「客観的なアセスメント」タグアーカイブ

閉鎖空間の人間関係(NBonlineより)

宇宙飛行士の閉鎖空間実験に実際に関わっているJAXAの専門家へのインタビューが掲載されています。実験とはいえ、途中で人間関係の重大なトラブルが発生してしまった例などが語られています。

NBonline画面
〔日経ビジネスオンライン当該記事の冒頭画面〕

■専門家が語る、宇宙空間のストレス
日経BP社のサイトNBonline(日経ビジネスオンライン)に掲載された、JAXA(宇宙航空研究開発機構)井上夏彦氏のインタビューを興味深く読みました。

シリーズ「ストレス革命~ビジネスパーソン再熱化計画」
閉鎖空間のストレス・マネジメント術~井上夏彦氏 前編後編
(冒頭ページ以外は、会員登録した人のみが読める)

当サイトではこれまで、宇宙飛行士の人間関係の話(a)、ストレスなどの身体測定の話(b)、組織とリーダーシップの話(c)などをいくつも書いてきました。

(a)「ドラゴンフライ」2-宇宙空間で危険な諍い「中年ドクター 宇宙飛行士受験奮戦記」
(b)身体を測る 09-ストレスの強さを測る身体を測る 05-健康状態がわかる睡眠シート
(c)フォロワーシップ(follower ship)「組織行動の「まずい!!」学」

なんだかテーマに脈絡がなく書き散らかしているサイトと思われるかもしれません。が、記事を書いている方としては無関係にテーマを選んでいるというわけでは必ずしもなく、かなり共通した問題意識の下にあります。今回ご紹介するインタビューはその問題意識の“ど真ん中にヒット”しているかのような記事でした。

■われわれの普段のイライラなど、たかが知れたもの
インダビューイーの井上氏は、宇宙飛行士の精神心理支援のプログラムを作成しているとのこと。記事には、ミール宇宙ステーションの事例ほか、日豪加露の模擬的な閉鎖環境実験のなかで起こったトラブルの話が簡単に語られています。「文化の違いからくる誤解」「リーダーやフォロワーのあるべき姿」「宇宙飛行士のストレスの客観的な計測」「精神的支援の具体策」「クルー・リソース・マネジメント」などが少しずつ語られています。現在行われている新しい宇宙飛行士選抜の話にも少しだけ触れています。

また、国際宇宙ステーションに搭乗する宇宙飛行士が持つべき精神心理的スキルが、「異文化適応ができる」「リーダーシップ、フォロワーシップがある」など8項目にまとめられて明示されています。この8項目は、一般の組織においても大変役立つ指針のように思われます。

記事自体は前後編併せてもさほど長いものではなく、また一般向けに語られているので、本当に専門的といえそうな事象説明まではありません。少し物足りないので、できれば何か別の機会に、このテーマで掘り下げた記事か何かがあればと、勝手に希望したいところです。

普段の生活で、われわれは他人との協業、折衝、コミュニケーションを通じ、うまく折り合いやペースが合わず、時にイライラし、ストレスを感じるものです。しかしそんなもの、周囲にウマが合わない人がいたとしても、閉鎖空間での多国的な文化の衝突に比べれば、“たかが知れたもの”。しかも、日常生活ではちょっとした諍いで生命の危険にさらされることもまれなので、宇宙空間より“ずっと安全” !

そんな当たり前のことを認識するだけで、何よりわれわれのストレス対策になるような気が… しませんか?

技の伝承と人材育成4(人材育成状況判断テスト)

今回試みた指標化を参考に、個別の企業や部署の人材育成状況を判断するための簡単なテストを作ってみました。人材育成に関わるアイデア発見につながるでしょうか。技の伝承はアートかサイエンスか…、あらためて考えてみたいものです。

分析図4
〔図4 “技能者育成指標”計算例〕

■アート的な伝達…サイエンス的な伝達
前回の記事まで3回にわたって、企業の人材育成が「個人力」(暗黙知的に人から人へ伝える方法に適したもの)と「集団力」(形式知化、マニュアル化により共有できるもの)のどちらの傾向を持っているかを示す指標を作ってみました。元になった調査は、JILPT(労働政策研究・研修機構)の調査報告書(※1)です。

別の記事「NASAを築いた人と技術」では、「属人的(≒アート的)手法」と「脱人格的(≒サイエンス的)手法」の衝突、が重要な視点だと書きました。ここでいう「個人力」がアート的手法による技の伝達に、「集団力」がサイエンス的な手法による技の伝達に、それぞれ対応させることができるかもしれません。

どの企業にとってもおそらく2者択一なのではないでしょう。例えばあるものづくり企業において
・基礎的・初歩的な技能は、集団力→脱人格的な手法→off-JTや小集団活動、で養成する。そのためのマニュアル作りをする
・顧客の要望に応じた“一品モノ”製造のための技能は、個人力→属人的な手法→日常的指導、計画的OJT、ジョブ・ローテーション、で長期的な視点で養成する
といった使い分けをすることがふさわしいのでしょう。

しかし時には、基礎的な技能に限って(わかりきっていることだけに)、マニュアル化を軽視して「見て覚えよ」と形式知化を怠ってしまう可能性があります。逆に、“一品モノ”の製造や顧客単位で高度なサービス提供が求められる部分に限って(その非効率さを実感しているだけに)、無理やりの標準化・形式知化を導入しようとする例もあるのではないでしょうか。

■単純なアセスメント・テスト
これまで挙げた指標は、「ある企業集団に対してYes/Noアンケートをとった、そのYes回答の平均値」を変数として指標を計算していました。なので本来は、個別の企業や部署に当てはめてこの指標を計算させることはできません。

しかし、かえって単純に考えて、個々の企業・事業所に対し今回の指標に近いものを当てはめてみることもできましょう。例えば、次のようなやり方で自社・自部門の「技能者育成指標」を計算してみてはどうでしょうか。一種のアセスメント・テストです。

質問
「あなたの会社(事業所)では、技能系正社員を対象にどのような教育訓練を実施していますか」

これに対する7つの選択肢
(A群)
1 外部の教育訓練機関などが実施している研修を受講させる
2 定期的な社内研修を実施
3 自己啓発を奨励し、支援体制をとっている
4 改善提案や小集団活動への参加を奨励
(B群)
5 やさしい仕事から難しい仕事へジョブ・ローテーションを実施
6 上司が部下を、先輩が後輩を日常的に指導
7 指導者を決めるなど計画的OJTを実施

それぞれに対し、
・かなり実施している→2点
・少し実施している→1点
・ほとんど実施していない→0点
といった採点をしてみます。

A群、B群ごとに点数を合計し、
評点1 = A+B (0点~14点)
評点2 = B-A (-8点~6点)
という評点を作ります。

評点1は、教育訓練の取組みの熱心さ
評点2は、これまでずっと解説してきた“技能者育成指標”
にほぼ該当するとみなします(※2)。

冒頭の図がこの計算例です。この例では「取り組みの熱心さは8点、取り組みの方法を示す指標は-2点」などと数値化されるわけです。

ずいぶん、いい加減に作ったものです(笑)。でも、ここで計算された「評点2」について、前回の記事で挙げた「事業所特性別の指標」(図3-3、図3-4)と比べながら、自社の技能者の育成や技の伝承方法を検討してみることが多少なりともできるかもしれません。

■測定値はゴールでなくスタートライン
なお、蛇足ながら…。今回のように統計数値から導いた何らかの計算結果、あるいは組織/人事アセスメントで測定した何らかの属性・数値、その他もろもろ定量化した結果は、そのまま「結論(ゴールライン)」と捉えるべきものではありません。「数字が出たから安心して考えを止めてしまう」と、時に思考停止になりかねません(別記事「人事測定と人事評価の違い」参照)。

出てきた数字(およびそのプロセス)は、むしろ現実世界に考えをめぐらす「手がかり(スタートライン)」なのです。「数字で考える」には、数字で結論付けることより、数字から新たな課題を見つけるといった姿勢が大事なのではないでしょうか。

【注】
※1 「ものづくり産業における人材の確保と育成-機械・金属関連産業の現状-」:JILPT「調査シリーズ No.44」

※2 この計算方法は、もちろんJILPTさんによる研究ではありません。あくまでもこのWeb記事の筆者の私的な試みにすぎませんので、ご留意ください。

技の伝承と人材育成2(指標化の試み-前編)

「人材の確保と育成」をテーマとしたJILPTの調査から、ものづくり産業における職人技の伝承方法2種類の方向性を示す指標を作ってみました。元になったクロス集計結果から因子分析を行って係数を決定。アンケートの回答割合から一次変換した数値を求めます。

分析図2-1
〔図2-1 因子負荷量(実施している教育訓練)〕

分析図2-2
〔図2-2 因子得点(求めている知識・技能)〕

■「暗黙知そのままの伝達」と「形式知化による伝達」
前回の記事「技の伝承と人材育成1」で、JILPT(労働政策研究・研修機構)の調査「ものづくり産業における人材の確保と育成-機械・金属関連産業の現状-」という調査結果の一部を紹介しました。その中から岡目八目的に“勝手読み”して、技の伝承方法には大きく次の2種類があるとの仮説を立てました。

(A) 個人力:熟練技の直接的な伝承。現場作業を通じて伝える。暗黙知
(B) 集団力:技の標準化による伝承。文書化など共有財産にする。形式知

調査の中で、
(問1)「貴事業所では、技能系正社員にどのような知識・技能を求めていますか」
(問2)「貴事業所では、技能系正社員を対象にどのような教育訓練を実施していますか」(複数回答)
という問があり、それぞれの選択肢が(A群)(B群)それぞれに分類できそうだと推察しました。

(問1)
(A群)
(1)高度に卓越した熟練技能
(2)単独で多工程を処理する技能
(3)組立て・調整の技能
(B群)
(4)生産工程を合理化する知識・技能
(5)品質管理や検査・試験の知識・技能
(6)設備の保全や改善の知識・技能

(問2)
(A群)
[1]上司が部下を、先輩が後輩を日常的に指導
[2]指導者を決めるなど計画的OJTを実施
[3]やさしい仕事から難しい仕事へジョブ・ローテーションを実施
(B群)
[4]外部の教育訓練機関などが実施している研修を受講させる
[5]改善提案や小集団活動への参加を奨励
[6]定期的な社内研修を実施
[7]自己啓発を奨励し、支援体制をとっている

問1と問2のクロス集計の結果が調査報告書(図表7-1-2)に掲載されていて、(A群)同士または(B群)同士のクロス部分はポイントが平均より高く、異なる群同士のクロス部分はポイントが平均より低いまたは平均並みという結果になっていることから、この2群に分けることに意味がありそうだと判断しました。

■因子分析による軸の設定
ここで立てた仮説は、次の通りです。

《技の伝達には(A)(B)のやや異なる2つの方向性があり、そのどちらを重視しているかが時代環境や企業の業態などで異なる。その傾向を、アンケート結果から推測し、指標化できるのではないか》

指標化の準備として、多変量解析の一手法である「因子分析」を用い、クロス集計の結果(行列)を分析してみます。因子分析とは、大雑把に言うと、「複数の項目属性を持つデータ集合から、共通してあてはまる特定の方向性を見つけ出す手法」です。ここでは、先に仮説として挙げた「集団力←→個人力」という軸を数値的に見つけ出すことが狙いです(※1)。

実際に処理した結果が冒頭の図2-1と図2-2です(※2、※3)。いずれもくっきりした計算結果が出ました(※4、※5)。

図2-1は、データに隠れている最も重要な特性2つ(取り出された因子1と因子2)を切り出して、縦横2次元の表に問2の7つの選択肢(の因子負荷量)を配置した散布図です。図の上の方にある3つの要素と下の方にある4つの要素の2グループにくっきり分かれ、それぞれ(A群)と(B群)に該当します。

図2-2は、この因子に対して問1の6つの要素についての因子得点で散布図を作ったものです。これも予期した通り、(A群)3つと(B群)3つにくっきり分類できます。

ちなみに、散布図の横軸「因子2」は、因子1に次ぐなんらかの方向性が数値上で導かれたものです。因子2についても何らかの意味があるものかと少しいじってみましたが、結論としてはあまり意味のある軸ではないようです。もともとの仮説で1因子しか想定していませんでしたので、以下の議論では因子2以下は完全に捨てて、当初の狙いであった因子1のみに集中します(※6)。

■指標化の試み
さてここで、何らかの企業集団の問2に対する回答割合(0~100%)があったとします。選択肢[1]から[7]に対してそれぞれ
x1, x2, x3, x4, x5, x6, x7 (0 <= xn <=100) と書くことにします。 選択肢[1]から[7]に対応する因子負荷量(図2-1縦軸の数値)はそれぞれ  a1(=0.91), a2(=0.98), a3(=0.89),
a4(=-0.95), a5(=-0.64), a6(=-0.68), a7(=-0.67)
です。

これらから次のような合成値Σaxを作ってみます。
Σax = a1x1 + a2x2 + … + a7x7

ようするに各因子負荷量でプラスマイナスの重みをつけて合計した数値です。

さらに、数字を整えるために一次変換をします。これは本質的な話ではなく、問1の因子得点(図2-2縦軸の数値)とスケールを合わせるためだけの変換です(※7)。

y = PΣax + Q (P=0.203、Q=-8.256)

これで、(x1, x2, … x7) → y と変換された指標ができました。

ざっくり言うと、
yがプラス方向に大きいほど「(A群) 個人力」重視
yがマイナス方向に大きいほど「(B群) 集団力」重視
と結論付けることができます。

たとえば調査全体(サンプル数2015件)についてyを計算すると、「-1.44」という数字になります。

y = 0.203×(0.91×61.5 + … -0.67×18.5) -8.256 = -1.44

なにやら難しい言葉や数式が並んでしまいましたが、あまり本気で考えすぎないでください(笑)。あくまでもある種の試みにすぎませんので…。

次回の記事で、この指標化と元調査の図表7-1-2から、実際に「何らかの企業集団」ごとの指標を計算してみます。
(続く)

【注】
※1 アンケート結果の多変量解析を行うとき、個々の回答のYes/Noを数字の「1」「0」に置き換えて分析することが多いかもしれません。しかしここでは、2000件以上の回答1件1件の結果が公表されているわけではありませんから、ある集団ごとの結果(クロス集計の結果)をもとに分析しているとお考えください。図表7-1-2のクロス集計の該当部分のみを分析に用いています。というより、このクロス集計行列の中に明確に「ある方向性」が隠れていることが想定できることから、今回の因子分析をやり始めたといった方が適切でしょう。
なお、問1は「3番目まで選べる」複数回答方式ですが、クロス集計では「最も重要なもの」として選んだ企業のみを集計対象としています。

※2 因子分析の計算に利用したソフトは、Excel2002およびそのアドインソフト「Excel多変量解析」(販売元:エスミ)の少し古いバージョン。
※3 今回の分析については、因子分析ではなく主成分分析で行っても似たような結果が得られます。
※4 因子分析の設定条件:計算する因子の数は「3」。共通性の初期値は「相関最大値」で「反復推定」。座標回転は「なし」。因子得点は「単純合成法」。
なお、一般的によく使われるバリマックス法で回転させると、図2-1全体が右45度くらいに動き、(A群)が右上に、(B群)が左下に集中する結果となります。本文で使っている「因子1」が2つの因子から構成されるとも読み取れますが、それは数字の“あや”のようなものだと判断しました。もともと1因子しか想定していないので、座標回転はせず主要因子1つが明確に現れるよう「回転なし」で軸を決めました。

※5 因子1の「寄与率」は68.8%
※6 (回転なし状態での)「因子2」を無理にみてみると、たとえば「単工程←→多工程」とかいった意味が見出せなくもありませんでしたが、それらを十分に裏付けるには至りませんでした。寄与率も12.6%と低いので、見捨てます。
※7 問1の6つの選択肢について(元調査の図表7-1-2から)Σaxの値を計算し、それが問1の因子得点(図2-1の縦軸の数値)に近似されるように回帰分析を行って、係数のPとQを算出しました。

「テスト・スタンダード」

日本テスト学会がとりまとめた「テスト基準」の詳しい解説と、関係者によるQ&A集です。企業の人事担当者なども含め、さまざまなテスト、人事測定に関わる関係者に広く読んでもらいたいような基本書なのですが…。

書籍「テスト・スタンダード」概観
「テスト・スタンダード -日本のテストの将来に向けて」
【日本テスト学会(編)、2007年、金子書房】

■テスト基準の詳細な説明
日本テスト学会というところが「テスト基準」をとりまとめ2006年に基本条項を公開したことを、以前の記事「テストの開発、実施、利用、管理にかかわる基準」で触れました。当時開発中だった「基本条項の解説」(ガイドライン)は2007年9月に公開されています。「基準」そのものも微調整され「ver1.1」となったようです。

本書は、その「基本条項の解説」本文(140ページほど)と、関連する「Q&A」(60ページ強)および「用語解説」(12ページ)をまとめて1冊にした本です。「テストの科学」という本を以前当サイトで紹介しましたが、本書もこの本と同様、さまざまなテスト関係者にとって基本書の一つと位置づけられるかもしれません。

なお「基本条項の解説」部分は、同学会のWebページでも公開されています。ただしダウンロードできるのは“印刷不可能”なpdfファイルです。

「Q&A」は、テスト基準をみて多方面からいろいろ出てくるであろう質問を37件とりあげ、それらに対する考え方、技術的な手法、現実的な対処法などをまとめています。同学会会長の池田央氏やテスト基準作成委員会委員長の繁桝算男氏ほか、この分野で著名な方々が丁寧に答えておられます。

■テストで数字化することに対する本質的な不審?
学校の入学試験・アチーブメントテストから、あまたある検定試験・資格試験、企業で行われる人事測定・心理測定、組織診断のための調査ツールなど、人や集団を測定するためにさまざまなテストがあります。なかには“深い考えがなくなんとなく開発した”だけのテストが多数あると思われますが、見識のないテストに対して「基準」は一種の“駄目出し”をしている側面があります。本書の解説やQ&Aが書かれた背景を深読みすると、「基準」に示されているさまざまな考え方や条件が、日本のテスト開発・利用の現場で“戸惑い”のような感覚をもって受け取られているのではないかとも思われます。

この“戸惑い”は、大きく2種に分類できそうです。1つは(主に客観式テストの)数値解析にまつわる技術的な方法論に関すること。たとえば「素点を標準化された尺度得点に置きかえるにはどうすればよいのか」「テストの信頼性はどうやって計算したらよいのか」といったあたりで、どうしても数値解析の専門知識が必要になってきます。

もう一つの“戸惑い”は、客観テスト(または評価結果の数値化、または主観評価のための前提条件)に対する根本的な疑念のようなものでしょうか。もちろんこの「基準」で説明されているテストには、多枝選択式のような客観式テストだけでなく、論文や面接試験のような主観的評定を伴わざるを得ないテストも含まれます。しかしそうした主観的評定を伴うテストにおいても、テスト開発や評価の考え方は客観式テストと共通する条件設定などが多々あるはずで、「基準」にその考え方が示されています。

しかし、なぜか現実には、日常的にテスト開発・実施に携わっている方々からも、なかなかこうした基本的な考え方について理解が得られない場面があります。たとえば「人間を数字で判定してはいけない」とか「多元的に要素が合わさったテスト問題こそ良問だ」といった“見識”を持つこと自体はよいのですが、その一見正論と思える“見識”が、本来あるべきテスト(測定)の前提条件を歪めてしまう例が多々あるわけです。

本書の副題「日本のテストの将来に向けて」に、「何とかして現状を変えたい」という関係者の意気込みが垣間見られます。でも一方で、本書の価格は4000円とちょっとお高め。「基準の説明」が(印刷できないとはいえ)Web公開されていることを考えると、ほんの70ページ強のQ&Aと用語解説の情報(+「基準の解説」の印刷代?)に、それだけの対価を払うことになります。

本当は広くさまざまな読者を獲得したいのでしょうが、出版社からするととても“広さ”(部数)は期待できず、「バリバリの専門書」として売らざるを得ない。そんな苦しい事情が価格から想像されます。それだけ、世間のテスト関係者の問題意識は喚起されていない(?) のかもしれません。

身体を測る 09-ストレスの強さを測る

人の「ストレス」は、物理的な方法と心理テスト的な方法という異なる側面から測ることができ、それぞれ長所短所があります。

ストレス
〔ストレスの種類と測り方〕

■精神状態を物理的に測る
多くの場合、「人の身体的な特性」や「身体的能力」は物理的に測るのが適当である一方、「精神的な特性」は心理テスト(質問法)のように少し主観的要素の入った測定にならざるを得ないのが普通です。たとえば体脂肪率は、本人にたんに質問したところであまり正確な答えは期待できませんが、体重と身体の電気抵抗を物理的に測定することで割り出すことができます(BIA法の場合)。逆に計算能力とかは、物理的に身体のどこかを測ったところでたぶんあまり意味がありませんが、計算テストをすればかなり正確にその能力を測定できます。

人の感情や精神的状態についてはどうかとなると、基本的には心理テストによる測定のほうが向いていると思われますが、同時に、感情などが身体に及ぼす影響をうまく見極めることで測定できることがあります。昔からある「ウソ発見器」などまさにその部類でしょう。コンピュータによるパターン認識技術が発展した現代では、人の発する声から自動的にその人の感情を判断するシステムなども実用化しています。

ただ、ウソ発見器はモノによっては信頼性が低いとか、かりに信頼性が期待できるものであっても被験者がウソ発見器を騙す術を身につけていることがあるとか、問題が残ります。また、感情判断などでは、研究レベルでかなり高い技術があっても手に入れるのが高価だったり、測定条件が限定されていて実用上の制限があったりと、手軽に利用できるまで至っているものは少ないでしょう。

そんななかで少し面白い位置づけにある(実用化まで進んでいる)と思われるのが「ストレス」の測定です。ストレスの強さを身体の物理的状態から割り出す技術が結構進んできています。

■唾液からストレスの強さがわかる
たとえば「COCORO METER」(ニプロ)は、大学の研究室と共同で開発したストレス測定器です。製品化、それも普及型まで至ったものとして一部で注目されているようです。舌の裏にアイスクリームの棒のような薄い測定用チップをあてて唾液を採取し、そこから唾液アミラーゼを計測。アミラーゼの量からストレスの強さを測定します。2万円強で本体を手に入れることができる手軽な機械なので、ストレスの簡易判定に向いているようです。

参考:生体測定 製品・サービス一覧

唾液からストレスの強さを測定する方法は、アミラーゼがストレスの強さと強い相関関係があることが科学的に確かめられていることから可能になっているわけです。こうしたストレスの証拠となる物質(ストレス・マーカーと呼ばれる)としては、唾液から検出されるアミラーゼのほか、コルチゾール(唾液や尿、血漿から検出)、アドレナリン(血漿から検出)など何種類かあります。

自律神経(交感神経、副交感神経)の強さを体組成計と同様の方法で測定し、そこからストレス状態を判断する手法を応用した装置もいくつか実用化されています。「身体を測る 08-心拍はゆらぐ」でも触れましたが、心拍変動からストレス測定につなげることも可能です。
(念のため…。世の中にたくさんあるストレス測定器と称するものには、少しいかがわしいというか、どこまで信頼できるものか疑わしいものもあるようなのでご注意を)。

■身体測定と心理測定の両面から判断
ストレスの測定は、職場などで行う心理テストでも、古くから1要素としてとりいれられています。たとえば質問紙に次のような項目が数多く並べられていて、それにYes/Noで答えたりします。

・あなたは仕事をしているとき、時間内に処理しきれないほどの負担をよく感じますか?
・あなたは最近、仕事で気が張り詰めていることがしばしばありますか?
・あなたは自分のペースで仕事のやり方を決めることができていますか?

これらの回答の結果からストレスの度合いを判断できるとされています。性格判断のための心理テストと組み合わせて、職場内の適切な人員配置などに生かしている実例は多数あります。

まあ、たとえば上に挙げた心理テストの類については、毎日必死に働いているビジネスパーソンの場合「Yes」ばかりついてしまうのが当たり前だったりもします(上の例で言えば3つ目は「No」)。心理テストによるストレス測定は、その職場環境とか、被験者の年齢やプロフィルとかも考慮に入れなければなりません。

そして心理テスト、質問紙を通じた測定法の場合、主観的な要素が必ず入ってくることは避けられません。客観性という意味では
1. ストレス・マーカーによる測定
2. 心拍、自律神経系の測定からの類推
3. 心理テスト
の順に落ちていくといえます。

また、時間的に変化するストレスの強さを随時測定できるという意味では、
1. 心拍、自律神経系の測定からの類推
2. ストレス・マーカーによる測定
3. 心理テスト
の順に有効だといえそうです。

ストレスそのものがおそらく1次元で測定できるものではなく、心理的ストレス、身体的ストレス、その他(職場環境、対人関係など)から多面的に分析されなければならないものだと思われます。多面的な分析につながるという意味では、たぶん
1. 心理テスト
が優れているといえそうです。もしくはそれに代わる判断ステップが必要となるでしょう。

■心理測定につながる可能性と問題点
少なくとも1種類の物理的測定は純粋な測定でしかなく、評価(イバリュエーション)はおろか、アセスメントとしても不十分なのかもしれません。見方を変えると、心理面と物理面という異なる側面からの測定が実用化していることで、それだけ多面的なストレス・アセスメントができうるといえるのでしょう。

なお、個人がストレスを測定したいというとき、それ自体が時には非常に主観的な意図 ―― たとえば「自分が苦しく思っていることをたんに誰かに認めてもらいたい」ためにストレス測定したいと考えること ―― もあることでしょう。そんな人にとっては、ある意味で高い客観性と信頼性は求められません。この場合「自分の思ったような結果が出てくれる、なんらかの納得できるストレスの存在証明」があればよいわけで、正しい測定値が出るかどうかは二の次の話かもしれません。

ストレスに限らず、性格、行動力、コンピテンシー測定など、人の心と関わり始めたときに同様の問題が必ずでてきます。このあたりが、心理測定に関連した、大変に難しい問題点といえます。

▽追加記事:
「ストレス測定法」