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身体を測る 10-「最新・疲労の科学(医学のあゆみ)」

“疲労を科学的に測る”手法が、結構身近になりつつあります。テレビの科学番組などでも採り上げられることが増えました。研究論文がまとめられ、専門医学誌に特集として「疲労の科学」が掲載された号をご紹介します。

「最新・疲労の科学」
【「最新・疲労の科学」医学のあゆみ第228巻・第6号、2009年2月7日、医歯薬出版刊】

■疲労のメカニズムから疲労回復のためのサプリまで
先日、大阪市立大学21世紀COEプログラム「疲労克服研究教育拠点の形成」主催(大阪産業創造館 共催)の「疲労を斬る!! ~疲れない、疲れを取るための商品・サービスづくりを目指す~」という公開シンポジウムを聴きに行き、その時に購入した本です。副題は「日本発:抗疲労・抗過労への提言」。同シンポジウムの発表内容などが満載された論文集です。

まず「疲労とは何か」という漠然とした問いかけに対し、現時点での科学的な考え方といくつかの仮説が提示されます。次にいくつかの代表的な疲労計測方法について、その手法と研究結果が示されています。さらに、疲労と疾患との関係や、診断・治療の指針または可能性に関する論文数本。最後に、疲れを取るためのサプリメント(トクホ商品)開発などの取り組みが、きちんとした研究データをもとに語られています。

医学関連の専門研究者だけでなく、健康ビジネスやスポーツに携わる方々などにとっても、「疲労の科学」の最新情報、基礎的データを得られるという意味で、役立つ情報源だと思われます。

〔目次(概略)〕
・疲労の科学とメカニズム
疲労のメカニズム/中枢性疲労の動物モデルと睡眠誘導メカニズム/ヒト脳疲労…
・疲労の計測
質問票法による疲労の評価/疲労の生理学的計測/疲労のバイオマーカー…
・疲労の臨床
慢性疲労症候群の診断の実際/ストレス関連疾患/疲労と精神医学…
・抗疲労・抗過労食薬環境空間開発
抗疲労食品開発プロジェクト/産業疲労特定検診…
・付録 抗疲労臨床評価ガイドライン

■自律神経の測定、アミラーゼの測定
最近のNHKテレビ「サイエンスZERO」でも、例えば疲労を測る手段として次の2つが紹介されていました。もちろんこれらの説明についても、本誌に示されています。

a.自律神経の計測
b.唾液のアミラーゼ量の計測

aは本サイトの「身体を測る 08-心拍はゆらぐ」および「身体を測る 05-健康状態がわかる睡眠シート」で、bは「身体を測る 09-ストレスの強さを測る」で、それぞれ睡眠品質の測定とストレス測定というテーマの中で紹介したやり方にほかなりません。

シンポジウムの情報やテレビでの取り上げられ方をみていくと、疲労測定が意外に早く実用化し、かなり我々の生活に近づいていることを感じます。体脂肪測定が今はごくあたりまえに家庭の体重計でできるようになったことと同様、上記2種類(a、b)の疲労測定法も、もしかしたら個人が家庭でも簡単に利用する時代になっていくのかもしれません。

■小型の脈波計測システム
シンポジウムの会場ではいくつかのデモンストレーションが行われ、私も自律神経の計測器を用いた疲労測定(上記a)を受けることができました(サービスの提供元:産業疲労特定検診センター、システムの販売元:ユメディカ)。片手の指を計測器にはさみ脈波を測り、拍のゆらぎ(LFとHF成分:「身体を測る 08-心拍はゆらぐ」参照))を分析する装置を用いた診断です。計測器は小型で扱いやすいもののようなので、もしこれが量産されていけば、安価に手に入る健康測定器(単独またはPC接続用)として広まることも考えられます。

ちなみに、当日の私は朝から動いてかなり疲れていたうえに、シンポジウムの客席では数時間聴講。シンポジウムは結構盛況だったようなので混んでいて、座っているだけで疲れが倍加し、夕方には気持ち的に疲労困憊状態でした。その状態で疲労計測したため、交感神経の発揮度(緊張のしやすさ)を表す指数LF/HFが相当に悲惨な数字としてでてしまいました。

…普通状態では1.5~2.5位、基準値として5.0以下のところ、私は「13.32」

いやはや、何よりおとなしく長時間狭い椅子に座っているのが私にはかなり苦痛だったもので…、見事にその状態が数字として計測されてしまったようです(笑)。

高齢者を見守るハイテク・システム

一人住まいの高齢者が増えた現代ですが、ハイテクを駆使して家族や介護関係者が遠隔地から安否確認をするサービスが多数登場してきました。

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■センサー技術と通信性能の向上
少し前に記事として「社会安全システム」という本をご紹介しました。同書にもさまざまな事例が書かれていたように、情報技術と通信ネットワークをうまく利用することで人の安否情報や行動情報を離れた場所に伝えることができます。緊急事態があったときに即座に対処したり、危険や病気が発生しそうなときに前もって状況を分析したりと、役に立ちそうです。

見守りシステムの基本的な仕組みは、わかりやすいものだと思います。単純化すれば、

・何らかのセンサーで人の行動や状態を検知する
(または対象者自身がボタンなどを押して意思表示する)
・検知した情報を無線または有線で家族や介護者に伝える
(即座にメールする、コンピュータ・サーバーに蓄積するなど)
というだけの話です。

センサー技術と、通信ネットワークの性能・使い勝手が向上したことで、意外と簡単に上記システムが組めるようになってきたわけです。現在すでに事業化または試験運用されている見守りサービスの例を一覧にまとめました。

見守りサービス・システム

このリストは網羅されたものでなく、掲載されたシステム・サービス以外にもまだ多数あるはずです。同リストは、順次更新する予定です。

見守りサービスを2つの観点から分類したのが冒頭の図です。縦軸は「情報の内容・深さ」、横軸は「対象者と保護者との距離」とでも表現できましょうか(あまり厳密な軸の定義ではありませんが)。

■センサーの組み合わせで検知レベルが異なる
見守りサービスに使われうるセンサー(または検知システム)は、多数多様です。

・監視カメラ
・人の動きを検知するもの
圧力センサー
フロアマット(マットセンサー)
ベッド用マット(ベッドセンサー)
車椅子用センサー
トイレ用センサー
位置センサー、行動センサー
加速度センサー
音波センサー
赤外線センサー
感熱センサー
PHSによる位置特定システム
生体センサー
心拍計、血圧計その他各種身体測定機器
睡眠センサー
おむつセンサー
・生活関連製品の利用状態を検知するもの
電気利用を感知する装置
電気コードやスイッチから電流を感知する装置
家電製品そのものに組み込まれる装置
水道利用を感知する装置(…水道局が試験的に実施中)
ガス利用を感知する装置

あと、センサーというわけではありませんが、見守りシステムの重要な要素として

・対象者自らの合図
コールボタン(いわゆる「ナースコール」のようなもの)
電話

が挙げられるでしょう。

人の「存在」のみを検知するものから、存在だけでなく室内行動または室外での移動を検知するもの、さらには健康状態まで知ることができるものなど、検知レベルには深さ浅さがあります。これらの組み合わせ方で、見守りシステムの性格が異なってきます。

本blogでは「身体を測る」というテーマで、物理的・客観的に生体情報を測定する手法や実例を紹介していますが、たとえば記事の一つ「身体を測る 05-健康状態がわかる睡眠シート」で採り上げた睡眠センサーが、見守りシステムにも使われています。

■人的な面、利用技術が有効利用のカギ
見守りサービス・システムをどのような人がどのような立場で利用するかによって、位置付けが異なります。ここでは大きく3種類に分類してみました。

a 施設内管理
介護施設や高齢者住宅、病院の内部で、そこに居住・滞在している人たちを集中管理するための見守りシステム。「見守りシステム」として切り分けて呼ぶより、施設内(院内)システムの一部と捉えたほうがよいかもしれません。
なお、(独居世帯でない)一般世帯の家庭内でも同様のシステムを取り入れることができるかもしれません。ただし、家族が同居しているという状況から高度な管理システムの必要性は必ずしも高くなく、またコストを考えると小規模なセンサー・システムで十分ともいえます。事業性という観点からは、家庭内見守りサービスが広く普及する可能性は、今のところはまだ低いだろうと考えられます。

b 地域における介護支援
介護サービス会社、社会福祉団体、地域医療サービスの団体などが地域の独居者(その他健康に注意すべき人がいる世帯)を見守るシステム。各地で今、この種のサービスが少しずつ研究されているところだと思います。

c 遠隔地見守り
離れて暮らしている独居高齢者の安否や健康を、家族が遠隔地から日常的に確認するためのシステム。仕組みとしては b とほとんど同じようなものと考えられます。ニーズはある程度高いものの、やはりコストとの兼ね合いが一つの課題となるでしょう。

■人的な面、利用技術が有効利用のカギ
見守りシステムは機械だけ揃えば済むといった話でないのが、実用的な運用をするために難しいところです。いくらセンサーで得た情報を伝達しても、人的な面からの運用ノウハウがないと、おそらくいざというときに役立ちません。

上記分類(施設内、地域介護、遠隔地)にしても、機械装置の面からみると本質的な違いはさほどないのかもしれません。むしろ人的関係や社会的コミュニティを形成しながらいかに利用技術を積み上げるかという点が重要とされるでしょう。

「ストレス測定法」

ストレス測定に関して本格的に学びたい人向けの専門書をご紹介します。前回の記事「身体を測る 09-ストレスの強さを測る」つながりです。

ストレス測定法・表紙
「ストレス測定法 ― 心身の健康と心理社会的ストレス」
【Sheldon Cohen、Ronald C. Kessler、Lynn Underwood Gordon(編著)、小杉正太郎(監訳)、1999年、川島書店】

■深く研究したい人向けの入門書
原題は”Measuring – Stress A guide for Health and Social Scientists”(1995年刊)。

〔目次〕
第1部 ストレスの概念化・ストレスと疾患との関係
第1章 疾患研究におけるストレス測定方略
第2部 環境的視点
第2章 チェックリスト法を用いたストレスフル・ライフイベントの測定
第3章 インタビューによるストレスフル・ライフイベントの測定
第4章 日常的なイベントの測定
第5章 慢性ストレッサーの測定
第3部 心理学的視点
第6章 ストレスアプレイザルの測定
第7章 感情反応の測定
第4部 生物学的視点
第8章 ストレスホルモンの測定
第9章 心臓血管系の反応の測定
第10章 免疫応答の測定
付録1 本書で言及されている尺度
付録2 わが国で開発、翻訳、発表されている尺度

目次をみるだけでも「読みこなすには気合がいりそう」と思いますが、まあ専門書(しかも翻訳物)ですので仕方がありません。

■測定の理論的背景
本書では、ストレスを測るための理論的な大枠として次のようなモデルが示されています(第1章 図1.1 を思いっきり簡略化したもの)。

(1) 外部・環境から刺激が加わる

(2) 刺激をどの程度敏感に受け取り、受け流すか

(3) 身体や心に隠し切れない影響が現れる

このそれぞれの段階で、ストレス測定が考えられるということになります。

■環境面、心理面、身体面からの視点
(1)ストレスをもたらす要因ごとに影響力を測定
外部・環境から刺激が加わると考え、それぞれの影響度を測定します。例えば、次のような事柄について一般的にどのくらい強いストレスをもたらすかを尺度化しておくわけです。

・人生のイベント:「引っ越し」「昇進・降格」「勤める会社の倒産」「定年退職」「離婚」「配偶者の死」…
・日常的な事象:「仕事で叱責を受けた(褒められた)」「運動した(しなかった)」「天気が悪い(良い)」…
・慢性的なストレス要因:「常に締め切りに追われている」「仕事に飽きてしまった」「同僚とそりが合わない」…

(2)対象者ごとに、ストレスから受ける強さを評価する
同じストレス要因(刺激)であっても、人によってその受け止め方の度合(自覚的または無自覚的な評価…「アプレイザル」と呼んでいる)は大きく異なり、それによって生じるストレスの強さに大きな差が出てくるとしています。そこで、各人にとってのアプレイザルを測定しようということです。

アプレイザルの測定は、例えば「次に挙げる事柄を-3点(非常に強い否定的なインパクトがある)~0点(特にインパクトなし)~+3点(非常に強い肯定的なインパクトがある)の間でチェックしてください」とかいう質問を対象者に投げかけて、その答から行うことになります。

その結果、もともとのストレス要因が持つストレスレベル((1)で測定した値)と、その人が受けるストレス(アプレイザルの値)を足したものが総合ストレスレベルになる、といった説明がされています。

(3)身体や行動への反応、疾患の様子など、現象からストレスの強さを測定する
これが、前回の記事で触れた「唾液からストレスレベルを客観的に測る」とか「自律神経系のデータからストレスレベルを判定する」といった方法です。ストレスマーカーとなる物質(主としてホルモン)は多数あるものの、測定値の解釈にはかなり注意が必要であることなどが説明されています。

■実用サービスの可能性
この本の原著が出たのがすでに10年以上前。その後実証的な研究が盛んに進められている(らしい)ことから、もしかしたら近い将来には、物理的なストレス測定手段が今よりずっと多数開発されているかもしれません。それを期待させるような、研究領域の豊かさを感じることができます。

個人的に面白かったのは、第7章で「感情の測定」「気分の測定」なんてものにも言及しているところでしょうか。感情を計量的にとらえることの難しさや限界などもふまえたうえで、その可能性や考え方の枠を示しています。面白いテーマですが、さすがに専門的すぎて、私には本当のところよくわかりませんが…。

素人考えですが、現代のコンピュータを利用したパターンマッチングの技術の発展とあいまって、意外に高度な仕組みが実現できていくのかもしれません。いかがわしいビジネスとしてではなく、かといって過剰に大げさ(高価すぎたり、専門家でしか扱えなかったり)でもない機器やサービスが、これからビジネスとして成り立つ余地があるように思われます。

身体を測る 09-ストレスの強さを測る

人の「ストレス」は、物理的な方法と心理テスト的な方法という異なる側面から測ることができ、それぞれ長所短所があります。

ストレス
〔ストレスの種類と測り方〕

■精神状態を物理的に測る
多くの場合、「人の身体的な特性」や「身体的能力」は物理的に測るのが適当である一方、「精神的な特性」は心理テスト(質問法)のように少し主観的要素の入った測定にならざるを得ないのが普通です。たとえば体脂肪率は、本人にたんに質問したところであまり正確な答えは期待できませんが、体重と身体の電気抵抗を物理的に測定することで割り出すことができます(BIA法の場合)。逆に計算能力とかは、物理的に身体のどこかを測ったところでたぶんあまり意味がありませんが、計算テストをすればかなり正確にその能力を測定できます。

人の感情や精神的状態についてはどうかとなると、基本的には心理テストによる測定のほうが向いていると思われますが、同時に、感情などが身体に及ぼす影響をうまく見極めることで測定できることがあります。昔からある「ウソ発見器」などまさにその部類でしょう。コンピュータによるパターン認識技術が発展した現代では、人の発する声から自動的にその人の感情を判断するシステムなども実用化しています。

ただ、ウソ発見器はモノによっては信頼性が低いとか、かりに信頼性が期待できるものであっても被験者がウソ発見器を騙す術を身につけていることがあるとか、問題が残ります。また、感情判断などでは、研究レベルでかなり高い技術があっても手に入れるのが高価だったり、測定条件が限定されていて実用上の制限があったりと、手軽に利用できるまで至っているものは少ないでしょう。

そんななかで少し面白い位置づけにある(実用化まで進んでいる)と思われるのが「ストレス」の測定です。ストレスの強さを身体の物理的状態から割り出す技術が結構進んできています。

■唾液からストレスの強さがわかる
たとえば「COCORO METER」(ニプロ)は、大学の研究室と共同で開発したストレス測定器です。製品化、それも普及型まで至ったものとして一部で注目されているようです。舌の裏にアイスクリームの棒のような薄い測定用チップをあてて唾液を採取し、そこから唾液アミラーゼを計測。アミラーゼの量からストレスの強さを測定します。2万円強で本体を手に入れることができる手軽な機械なので、ストレスの簡易判定に向いているようです。

参考:生体測定 製品・サービス一覧

唾液からストレスの強さを測定する方法は、アミラーゼがストレスの強さと強い相関関係があることが科学的に確かめられていることから可能になっているわけです。こうしたストレスの証拠となる物質(ストレス・マーカーと呼ばれる)としては、唾液から検出されるアミラーゼのほか、コルチゾール(唾液や尿、血漿から検出)、アドレナリン(血漿から検出)など何種類かあります。

自律神経(交感神経、副交感神経)の強さを体組成計と同様の方法で測定し、そこからストレス状態を判断する手法を応用した装置もいくつか実用化されています。「身体を測る 08-心拍はゆらぐ」でも触れましたが、心拍変動からストレス測定につなげることも可能です。
(念のため…。世の中にたくさんあるストレス測定器と称するものには、少しいかがわしいというか、どこまで信頼できるものか疑わしいものもあるようなのでご注意を)。

■身体測定と心理測定の両面から判断
ストレスの測定は、職場などで行う心理テストでも、古くから1要素としてとりいれられています。たとえば質問紙に次のような項目が数多く並べられていて、それにYes/Noで答えたりします。

・あなたは仕事をしているとき、時間内に処理しきれないほどの負担をよく感じますか?
・あなたは最近、仕事で気が張り詰めていることがしばしばありますか?
・あなたは自分のペースで仕事のやり方を決めることができていますか?

これらの回答の結果からストレスの度合いを判断できるとされています。性格判断のための心理テストと組み合わせて、職場内の適切な人員配置などに生かしている実例は多数あります。

まあ、たとえば上に挙げた心理テストの類については、毎日必死に働いているビジネスパーソンの場合「Yes」ばかりついてしまうのが当たり前だったりもします(上の例で言えば3つ目は「No」)。心理テストによるストレス測定は、その職場環境とか、被験者の年齢やプロフィルとかも考慮に入れなければなりません。

そして心理テスト、質問紙を通じた測定法の場合、主観的な要素が必ず入ってくることは避けられません。客観性という意味では
1. ストレス・マーカーによる測定
2. 心拍、自律神経系の測定からの類推
3. 心理テスト
の順に落ちていくといえます。

また、時間的に変化するストレスの強さを随時測定できるという意味では、
1. 心拍、自律神経系の測定からの類推
2. ストレス・マーカーによる測定
3. 心理テスト
の順に有効だといえそうです。

ストレスそのものがおそらく1次元で測定できるものではなく、心理的ストレス、身体的ストレス、その他(職場環境、対人関係など)から多面的に分析されなければならないものだと思われます。多面的な分析につながるという意味では、たぶん
1. 心理テスト
が優れているといえそうです。もしくはそれに代わる判断ステップが必要となるでしょう。

■心理測定につながる可能性と問題点
少なくとも1種類の物理的測定は純粋な測定でしかなく、評価(イバリュエーション)はおろか、アセスメントとしても不十分なのかもしれません。見方を変えると、心理面と物理面という異なる側面からの測定が実用化していることで、それだけ多面的なストレス・アセスメントができうるといえるのでしょう。

なお、個人がストレスを測定したいというとき、それ自体が時には非常に主観的な意図 ―― たとえば「自分が苦しく思っていることをたんに誰かに認めてもらいたい」ためにストレス測定したいと考えること ―― もあることでしょう。そんな人にとっては、ある意味で高い客観性と信頼性は求められません。この場合「自分の思ったような結果が出てくれる、なんらかの納得できるストレスの存在証明」があればよいわけで、正しい測定値が出るかどうかは二の次の話かもしれません。

ストレスに限らず、性格、行動力、コンピテンシー測定など、人の心と関わり始めたときに同様の問題が必ずでてきます。このあたりが、心理測定に関連した、大変に難しい問題点といえます。

▽追加記事:
「ストレス測定法」

身体を測る 08-心拍はゆらぐ

心臓の鼓動には思った以上に身体のいろいろな情報が含まれていて、自律神経の活性度などが分析できるそうです。

心電図
[心電図の模式図]

■健康な人のR-R間隔は適度に変動する
心臓はもちろん自律神経(交感神経と副交感神経)の支配を受けて動いているので、その支配の影響が脈拍に現れます。脈拍を調べて分析すると自律神経の活性度がわかり、そこからストレスの大きさ、睡眠の深さ、全身持久力の強さなどが計測できるそうです。その計測のカギともいえるのが、脈の強さとか頻度ではなく、脈の“ゆらぎ”だというのが興味深いところです。

心電図をとると、上のように心臓の鼓動に合わせて電圧が上下するグラフが得られます。グラフの横軸は時間です。通常、心臓は規則正しく脈を打っていて、1拍の中にP、Q、R…、というさまざまな波が含まれます。うち最も大きなピークであるR波の間隔が「R-R間隔」、つまりは一つひとつの脈の速さを意味する時間です。たとえばあるときに測ったR-R間隔が1秒だとしたら、その時の1分間の脈数は60秒÷1秒=60(拍)です。

健康な人の脈は毎回ほぼ規則正しく打たれるわけですが、面白いことにこのR-R間隔は常にごく微妙な変化をする、つまり“ゆらぐ”そうです。「R-R間隔変動」といって、通常は必ずこうした脈のゆらぎがあるそうです。一方心筋梗塞や糖尿病などの疾病がある場合、運動やストレスで心拍が高くなった場合、または年をとった人の場合など、この心拍のゆらぎは減ってしまうそうです。

我々一般人の常識からすると、心拍のゆらぎというとなんとなく“不整脈”のイメージを持ってしまいますが、そうではないのですね。考えてみると、人を興奮させる作用を持つ交感神経と、落ち着かせる作用を持つ副交感神経が、常に身体に影響を及ぼしているわけですから、それら自律神経が正常であれば心拍にすぐさま反応するというのも納得いきます。

■心拍の様子から身体の状態を測る
研究によると、心拍変動には相当に複雑な要素が含まれていて、生理学的な制御機能が長短さまざまな周期を持つ成分と関係しているとのこと。つまりR-R間隔変動はいくつもの種類の波の合成と見ることができるようです。

うち、周期が長い(周波数の低い)LF成分と周期が短い(周波数が高い)HF成分の2つがかなりはっきり認められます。LFは主に血圧調整の機能と関連しているゆらぎで交感神経と副交感神経の両方に影響を受け、HFは主に呼吸活動からくるゆらぎで副交感神経と強い関係があるとされます。

ゆらぎの大きさ(ばらつきの度合い)をそれぞれ「LF」「HF」としたとき、
・LF/HF =アクセルの利きのよさ(交感神経の活性度)
・HF =ブレーキの利きのよさ(副交感神経の活性度)
として指標化できるという解釈になっています。

さらにこれらの指標(LF、HF)と実際に計測したい何らかの状態(値「X」)との相関関係が証明できれば、
X = f (LF, HF)
といった関数(式)を導くことができることになります。

(1)人のR-R間隔を、何らかのセンサーを使って実測する
(2)R-R間隔からR-R間隔変動の値(LFとHFの値)を計算する
(3)LFとHFの値から、式にあてはめてXを計算する

という手順で、身体の何らかの状態(ここでは「X」)を測定できるということになります。

上記のうち(2)は一見難しそうに思えますが、数値処理をすることは技術的には難しくありません。「スペクトル解析」などといった純粋に数学的な処理なので、応用分野に関わらず定型的に計算できます。(1)は、ある状態の心拍をかなり精度良く計測できるセンサー技術が必要になります。(3)は、つまるところその応用分野で実用的な変換式や変換テーブルができるかどうかという話になります。現実に商品化するにあたっては、(1)と(3)を実用レベルでうまく組み合わせることができるかどうかがポイントになってくると思われます。

■自律神経から睡眠状態を測る
以前の記事「身体を測る 05-健康状態がわかる睡眠シート」で、寝ている間の睡眠の深さを測ることができる商品例をご紹介しました。具体的には、布団の下にシートを敷くだけでREM睡眠、浅いノンREM睡眠、深いノンREM睡眠…、をリアルタイムで判別できます。生体測定 製品・サービス一覧にそのちょっとしたリストがあります。

睡眠の深さとR-R間隔変動とは深い関係があるらしく、いくつかの商品はまさにこの応用で睡眠の深さを測定しています。すべて詳しく調査したわけではもちろんありませんが、リストに挙げたもののうちスリープシステム研究所(旧社名:シービーシステム開発)とジェピコの製品はこの種に該当するようです。他の睡眠シートや睡眠センサーは異なる方法(たとえばイビキの大きさ、体動の様子などからの判定法)をとっているか、もしくは公表されている情報だけからは仕組みが十分に判断できないものでした。

余談ですが、眠りの深さは自律神経系のデータから判別できるものの、最も浅い眠り(…正確な表現ではありませんが)である「REM睡眠」と「覚醒」状態の判別はできないらしいことです。睡眠の深さという高度な判断ができる一方、「起きているか/(REM睡眠として)眠りに入ったか」「目覚めたか/夢を見ながらまだ寝ているか」という、目で見ればわかるような簡単な違いをこの方法だけで判別するのが難しいというは、なんだか少し意外な気がします。結局「REM睡眠」と「覚醒」の判別は、体動や呼吸といった別の信号を加味して判断する場合が多いようです。

なお、眠りの状態を判断してアラームがなる腕時計「スリープトラッカー」(ウェザリージャパン)という商品が一部で話題となったようです。ただしこれは睡眠深度測定をしているというより、起きる時間に近づくと体動を感知して鳴らすタイミングを判断しているというものと思われます。上記リストにも挙げてありますが、「睡眠モニター」ではなく「加速度計」の一種として分類するのが適当でしょう。

■安静時の心拍変動には豊富な情報が含まれる
身体を測る 06-メタボリ症候群と全身持久力」では、最大酸素摂取量VO2maxの測定の話をしました。一般にVO2maxを測定するにはトレッドミルなどで目いっぱいの運動をして呼気などを測定しなければなりません。

しかしここでも、心拍変動からVO2maxを測定しようとする理論があるらしく、実際にハートレートモニターの大手POLAR(ポラール)社が、Own Indexという独自の分析手法を盛り込んだ商品をすでに発売しています。(「生体測定 製品・サービス一覧」リストにも掲載しています)。

ポラール「Sシリーズ」に備わっている「フィットネステスト」がそれで、「VO2maxと同等の数値が計測できる」としています。面白いことに、運動したときの心拍を測るのではなく「5分間の安静時心拍」を測って割り出します。心拍変動は安静時に最も情報が安定して得られるらしいので、おそらくそうした理論と臨床的研究から編み出されたノウハウなのでしょう。

ビッグブルー(ポラール心拍計専門店)
ポラール

ただしポラールの「フィットネステスト」は、心拍データだけから直接的に計測するというより、「年齢」「性別」「身長」「体重」「運動習慣」を入力した上で割り出すようです。家庭用体組成計で体脂肪率を計測するのと同じようなイメージですね。とすると、(よくわかりませんが)精度についても「家庭用体組成計程度」ではないかと推測されます。

スポーツ愛好者などもう少し詳しく心身の状態を測定したい向きには、もう一歩踏み込んで、たとえば運動中のR-R間隔変動をリアルタイムで測定してその時のリラックス度/ストレス度を表示してくれたり、あるいはLF値、RF値を連続で記録してくれたりすると役に立ちそうな気がします。1拍ごとのR-R間隔を計測できる機能を持つ高機能なハートレートモニターもあるので、あとは計算すればよいだけではないかと思われますが、やはり運動時の心拍変動を精度高く計測するのは難しいものなのでしょうか。

心拍変動は、ストレスの測定などにも使われている例があるようです。無侵襲で身体の豊富な情報を導くことができる切り口として、さまざまなセンサーやアイデアが今後実用化されていくのではないかと予想されます。