いろいろ批判のある「成果主義」ですが、俯瞰してみると日本企業に対してプラスに働いているようです。一方「長期雇用の放棄」は単純に成否を判断できないという報告があります。
【「日本の企業と雇用 ─ 長期雇用と成果主義のゆくえ」(労働政策研究・研修機構、2007年)第2部分析結果をもとに編集】
今回は、成果主義に関する話題提供、サイト紹介、書評を兼ねたような記事です。
■充実した労働経済関連の資料
厚生労働省所轄の独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT) は、労働関連のデータや報告書を積極的にネット上で公開しています。人事系の調査研究では誰もが一度はここのデータもしくは分析結果を参考にしたことがあるでしょう。俯瞰的(学術的、統計的)なスタンスからテーマを掘り下げた研究結果の場合は経営の実際の(ミクロな)場面にすぐに役立つとは限りませんが、人事・労働に関連する客観的な現状を掴むのに役立ちます。
この6月にも「プロジェクト研究」の成果として、全8冊分の報告書がネット上に公開されました(第I期中期計画プロジェクト研究シリーズ)。うち、「No.5『日本の企業と雇用 ─ 長期雇用と成果主義のゆくえ』」に、成果主義などの現状をアンケートから定量的に分析した分析結果があります。表題のとおり、従来の日本型企業の特色が変化した結果として今どのような状態にあるのかが“数字をもって”示されています。
対象企業は大企業中心、回答者は人事担当者。いわば組織だった会社の「公式見解」のようなものなので、実態と比べて何らかのバイアスがかかっているかもしれません。それでもなかなか興味深い内容なので、少し紹介させてください。
■人材マネジメントの4類型
本調査では、まず
(a) 日本企業がこれまでの年功序列一辺倒の賃金制度(評価制度)を脱し、成果主義を導入したのかどうか
および
(b) 終身雇用に代表される長期雇用の制度を変え、流動化した雇用体制に移行したのかどうか
それぞれに該当する企業の割合を推量しています。
上の説明図は、(a)を横軸、(b)を縦軸にとって、企業を4種類に分類したものです。左上の「J型」は従来の日本企業の典型で、成果主義は未導入(≒年功序列を維持している?)かつ長期雇用を維持している企業で、全体の約30%がここに属するとのこと。右上「NJ型」は成果主義は導入済みだが長期雇用は維持している企業で、約40%と4類型の中で今は最も該当企業数が多いということになっています。左下「DJ型」は成果主義は未導入だが長期雇用はすでに維持していないとされるグループで約10%。右下「A型」は成果主義も導入し長期雇用を前提とした体制からも脱却したグループで、全体の約20%があてはまるとされています。
“4 対 3 対 2 対 1”の割合。なにか日本人の血液型の割合と似たような各類型の比率になっています。数字からは、成果主義導入が意外に進んでいるのに対し、予想外に多くの企業が長期雇用を維持していると説明されています。「この数字、ホントか~?」という声も「まぁ、そんなもんかな~」という声も聞こえてきそうですが、それは置いて…。
■成果主義と雇用流動化が企業に与えた影響とは
ステレオタイプな見方をすれば、かつてはほとんどがJ型だった日本の大企業がNJ型、DJ型、A型へと変化し、枝分かれしたと見ることができます。
ただしDJ型については、企業が好んでこの類型を選んだというより、業績悪化によって人員のリストラをせざるを得なかった(長期雇用を仕方なく捨てた)衰退型だとみなされます。いわば後ろ向きの変化で、実際この類型に入る企業は、「業績は悪化している」ほか「若手育成に手が回らず、職場で協働する雰囲気もない」「社内のモラールは下がり、仕事に対する意欲が低い」という分析結果が数字としてでています。
一方NJ型とA型は、従来の日本型組織体制から変革した状態と位置づけられます。長期雇用を維持しているか放棄しているかの違いで分岐していますが、いずれもJ型(およびDJ型)と比較して業績が良い企業が揃っていると分析されています。どちらかというと大規模な企業がNJ型、小規模な企業がA型になる比率が高いとのことです。
またNJ型とA型では職場の状況にけっこう差があることも明らかになっています。NJ型は、「社内のモラールが上がり、仕事に対する意欲が高い」という良い職場環境が醸成されている一方、少しですが「若手育成に手が回らず、職場で協働する雰囲気もない」という悪い状況も発生しています。A型は、「若手育成に手が回らず、職場で協働する雰囲気もない」とともに「ストレスを訴える社員や自己都合で離職する社員が増加している」という悪い環境が生まれています。
従来の日本型であるJ型の場合は、「若手育成の体制があり、職場で協働する雰囲気もある」とともに、少しだけ「ストレスを訴える社員や自己都合で離職する社員が増加していない」という良い職場環境があるとされています。
■職場環境の代償として業績アップを得たのか?
この調査・分析からあえて直接的な結論を導こうとすれば、次のようになるのでしょう。
・業績を維持しつつ、それなりに良い職場状態(高いモラール)を保ちたいのなら、長期雇用を維持した上で成果主義を導入するのがよい
・「人材育成や社員の相互関係には深く関心を払わない。ストレスもあるし、その仕事がいやなら辞めていい。また別の人を雇うから」というマネジメント方針が掲げられる企業の場合は、その引き換えのように業績アップが見込める
・社内の雰囲気を良い状態を維持しようとする半面、組織体制を積極的に変革する勇気がない企業の場合、高い業績アップは(一般的には)望みにくい。
業績、正規社員の比率、社内で協力し合う雰囲気、ストレスの多寡、モラールの高さといったすべて要素を好ましい状態のまま保つことなど、普通の組織では望むべくもないことです。結局何かを犠牲にして、その代償として経営上重視すべき要素(多くの場合は業績アップ)を選び取る…。それが経営判断というものなのでしょう。
さらにこうした企業の意思決定が、経済・経営環境一般にとってどのような意味があるのか、影響があるのかなどにも言及しています。たとえば、A型のような長期雇用を前提としない人材マネジメント企業が成立するためには、「(企業横断的な)技能形成のシステムが不可欠」であること。しかしその点、現在の日本は「過去からの(人的な)遺産」を利用しているようなもので、そうしたシステムが今は必ずしも成立していない(早晩行き詰る)といった意味の指摘がされています。いろいろ頷かされる指摘ではないでしょうか。
…以上、内容のごく一部をわかりやすく“丸めて”表現したものです。数字は概数で、用語も当方で意識的に置き換えているところがあります。正確な分析内容をじっくり理解したい方は本体を読まれることをお勧めします。もちろんこれ以外にもまだまだ本報告書およびJILPTの各報告書に興味深い調査があります。