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技の伝承と人材育成2(指標化の試み-前編)

「人材の確保と育成」をテーマとしたJILPTの調査から、ものづくり産業における職人技の伝承方法2種類の方向性を示す指標を作ってみました。元になったクロス集計結果から因子分析を行って係数を決定。アンケートの回答割合から一次変換した数値を求めます。

分析図2-1
〔図2-1 因子負荷量(実施している教育訓練)〕

分析図2-2
〔図2-2 因子得点(求めている知識・技能)〕

■「暗黙知そのままの伝達」と「形式知化による伝達」
前回の記事「技の伝承と人材育成1」で、JILPT(労働政策研究・研修機構)の調査「ものづくり産業における人材の確保と育成-機械・金属関連産業の現状-」という調査結果の一部を紹介しました。その中から岡目八目的に“勝手読み”して、技の伝承方法には大きく次の2種類があるとの仮説を立てました。

(A) 個人力:熟練技の直接的な伝承。現場作業を通じて伝える。暗黙知
(B) 集団力:技の標準化による伝承。文書化など共有財産にする。形式知

調査の中で、
(問1)「貴事業所では、技能系正社員にどのような知識・技能を求めていますか」
(問2)「貴事業所では、技能系正社員を対象にどのような教育訓練を実施していますか」(複数回答)
という問があり、それぞれの選択肢が(A群)(B群)それぞれに分類できそうだと推察しました。

(問1)
(A群)
(1)高度に卓越した熟練技能
(2)単独で多工程を処理する技能
(3)組立て・調整の技能
(B群)
(4)生産工程を合理化する知識・技能
(5)品質管理や検査・試験の知識・技能
(6)設備の保全や改善の知識・技能

(問2)
(A群)
[1]上司が部下を、先輩が後輩を日常的に指導
[2]指導者を決めるなど計画的OJTを実施
[3]やさしい仕事から難しい仕事へジョブ・ローテーションを実施
(B群)
[4]外部の教育訓練機関などが実施している研修を受講させる
[5]改善提案や小集団活動への参加を奨励
[6]定期的な社内研修を実施
[7]自己啓発を奨励し、支援体制をとっている

問1と問2のクロス集計の結果が調査報告書(図表7-1-2)に掲載されていて、(A群)同士または(B群)同士のクロス部分はポイントが平均より高く、異なる群同士のクロス部分はポイントが平均より低いまたは平均並みという結果になっていることから、この2群に分けることに意味がありそうだと判断しました。

■因子分析による軸の設定
ここで立てた仮説は、次の通りです。

《技の伝達には(A)(B)のやや異なる2つの方向性があり、そのどちらを重視しているかが時代環境や企業の業態などで異なる。その傾向を、アンケート結果から推測し、指標化できるのではないか》

指標化の準備として、多変量解析の一手法である「因子分析」を用い、クロス集計の結果(行列)を分析してみます。因子分析とは、大雑把に言うと、「複数の項目属性を持つデータ集合から、共通してあてはまる特定の方向性を見つけ出す手法」です。ここでは、先に仮説として挙げた「集団力←→個人力」という軸を数値的に見つけ出すことが狙いです(※1)。

実際に処理した結果が冒頭の図2-1と図2-2です(※2、※3)。いずれもくっきりした計算結果が出ました(※4、※5)。

図2-1は、データに隠れている最も重要な特性2つ(取り出された因子1と因子2)を切り出して、縦横2次元の表に問2の7つの選択肢(の因子負荷量)を配置した散布図です。図の上の方にある3つの要素と下の方にある4つの要素の2グループにくっきり分かれ、それぞれ(A群)と(B群)に該当します。

図2-2は、この因子に対して問1の6つの要素についての因子得点で散布図を作ったものです。これも予期した通り、(A群)3つと(B群)3つにくっきり分類できます。

ちなみに、散布図の横軸「因子2」は、因子1に次ぐなんらかの方向性が数値上で導かれたものです。因子2についても何らかの意味があるものかと少しいじってみましたが、結論としてはあまり意味のある軸ではないようです。もともとの仮説で1因子しか想定していませんでしたので、以下の議論では因子2以下は完全に捨てて、当初の狙いであった因子1のみに集中します(※6)。

■指標化の試み
さてここで、何らかの企業集団の問2に対する回答割合(0~100%)があったとします。選択肢[1]から[7]に対してそれぞれ
x1, x2, x3, x4, x5, x6, x7 (0 <= xn <=100) と書くことにします。 選択肢[1]から[7]に対応する因子負荷量(図2-1縦軸の数値)はそれぞれ  a1(=0.91), a2(=0.98), a3(=0.89),
a4(=-0.95), a5(=-0.64), a6(=-0.68), a7(=-0.67)
です。

これらから次のような合成値Σaxを作ってみます。
Σax = a1x1 + a2x2 + … + a7x7

ようするに各因子負荷量でプラスマイナスの重みをつけて合計した数値です。

さらに、数字を整えるために一次変換をします。これは本質的な話ではなく、問1の因子得点(図2-2縦軸の数値)とスケールを合わせるためだけの変換です(※7)。

y = PΣax + Q (P=0.203、Q=-8.256)

これで、(x1, x2, … x7) → y と変換された指標ができました。

ざっくり言うと、
yがプラス方向に大きいほど「(A群) 個人力」重視
yがマイナス方向に大きいほど「(B群) 集団力」重視
と結論付けることができます。

たとえば調査全体(サンプル数2015件)についてyを計算すると、「-1.44」という数字になります。

y = 0.203×(0.91×61.5 + … -0.67×18.5) -8.256 = -1.44

なにやら難しい言葉や数式が並んでしまいましたが、あまり本気で考えすぎないでください(笑)。あくまでもある種の試みにすぎませんので…。

次回の記事で、この指標化と元調査の図表7-1-2から、実際に「何らかの企業集団」ごとの指標を計算してみます。
(続く)

【注】
※1 アンケート結果の多変量解析を行うとき、個々の回答のYes/Noを数字の「1」「0」に置き換えて分析することが多いかもしれません。しかしここでは、2000件以上の回答1件1件の結果が公表されているわけではありませんから、ある集団ごとの結果(クロス集計の結果)をもとに分析しているとお考えください。図表7-1-2のクロス集計の該当部分のみを分析に用いています。というより、このクロス集計行列の中に明確に「ある方向性」が隠れていることが想定できることから、今回の因子分析をやり始めたといった方が適切でしょう。
なお、問1は「3番目まで選べる」複数回答方式ですが、クロス集計では「最も重要なもの」として選んだ企業のみを集計対象としています。

※2 因子分析の計算に利用したソフトは、Excel2002およびそのアドインソフト「Excel多変量解析」(販売元:エスミ)の少し古いバージョン。
※3 今回の分析については、因子分析ではなく主成分分析で行っても似たような結果が得られます。
※4 因子分析の設定条件:計算する因子の数は「3」。共通性の初期値は「相関最大値」で「反復推定」。座標回転は「なし」。因子得点は「単純合成法」。
なお、一般的によく使われるバリマックス法で回転させると、図2-1全体が右45度くらいに動き、(A群)が右上に、(B群)が左下に集中する結果となります。本文で使っている「因子1」が2つの因子から構成されるとも読み取れますが、それは数字の“あや”のようなものだと判断しました。もともと1因子しか想定していないので、座標回転はせず主要因子1つが明確に現れるよう「回転なし」で軸を決めました。

※5 因子1の「寄与率」は68.8%
※6 (回転なし状態での)「因子2」を無理にみてみると、たとえば「単工程←→多工程」とかいった意味が見出せなくもありませんでしたが、それらを十分に裏付けるには至りませんでした。寄与率も12.6%と低いので、見捨てます。
※7 問1の6つの選択肢について(元調査の図表7-1-2から)Σaxの値を計算し、それが問1の因子得点(図2-1の縦軸の数値)に近似されるように回帰分析を行って、係数のPとQを算出しました。

技の伝承と人材育成1(JILPT調査より)

モノづくりで強みを発揮し続けるため、メーカーは職人技の伝承に苦心しています。個人から個人へ熟練技術を直接伝授する方法。そして標準化・システム化を通じて集団でノウハウを残す方法。この2つを両輪とした技能者の養成が基本といえそうです。

調査集計の図1-1
〔図1-1 技能系社員に求める知識・技能1〕

■機械・金属関連産業に対するアンケート調査
中小企業はもちろん大企業においても、経験豊かな技能者たちが次々に引退する時期を迎えていて、職人技をどのように次の世代につなげるかが大きな課題になっています。技を引き継ぐべき中堅層の薄さも指摘されています。前回記事「中小企業の技術マネジメント」で触れた、「就業者100人のうち1人」いるはずの優秀な職人たちの技は、企業内でどのように伝承されようとしているのでしょうか。

この08年5月に公開されたJILPT(労働政策研究・研修機構)の調査「ものづくり産業における人材の確保と育成-機械・金属関連産業の現状-」という調査結果の一部を紹介します(※1)。前回の記事で採り上げた書籍とは著者も内容も違いますが、調査・分析対象はまったく同じ「金属・機械産業に属する中小企業の技能者・技術者」です。

なお、本サイトでは過去にも何度かJILPTの調査結果を紹介していますが、この記事を書いている私(松山)はJILPTの関係者ではなく、まったくの第三者です。たまたま興味のある調査が目に留まったことから書いている記事で、要するに“外野の勝手な感想”です。念のため! (※2)

この調査の対象事業所数は2000強、うち従業員100人以下の中小企業(事業所)が全体の2/3を占めますが、従業員300人以上の規模の大きい事業所も含まれます。調査はアンケート方式(とヒアリング)。回答率21%。調査時期は07年8月から9月。技術系/技能系、正社員/非正規労働者それぞれの人材育成のやり方や重視している点について突っ込んだ質問をしています(※3)。

冒頭の図1-1は、「技能系正社員に求められる知識・技能は何か」についての回答結果です。この質問では「最も重視」「2番目に重視」「3番目に重視」と3つまで順位をつけながら選択肢を選ぶ形式になっています。図1-1にあるように、「生産の最適化や工程合理化のための技能・技術」を求めているとする割合が最も高くなっています。

■微妙に異なる2つの方向性
実際に中小企業の経営者に接していると、共通して次の2つの想いを持っていることが実感できます。

(A) 現場の作業を通じてしか伝えられない職人技を、なんとか後続に伝えたい
(B) 個人が持つ技を標準化・文書化して、できるだけ共有財産にしたい

両者は微妙に重なり、微妙に異なります。

(A)は、主に熟練技の伝承のことでしょう。その多くは“暗黙知”に近いもので、ほとんど個人から個人へ直接伝授するしかやり方が考えられません。マニュアルが作れる可能性はかなり低く、講義など間接的な訓練ではなんとも伝えがたく、OJTを通じてのみ伝承できるものかもしれません。

(B)は、やはり伝授が難しいものであるとはいえ、ある程度の手間隙をかければ標準化してマニュアルなどに残せ、集団で利用可能となりうる類の技の伝承を意味します。「段取り手法があるもの」と表現するとまた少し意味が違ってしまうでしょうか。理想としてはシステム的な運用につながることが期待されます。つまり“形式知”に展開することが(簡単ではないかもしれないが)不可能ではないものです。できればOff-JTによる体系的な訓練体制に持ち込みたいところです。

これらを何と名付ければよいのか迷いますが、一応(A)を「個人力」、(B)を「集団力」と名付けておきます。もちろん(A)でも複数の人が集団的に伝えるものもあると思いますし、(B)でもほとんど個人の力に依存する場面もありうるでしょう。良い表現がみつからないので、便宜的な言い方だとお考えください。

■それでも技の“形式知化”が求められている?
この2つの伝承形態は、モノづくり企業が自らの強みを社内に蓄積していく上で欠かせない両輪といえそうです。ただし、時代によってこの両輪のどちらを重要と考えるかは差があるようです。ざっくりとした感触として、今は(B)の「集団力」を求める傾向が強いようです。

と思い至ったところで改めて図1-1を見てみましょう。技能系社員に求める知識・技能の上位3項目は、確かにいずれも(B)に近い内容ではないでしょうか。続く3項目が、いずれも(A)に近い内容に思われます。

…アンケートでの質問の前提を無視していることとか、例外がたくさんありそうなこととか、いろいろ突っ込まれそうです。正確な定義による分類でなくあくまでもイメージ的な分類であることをお許しください。

次の図1-2は、同じ項目のなかで(B)「集団力」の代表とイメージできる「生産工程を合理化する知識・技能」と、(A)「個人力」の代表といえそうな「高度に卓越した熟練技能」について、「5年前に最も重視していた」とする割合と「現在最も重視している」とする割合を比較したものです。グラフが示すとおり、この2つの項目の数値は逆転しています。「生産工程合理化」の要求が高まり(16.4%→28.5%)、「卓越した熟練技能」重視は低く(30.5%→19.4%)なりました。ここからも、今は「(B)集団力を求める傾向が強い」ことが裏付けられます。

調査集計の図1-2
〔図1-2 技能系社員に求める知識・技能2〕

手取り足取り伝えるべき職人技伝承の必要性が見直されているとは言いながら、それでも今積極的に手をつけていきたい課題としては、やはり技を標準化または形式知化して、組織として利用していく道標を作ることなのかもしれません。調査からは、そんな方向性が垣間見られるのではないでしょうか。

■求める技能×実施している訓練、の相関性
この調査では、「求められる知識・技能は何か」という質問とは別に、現在「どのような教育訓練を実施しているか」という質問があります。調査設計の段階で、
「求められる知識・技能は何か」:TO BE的質問(あるべき姿)、What(目標)
「どのような教育訓練を実施しているか」:AS IS的質問(現在の姿)、How(手段)
という位置付けがあったのかもしれません。

そしてこの2つの回答のクロス集計が資料に掲載されています(図表7-1-2の下半分)。これを俯瞰してみると、次のような傾向があるように思われます。

調査集計の図1-3
〔図1-3 ”求められる”と”実施している”のクロス集計からみられる傾向〕

「求められる知識・技能」の各項目を内容から(A)群、(B)群に分類できたように、「実施している教育訓練」の各項目についても同じく、内容的に(A)群か(B)群のどちらに近いかで分類できそうです。そしてよく見てみると、この2つの質問には答え方に規則性があるようです。というか、2つの質問のクロスをとると、同じ群に属する項目同士のパーセンテージが高めになり、異なる群に属する項目同士のパーセンテージは低めになります。

なにやら難しい言い方をしてしまいました…。要するに、
・「高度に卓越した熟練技能」を求めるなら、当然「日常的な指導」や「OJT」が中心になり、「外部研修」は向かない
・「生産工程合理化」を求めるなら、「外部研修」や「改善活動」が中心となり、「ジョブ・ローテーション実施」などはあまり関係ない
などが数字上読み取れます。常識的に考えて当たり前の相関関係が、このクロス集計に表れているわけです。

■調査集計結果から新しい発見が?
本調査の集計結果はかなり多彩に集計されており、読者によりいろいろな傾向を読み取ることができるかもしれません。あるいは(この調査に限らず一般論として)、集計結果から当たり前の常識を再確認するに終わり、「だから何なのさ」という疑問符を残して読み終わる結果となるかもしれません。

それでも、モノづくり産業の人材育成という視点での問題意識を持っている方には、なんらかの新しい発見ができるような調査結果です。ご興味のある方は、ぜひ参考にされてください。

実は上に紹介したクロス集計の結果(行列)から、ちょっとしたアイデアが思い浮かび、

「(A)個人力 ←→ (B)集団力 のいずれの方向性が強いか」

を意味するような指標を作ってみました。実用的かどうかははなはだ心もとないのですが、次回以降の記事でそれを少し説明してみます。

【注】
※1 調査全文はpdfファイルになっており、以下のサイトで見ることができます。
JILPTのサイト http://www.jil.go.jp/ から
「調査シリーズ No.44」 http://www.jil.go.jp/institute/research/2008/044.htm

※2 調査の詳細内容についてはJILPTさんのサイトまたは発行している書籍を見ていただくべきものと思います。逆に本記事独自の見解については私(松山)が文責を負うものであり、JILPTさんの見解を示しているのではありません。

※3「技能系」とは、製造現場で生産を直接的に担当する人のこと。「技術系」とは、研究・開発・生産手法改善・品質管理・生産管理などに携わる人のことをいいます。本調査では技能系と技術系に関して質問内容も少しずつ違います。この稿では、主に「技能系」について話を進めます。

「中小企業の技術マネジメント」

中小企業の人材育成に関連した書籍。日本独自のモノづくりの強さを支えていると言われる金属・機械産業に属する中小企業に焦点を当て、技術の強化、育成などに役立つ考え方が示されています。

中小企業の技術マネジメント
「中小企業の技術マネジメント」
〔弘中史子(著)、2007年刊、中央経済社〕

■中小企業のモノづくりの強さ
工場など製造現場はコンピューター制御が当たり前になり、モノづくりの現場は人手に頼る世界から自動化された機械に任せる世界へと比重が移ってきました。わけのわからない“伝承”“秘伝”の世界から脱し、プログラムや言葉でスマートに製造過程を取り仕きれるようになることは「進化」と呼ばれます。進化の結果、工場はより適した海外にも移せるようになり、日本の製造業は空洞化するとも言われました。

しかし、単純な大量生産工場は東南アジアをはじめとした海外に移転できても、日本国内でこなしてきた職人の高度な技は意外と海外に移転できません。というより、日本の職人たち、中小企業の現場で当たり前にこなしてきた繊細な技のいくつかは非常にユニークで、日本経済の強さの源泉になっています。それが広く認識されるようになったのは、せいぜいここ10年くらいのことではないでしょうか。いわゆる「モノづくり」を支えている元気な日本企業が、「量的にも質的にも」日本経済を支えていると位置付けられるようになってきたわけです。

前回の記事「中小企業の人材育成作戦」に続き、中小企業の人材育成に関連した書籍を紹介します。副題は「競争力を生み出すモノづくり」。金属・機械産業に属する中小企業に焦点を当て、技術の強化、育成などに役立つ面白い考え方が示されています。

■日本の就業者の100人に1人?
数字を丸めて非常にざっくりと数えると、日本の人口1億2000万人のうち就業者は約6000万人
→うち製造業は約1000万人
→うち金属・機械産業は半分の500万人
→さらにそのうち中小企業は半分の250万人

かりに働いている人を6人集めたら、うち1人が製造業にお勤め。
12人集めたら、うち1人が金属・機械メーカー。
24人集めたら、うち1人が中小の金属・機械メーカーにお勤め。

さらに推測すると、
50人くらい集めたら、うち1人が中小の金属・機械メーカーの職人
100人集めたら、うち1人が“匠(たくみ)”とか“マイスター”とか呼ばれうる優秀な職人。

ということは、極端に言うとその「100人に1人」(非就業者含めれば200人に1人)の人たちが、日本独自のモノづくりの強さを支えていることになります。(中堅・大企業および金属・機械産業以外の産業を視野の外に放り出して計算するのは少し無理がありますが、とりあえずここでは話の流れとしてお許しください (^。^) )

■技術力養成のためのフレームワーク
こうした人たちが活躍する中小企業とはいえ、変化することもなく漫然と仕事を続けていっただけの企業は遅かれ早かれ衰退してしまう運命にあります。本書では、中小企業が技術力を向上するための枠組みとして、

「技術の吸収と融合」
「自社技術の体系的把握」
「自社技術の相対的把握」
という3角形を描き、その三角形を
「複眼的技術者」
が原動力となって回転させること、

といった考え方が提示されています。

「複眼的技術者」とは、少なくとも1つの専門分野に精通し、さらに1つ以上の他の分野も理解しその見地からも問題を検討できる人材、と位置づけています。単なるスペシャリストではない人を育てることで、技術の新しい融合などにつながるというわけです。

その考え方自体は決して珍しいものではないかもしれませんが、机上の論理ではなく実例を交えて説明していることで、説得力を持った説明になっています。例えばそんな人材を育てようとしている企業の事例として従業員20名ほどの輸送用機械メーカーの事例が紹介されています。その企業では、
「各人の配属は決まっていてそこで“主たる業務”をこなすが、同時に複数の他の部門にも属するような組織形態をとっている。他の業務も日常的に遂行する」
とのこと。

近代的な企業のあり方を考えると、つい“権限のきっちり決まった組織”“命令の一本化”といったことを考えがちになります。でもジョブ・ローテーションのような組織だった仕組みが作りにくい中小企業が「複眼的技術者」を養成するなら、このような工夫は現実的です。中小企業経営者が人材育成を考える上で参考になる事例かもしれません。

その他、「(自社ブランドなどを持たない)下請企業だからといって技術力が低いわけではない(下請として競争力を強める戦略もある)」「技術の“吸収”と“融合”は別物で、両者のバランス取り方により技術力向上のパターンが異なる」など、いろいろ示唆に富む内容が語られています。

■日本国内の職人の方々を応援するには
正直言いますと、この稿を書いている私(松山)はどちらかというとコンピューターの世界から育ってきたこともあり、以前は大きな勘違いをしていました。ごく一部の例外を除き、製造のあらゆる工程はコンピューター制御に乗るか、少なくとも言葉(作業手順書など)で客観的に人から人へ伝えることができるはず、との思い込みです。

ホワイトカラーの世界でも、例えばコンピューターが考えた結果がそのまま最善な経営判断として示されうると考えられていた時代がありました(いわゆるMIS―マネジメント情報システム―の幻想)。今はさすがにそんな幻想は消え、コンピューターはあくまでも人の考え方やアイデアを補佐・支援する道具に過ぎません。しかしモノについて言えば、対象によって難易度の差はあったとしても、究極的には3次元空間の中で精密に測定でき、精密に制御できるはずだから、きっとコンピューター制御にどんどん置き換わっていくはず…。そんな楽観論です。

しかし、やはりそれも現実の世界ではほとんど幻想に近いものなのでしょう。いくら数値制御しても、製造工程を標準化しても、手作業でこなさなければならない仕事が確実に残る、というのが製造業の現場のほぼ一致した意見のようです。あるいは、理論的にはコンピューターで完全制御できるはずであっても、ほんの少量(時には1つ)しか作らない金型や部品類については、手で完成させてしまった方がはるかに効率的であるのは明らかです。その前提で、日本国内の職人の方々を応援していきたいものです。

当事者である中小企業経営者はもちろん、マネジメントに関わる方それぞれに参考になる書籍かもしれません。

「中小企業の人材育成作戦」

中小企業の組織は本当に生き物のようなもので、見かけや数字だけではなかなか推し量ることができません。きっちりした制度がないから組織ができていないというわけではなく、社員の育成も“自在流”で成功しているところが少なくありません。

中小企業の人材育成作戦
「中小企業の人材育成作戦」
【川喜多喬、九川謙一(著)、東京商工会議所(監修)、2006年刊、同友館】

■多数の事例からヒントを取り出す
副題は「創意工夫の成功事例に学べ」。人材育成を切り口に、創意工夫を凝らしている元気な中小企業に焦点を当ててその事例をまとめた書籍です。25社以上の事例がそれぞれのテーマごとに分解して紹介されていて、中小企業経営者にとっては、経営のヒントをあちこちから見出せることでしょう。

ほんの数行単位で細かい事例が次々に紹介されるスタイルなので、読みようによっては“とりとめもなく”事例の断片が書き連ねられているだけ、と感じるかもしれません。しかし、一般に中小企業は、組織の整った大企業とは質的にも異なり、どの会社をとっても「特殊事例」のようなものといえます。

「すべての中小企業に共通して通用するテーゼ」はほとんどないのですから、絶対的な答など示されているはずもありません。それでも、それぞれの項の見出しから、著者・編者が何を見出し、主張したいのかが窺えます。

〔目次〕
序論 変わらぬ基本、時々の創意工夫
第1部 人材育成の実践事例編
1 人材育成は永遠のテーマ
2 成長への責任核と人材育成
3 設備投資と人材投資は矛盾せず
4 人材観・人材像をはっきりさせよう
5 小さな会社なりの採用・確保戦略
6 ベテランの結集、中高年の活用
7 人材確保と育成の人脈づくり
8 下積みから育てるキャリア管理
9 組織内伝承の仕組み
10 人事考課も人材育成の道具
11 営業センス、経営感覚は全社員が身につけろ
12 組織づくりと社員のしつけ
13 理念で引っ張り、参画で押し上げる
14 人材育成のための公式・非公式のネットワーク
15 会社を学校にしよう、現場を塾にしよう
16 小さな工夫や福利厚生
17 人材育成はトップの仕事
18 最後にもう一度…人材育成は机上のシナリオどおりにはいかない
第2部 人材育成の調査提言編
第1章 始めよう人の開発、技術の開発
1 こんな企業が技術を磨き、人を育てる
2 こうして育てているわが社の技術者
3 技能者の育て方にもひと工夫
第2章 すぐれた中小製造業の人材開発力
1 すぐれた中小製造業の「モデル」の重要性と「モデル」選定の基準
2 すぐれた中小製造業の人的資源管理の特性

■経営資源が足りないことは、ありがたいこと?
面白い表現で、中小企業の強さが説明されているところがあります。

「ありがたいことに、少数しか採用できないゆえに綿密な選抜が行える」
「ありがたいことに、研修施設がないので現場が教室となる」
「ありがたいことに、暇がないので実用的な訓練に専念できる」
「ありがたいことに、出来合いの教育体系図を買ってくる金がないだけに机上の空論に酔うことはない」

負け惜しみのような表現にも聞こえるかもしれませんが、経営資源の足りなさをかえって強みとして活かし、実践的な人材育成の工夫をしていくのが、中小企業の知恵であり、面白さです。このあたり、中小企業の経営にどっぷり使っている方、またはこうした企業の実務に触れる機会の多い方には、肌で納得できるところかもしれません。

実践的に応用できそうな事例も、ところどころに紹介されています。たとえばスキルマップを社員一人ひとりに対して作っている事例がその一つ。すべての社員とすべての工作機械名を縦横の一覧表にして、

◎印は「人に教えられる」
○印は「一人でできる」
空白は「一人でできない」

といった具合に埋め込んでいくわけです。

■人材育成に妙手はない!
「いくらシナリオを作ってもシナリオとおりにはいかない。経営書にあるビジネスモデルをそのままやってもうまくいかない。社員のやる気が養われるのを待つことだ」
「中小企業のマンパワーはかなりデコボコになる。しかし、そうやって特徴を出さなければ生き残ることは難しい」
「人材育成に妙手はない」

かといって、なんでもボトムアップとか出たとこ勝負だけでよいというわけではなく、

「人材育成計画の前に経営事業戦略がなければならない」
「人材育成はやみくもな信仰でやるべきだといっているのではない」
「一般に技術開発にすぐれた中小製造業は、その技術だけが注目されがちだ。…しかし(中略)…“技術開発と人材育成が連動している”姿が明らかになるだろう」

など、それぞれうなずけます。

読者の立場や問題意識によって、「うん、うん、そうなのだ」と納得できる個所は異なるかもしれません。本書を読んで「なんだ、こんなこと。どこの企業でもやっていることじゃないか」とお感じなる方は、大企業など安定した組織で仕事をしている方かもしれません。読み手と中小企業経営との関わり方で、内容の受け取り方が違ってくるような本だろうと推測されます。

銅板建築 5-サンプルデータ数が200枚に

撮影を続けた銅板建築の写真が200枚を数えました。都内で最も集中して銅板建築があるのは台東区のようです。思ったよりも銅板建築の数はありますが、今にも取り壊されそうな家屋も少なくありません。

都内の銅板建築の例
〔都内の銅板建築の例〕

■銅板建築の“魚拓”が200枚
本サイトでは2006年から銅板建築の写真をデータベース化し掲載してきました。08年6月初め時点で掲載している写真の枚数がちょうど200枚。つまり都内だけでも約200軒の銅板建築の実在証明ができたことになります。これを機に銅板建築DB(データベース)のページを全面改訂しました。

Watch our steps! – 銅板建築

ただし200枚の写真サンプルがあるから銅板建築が200軒、というわけでは必ずしもありません。撮影した後、今はすでに取り壊されている建物が数軒あります。

それ以上に、銅板建築かどうかの判断が相当に適当です。たとえば、次のような建築物も概ね銅板建築1軒として数えています。

・戸袋などごく一部しか銅板はなくても商家という雰囲気があるもの
・本当は銅板なのかどうかよくわからないが、少し銅板建築のように見えるもの

これらは普通、いわゆる「看板建築」のジャンルの一つである「銅板建築」として分けられるものではないかもしれません。たんに見間違っているものも確実にあると思われます。どちらかというと「疑わしきは含めて」数えています。

一方、長屋の場合、2軒ないし4軒くらい連なっていても「1軒」(写真1枚)で数えた場合が少なくありません(1軒ごとに数えたものもあります)。さらには、写真を撮ろうかどうかと迷っている時に近所の犬に吠えられて、写真撮影を止めてしまったなどという情けない場面さえありました(笑)。

ようするに、銅板建築の正確な定義などないと思いますから、当方の独断で取捨選択した結果にすぎません。重複して数えていることはないと思いますが、数年の間に取った銅板建築の“魚拓”の枚数だとお考えください。

■台東区に密集地帯
今年になって台東区周辺を意識的に調べたところ、実に多数の銅板建築が現存していることを実感しました。台東区内だけで80軒以上。とりわけ東上野3丁目と鳥越1丁目は銅板建築の密集地です。戦争で焼けた地域が多いと思いきや、このあたりはむしろしっかり焼け残っているブロックがずいぶんあるものなのですね。1つ丁目が違う隣町にはまったく昭和初期の建物が存在していなかったりもします。

なお都内でも西や北方面はほとんどサンプル取得が進んでいません。西でいえば青梅街道沿いとか、北は十条周辺とかにそれぞれ銅板建築が残っていることがweb上の情報からわかります。これらをしらみつぶしにサンプルに加えていけば、少なくとも250軒くらいまでデータが増えるのではないかと予測されます。

やはり気になるのは、かなり老朽化していると思われる建物や、もう活発に営業していると思われない個人商店が、多数あることでしょうか。

地域は都内に限るつもりはないのですが、なにぶん自ら撮影に出向ける場所は限られます。引き続き、気長に、それぞれの地域に出向く機会をうまく見付けて撮影を続けていくつもりです。良い情報がありましたら、ぜひともお知らせください。