中小企業の組織は本当に生き物のようなもので、見かけや数字だけではなかなか推し量ることができません。きっちりした制度がないから組織ができていないというわけではなく、社員の育成も“自在流”で成功しているところが少なくありません。
「中小企業の人材育成作戦」
【川喜多喬、九川謙一(著)、東京商工会議所(監修)、2006年刊、同友館】
■多数の事例からヒントを取り出す
副題は「創意工夫の成功事例に学べ」。人材育成を切り口に、創意工夫を凝らしている元気な中小企業に焦点を当ててその事例をまとめた書籍です。25社以上の事例がそれぞれのテーマごとに分解して紹介されていて、中小企業経営者にとっては、経営のヒントをあちこちから見出せることでしょう。
ほんの数行単位で細かい事例が次々に紹介されるスタイルなので、読みようによっては“とりとめもなく”事例の断片が書き連ねられているだけ、と感じるかもしれません。しかし、一般に中小企業は、組織の整った大企業とは質的にも異なり、どの会社をとっても「特殊事例」のようなものといえます。
「すべての中小企業に共通して通用するテーゼ」はほとんどないのですから、絶対的な答など示されているはずもありません。それでも、それぞれの項の見出しから、著者・編者が何を見出し、主張したいのかが窺えます。
〔目次〕
序論 変わらぬ基本、時々の創意工夫
第1部 人材育成の実践事例編
1 人材育成は永遠のテーマ
2 成長への責任核と人材育成
3 設備投資と人材投資は矛盾せず
4 人材観・人材像をはっきりさせよう
5 小さな会社なりの採用・確保戦略
6 ベテランの結集、中高年の活用
7 人材確保と育成の人脈づくり
8 下積みから育てるキャリア管理
9 組織内伝承の仕組み
10 人事考課も人材育成の道具
11 営業センス、経営感覚は全社員が身につけろ
12 組織づくりと社員のしつけ
13 理念で引っ張り、参画で押し上げる
14 人材育成のための公式・非公式のネットワーク
15 会社を学校にしよう、現場を塾にしよう
16 小さな工夫や福利厚生
17 人材育成はトップの仕事
18 最後にもう一度…人材育成は机上のシナリオどおりにはいかない
第2部 人材育成の調査提言編
第1章 始めよう人の開発、技術の開発
1 こんな企業が技術を磨き、人を育てる
2 こうして育てているわが社の技術者
3 技能者の育て方にもひと工夫
第2章 すぐれた中小製造業の人材開発力
1 すぐれた中小製造業の「モデル」の重要性と「モデル」選定の基準
2 すぐれた中小製造業の人的資源管理の特性
■経営資源が足りないことは、ありがたいこと?
面白い表現で、中小企業の強さが説明されているところがあります。
「ありがたいことに、少数しか採用できないゆえに綿密な選抜が行える」
「ありがたいことに、研修施設がないので現場が教室となる」
「ありがたいことに、暇がないので実用的な訓練に専念できる」
「ありがたいことに、出来合いの教育体系図を買ってくる金がないだけに机上の空論に酔うことはない」
負け惜しみのような表現にも聞こえるかもしれませんが、経営資源の足りなさをかえって強みとして活かし、実践的な人材育成の工夫をしていくのが、中小企業の知恵であり、面白さです。このあたり、中小企業の経営にどっぷり使っている方、またはこうした企業の実務に触れる機会の多い方には、肌で納得できるところかもしれません。
実践的に応用できそうな事例も、ところどころに紹介されています。たとえばスキルマップを社員一人ひとりに対して作っている事例がその一つ。すべての社員とすべての工作機械名を縦横の一覧表にして、
◎印は「人に教えられる」
○印は「一人でできる」
空白は「一人でできない」
といった具合に埋め込んでいくわけです。
■人材育成に妙手はない!
「いくらシナリオを作ってもシナリオとおりにはいかない。経営書にあるビジネスモデルをそのままやってもうまくいかない。社員のやる気が養われるのを待つことだ」
「中小企業のマンパワーはかなりデコボコになる。しかし、そうやって特徴を出さなければ生き残ることは難しい」
「人材育成に妙手はない」
かといって、なんでもボトムアップとか出たとこ勝負だけでよいというわけではなく、
「人材育成計画の前に経営事業戦略がなければならない」
「人材育成はやみくもな信仰でやるべきだといっているのではない」
「一般に技術開発にすぐれた中小製造業は、その技術だけが注目されがちだ。…しかし(中略)…“技術開発と人材育成が連動している”姿が明らかになるだろう」
など、それぞれうなずけます。
読者の立場や問題意識によって、「うん、うん、そうなのだ」と納得できる個所は異なるかもしれません。本書を読んで「なんだ、こんなこと。どこの企業でもやっていることじゃないか」とお感じなる方は、大企業など安定した組織で仕事をしている方かもしれません。読み手と中小企業経営との関わり方で、内容の受け取り方が違ってくるような本だろうと推測されます。