中小企業の人材育成に関連した書籍。日本独自のモノづくりの強さを支えていると言われる金属・機械産業に属する中小企業に焦点を当て、技術の強化、育成などに役立つ考え方が示されています。
「中小企業の技術マネジメント」
〔弘中史子(著)、2007年刊、中央経済社〕
■中小企業のモノづくりの強さ
工場など製造現場はコンピューター制御が当たり前になり、モノづくりの現場は人手に頼る世界から自動化された機械に任せる世界へと比重が移ってきました。わけのわからない“伝承”“秘伝”の世界から脱し、プログラムや言葉でスマートに製造過程を取り仕きれるようになることは「進化」と呼ばれます。進化の結果、工場はより適した海外にも移せるようになり、日本の製造業は空洞化するとも言われました。
しかし、単純な大量生産工場は東南アジアをはじめとした海外に移転できても、日本国内でこなしてきた職人の高度な技は意外と海外に移転できません。というより、日本の職人たち、中小企業の現場で当たり前にこなしてきた繊細な技のいくつかは非常にユニークで、日本経済の強さの源泉になっています。それが広く認識されるようになったのは、せいぜいここ10年くらいのことではないでしょうか。いわゆる「モノづくり」を支えている元気な日本企業が、「量的にも質的にも」日本経済を支えていると位置付けられるようになってきたわけです。
前回の記事「中小企業の人材育成作戦」に続き、中小企業の人材育成に関連した書籍を紹介します。副題は「競争力を生み出すモノづくり」。金属・機械産業に属する中小企業に焦点を当て、技術の強化、育成などに役立つ面白い考え方が示されています。
■日本の就業者の100人に1人?
数字を丸めて非常にざっくりと数えると、日本の人口1億2000万人のうち就業者は約6000万人
→うち製造業は約1000万人
→うち金属・機械産業は半分の500万人
→さらにそのうち中小企業は半分の250万人
かりに働いている人を6人集めたら、うち1人が製造業にお勤め。
12人集めたら、うち1人が金属・機械メーカー。
24人集めたら、うち1人が中小の金属・機械メーカーにお勤め。
さらに推測すると、
50人くらい集めたら、うち1人が中小の金属・機械メーカーの職人
100人集めたら、うち1人が“匠(たくみ)”とか“マイスター”とか呼ばれうる優秀な職人。
ということは、極端に言うとその「100人に1人」(非就業者含めれば200人に1人)の人たちが、日本独自のモノづくりの強さを支えていることになります。(中堅・大企業および金属・機械産業以外の産業を視野の外に放り出して計算するのは少し無理がありますが、とりあえずここでは話の流れとしてお許しください (^。^) )
■技術力養成のためのフレームワーク
こうした人たちが活躍する中小企業とはいえ、変化することもなく漫然と仕事を続けていっただけの企業は遅かれ早かれ衰退してしまう運命にあります。本書では、中小企業が技術力を向上するための枠組みとして、
「技術の吸収と融合」
「自社技術の体系的把握」
「自社技術の相対的把握」
という3角形を描き、その三角形を
「複眼的技術者」
が原動力となって回転させること、
といった考え方が提示されています。
「複眼的技術者」とは、少なくとも1つの専門分野に精通し、さらに1つ以上の他の分野も理解しその見地からも問題を検討できる人材、と位置づけています。単なるスペシャリストではない人を育てることで、技術の新しい融合などにつながるというわけです。
その考え方自体は決して珍しいものではないかもしれませんが、机上の論理ではなく実例を交えて説明していることで、説得力を持った説明になっています。例えばそんな人材を育てようとしている企業の事例として従業員20名ほどの輸送用機械メーカーの事例が紹介されています。その企業では、
「各人の配属は決まっていてそこで“主たる業務”をこなすが、同時に複数の他の部門にも属するような組織形態をとっている。他の業務も日常的に遂行する」
とのこと。
近代的な企業のあり方を考えると、つい“権限のきっちり決まった組織”“命令の一本化”といったことを考えがちになります。でもジョブ・ローテーションのような組織だった仕組みが作りにくい中小企業が「複眼的技術者」を養成するなら、このような工夫は現実的です。中小企業経営者が人材育成を考える上で参考になる事例かもしれません。
その他、「(自社ブランドなどを持たない)下請企業だからといって技術力が低いわけではない(下請として競争力を強める戦略もある)」「技術の“吸収”と“融合”は別物で、両者のバランス取り方により技術力向上のパターンが異なる」など、いろいろ示唆に富む内容が語られています。
■日本国内の職人の方々を応援するには
正直言いますと、この稿を書いている私(松山)はどちらかというとコンピューターの世界から育ってきたこともあり、以前は大きな勘違いをしていました。ごく一部の例外を除き、製造のあらゆる工程はコンピューター制御に乗るか、少なくとも言葉(作業手順書など)で客観的に人から人へ伝えることができるはず、との思い込みです。
ホワイトカラーの世界でも、例えばコンピューターが考えた結果がそのまま最善な経営判断として示されうると考えられていた時代がありました(いわゆるMIS―マネジメント情報システム―の幻想)。今はさすがにそんな幻想は消え、コンピューターはあくまでも人の考え方やアイデアを補佐・支援する道具に過ぎません。しかしモノについて言えば、対象によって難易度の差はあったとしても、究極的には3次元空間の中で精密に測定でき、精密に制御できるはずだから、きっとコンピューター制御にどんどん置き換わっていくはず…。そんな楽観論です。
しかし、やはりそれも現実の世界ではほとんど幻想に近いものなのでしょう。いくら数値制御しても、製造工程を標準化しても、手作業でこなさなければならない仕事が確実に残る、というのが製造業の現場のほぼ一致した意見のようです。あるいは、理論的にはコンピューターで完全制御できるはずであっても、ほんの少量(時には1つ)しか作らない金型や部品類については、手で完成させてしまった方がはるかに効率的であるのは明らかです。その前提で、日本国内の職人の方々を応援していきたいものです。
当事者である中小企業経営者はもちろん、マネジメントに関わる方それぞれに参考になる書籍かもしれません。