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「宇宙飛行士の仕事力」

若田光一宇宙飛行士がISSの船長の役割を担い、活躍されています。一つのコミュニケーション・ミスが重大事件を引き起こしかねない宇宙では「誰がリーダーであるかを誇示する必要はない」。組織のあり方について、一つ先の未来モデルを示しているのかもしれません。

「宇宙飛行士の仕事力」p105と表紙
[宇宙飛行士の仕事力、林公代著、日経プレミアシリーズ、2014年]

■宇宙飛行士と管制官
本サイトで久しぶりに、宇宙もの書籍をご紹介します。宇宙ライター林公代氏の最新著。出版に際し4月22日に、東京の八重洲ブックセンターで「宇宙飛行士・管制官の仕事力に迫る!」というトークショーが開かれました。それも聴講してきましたので、本書とトークショーの内容を含めて少しだけメモをまとめてみました。

「宇宙飛行士の仕事力」目次
第1章 日本人初の「国際宇宙ステーション船長」誕生
なぜ船長に選ばれたのか
仕事は打ち上げ前に終わっている
一匹狼型チャレンジャーから協調型リーダーへ ほか
第2章 「1000分の3」の選抜試験
理想の宇宙飛行士8つの資質
覚悟をうながすチャレンジャー号事故の映像
ディスカッションで能力をあぶり出す
最後の合否を分けたもの ほか
第3章 「想定外」でも生きて帰るための訓練
最短4年半の訓練
本番より厳しいシミュレーション
リーダーの間違いを指摘できるか
ミスを極力減らす方法 ほか
第4章 仕事場は宇宙
「あうんの呼吸」の過信は禁物
短時間でチームワークを築くには
命令しないリーダーが一番 ほか
第5章 宇宙飛行士はつらいよ
大変なのに、つらそうに見えないわけ
宇宙飛行士の「引きこもり」事件
遠慮しすぎず、気にしすぎない ほか

■超現実の世界で通用するリーダー像
目次を見るだけでも、これが宇宙に関心のある人だけに役立つ話ではなく、一般の企業、組織、個人にとって多くの示唆があることがわかると思います。

地球上では、組織の中で少しくらいのコンフリクトがあっても、普通は当事者にとって逃げ場が全くないわけではありませんし、直に人の生命につながる場面は少ないでしょう。しかし宇宙では「ちょっとドアを出て外の空気を吸ってくるわ」とはいきません。また、ほんのちょっとのミスがクルー全員の命を危険にさらす可能性があります。この状態を、“生死と隣り合わせの中でごまかしのきかないミッションを遂行していく”という意味で、私はよく「超現実的な世界」と表現しています。

その超現実的な宇宙ミッションの世界にも、かつてのマーキュリー・アポロ計画/スプートニク・ボストーク計画の時代と今とでは、組織づくりに関して大きな考え方の変化があります。NASA(アメリカ航空宇宙局)もРоскосмос(ロシア連邦宇宙局)もそれぞれ失敗を重ねた上で、それぞれの長所を取り入れた運営システムに成長しています。JAXA宇宙飛行士の若田光一さんが日本人として初めて、かつ(軍出身でなく)文民出身として初めてISS(国際宇宙ステーション)の船長となったのは、若田さんの能力・人柄とともに、組織運営の考え方が変わってきた大きな流れの中にあると受け取ることが出来ます。

本書の中に「誰がリーダーであるかを誇示する必要はない。たとえるなら『透明な氷のような船長』でありたい」という若田さんの言葉が紹介されています。かといって、日本のくたびれた組織の管理職のように“いてもいなくても同じ”という存在ではもっと困ります。リーダーは一体何をする役目で、そのためにどんな考え方をもっていたらいよいのか。現代の一つのリーダー・モデルが本書の中で説明されているのではないかと感じられます。

林氏は4年前に「宇宙飛行士の育て方」という本を書かれていまして、その時も本ブログで紹介しようと思っていたのですが、書き逃していました。

■基礎訓練だけで1600時間強?
本書に、JAXA資料による「宇宙飛行士の訓練の流れ」(最短4.5年)と、そのうち基礎訓練(1.5年)の説明が記されています(冒頭の写真参照)。これによると、次のような訓練で構成されています(たぶんここに示されているもの以外にもカリキュラムがあるのだろうと推測します)。

・イントロダクション(163時間)
施設ツアーが105時間と多い
・基礎工学(45時間)
航空宇宙工学概論、電気・電子工学概論、計算機概論
・宇宙機システム・運用概要(53時間)
各国の宇宙機、ロケット等の概要
・ISS/きぼうのシステム(174時間)
ISS運用、ISSシステム、きぼうのシステム・運用訓練
・サイエンス(162時間)
宇宙科学研究、ライフサイエンス、微小重力科学、地球観測・宇宙観測
・基礎能力訓練(1031時間)
一般サバイバル技術訓練、体力訓練(104時間)、飛行機操縦訓練(240時間)、英語(200時間)、ロシア語(200時間)、メディア対応訓練、写真技術、水泳技術ほか

計算してみると計1600時間強。飛行機操縦、語学、および体力関連で全体の約1/2といったところでしょうか。項目を見るだけで我々一般人はため息をついてしまいそうです。もし私が候補生になったとしても、余裕を持って取り組めそうな時間は「水泳技術」(5時間)くらいしかなさそうです。ハァ…

これ以外にも、さまざまな情報が盛り込まれています。

■必要十分な情報を、相手を見て伝える技術
4月22日に行われた八重洲ブックセンターでのイベントは、林公代氏ともう一人JAXA管制官内山崇氏のトークショーで、内山氏は現場で起こるあれこれを結構生々しく話されていていました。内山氏は、自身が宇宙飛行士選抜試験の最終選考まで残った経験があり、その後日本実験棟「きぼう」やHTV「こうのとり」の管制官として活躍されています。

面白い話はいくつもあったのですが、以下に少しだけ挙げてみます(私のメモに基づいて再構成したもので、本人の発言通りではありません)。

まず、主に“管制官”に求められるコミュニケーションの話:
・限られた時間内にコミュニケーションを完了させなければならないので、短い言葉で的確に伝える必要がある。まず結論を言ってから、その理由などを説明する。事前にさまざまな訓練やコミュニケーションをとっていれば、(複雑な背景なども)結論を言った段階ですぐに理解してもらえることもある
・伝えておけば安全だが、忙しい中で当たり前のことを伝えても、無駄になりうる。かといって「彼は言われなくてもわかっているだろう」と安心しすぎてしまうのも、後で問題が起こりかねない。プライオリティの判断はフライトディレクターにかかっていて、重大である
・完璧すぎるリーダーに対しては特にその線引が難しい。現場(ここでは宇宙飛行士)の側としては、たとえわかりきったことを伝えられても、広く聴く姿勢が必要だろう

■マニュアルでもカバーしきれない状況
ついで、マニュアルとルール、リスク管理の話。

・「こうのとり」のマニュアルは、実にその95%がトラブル対処法についての記載である
・運用にあたって、確固としたフライトルールがあり、それに沿っている。リスク回避に関しても、例えば「1つ壊れたときは fail operative」「2つ壊れたときは fail safe」といった指針があり、それに従う。マニュアルにその場合の対処法を示してある(のでその記述が大半を占めてしまう)
・とは言いながら、運用の世界では何ヵ所壊れようが、簡単にミッションをあきらめるというわけにもいかない。マニュアルには1つ2つ壊れた後の対処法まで書かれているが、その先、追加で何をしていくべきなのかをリアルタイムで決めていくことが求められる

人材育成、組織開発、キャリア形成、コミュニケーション論など、いろいろな視点から参考になろうかと思います。

閉鎖空間の人間関係(NBonlineより)

宇宙飛行士の閉鎖空間実験に実際に関わっているJAXAの専門家へのインタビューが掲載されています。実験とはいえ、途中で人間関係の重大なトラブルが発生してしまった例などが語られています。

NBonline画面
〔日経ビジネスオンライン当該記事の冒頭画面〕

■専門家が語る、宇宙空間のストレス
日経BP社のサイトNBonline(日経ビジネスオンライン)に掲載された、JAXA(宇宙航空研究開発機構)井上夏彦氏のインタビューを興味深く読みました。

シリーズ「ストレス革命~ビジネスパーソン再熱化計画」
閉鎖空間のストレス・マネジメント術~井上夏彦氏 前編後編
(冒頭ページ以外は、会員登録した人のみが読める)

当サイトではこれまで、宇宙飛行士の人間関係の話(a)、ストレスなどの身体測定の話(b)、組織とリーダーシップの話(c)などをいくつも書いてきました。

(a)「ドラゴンフライ」2-宇宙空間で危険な諍い「中年ドクター 宇宙飛行士受験奮戦記」
(b)身体を測る 09-ストレスの強さを測る身体を測る 05-健康状態がわかる睡眠シート
(c)フォロワーシップ(follower ship)「組織行動の「まずい!!」学」

なんだかテーマに脈絡がなく書き散らかしているサイトと思われるかもしれません。が、記事を書いている方としては無関係にテーマを選んでいるというわけでは必ずしもなく、かなり共通した問題意識の下にあります。今回ご紹介するインタビューはその問題意識の“ど真ん中にヒット”しているかのような記事でした。

■われわれの普段のイライラなど、たかが知れたもの
インダビューイーの井上氏は、宇宙飛行士の精神心理支援のプログラムを作成しているとのこと。記事には、ミール宇宙ステーションの事例ほか、日豪加露の模擬的な閉鎖環境実験のなかで起こったトラブルの話が簡単に語られています。「文化の違いからくる誤解」「リーダーやフォロワーのあるべき姿」「宇宙飛行士のストレスの客観的な計測」「精神的支援の具体策」「クルー・リソース・マネジメント」などが少しずつ語られています。現在行われている新しい宇宙飛行士選抜の話にも少しだけ触れています。

また、国際宇宙ステーションに搭乗する宇宙飛行士が持つべき精神心理的スキルが、「異文化適応ができる」「リーダーシップ、フォロワーシップがある」など8項目にまとめられて明示されています。この8項目は、一般の組織においても大変役立つ指針のように思われます。

記事自体は前後編併せてもさほど長いものではなく、また一般向けに語られているので、本当に専門的といえそうな事象説明まではありません。少し物足りないので、できれば何か別の機会に、このテーマで掘り下げた記事か何かがあればと、勝手に希望したいところです。

普段の生活で、われわれは他人との協業、折衝、コミュニケーションを通じ、うまく折り合いやペースが合わず、時にイライラし、ストレスを感じるものです。しかしそんなもの、周囲にウマが合わない人がいたとしても、閉鎖空間での多国的な文化の衝突に比べれば、“たかが知れたもの”。しかも、日常生活ではちょっとした諍いで生命の危険にさらされることもまれなので、宇宙空間より“ずっと安全” !

そんな当たり前のことを認識するだけで、何よりわれわれのストレス対策になるような気が… しませんか?

トップのあり方と新銀行東京

新銀行東京の経営に関する責任は曖昧なまま、追加出資が行われました。こうしたケースをみるたびに、経営者(トップに立つ者)の責任のとり方はどうあるべきなのかという文脈で、思い出す時代劇があります。

前回の記事「数字をスケープゴートにするな」に続き新銀行東京を俎板にあげましたが、テーマはまったく違い、リーダーシップに関する話です。

新銀行東京新聞記事

■トップに立つ者の責任のとり方
古いドラマを持ち出して恐縮ですが、だいぶ前にNHKで「戦国武士の有給休暇」というコメディ・タッチの時代劇がありました(※注)。このドラマの中で今でも強烈に覚えているシーンが1つあります。
「トップに立つ者の責任のとり方とはこういうものだ」
ということを示されたようなシーンでした。

主演の小林薫さんが演じるのは戦国時代のとある地方国の武士(役名忘れました)。“有能で頼りになる実務家”といったところです。

国を経営するトップ、つまり社長(殿…中村梅雀さん)は、思いつきのように新方針や命令を打ち出します。それをミドル層(というより“実行部隊長”)にあたる小林さんが実行に移すだけでなく、次々に発生する難しい問題を解決し、さらにはトップの失敗の尻拭いをしていきます…。持ち前の頭脳と行動力で殿様から“役に立つ部下”と信頼されているため、ずっと休みがとれません。働き詰めに働いたので「お願いだから、しばしのお休み(有給休暇)をください」と嘆き、社長(殿)も「この仕事が終わったら…」と約束するのですが、戦国の世はその猶予を許さず、仕事に追われていく…。そんな、現代の会社勤めにはっきりとなぞらえたやり取りを想像できる楽しいドラマでした。

(※注)「戦国武士の有給休暇」(1994年、NHK)
脚本:ジェームス三木。出演:小林薫、中村梅雀、若村麻由美、阿部寛、佐藤慶、河合美智子、蟹江敬三、清水紘治、斎藤晴彦、夏川結衣ほか。(役名は、清水紘治さんが明智光秀だった以外全く覚えていません)

■たとえ「勝負は時の運」であっても
物語の中盤、織田信長の天下の元で、社長(殿)は盟友(隣国の殿)とともに、
「この乱世で自国が生き延びるためには、誰か実力者に頼らなければならぬ」
と思い至ります。その候補として考えたのが、羽柴秀吉と明智光秀。

社長(殿)は、悩みつつも、秀吉ではなく光秀に与し傘下に入ることを選びます。
最終盤、本能寺の変から山崎の戦いを経て、光秀は秀吉に討たれます。

光秀に与してしまったが故にこの国も秀吉軍の攻撃を受け、落城間近、万事休す。そのとき

「どうして秀吉ではなく光秀(につくこと)を選んでしまったのだろうか」
と嘆く社長(殿)に対し、重役らは「誰も将来のこと(光秀が討たれること)など予測はつかない。勝負は時の運なのだから、殿(が秀吉でなく光秀を選んだこと)に責任はない」

と慰めようとします。

しかし小林さんはきっぱり、次のように社長(殿)に向かって言い放ちます。

「確かに勝負は時の運かもしれない。
しかし、国を率いるトップが下した経営判断ではないか。
その結果に対して、トップ以外の誰が責任をとるというのだ。
たとえどんな合理的な判断であったとしても、
社長(殿)、あんたが責任をとって辞めるのが正道というものだ」
(正確なセリフではありません。記憶は相当に私の頭の中で脚色されています)

その言葉を聞いた社長(殿)は観念し、城を明け渡すことを決めます。小林さん演じる武士はその後も殿に忠義を尽くし、殿が落ち延びるのに付き従い、殿を守ることを誓います。後に殿とともに落ち着いた土地で農民となり、小林さんもやっと実質的にやっと“有給休暇”をとれる…、といった内容だったと記憶しています。
(このあたりのストーリーも、正確さはかなりあやしいかもしれません)

■トップが逃げてしまってはいけない
長々と時代劇ドラマの話になってしまいましたが、新銀行東京のこと。

新銀行東京のコンセプトは決して悪くないことは、各方面から評価されていると思います。しかしビジネスモデルは成立しませんでした。前回の話で触れた融資の「スコアリング・モデル」は不十分、実務スタッフの編成も(おそらく)不十分だったのだと思います。

かりに「時の運がなかっただけだ」と仮定しても、その責任を誰がとるべきなのか。今回のような400億円追加出資(ひいては長期的な敗戦処理)を行うならば、それとともに、
「たとえどんな合理的な判断であったとしても、
知事、あんたが責任をとって辞めるのが正道というものだ」
ということになるのではなかろうかと…。

また、本サイトの以前の記事で築地卸売市場の豊洲移転に触れたとき、
「卸売市場の移転は、知事1人の思惑では動かない。さまざまな関係者や社会の動きがあって初めて成立する。だから知事が誰になろうと、そう違いはないだろう」
といった意味のことを書きました(「かつての市場移転(「神田市場史」より)」)。

今回新銀行東京問題では、なぜか件の知事が似たような言い回しをしています。
「私の一存で進めてきたかのような意見はまったくあたらない。膨大な組織の中で、私1人が発想して行政が動くわけではない」。

しかし築地の豊洲移転問題と新銀行東京とは質が全く異なるものです。生鮮品の卸売市場はすでに社会に根付いた欠くべからざるシステムの一端であり、多数の関係者が昔から動かしています。しかし新銀行東京は、3年ほど前に新たに生まれた(もともとなかった)一事業です。その事業を発案し、リーダーシップを発揮して作ろうとした知事が「自分だけの仕業ではない」という逃げ口上をうつのは、いくらなんでもありえない。

百歩譲って、かりに「膨大な組織が発想して初めて行政が動いたもの」だったとしても、その責任をとることこそがトップの仕事なのではないか。そのようにしか思えないのですが、いかがでしょうか。

■“反面教師”を目の当たりにして
本サイトの記事は、経営にまつわる一般的な話題を提供することを主眼においており、特定の人や組織に対する問題提起や、政治に関わる意見を表に出す意図はまったくありません。今回の記事はたまたま都政を例として出したので少しキナ臭い意味も含んだ内容を持ってしまいましたが、一般の企業経営においても、とるべき責任をとらないトップの事例は、相当数あるのではないかと推測します。

経営者・マネジャー・ビジネスパーソンにとってまさに「反面教師」が実例として目の前にあるわけです。トップとは何か、リーダーシップとは何かを考える際、東京都の事例も先にあげたNHK時代劇のセリフも、きっと参考になるのではないでしょうか。そんな意味でまとめさせていただきました。

フォロワーシップ(followership)

本当に有能なプロフェッショナルとは、リーダーシップだけでなく「フォロワーシップ」をきちんと発揮できる人のことなのかもしれないと思うようになりました。

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「指導力革命 ― リーダーシップからフォロワーシップへ」
【ロバート・ケリー(著)、牧野昇(翻訳)、プレジデント社刊、1993年】

■“普通の本物”と“本当の本物”の違い
以前、どこかでこんな話を聞いたか読んだかした覚えがあります。

ある経営者が仕事をその道のプロに依頼しました。ここでは話を少しだけすり替えて、仮に「経営者が名のある絵描きに絵を発注した」とでもしておきましょうか。発注時には描いてほしい絵の条件をきちんと絵描きに伝え、絵描きもその条件を納得した上で制作にかかりました。ところがもうすぐ出来上がるかという段階で経営者が完成直前の作品を見に行くと、発注時に意図した注文とちょっと違う、必ずしも納得できない絵ができつつあるのに気が付きました。絵描きからすると条件を違えたわけではなく、自らのプロとしての能力を発揮してよりよい絵に仕上げようとしたまでのことです。

経営者はここで、絵の描き直しを指示したいところです。いくら絵描きに実力があっても、せっかくできた絵が気に入らないものになってしまっては意味がありません。しかし費用と納期は限られています。それ以上に、当の絵描きにもプライドがあるでしょうから、下手に作り直しを命じると臍を曲げてしまう可能性もあります。

その時どのように対処するか、次のようなケースがあるといいます。

(1) もしその絵描きがプロとしてのレベルがやや低い者であるならば、たとえ相手の感情を害することにつながっても描き直しを要求する。
(2) もしその絵描きがプロとして本物であるならば、相手のプライドに泥を塗ってまで無理な描き直し要求はしない。
ここまでは誰もが普通に考え付きそうですが、その経営者は次のケースも想定していました。
(3) もしその絵描きがプロとして“本当の本物”であるならば、たとえ相手の感情を害することにつながっても描き直しを要求する。

(2)と(3)の違いは、相手が“本物”か“本当の本物”かの違いです。この経営者の考えとしては「せっかくの仕事に注文をつけると、普通に優秀な人はたいてい気分を害してしまうが、本当に優秀な人はむしろやる気になる」。だから無理な注文であっても構わず言う。それで仕事の質が落ちるような仕事相手には次は注文しない、というのです。

■フォロワーあってこそのリーダー
これはかなり自分勝手な論理です。実際にその経営者は強引に仕事を進めるワンマンとして評判で、誰に対しても都合の良い理屈を言って実権を振りかざしていただけのことかもしれません。しかしながら、“普通の本物”と“本当の本物”の違いを上のように言い表していたのは、確かに一理あるような気がしています。

現実のビジネス社会の中で、自らプロとして自負心を持って働いている方々は多数いることでしょう。「リーダーシップを発揮することが成功のカギである」と書物や周囲から数え切れないほど叩き込まれた優秀なビジネスマンや経営者であればあるほど、プロフェッショナルとしての自負心が強ければ強いほど、他人に従うことを快く思わず、威張ったり自己満足に陥ってしまったりしがちなものです。他人からの注文を納得できず結果的に失敗をしてしまった経験が、きっと誰にも多かれ少なかれあることだと思われます。

ところが「リーダーシップ」の重要性は数限りなく語られるものの、人への従い方=「フォロワーシップ」の重要性はほとんど語られることはありません。そもそもリーダー(先導者)に対するフォロワー(従属者)という言葉を使ったことがない方も多いと思われます。でも複数の人が協力して仕事をするときはいつも、フォロワーシップがあってこそリーダーシップが成立することを忘れてはいけません。

フォロワーシップは、盲目的に上に従うべきことを指しているのではありません。人の能力はその職位と不可分ですが、職位が高い人がどの分野でも職位の低い人より優れているというわけではもちろんありません。かりに管理職とか経営幹部のほうがマネジメント能力が優れているとしても、商品開発・営業開拓・事業企画・技術開発などそれぞれの専門分野にはそれぞれの専門知識を持つ人を登用することがふさわしいわけです。つまり、人は常にリーダーにもなり、常にフォロワーにもなるわけで、そこのところを忘れてしまうと、先に触れた「プロとしての自負心があるが故の失敗」≒「フォロワーシップのとり損ない」につながるというわけです。

■フォロワーにも5類型ある?
本書の原題は「The Power of Followership」。1990年代前半に発刊されたこの本は、経営管理に「フォロワーシップ」という概念を持ち込んだことで注目されました。著者のケリー氏はこのテーマを語るときに欠かせない“御大”のような存在のようです。

この本ではフォロワーシップという概念を「リーダーなどに対する、上向きの影響力」と位置づけています。

「まるで大事なのはリーダーだけで、残りのフォロワーは下の立場にあるような階層構造まで作り出してしまった」
「ここ100年かそこらで、“リーダー”と“フォロワー”という言葉には、すっかり現在世間一般に広まっているイメージが植えつけられてしまった」

だからフォロワーシップの重要性をもっと認識し、リーダーシップ開発だけでなく組織のフォロワーシップ開発にももっと力を注げ…、というのがこの本の主たる主張です。

自分がフォロワーとなったときには仕事に対してどう考えればよいのか。自分がリーダーの時に部下のフォロワーシップをどう育てればよいのか。フォロワーにもいくつかのタイプがあり、そのタイプによって望ましいキャリアパスのあり方も育成のコツも違うことなど、日本のビジネス社会でも実感を持てる内容が書かれています。

さらには人のフォロワーシップ型を見分けるテスト項目が用意されています。この簡単なアセスメントテストによって、読者自身が5つの型(消極型、盲従型、批判型、官僚型、模範型)のどれに当てはまるかを判断できます。

※「指導力革命」目次
プロローグ 警告「リーダーシップが危ない」
1章 人々がリードすれば、リーダーは従う
2章 21世紀の組織の盛衰を分かつもの
3章 なぜフォロワーの道を選ぶのか?
4章 人は何に満足するのか?
5章 あなたは、どのタイプのフォロワー?
6章 模範的フォロワーは、ここが違う
7章 人間関係がフォロワーを育てる
8章 リーダーに「ノー」が言えるか?
9章 勇気ある良心を発揮するための10のステップ
10章 模範的フォロワーから見たリーダーシップ
エピローグ フォロワーシップのフロンティアへ

■気軽に読める本
本書に少し不満があるとすれば、フォロワーシップを重視せよという主張とは別に、その奥に厳然とした(先導者-従属者の)階層構造の存在を意識しているように受け取れるところでしょうか。監訳者が「本書は…簡単に言うと“ヒラ”の従業員のあり方を取り上げたもの」という実も蓋もない言い方でこの本を表現しているとおり、「結局のところ人をいかに従わせるか」といった枠組から踏み出していないようにもみえます。そのあたりが個人的には少し引っかかります。

また本書では「職務上の権限を持つ人」と「仕事を先導するリーダー」とを分けて考えていないあたり、現代の組織論、リーダーシップ論からすると物足りないところがあります。

でも、あまり小難しく考えずに読める分、人事の専門家だけでなく一般ビジネスパーソンにも素直に読める内容になっているともいえます。それでいていろいろ示唆に富んだ説明があることは確かです。(ただし日本語訳は中古本などでなければ手に入りにくいようです)

■フォロワーシップの有無が生死を分ける状況
少し前に書いたエントリー「月の記憶 アポロ宇宙飛行士たちの『その後』」で、宇宙飛行士の組織や育成について触れました。宇宙飛行士は、それぞれの役目によって内容は異なるでしょうが、まさにプロであることが求められる職業に違いありません。一方で、宇宙船という閉鎖空間の中で他のクルーと共同して仕事をする場面では、周囲と協調しリーダーにきちんと従うべき秩序が求められます。宇宙空間でメンバーシップがうまく働かなければ、下手をしたら自分と仲間の生死を決定的に左右するかもしれないリスクを持つことになってしまいます。

宇宙もしくは同様の閉鎖空間では、間違いなくクルーにフォロワーシップが必要のはずです。そして少なくとも現代の宇宙飛行士たちは、きちんとしたフォロワーシップを身に付けられる資質を持ち、そのための訓練が施されているのではないかと思われます。公の場で見る宇宙飛行士たちが誰も人格的に優れているかのように感じられるのは、本来リーダーとしての資質を十分に持つプロでありながら、フォロワーシップをも確実に身に付けて行動できることにあるのではないかと推測する次第です。

冒頭で「“本当の本物”は、無理な注文を受けても臍を曲げない」という話を書きました。これは実のところ、当人が無理難題があっても我慢できるとかいう低い次元の問題なのではなく、フォロワーシップを身につけていることがより自らの仕事の質を高めることを知っているのではないか…。そう考えると妙に納得する話なのですが、いかがでしょう。