市場長が書いた「築地といちば」

築地卸売市場とその周辺の歴史、築地移転の話などが淡々と語られています。著者は築地市場に長く勤め市場長となった方。きわどい話はありませんが、築地の全体像がわかりやすく解説されています。

築地といちば
「築地」と「いちば」 築地市場の物語(左半分が表紙、右半分が裏表紙)
【森清杜(著)、2008年、都政新報社刊】

■当事者の連載記事を単行本化
卸売市場に関するネタは尽きません。最近も、外国人観光客のマナーの悪さから築地市場のマグロせり市場の見学が中止されたという報道、漁協と大手スーパーの直接取引きで卸売市場の存在意義が見直されている話、さらには中国韓国の水産市場が本格的に稼動をはじめ、築地はじめ日本の卸売市場の将来が危ぶまれている話などさまざま出てきてます。テーマは違っても、一つ確実なのは、従来の日本の卸売市場システムは思った以上に急速な変化を迫られていることでしょうか。

本書の著者は第18代築地市場長とのこと。「都政新報」に連載した記事の単行本化です。といっても、現在の築地市場の話はわずかで、近隣する明石町(聖路加国際病院の周辺)や佃島、築地以前に魚市場があった日本橋を含む歴史の振り返りが主になっています。旧海軍施設、立教大学や雙葉学園といったミッションスクールなどなどの歴史話がページの多くを占めます。

他の資料にも書かれていることも多いでしょう。著者が責任のある役職、つまり当事者であるためか、あたりさわりのない事柄・事実を中心にまとめている形です。ある意味「公式的な見解」と受け取れるものかもしれません。でもそれはそれで、この地域の歴史や成り行きが短く端的に説明されていて興味がもてます。

なお、表紙・裏表紙は築地にある民家のイラスト(冒頭写真)で、当サイトでも紹介している銅板建築の家(→ 銅板建築 14_築地の「C-020」)です。市場からも場外からも離れている場所の建物なので「いちば」と直接的なつながりはありませんが、趣があります。

■築地移転の“おもて話”
やはり最も気になるのは、平成に入る頃からの築地移転問題でしょうか。最終章(第9章)にそのあたりの経緯が少し語られています。たとえば次のような事実が淡々と挙げられています。

・1990年。築地の現在地で再整備することに優位性があると判断されました。計画では2002年に全面衣替えが終わるとのこと。

しかし新しい卸売場建設に向けた工事が本格化する予定だった95年になって「移転の可否について再検討」と意見が表にでてきます。市場財政逼迫がその一つの理由ですが、主に青果部門からの臨海地区への移転意見が強かったとされています。全体的に、
 青果部門は概ね移転派、水産部門でも卸売業者は移転派。
これに対し、
 水産部門の中卸業者と買出人が現在地再整備派
という図式だったようです(今もそうかな?)。

さらに
・96年1月に当時の市場長が「再整備見直し」を表明(この時点で、晴海、豊洲、大井埠頭など5カ所の空き地を検討しはじめる)。
・96年4月、東京都卸売市場審議会は現在地再整備を了承し移転論議に終止符を打った、はずだったが、
・96年11月、東京都が大幅な計画変更を示し「計画が10年前まで戻った」。
・97年11月、あらためて日程が決定し2000年本格着工と決められたが、その後
・97年12月、またもや「移転も視野に入れた検討」が言い出され、この時点で豊洲移転の検討が移転の第一候補となった
とのこと。

「現在地再整備」の決断がたびたび下されても、後から移転に話が決まっていったのはなぜなのでしょう。理由は、本書にもありますが、どうもあまりすっきりしません(※1)。

・現在地開発では仮設営業の期間が長くなるので仲卸業者にとっても条件が厳しい
・工事完成まで20年とか長期の時間がかかる
・青果部門が「現在再開発は無理」と統一見解を出した
・水産仲卸が出した(現在地再開発の)独自案は「将来のあるべき姿が明確でない」と(移転派が)批判
・99年、新しい都知事が就任後初めて築地を視察したとき「古い、狭い、危ない。時代錯誤」などけちょんけちょんに言い放った

築地移転の話は、
・2001年2月 石原都知事が豊洲移転の考えを都議会本会議で正式に表明
…というあたりで記述は終わってしまっているのが少し残念です。

■市場長が変わると方針も変わりうる?
そのほか、あまり知られていない情報もありました。たとえば築地場外市場の再開発案。

「再整備工事が本格化する中で、築地場外市場の再開発案も出され、中央区が5.7ヘクタールで高層ビル化し、生鮮食料品店舗を中心におよそ600店舗を収容し、住宅や駐車場、事務所スペースを確保する計画が持ち上がっている」 …もう過去の話です。

本書の記述ではなく別の情報(ネット上のblogなど)によると、95年に新しい市場長が就任したときから急に「現在地再整備」から「移転」に方針が変わっていったなどといった“裏話”があります。どうもそのあたりにドロドロした政治的駆け引きなどがあったようですが、本書ではさすがにその実態について何も語られていません。立場としては、書けることに限界があるのでしょう。

でも本書の語り口は、淡々としているだけにかえって嫌味は感じさせません。かつて市場長が変わったことで方針転換があったとすれば、また市場長が変わったことで新たな考え方が展開されていく可能性があると(勝手に)受け取ることが出来ます。

個人的な感想としては、市場が築地に残るか豊洲に移転するかはどちらでもたいした問題ではないと考えています(※2参照)。でも現在の卸売市場のあり方、卸売市場法の存在意義などは再検討するに値するはずです。これは国全体の制度の問題かもしれませんが、もしかしたら2009年は卸売市場の仕組みが大きく変わっていく年になるかもしれません。

※1 公式には、たとえば次のような情報が東京都の卸売市場の情報サイトに公開されています
資料4-2 現在地再整備が実現困難な理由

そのなかでは、次の7点が指摘されています。
1. 工事期間 ⇒ 完成まで最低でも20年程度は必要
2. 建設費用 ⇒ 割高となる
3. 営業活動への影響 ⇒ 支障が極めて大きい
4. アスベスト対策 ⇒ 工事期間がさらに延び、営業にも深刻な影響
5. 完成後の市場機能 ⇒ 基幹市場としての機能配備が不十分
6. 財源 ⇒ 中央卸売市場会計が保有する資金では不足
7. その他、工事の進捗に影響を及ぼす要因

※2 過去記事
非関税障壁か、守るべき制度か(「築地」その3)
官営化する卸売市場(「神田市場史」より)
など


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