例研究法
〔インシデント・プロセス事例研究法〕

■ケーススタディ的な訓練手法
インシデント・プロセス(Incident Process)とは事例演習の一つで、“問題が起こりつつある状態”または“ある発生した出来事”が知らされ、そこからさらに必要な情報を収集、分析して問題解決を行っていく手法です。一般のケーススタディのように背景事項などを含めた長い事例説明文が提示されて、じっくり読み込んでから解決策を探っていくという方法と違い、当初は「組織図と、半ページ程度の長さの事例文または画像やロールプレイ」だけで演習を開始します。必要な情報は(講師や当事者への)質問を通じて自ら探していくことが求められます。

少し前に「インバスケット・ゲーム」と呼ばれる演習を解説した専門書を当サイトの記事でご紹介しました(「管理能力開発のためのインバスケット・ゲーム」)。いずれも20世紀半ばに米国で開発されたケーススタディ的な教育・訓練法という位置付けから、インバスケット法とインシデント・プロセス法はよく並んで説明されます。

ちょっと変わった演習ですが、運用方法によっては事前準備が比較的少なく済むとともに、結構実践的で役立つものになりえます。一般には、中間管理職層のマネジメントスキルまたはヒューマンスキル向上を目的に用いられます。

原型は、この手法の開発者(Paul Pigors)の名をとり「ピゴーズ・インシデント・プロセス」(PIP)と呼ばれます。冒頭写真の書籍「インシデント・プロセス事例研究法」の著者がピゴース氏です(この書籍は絶版となっているので手に入りにくくなっています)。もっとも、元の手法をそのまま実際の演習形態に持ち込もうとしても今の時代に必ずしも合っていないところがあり、さまざまなバリエーションができています。

■PIP:5段階の事例分析
PIPは、次のような性質をもつとされています。
・体験学習であること
・扱うケースはすべて実際に起こったことでなければならない。事実でないことをわずかでもでっちあげない(フィクション不可)。推測を事実であるかのように言わない

分析は次の5段階で進めるとされています。
1) 事例が提示される(ささいなインシデントに気づく)
2) 必要と思われる事実を集めてまとめる(事実を補完して関連づける)
3) 処置すべき問題を決める(直ちに処理しなければならない課題を明確にする)
4) 決心と理由を述べる(代替案から適切なものを選び出し、意思決定をする)
5) 教訓を考える(全体を振り返る、長期の組織目標を考える)

最後の段階では、「今」処理すべき課題だけでなく、前提となっていた「方針」レベルで考えて根本的な対策を描くことが求められます。演習を繰り返すことで、長期的に社員の経営管理能力を開発できるとされます。

一方PIPの欠点としては、次のような点があるとされます。
・教育効果ははっきりしない部分が多いこと
・講師やリーダーの力量、受講生からの信頼度、受講生の学習意欲の盛り上がり方などに成果が左右されること

この演習には思いのほか“深さ”があり、とくに利用者が繰り返し経験することによって、教育の焦点が変わっていくことが特徴とされます。本書では次のように説明されています。
・第1期は題材となっているケースそのものへの興味
・第2期はPIP法の5段階テクニック(研究方法)を使うことへの興味
・第3期は事例研究そのものが一つのケースであるということの興味
・第4期は日常への適用

ようするに、個々の事象の問題解決から入った後、手法の使い方そのものに興味を持ちはじめ、ひいては研修という特殊な場から日常的な業務の場に応用できるということでしょう。

■特定のテーマに絞った応用ができないものか
私見ですが、演習の性質からすると、「一般的なマネジメント」といった内容より、限られた環境や特定のテーマを前提とした中での訓練に向いているのではないかとも思われます。技能・技術研修の一部としても有効なのではないでしょうか。ほんの一例にすぎませんが、
・専門的機械の運用技術の伝達
・航空機など乗り物の操縦技術の向上
・情報セキュリティ管理能力の向上
・熟練加工技能の可視化
など、目的を絞った研修に応用が利くかもしれません(あくまでもアイデアレベルの話です)。

なお、インバスケットと同様、インシデント・プロセスを(教育訓練ツールとしてではなく)アセスメント・テストとしての位置付けをもたせることもできます。ただしその場合、元祖PIPの枠組みでは不可能でしょう。たとえばフィクションの世界の中で題材を用意すること、さまざまな質問をあらかじめ想定して情報収集方法を組み立てること、グループ討議によらない個人単位での解答方式を用意すること、などの準備が必要になるでしょう。セミナー会社、人事アセスメント会社がさまざまな工夫をしていますので一概に結論付けることはできませんが、基本的には能力測定(アセスメント・テスト)より、能力向上のための訓練を主眼に置かれている場合が多いと考えられます。

■インシデントとアクシデント
余談かもしれませんが、ここで繰り返し出てくる「インシデント(Incident)」という言葉は、あらためておさえておきたい概念です。単純な表現をすると、明確な事故のことを「アクシデント(Accident)」と呼ぶのに対して、その一歩手前でアクシデントにつながりかねない出来事が「インシデント」です。

一般に、「1つの重大なアクシデント」の裏には「約30の軽微なアクシデント」があり、さらにその裏には「約300のインシデント」がある、という言い方がされます。大げさな組織マネジメントという立場の人だけでなく、ごく小規模なグループ(例えば家庭)でも、こうしたインシデントをとらえ、かつそれらのインシデントが重要なのか無視したほうが良いのかなどを判断できる力がある人こそが、危機対応能力のある人ということになるでしょうか。

私事ですが、以前あるビジネスパーソン向け原稿で「アクシデント」と「インシデント」の違いの説明を重要事項と思って入れたら、編集者にカットされてしまい残念に思ったことがあります。日本語では「インシデント」に相当するぴったりした言葉がないため、このあたりの概念はすぐに理解されないことがあるのかもしれません。

何をもってインシデントと判断すればよいのか…。状況や社会の価値観によっても変わってくる概念だと思います。インシデント・プロセスという訓練手法を実際に経験するか否かとは別に、こうした手法を知ることで、管理・技術・技能いずれの領域でも、危機や不良発生に対する意識を高めることができそうな気がします。

身体を測る 10-「最新・疲労の科学(医学のあゆみ)」

“疲労を科学的に測る”手法が、結構身近になりつつあります。テレビの科学番組などでも採り上げられることが増えました。研究論文がまとめられ、専門医学誌に特集として「疲労の科学」が掲載された号をご紹介します。

「最新・疲労の科学」
【「最新・疲労の科学」医学のあゆみ第228巻・第6号、2009年2月7日、医歯薬出版刊】

■疲労のメカニズムから疲労回復のためのサプリまで
先日、大阪市立大学21世紀COEプログラム「疲労克服研究教育拠点の形成」主催(大阪産業創造館 共催)の「疲労を斬る!! ~疲れない、疲れを取るための商品・サービスづくりを目指す~」という公開シンポジウムを聴きに行き、その時に購入した本です。副題は「日本発:抗疲労・抗過労への提言」。同シンポジウムの発表内容などが満載された論文集です。

まず「疲労とは何か」という漠然とした問いかけに対し、現時点での科学的な考え方といくつかの仮説が提示されます。次にいくつかの代表的な疲労計測方法について、その手法と研究結果が示されています。さらに、疲労と疾患との関係や、診断・治療の指針または可能性に関する論文数本。最後に、疲れを取るためのサプリメント(トクホ商品)開発などの取り組みが、きちんとした研究データをもとに語られています。

医学関連の専門研究者だけでなく、健康ビジネスやスポーツに携わる方々などにとっても、「疲労の科学」の最新情報、基礎的データを得られるという意味で、役立つ情報源だと思われます。

〔目次(概略)〕
・疲労の科学とメカニズム
疲労のメカニズム/中枢性疲労の動物モデルと睡眠誘導メカニズム/ヒト脳疲労…
・疲労の計測
質問票法による疲労の評価/疲労の生理学的計測/疲労のバイオマーカー…
・疲労の臨床
慢性疲労症候群の診断の実際/ストレス関連疾患/疲労と精神医学…
・抗疲労・抗過労食薬環境空間開発
抗疲労食品開発プロジェクト/産業疲労特定検診…
・付録 抗疲労臨床評価ガイドライン

■自律神経の測定、アミラーゼの測定
最近のNHKテレビ「サイエンスZERO」でも、例えば疲労を測る手段として次の2つが紹介されていました。もちろんこれらの説明についても、本誌に示されています。

a.自律神経の計測
b.唾液のアミラーゼ量の計測

aは本サイトの「身体を測る 08-心拍はゆらぐ」および「身体を測る 05-健康状態がわかる睡眠シート」で、bは「身体を測る 09-ストレスの強さを測る」で、それぞれ睡眠品質の測定とストレス測定というテーマの中で紹介したやり方にほかなりません。

シンポジウムの情報やテレビでの取り上げられ方をみていくと、疲労測定が意外に早く実用化し、かなり我々の生活に近づいていることを感じます。体脂肪測定が今はごくあたりまえに家庭の体重計でできるようになったことと同様、上記2種類(a、b)の疲労測定法も、もしかしたら個人が家庭でも簡単に利用する時代になっていくのかもしれません。

■小型の脈波計測システム
シンポジウムの会場ではいくつかのデモンストレーションが行われ、私も自律神経の計測器を用いた疲労測定(上記a)を受けることができました(サービスの提供元:産業疲労特定検診センター、システムの販売元:ユメディカ)。片手の指を計測器にはさみ脈波を測り、拍のゆらぎ(LFとHF成分:「身体を測る 08-心拍はゆらぐ」参照))を分析する装置を用いた診断です。計測器は小型で扱いやすいもののようなので、もしこれが量産されていけば、安価に手に入る健康測定器(単独またはPC接続用)として広まることも考えられます。

ちなみに、当日の私は朝から動いてかなり疲れていたうえに、シンポジウムの客席では数時間聴講。シンポジウムは結構盛況だったようなので混んでいて、座っているだけで疲れが倍加し、夕方には気持ち的に疲労困憊状態でした。その状態で疲労計測したため、交感神経の発揮度(緊張のしやすさ)を表す指数LF/HFが相当に悲惨な数字としてでてしまいました。

…普通状態では1.5~2.5位、基準値として5.0以下のところ、私は「13.32」

いやはや、何よりおとなしく長時間狭い椅子に座っているのが私にはかなり苦痛だったもので…、見事にその状態が数字として計測されてしまったようです(笑)。

宇宙飛行士選抜(NHKスペシャルより)

NHKスペシャル「宇宙飛行士はこうして生まれた~密着・最終選抜試験~」。宇宙飛行士の選抜試験にテレビカメラが入ったのは初めてだそうです。閉鎖環境試験で個々の受験者が評価されていく様子など、興味深い番組でした。

Nスペ宇宙飛行士選抜
〔NHKスペシャル 宇宙飛行士選抜試験〕

■テレビカメラで見る選抜の様子
10年ぶりに行われたJAXAの宇宙飛行士選抜試験の内容が、NHKスペシャルで報道されました(NHKの番組宣伝ページ)。最終選考に残ったのは10人。うち2人、油井さんと大西さんが選抜されたことが先日報道されたばかりですが、その選抜の一端が画像で示されました。

前回(10年前)の宇宙飛行士選抜時の際、最終選抜まで残った白崎修一さんという方が大変興味深い本を著しています。本サイトでもその本を紹介「中年ドクター 宇宙飛行士受験奮戦記」させていだたきました。その他「閉鎖空間の人間関係(NBonlineより)」など、宇宙飛行士選抜と一般企業でのマネジメントを絡めながらいくつか記事を書いてきました。

JAXAとしては、選抜で重視する内容が毎回変わってきていることでしょう。今回の選択では、宇宙ステーションでリーダーとなって働けるコマンダーの選抜を目指しているようで、番組でも閉鎖空間でのリーダーシップのとり方を評価している様子が特に強調されていました。

■最終選抜まで残ったのは10人
番組によると、今回の選抜は次のステップで行われたとのこと。

0 応募:理科系のバックグラウンドと実務経験 →963人が応募
1 英語力や仕事の実績審査 →230人に絞られる
2 物理や化学などの専門知識の審査 →50人に絞られる
3 医学検査、および面接 →10人に絞られる
4 閉鎖環境試験、NASAでの面接、最終面接 →2人合格

最終面接に残ったのは、パイロット4人(油井氏、大西氏、S氏、D氏)、医師2人(E氏、K1氏)、科学者・技術者4人(A氏、U氏、K2氏、Y氏)。正直、この人たちがすでに持っているキャリアの内容を聞くだけで、我々一般人はため息をついてしまいそうです。それほど超優秀な方々が選ばれています。おそらく、この段階になると誰でも十分に宇宙飛行士になる資質を持っている方ばかりなのでしょう。

■閉鎖試験で測られる資質
宇宙飛行士に必要な資質としては、次の4点ほどが説明されていました。

1 リーダーシップ
2 ストレス耐性
3 場を和ませる力
4 緊急対応力

これらを閉鎖環境の中で測るための試験は20種類以上行われたとのこと。うち
・ロボットの設計と製作
・折り紙(多数の鶴を折り続ける)
・特技の披露
などが映像で示されていました。その後米国NASAに出向いて行われた面接試験、日本での最終面接などが紹介されていました。

正直いってテレビで紹介された試験の内容はごく一部に過ぎません。先に触れた白崎さんの本「中年ドクター 宇宙飛行士受験奮戦記」の方が詳しいと思われます。しかし、実際に映像でこれらの様子が見られるのは、やはりインパクトがあります。

そして最後に受験者に問われるのはやはり「覚悟」だとのこと。これはたぶん宇宙飛行士だけでなく、他の職業でも基本的な同じことなのだろうと推測します。

「管理能力開発のためのインバスケット・ゲーム」

インバスケット・ゲーム(未決済の情報をみて、その処理方法を考えさせる演習)という技法を、マネジメント能力育成に主眼を置いて解説した専門書。この手法の理解のほか、前提となる個人特性(パーソナリティ)についての説明も役立ちます。

インバスケット・ゲーム
「管理能力開発のためのインバスケット・ゲーム [改訂版]」
【槇田仁、伊藤隆一、小林和久、荒田芳幸、伯井隆義、岡耕一(著)、2008年刊(初版は1988年刊)、金子書房】

■管理能力開発の一手法
いわゆる未決箱(インバスケット、in-basket)に入っているさまざまな情報を取り出して、限られた時間内にその対処法を考え、処理していく演習のことを「インバスケット法」といいます。企業などの架空ケースを想定して、その条件の下でいかに適切に処理できるかを文章で回答する演習です。個人の能力測定(アセスメント)に使うときは「インバスケット・テスト」、能力開発に使うときは「インバスケット・ゲーム」といった言い方をします。

いわゆる「ケーススタディ」「ケースメソッド」とは異なる手法ですが、事例演習という大きな枠組みで見れば同類のものといえるでしょう。20世紀半ごろに米国で開発された教育・訓練、測定技法で、本書によると「アセスメント・センター方式の演習として最も予測力がある演習とみなされている」そうです。

本書は、管理者能力開発の手段としてインバスケット法を用いるときの、その題材の開発方法、活用方法を具体的に示した専門書です。インバスケットの考え方のベースとなる概念フレーム、さらには性格・能力・適性といった特性の意味についても、本書前半(第I部)で詳しく説明しています(※)。

〔目次〕
第I部 管理能力とパーソナリティ
パーソナリティ
管理能力
管理能力の発見と開発
第II部 「インバスケット・ゲーム」開発の史的瞥見ならびに現状
「インバスケット技法」とは
日本のインバスケット技法
インバスケット技法の特徴の吟味ならびに活用法の検討
第III部 管理能力開発のための「インバスケット・ゲーム」
管理能力開発技法の検討
インバスケット・ゲームの作成法ならびに活用法
T電力版インバスケット・ゲーム
研修の進め方
追跡調査

(※)本書では、パーソナリティ(個人特性)の構造を大きく
・環境 ・身体 ・能力 ・性格 ・指向
の5種類に分けるとともに、そこから表出される管理能力を
・アドミニストラティブ・スキル(狭い意味での管理技能)
・ヒューマン・スキル(対人関係技能)
・テクニカル・スキル(職能分野における実務知識・技能など)
の3種類に整理しています。

■「苦情が来たゾ。お前が責任もって処理せよ!」(by上司)
インバスケットで与えられる課題のごく一例を挙げると、次のようなものです。

・懇親会出席の依頼書…スタッフの誰かを外部の会合に出してくれ!
・緊急連絡メモ…仕入先の一つが倒産したゾ!
・顧客からの苦情…この苦情をおまえのところで責任もって処理せよ!(上司の命令)
・総務からの依頼…恒常化した時間外勤務を削減せよ!

たとえば懇親会出席の依頼書に対しては、適切な出席者を選び、指示をして、必要であれば代替案を作っておく。倒産情報に対しては、確実な情報収集を行うとともに、並行してその業者への支払残などを確認しておく…。そうした想定回答を用意しておきます。

想定される対処法など適切な記述が書かれていれば加点、手の打ち方がピントはずれだったり、あらかじめ想定した条件からみて非現実的だったりすると減点です。かりに対処方法そのものは的を射ていても、関係者への配慮なしに独断で処理してしまったりすると、「テクニカル・スキルは○だが、ヒューマン・スキルは×」などといった採点が可能です。

■題材の開発・保守は相当に困難か
インバスケット法を用いた演習ツールは、うまくはまると実践的な訓練になると思われます。中堅管理職の能力育成に頭を痛めている経営者や人事関連の方にきっと参考になるでしょう。インバスケット法というものを言葉で知っていたがその内容まで知らない方にも、本書の実例を見ると納得できるかもしれません。

ただ、一般的なケーススタディ題材よりもさらに細かい設定、分析、予測、作りこみが必要です。たとえ企業規模の少し大きな企業であっても、わざわざ自社向けに演習題材を作るとなると、手間がかかりすぎるものだと思われます。もしインバスケット演習を取り入れたければ、一般企業の立場としては、インバスケット演習を提供している教育機関(セミナー会社)を探し、それらの中から選ぶしかないといわざるを得ません。本書はインバスケット演習の「開発」まで視野に入れた記述になっていますが、プロのセミナー会社などを除くと手を出さないほうが賢明です。

本書の記述を読むと、演習題材を一度作ってそのまま修正なしに継続させるというより、常に対象企業の状況に合わせて「改訂を続けてきた」とあります。たしかに、経済状況の変化、価値観の変化、意図しない回答などにあわせて保守していく手間が相当かかるであろうことは容易に想像できます。その意味では企業の枠を超えた客観的なアセスメントテスト(測定ツール)として機能するより、教育目的、能力開発が主眼になることが多いのかと推測します。

かなり専門性のある高価(8500円+税)な本です。先に触れた、本書の前半部分(個人特性の説明など)がすっきりした解説になっていて、あるいはこのあたりの記述が一般的に最も役立つのかもしれません。