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年末の築地2008

世界金融危機はいち早く生鮮品卸売市場の取引に影響したと言われることがありますが、部外者には築地界隈はなかなか繁盛しているように見えます。NHKの特番やテレビ東京のアドマチなど、少しマニアックなテレビ番組も放映されました。

築地場外入口看板
〔築地場外市場商店街入口にかかる横断幕〕

■意気込みが見える場外市場の横断幕
昨年(年末の築地の街)に続き、年末の築地を徘徊しました。不況とはいえ、やはり結構賑わっていると感じられます。今年は中旬の平日に出掛けたのですが、外国人観光客はもちろん、一般消費者の姿がけっこうみられました。

前回の記事(市場長が書いた「築地といちば」)でも書きましたが、築地の豊洲移転問題は少し流れが変わったかのように感じられます。本当のところどう転ぶかわかりませんが、東京都の問題というより国の問題として、再度(卸売市場法のあり方など)根本問題から考え直すチャンスがくればよいと思っていますがどうでしょう。

もっとも、現実の生鮮品流通システムを間断なく維持しなければならないことを考えると、頭でっかちに理想だけを語っていても仕方ありません。いつか来る次の東京大震災までに間に合うのかどうか…

冒頭の写真のように、築地場外市場商店街の入り口に横断幕が掲げられていました。場外は場外として自立している商店街です。日本橋魚河岸が移転しても日本橋が賑わっているように、築地市場の移転の有無に関わらず今後もずっとここで商人たちは商売を続けていくことでしょう。市場本体はともかく、「築地」ブランドを受け継いでいく主力は今の場外市場商店街の方々になるのでしょう。

■築地を追求したテレビ番組
いわゆる「グルメ紹介」「安い買物紹介」のような番組で築地が取材対象になるのは日常茶飯事のことです。しかしこの12月は、築地に関するテレビ番組がいくつか続きました。マニアックとはまではいえないかもしれませんが、少し踏み込んだ興味深い番組が続いたようです。

12月中旬のテレビ東京のアドマチック天国は、テーマがずばり「築地場外」。市場本体には入らず、場外だけに絞っていました。ランキングは食べ物屋さんばかりですが、いくつか面白いエピソードが散りばめられていました。吹田商店さんの若旦那が話す「石川五右衛門の命日が書かれたお札」(を貼り忘れた年に限って、貼り忘れた場所から泥棒が入ってきたという話)は、「本当かいな?」とついつっこみたくなるところ(笑)

そして年末、NHKで放映された市場(場内)の紹介兼ドキュメント的な番組「築地市場大百科AtoZ」は、踏み込んだ話にもかかわらず肩を張らずに見られた良い番組でした。計2時間近くにわたり、築地の職人、技術、人の動きなどが採り上げられていました。プロから見れば“しょせん上辺だけの説明”と受け取れるのかもしれませんが、日本人でも普通はなかなか入り込めない市場の“ひだ”のような部分を垣間見られたことは、きっと築地はじめ各地の市場にとって、広報的な意味でプラスなのだろうと思われます。

テオドル・ベスターさん(テオドル・ベスター著「築地」 参照)が築地通の一人として出演していました。ロシアのチェリストで日本通だった故ロストロポービッチさんが感じた市場の“音”の話は雰囲気とともに心に沁みます。外国人が評価する日本文化という側面が強く出ていたようです。

2人のマグロせり人が上質のマグロ1本をめぐり駆け引きをする話は、この番組の見せ所だったでしょう。せり一つにもいくつもの深謀遠慮があることは興味深かったところです。ただし、この駆け引きのなかに卸売市場というシステムの“プラス面”だけでなく“マイナス面”を読み取った視聴者も少なくないと思います。生産者から消費者に商品が届く過程で中間流通業者が入ることのメリット(リスクヘッジなど)を感じることもできれば、プロでしかタッチできない流通過程での不透明さを感じる向きもあったかもしれません。

そんなこんなを含めた世界が、現在の日本の卸売市場というものなのでしょうか。

市場長が書いた「築地といちば」

築地卸売市場とその周辺の歴史、築地移転の話などが淡々と語られています。著者は築地市場に長く勤め市場長となった方。きわどい話はありませんが、築地の全体像がわかりやすく解説されています。

築地といちば
「築地」と「いちば」 築地市場の物語(左半分が表紙、右半分が裏表紙)
【森清杜(著)、2008年、都政新報社刊】

■当事者の連載記事を単行本化
卸売市場に関するネタは尽きません。最近も、外国人観光客のマナーの悪さから築地市場のマグロせり市場の見学が中止されたという報道、漁協と大手スーパーの直接取引きで卸売市場の存在意義が見直されている話、さらには中国韓国の水産市場が本格的に稼動をはじめ、築地はじめ日本の卸売市場の将来が危ぶまれている話などさまざま出てきてます。テーマは違っても、一つ確実なのは、従来の日本の卸売市場システムは思った以上に急速な変化を迫られていることでしょうか。

本書の著者は第18代築地市場長とのこと。「都政新報」に連載した記事の単行本化です。といっても、現在の築地市場の話はわずかで、近隣する明石町(聖路加国際病院の周辺)や佃島、築地以前に魚市場があった日本橋を含む歴史の振り返りが主になっています。旧海軍施設、立教大学や雙葉学園といったミッションスクールなどなどの歴史話がページの多くを占めます。

他の資料にも書かれていることも多いでしょう。著者が責任のある役職、つまり当事者であるためか、あたりさわりのない事柄・事実を中心にまとめている形です。ある意味「公式的な見解」と受け取れるものかもしれません。でもそれはそれで、この地域の歴史や成り行きが短く端的に説明されていて興味がもてます。

なお、表紙・裏表紙は築地にある民家のイラスト(冒頭写真)で、当サイトでも紹介している銅板建築の家(→ 銅板建築 14_築地の「C-020」)です。市場からも場外からも離れている場所の建物なので「いちば」と直接的なつながりはありませんが、趣があります。

■築地移転の“おもて話”
やはり最も気になるのは、平成に入る頃からの築地移転問題でしょうか。最終章(第9章)にそのあたりの経緯が少し語られています。たとえば次のような事実が淡々と挙げられています。

・1990年。築地の現在地で再整備することに優位性があると判断されました。計画では2002年に全面衣替えが終わるとのこと。

しかし新しい卸売場建設に向けた工事が本格化する予定だった95年になって「移転の可否について再検討」と意見が表にでてきます。市場財政逼迫がその一つの理由ですが、主に青果部門からの臨海地区への移転意見が強かったとされています。全体的に、
青果部門は概ね移転派、水産部門でも卸売業者は移転派。
これに対し、
水産部門の中卸業者と買出人が現在地再整備派
という図式だったようです(今もそうかな?)。

さらに
・96年1月に当時の市場長が「再整備見直し」を表明(この時点で、晴海、豊洲、大井埠頭など5カ所の空き地を検討しはじめる)。
・96年4月、東京都卸売市場審議会は現在地再整備を了承し移転論議に終止符を打った、はずだったが、
・96年11月、東京都が大幅な計画変更を示し「計画が10年前まで戻った」。
・97年11月、あらためて日程が決定し2000年本格着工と決められたが、その後
・97年12月、またもや「移転も視野に入れた検討」が言い出され、この時点で豊洲移転の検討が移転の第一候補となった
とのこと。

「現在地再整備」の決断がたびたび下されても、後から移転に話が決まっていったのはなぜなのでしょう。理由は、本書にもありますが、どうもあまりすっきりしません(※1)。

・現在地開発では仮設営業の期間が長くなるので仲卸業者にとっても条件が厳しい
・工事完成まで20年とか長期の時間がかかる
・青果部門が「現在再開発は無理」と統一見解を出した
・水産仲卸が出した(現在地再開発の)独自案は「将来のあるべき姿が明確でない」と(移転派が)批判
・99年、新しい都知事が就任後初めて築地を視察したとき「古い、狭い、危ない。時代錯誤」などけちょんけちょんに言い放った

築地移転の話は、
・2001年2月 石原都知事が豊洲移転の考えを都議会本会議で正式に表明
…というあたりで記述は終わってしまっているのが少し残念です。

■市場長が変わると方針も変わりうる?
そのほか、あまり知られていない情報もありました。たとえば築地場外市場の再開発案。

「再整備工事が本格化する中で、築地場外市場の再開発案も出され、中央区が5.7ヘクタールで高層ビル化し、生鮮食料品店舗を中心におよそ600店舗を収容し、住宅や駐車場、事務所スペースを確保する計画が持ち上がっている」 …もう過去の話です。

本書の記述ではなく別の情報(ネット上のblogなど)によると、95年に新しい市場長が就任したときから急に「現在地再整備」から「移転」に方針が変わっていったなどといった“裏話”があります。どうもそのあたりにドロドロした政治的駆け引きなどがあったようですが、本書ではさすがにその実態について何も語られていません。立場としては、書けることに限界があるのでしょう。

でも本書の語り口は、淡々としているだけにかえって嫌味は感じさせません。かつて市場長が変わったことで方針転換があったとすれば、また市場長が変わったことで新たな考え方が展開されていく可能性があると(勝手に)受け取ることが出来ます。

個人的な感想としては、市場が築地に残るか豊洲に移転するかはどちらでもたいした問題ではないと考えています(※2参照)。でも現在の卸売市場のあり方、卸売市場法の存在意義などは再検討するに値するはずです。これは国全体の制度の問題かもしれませんが、もしかしたら2009年は卸売市場の仕組みが大きく変わっていく年になるかもしれません。

※1 公式には、たとえば次のような情報が東京都の卸売市場の情報サイトに公開されています
資料4-2 現在地再整備が実現困難な理由

そのなかでは、次の7点が指摘されています。
1. 工事期間 ⇒ 完成まで最低でも20年程度は必要
2. 建設費用 ⇒ 割高となる
3. 営業活動への影響 ⇒ 支障が極めて大きい
4. アスベスト対策 ⇒ 工事期間がさらに延び、営業にも深刻な影響
5. 完成後の市場機能 ⇒ 基幹市場としての機能配備が不十分
6. 財源 ⇒ 中央卸売市場会計が保有する資金では不足
7. その他、工事の進捗に影響を及ぼす要因

※2 過去記事
非関税障壁か、守るべき制度か(「築地」その3)
官営化する卸売市場(「神田市場史」より)
など

閉鎖空間の人間関係(NBonlineより)

宇宙飛行士の閉鎖空間実験に実際に関わっているJAXAの専門家へのインタビューが掲載されています。実験とはいえ、途中で人間関係の重大なトラブルが発生してしまった例などが語られています。

NBonline画面
〔日経ビジネスオンライン当該記事の冒頭画面〕

■専門家が語る、宇宙空間のストレス
日経BP社のサイトNBonline(日経ビジネスオンライン)に掲載された、JAXA(宇宙航空研究開発機構)井上夏彦氏のインタビューを興味深く読みました。

シリーズ「ストレス革命~ビジネスパーソン再熱化計画」
閉鎖空間のストレス・マネジメント術~井上夏彦氏 前編後編
(冒頭ページ以外は、会員登録した人のみが読める)

当サイトではこれまで、宇宙飛行士の人間関係の話(a)、ストレスなどの身体測定の話(b)、組織とリーダーシップの話(c)などをいくつも書いてきました。

(a)「ドラゴンフライ」2-宇宙空間で危険な諍い「中年ドクター 宇宙飛行士受験奮戦記」
(b)身体を測る 09-ストレスの強さを測る身体を測る 05-健康状態がわかる睡眠シート
(c)フォロワーシップ(follower ship)「組織行動の「まずい!!」学」

なんだかテーマに脈絡がなく書き散らかしているサイトと思われるかもしれません。が、記事を書いている方としては無関係にテーマを選んでいるというわけでは必ずしもなく、かなり共通した問題意識の下にあります。今回ご紹介するインタビューはその問題意識の“ど真ん中にヒット”しているかのような記事でした。

■われわれの普段のイライラなど、たかが知れたもの
インダビューイーの井上氏は、宇宙飛行士の精神心理支援のプログラムを作成しているとのこと。記事には、ミール宇宙ステーションの事例ほか、日豪加露の模擬的な閉鎖環境実験のなかで起こったトラブルの話が簡単に語られています。「文化の違いからくる誤解」「リーダーやフォロワーのあるべき姿」「宇宙飛行士のストレスの客観的な計測」「精神的支援の具体策」「クルー・リソース・マネジメント」などが少しずつ語られています。現在行われている新しい宇宙飛行士選抜の話にも少しだけ触れています。

また、国際宇宙ステーションに搭乗する宇宙飛行士が持つべき精神心理的スキルが、「異文化適応ができる」「リーダーシップ、フォロワーシップがある」など8項目にまとめられて明示されています。この8項目は、一般の組織においても大変役立つ指針のように思われます。

記事自体は前後編併せてもさほど長いものではなく、また一般向けに語られているので、本当に専門的といえそうな事象説明まではありません。少し物足りないので、できれば何か別の機会に、このテーマで掘り下げた記事か何かがあればと、勝手に希望したいところです。

普段の生活で、われわれは他人との協業、折衝、コミュニケーションを通じ、うまく折り合いやペースが合わず、時にイライラし、ストレスを感じるものです。しかしそんなもの、周囲にウマが合わない人がいたとしても、閉鎖空間での多国的な文化の衝突に比べれば、“たかが知れたもの”。しかも、日常生活ではちょっとした諍いで生命の危険にさらされることもまれなので、宇宙空間より“ずっと安全” !

そんな当たり前のことを認識するだけで、何よりわれわれのストレス対策になるような気が… しませんか?

技の伝承と人材育成4(人材育成状況判断テスト)

今回試みた指標化を参考に、個別の企業や部署の人材育成状況を判断するための簡単なテストを作ってみました。人材育成に関わるアイデア発見につながるでしょうか。技の伝承はアートかサイエンスか…、あらためて考えてみたいものです。

分析図4
〔図4 “技能者育成指標”計算例〕

■アート的な伝達…サイエンス的な伝達
前回の記事まで3回にわたって、企業の人材育成が「個人力」(暗黙知的に人から人へ伝える方法に適したもの)と「集団力」(形式知化、マニュアル化により共有できるもの)のどちらの傾向を持っているかを示す指標を作ってみました。元になった調査は、JILPT(労働政策研究・研修機構)の調査報告書(※1)です。

別の記事「NASAを築いた人と技術」では、「属人的(≒アート的)手法」と「脱人格的(≒サイエンス的)手法」の衝突、が重要な視点だと書きました。ここでいう「個人力」がアート的手法による技の伝達に、「集団力」がサイエンス的な手法による技の伝達に、それぞれ対応させることができるかもしれません。

どの企業にとってもおそらく2者択一なのではないでしょう。例えばあるものづくり企業において
・基礎的・初歩的な技能は、集団力→脱人格的な手法→off-JTや小集団活動、で養成する。そのためのマニュアル作りをする
・顧客の要望に応じた“一品モノ”製造のための技能は、個人力→属人的な手法→日常的指導、計画的OJT、ジョブ・ローテーション、で長期的な視点で養成する
といった使い分けをすることがふさわしいのでしょう。

しかし時には、基礎的な技能に限って(わかりきっていることだけに)、マニュアル化を軽視して「見て覚えよ」と形式知化を怠ってしまう可能性があります。逆に、“一品モノ”の製造や顧客単位で高度なサービス提供が求められる部分に限って(その非効率さを実感しているだけに)、無理やりの標準化・形式知化を導入しようとする例もあるのではないでしょうか。

■単純なアセスメント・テスト
これまで挙げた指標は、「ある企業集団に対してYes/Noアンケートをとった、そのYes回答の平均値」を変数として指標を計算していました。なので本来は、個別の企業や部署に当てはめてこの指標を計算させることはできません。

しかし、かえって単純に考えて、個々の企業・事業所に対し今回の指標に近いものを当てはめてみることもできましょう。例えば、次のようなやり方で自社・自部門の「技能者育成指標」を計算してみてはどうでしょうか。一種のアセスメント・テストです。

質問
「あなたの会社(事業所)では、技能系正社員を対象にどのような教育訓練を実施していますか」

これに対する7つの選択肢
(A群)
1 外部の教育訓練機関などが実施している研修を受講させる
2 定期的な社内研修を実施
3 自己啓発を奨励し、支援体制をとっている
4 改善提案や小集団活動への参加を奨励
(B群)
5 やさしい仕事から難しい仕事へジョブ・ローテーションを実施
6 上司が部下を、先輩が後輩を日常的に指導
7 指導者を決めるなど計画的OJTを実施

それぞれに対し、
・かなり実施している→2点
・少し実施している→1点
・ほとんど実施していない→0点
といった採点をしてみます。

A群、B群ごとに点数を合計し、
評点1 = A+B (0点~14点)
評点2 = B-A (-8点~6点)
という評点を作ります。

評点1は、教育訓練の取組みの熱心さ
評点2は、これまでずっと解説してきた“技能者育成指標”
にほぼ該当するとみなします(※2)。

冒頭の図がこの計算例です。この例では「取り組みの熱心さは8点、取り組みの方法を示す指標は-2点」などと数値化されるわけです。

ずいぶん、いい加減に作ったものです(笑)。でも、ここで計算された「評点2」について、前回の記事で挙げた「事業所特性別の指標」(図3-3、図3-4)と比べながら、自社の技能者の育成や技の伝承方法を検討してみることが多少なりともできるかもしれません。

■測定値はゴールでなくスタートライン
なお、蛇足ながら…。今回のように統計数値から導いた何らかの計算結果、あるいは組織/人事アセスメントで測定した何らかの属性・数値、その他もろもろ定量化した結果は、そのまま「結論(ゴールライン)」と捉えるべきものではありません。「数字が出たから安心して考えを止めてしまう」と、時に思考停止になりかねません(別記事「人事測定と人事評価の違い」参照)。

出てきた数字(およびそのプロセス)は、むしろ現実世界に考えをめぐらす「手がかり(スタートライン)」なのです。「数字で考える」には、数字で結論付けることより、数字から新たな課題を見つけるといった姿勢が大事なのではないでしょうか。

【注】
※1 「ものづくり産業における人材の確保と育成-機械・金属関連産業の現状-」:JILPT「調査シリーズ No.44」

※2 この計算方法は、もちろんJILPTさんによる研究ではありません。あくまでもこのWeb記事の筆者の私的な試みにすぎませんので、ご留意ください。

技の伝承と人材育成3(指標化の試み-後編)

人材育成という観点から「個人力」「集団力」のどちらを重視するかを指標化し、統計数字から事業所特性別に計算してみました。業種・業態・規模などが異なる各企業の、モノづくり、ヒトづくりのヒントとして活かせるかもしれません。

分析図3-1
〔図3-1 貴事業所では、技能系正社員にどのような知識・技能を求めていますか〕

■指標算出の考え方は単純
前々回、JILPT(労働政策研究・研修機構)の調査「ものづくり産業における人材の確保と育成-機械・金属関連産業の現状-」(※1)を紹介しながら、技能者育成の2つの方向性(個人的伝承とシステム的伝承)について触れました。前回は、同調査結果のごく一部を使って、2つの方向性の目安となりうる「指標」作りを行いました。今回は、指標化したものを少し分析してみます。

前回少し面倒くさい計算をしましたが、考え方は単純です。ようするに「技能系正社員を対象に実施している教育訓練」の回答7つに対しプラスまたはマイナスの重みをかけて点数を足し合わせただけのこと。7つの選択肢とその「重み」にあたるものが冒頭の図3-1です(※2)。

図3-1で、下3つの選択肢にプラスの重みがかかっているのは、
(A) 個人力:熟練技の直接的な伝承。現場作業を通じて伝える。暗黙知
に重点があること。上4つの選択肢がマイナスなのは、
(B) 集団力:技の標準化による伝承。文書化など共有財産にする。形式知
に重点があること、を意味します。

図3-2は、「技能系正社員に求めている知識・技能」の回答6つに答えた企業にする得点を意味します(※3)。図で、上の3つを選択肢として選んだ企業は「(A) 個人力」を重視する傾向があり、下3つを選択肢として選んだ企業は「(B) 集団力」を重視する傾向がある、と意味づけることができます。いや、意味づけ自体は少し主観的です。元の調査結果から立てた仮説に照らし合わせると、そんな判断ができるというわけです。

分析図3-2
〔図3-2 貴事業所では、技能系正社員を対象にどのような教育訓練を実施していますか〕

調査サンプル2015件全体について前回の式で計算をすると「-1.44」になりました(※4)。

■事業所の特性別に指標を計算
さて、分析対象となったJILPTの調査結果に、「技能系正社員を対象に実施している教育訓練」と事業所のいろいろな特性別にクロス集計をとった結果が掲載されています(図表7-1-1)(※5)。例えば「精密機械機器製造業」で「上司が部下を、先輩が後輩を日常的に指導」を選んだ事業所は「60.2%」、同「外部の教育訓練機関などが実施している研修を受講させる」は「49.4%」…などです。

これらの数字を使って、事業所特性別の指標を計算してみました。グラフにしたものが以下にあげる図3-3と図3-4です。

分析図3-3
〔図3-3 技能者育成の傾向(指数)1〕

全体平均と大きく離れた数字が出た特性は、何らかの意味を持っているとしたいところです。厳密に統計的に考えれば「なんとか検定」をして有意差があるとかないとか言わなければならないところでしょうが、ここではさすがにそこまで追求しません。全体の指標が「-1.44」(≒1.5)でしたので、ここはばっさり独断で、
・点数が-3.0以下なら、集団力重視
・点数が 0.0以上なら、個人力重視
の傾向があると判断することにしましょう。

例えば、【主要製品の製造に必要な技能】別に指標をとると、すべての特性について-0.66(測定・検査)から-2.07(プレス)と、平均値からさほど大きく離れていない数字が出ています。つまり、必要技能によってとくに「集団力←→個人力」のどちらかに偏る傾向は少ないということになります。

■自社ブランドを持つ会社は「個人力」重視?
【業種】でみると、特性別にけっこう差が出ています。図でわかるように、
・精密機械、輸送機械は「集団力」、
・工業用プラスチック、非鉄金属、電気機械は「個人力」
重視という結果になります。一つの見方としては、精密機械や輸送用機械はある程度まとまった量の標準化された製品を製造できる分野であり、一方プラスチックや非鉄金属は個々の仕事ごとに一品一品作りこむことが多い、ここから差が出た、とも受け取れます。それぞれの業種に関わっている方から、ご意見をお聞きしたいところです。

【業態】でみると、極端な差が見えます。「販社や他メーカーのブランドで販売」している会社は「集団力」、「自社ブランドで販売」している会社は「個人力」重視ということになります。これも、理由付けをしようと思えばいろいろできそうです。

■非正規労働者の比率や役割で大きな差
続きがあります。

分析図3-4
〔図3-4 技能者育成の傾向(指数)2〕

【事業所全体の従業員数】別では、明確に傾向が現れています。規模が小さい会社(50人以下)は「個人力」、規模が大きい会社(従業員100人以上)になると「集団力」が重視されるということになります。感覚的にもかなり納得のいく結果ではないでしょうか。ただし300人以上、もう中小企業とはいえない規模になるとまた事情は違ってくるのか、平均レベルの得点に戻っています。

【過去3年間の売上高・出荷額の推移】については、特性別にほとんど差はありません。

【技能者・技術者に占める非正規労働者比率】別にみると、10%未満か10%以上かでくっきり差が出ているのが面白いところです。非正規労働者比率が低い企業は「集団力」、高い企業は「個人力」重視ということになるのでしょうか。これもいろいろな解釈ができそうですね。

【技能者・技術者として働く非正規労働者の仕事】では、非正規労働者にも技能習得に年数がかかる仕事を担当させている事業所について、「個人力」重視という結果がでています。

【事業所の強み(複数回答)】別では、低コストが強みの会社は「集団力」、製造現場の技能が強みの会社は「個人力」重視となります。これまた、かなり納得できる結果ではないでしょうか。

■モノづくり、ヒトづくりのヒントに
「こんな指標、本当に意味があるか」と問われると、はっきり自信を持って答えられるまではいきません。あくまでも試みにすぎません。しかし、上であげた特性別の指標を計算のように、なかなか興味深い結果がでています。現実と照らし合わせて分析を深めると、さらに面白い考察ができそうです。

業種・業態・規模・志向性それぞれが異なる中小企業のモノづくり、ヒトづくりを考えるとき、手がかりを見出す一つのきっかけになるのではないかと思います。いかがでしょうか。

【注】
※1 JILPT「調査シリーズ No.44」
※2 図3-1の数値は、前回の図2-1の因子1方向(縦方向)の成分にあたります
※3 図3-2の数値は、前回の図2-2の因子1方向(縦方向)の成分にあたります
※4 点数は相対的なものなので、この点数がマイナスであることをもって「全体的には個人力(A群)より集団力(B群)が重視されている」という言い方はできません。しかし前々回の記事で触れたように、元の調査結果に戻って考えれば、「今積極的に手をつけていきたい課題はどちらかというと個人力(A群)より集団力(B群)」との傾向があると思われます。
※5 同調査p.112「現在、技能系正社員を対象に実施している教育訓練 回答事業所の特性による異同」