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高田瑞穂著「新釈現代文」

30年くらいぶりに文庫として復刻された参考書。「大学入試用」とされていますが、もっとずっと広い読者に役立つ書籍だと思われます。さまざまな文章表現について、その読み取り方のコツを掴めるかもしれません。社員教育にも…?

新釈現代文カバー
〔旧版「新釈現代文」カバー、価格は450円〕

■50年前の参考書の復刻
実は30年以上前に購入した版を私(松山)は未だに持っていて、しかもしまい込まず、手にとって読める本棚にずっと置いてあります。でも、この本が世の中で「伝説の参考書」と呼ばれていたことは、今日までまったく知りませんでした。個人的な意見を先に出すと、「文章で表現された何がしかの“考え”を掴み取るコツ」を解説した解説書兼トレーニング本だと思っています。

「新釈 現代文」(ちくま学芸文庫)【高田瑞穂(著)、筑摩書房刊、2009年】

「新釈 現代文」【高田瑞穂(著)、新塔社刊、1959年】
〔旧版の目次〕
第一章 予備
一、公的表現
二、筆者の願い
第二章 前提
一、問題意識
二、内面的運動感覚
第三章 方法
一、たった一つのこと
二、追跡
三、停止
第四章 適用
一、何をきかれているか
二、どう答えるか
三、適用
後期にかえて
一、近代文学をどう読むか
二、近代文学の何を読むか

復刻版はまだ見ていませんが、内容的な違いはないという前提で上の目次を挙げました。本書の軸となる部分は、

・問題意識を持ち
・内面的運動感覚を発揮して
・筆者の足跡を追跡していく…

という手法です。入試現代文の読解対策が目的ですが、非常に基本的な考え方であるがゆえに、実際にはもっとずっと応用の利くものであると考えられます。近代文学の範囲に留まらず、ビジネス文書や新聞記事の解読の基礎にもなりえます。もっと勝手に拡大解釈してしまうと、外国語の読解にも、聴き言葉(ヒアリングにおける相手の主張の読み取りなど)にも、やはり同じ原則が適用できるように思えます。

私にとって「国語」は専門外かつ興味薄な科目でした。また“入試(テスト)対策のための勉強”というものには学生時代から今に至るまでかなり懐疑的で、参考書やノウハウ本の類を積極的に読むことはあまりなく、不要になったらすぐに捨ててました。教科書だってもちろん残っていません。にもかかわらず、本書を読んで感じるところがあり、30年以上も捨てずに手元においていたわけです。おそらく10代半ばに購入して今も保存している本は、何冊かの小説を除けばこれ1冊だけだと思います。

たんなる「文章読解ノウハウ」のようなものを期待してこの本を手にしたら、失望するかもしれません。文章構造の解析テクニックなら、他にさまざまな解説書があることでしょう。試験のテクニックとしても、数多の参考書があることでしょう。でも、小手先の話とか目先の損得ではなく「人の意見をよく汲み取る」といったもっと本質的な姿勢を整えようとするとき、立ち返る原点のようなものを本書から得られるかもしれません。

数年前にこの本のことをネット上で検索したとき、まったく何の手がかりも得られなかった記憶があります。それが思いもかけず復刻されていた…、この本を高く評価する人たちがたくさんいた…、ことを初めて知って、大変驚いています。ページ数は(旧版で)180ページ弱。肝となる部分の解説はせいぜい50ページ程度の薄い本です。一般のビジネスパーソンの基礎訓練テキストとしても成立するのではないかと、かねがね思っています。

インシデント・プロセス

事故(アクシデント)につながりかねない出来事(インシデント)に気づき、必要な情報を集めて処置をする。事例を基にした演習手法の一つで、教育訓練に利用されています。さまざまなバリエーションがあります。

インシデント・プロセス事例研究法
〔インシデント・プロセス事例研究法〕

■ケーススタディ的な訓練手法
インシデント・プロセス(Incident Process)とは事例演習の一つで、“問題が起こりつつある状態”または“ある発生した出来事”が知らされ、そこからさらに必要な情報を収集、分析して問題解決を行っていく手法です。一般のケーススタディのように背景事項などを含めた長い事例説明文が提示されて、じっくり読み込んでから解決策を探っていくという方法と違い、当初は「組織図と、半ページ程度の長さの事例文または画像やロールプレイ」だけで演習を開始します。必要な情報は(講師や当事者への)質問を通じて自ら探していくことが求められます。

少し前に「インバスケット・ゲーム」と呼ばれる演習を解説した専門書を当サイトの記事でご紹介しました(「管理能力開発のためのインバスケット・ゲーム」)。いずれも20世紀半ばに米国で開発されたケーススタディ的な教育・訓練法という位置付けから、インバスケット法とインシデント・プロセス法はよく並んで説明されます。

ちょっと変わった演習ですが、運用方法によっては事前準備が比較的少なく済むとともに、結構実践的で役立つものになりえます。一般には、中間管理職層のマネジメントスキルまたはヒューマンスキル向上を目的に用いられます。

原型は、この手法の開発者(Paul Pigors)の名をとり「ピゴーズ・インシデント・プロセス」(PIP)と呼ばれます。冒頭写真の書籍「インシデント・プロセス事例研究法」の著者がピゴース氏です(この書籍は絶版となっているので手に入りにくくなっています)。もっとも、元の手法をそのまま実際の演習形態に持ち込もうとしても今の時代に必ずしも合っていないところがあり、さまざまなバリエーションができています。

■PIP:5段階の事例分析
PIPは、次のような性質をもつとされています。
・体験学習であること
・扱うケースはすべて実際に起こったことでなければならない。事実でないことをわずかでもでっちあげない(フィクション不可)。推測を事実であるかのように言わない

分析は次の5段階で進めるとされています。
1) 事例が提示される(ささいなインシデントに気づく)
2) 必要と思われる事実を集めてまとめる(事実を補完して関連づける)
3) 処置すべき問題を決める(直ちに処理しなければならない課題を明確にする)
4) 決心と理由を述べる(代替案から適切なものを選び出し、意思決定をする)
5) 教訓を考える(全体を振り返る、長期の組織目標を考える)

最後の段階では、「今」処理すべき課題だけでなく、前提となっていた「方針」レベルで考えて根本的な対策を描くことが求められます。演習を繰り返すことで、長期的に社員の経営管理能力を開発できるとされます。

一方PIPの欠点としては、次のような点があるとされます。
・教育効果ははっきりしない部分が多いこと
・講師やリーダーの力量、受講生からの信頼度、受講生の学習意欲の盛り上がり方などに成果が左右されること

この演習には思いのほか“深さ”があり、とくに利用者が繰り返し経験することによって、教育の焦点が変わっていくことが特徴とされます。本書では次のように説明されています。
・第1期は題材となっているケースそのものへの興味
・第2期はPIP法の5段階テクニック(研究方法)を使うことへの興味
・第3期は事例研究そのものが一つのケースであるということの興味
・第4期は日常への適用

ようするに、個々の事象の問題解決から入った後、手法の使い方そのものに興味を持ちはじめ、ひいては研修という特殊な場から日常的な業務の場に応用できるということでしょう。

■特定のテーマに絞った応用ができないものか
私見ですが、演習の性質からすると、「一般的なマネジメント」といった内容より、限られた環境や特定のテーマを前提とした中での訓練に向いているのではないかとも思われます。技能・技術研修の一部としても有効なのではないでしょうか。ほんの一例にすぎませんが、
・専門的機械の運用技術の伝達
・航空機など乗り物の操縦技術の向上
・情報セキュリティ管理能力の向上
・熟練加工技能の可視化
など、目的を絞った研修に応用が利くかもしれません(あくまでもアイデアレベルの話です)。

なお、インバスケットと同様、インシデント・プロセスを(教育訓練ツールとしてではなく)アセスメント・テストとしての位置付けをもたせることもできます。ただしその場合、元祖PIPの枠組みでは不可能でしょう。たとえばフィクションの世界の中で題材を用意すること、さまざまな質問をあらかじめ想定して情報収集方法を組み立てること、グループ討議によらない個人単位での解答方式を用意すること、などの準備が必要になるでしょう。セミナー会社、人事アセスメント会社がさまざまな工夫をしていますので一概に結論付けることはできませんが、基本的には能力測定(アセスメント・テスト)より、能力向上のための訓練を主眼に置かれている場合が多いと考えられます。

■インシデントとアクシデント
余談かもしれませんが、ここで繰り返し出てくる「インシデント(Incident)」という言葉は、あらためておさえておきたい概念です。単純な表現をすると、明確な事故のことを「アクシデント(Accident)」と呼ぶのに対して、その一歩手前でアクシデントにつながりかねない出来事が「インシデント」です。

一般に、「1つの重大なアクシデント」の裏には「約30の軽微なアクシデント」があり、さらにその裏には「約300のインシデント」がある、という言い方がされます。大げさな組織マネジメントという立場の人だけでなく、ごく小規模なグループ(例えば家庭)でも、こうしたインシデントをとらえ、かつそれらのインシデントが重要なのか無視したほうが良いのかなどを判断できる力がある人こそが、危機対応能力のある人ということになるでしょうか。

私事ですが、以前あるビジネスパーソン向け原稿で「アクシデント」と「インシデント」の違いの説明を重要事項と思って入れたら、編集者にカットされてしまい残念に思ったことがあります。日本語では「インシデント」に相当するぴったりした言葉がないため、このあたりの概念はすぐに理解されないことがあるのかもしれません。

何をもってインシデントと判断すればよいのか…。状況や社会の価値観によっても変わってくる概念だと思います。インシデント・プロセスという訓練手法を実際に経験するか否かとは別に、こうした手法を知ることで、管理・技術・技能いずれの領域でも、危機や不良発生に対する意識を高めることができそうな気がします。

「管理能力開発のためのインバスケット・ゲーム」

インバスケット・ゲーム(未決済の情報をみて、その処理方法を考えさせる演習)という技法を、マネジメント能力育成に主眼を置いて解説した専門書。この手法の理解のほか、前提となる個人特性(パーソナリティ)についての説明も役立ちます。

インバスケット・ゲーム
「管理能力開発のためのインバスケット・ゲーム [改訂版]」
【槇田仁、伊藤隆一、小林和久、荒田芳幸、伯井隆義、岡耕一(著)、2008年刊(初版は1988年刊)、金子書房】

■管理能力開発の一手法
いわゆる未決箱(インバスケット、in-basket)に入っているさまざまな情報を取り出して、限られた時間内にその対処法を考え、処理していく演習のことを「インバスケット法」といいます。企業などの架空ケースを想定して、その条件の下でいかに適切に処理できるかを文章で回答する演習です。個人の能力測定(アセスメント)に使うときは「インバスケット・テスト」、能力開発に使うときは「インバスケット・ゲーム」といった言い方をします。

いわゆる「ケーススタディ」「ケースメソッド」とは異なる手法ですが、事例演習という大きな枠組みで見れば同類のものといえるでしょう。20世紀半ごろに米国で開発された教育・訓練、測定技法で、本書によると「アセスメント・センター方式の演習として最も予測力がある演習とみなされている」そうです。

本書は、管理者能力開発の手段としてインバスケット法を用いるときの、その題材の開発方法、活用方法を具体的に示した専門書です。インバスケットの考え方のベースとなる概念フレーム、さらには性格・能力・適性といった特性の意味についても、本書前半(第I部)で詳しく説明しています(※)。

〔目次〕
第I部 管理能力とパーソナリティ
パーソナリティ
管理能力
管理能力の発見と開発
第II部 「インバスケット・ゲーム」開発の史的瞥見ならびに現状
「インバスケット技法」とは
日本のインバスケット技法
インバスケット技法の特徴の吟味ならびに活用法の検討
第III部 管理能力開発のための「インバスケット・ゲーム」
管理能力開発技法の検討
インバスケット・ゲームの作成法ならびに活用法
T電力版インバスケット・ゲーム
研修の進め方
追跡調査

(※)本書では、パーソナリティ(個人特性)の構造を大きく
・環境 ・身体 ・能力 ・性格 ・指向
の5種類に分けるとともに、そこから表出される管理能力を
・アドミニストラティブ・スキル(狭い意味での管理技能)
・ヒューマン・スキル(対人関係技能)
・テクニカル・スキル(職能分野における実務知識・技能など)
の3種類に整理しています。

■「苦情が来たゾ。お前が責任もって処理せよ!」(by上司)
インバスケットで与えられる課題のごく一例を挙げると、次のようなものです。

・懇親会出席の依頼書…スタッフの誰かを外部の会合に出してくれ!
・緊急連絡メモ…仕入先の一つが倒産したゾ!
・顧客からの苦情…この苦情をおまえのところで責任もって処理せよ!(上司の命令)
・総務からの依頼…恒常化した時間外勤務を削減せよ!

たとえば懇親会出席の依頼書に対しては、適切な出席者を選び、指示をして、必要であれば代替案を作っておく。倒産情報に対しては、確実な情報収集を行うとともに、並行してその業者への支払残などを確認しておく…。そうした想定回答を用意しておきます。

想定される対処法など適切な記述が書かれていれば加点、手の打ち方がピントはずれだったり、あらかじめ想定した条件からみて非現実的だったりすると減点です。かりに対処方法そのものは的を射ていても、関係者への配慮なしに独断で処理してしまったりすると、「テクニカル・スキルは○だが、ヒューマン・スキルは×」などといった採点が可能です。

■題材の開発・保守は相当に困難か
インバスケット法を用いた演習ツールは、うまくはまると実践的な訓練になると思われます。中堅管理職の能力育成に頭を痛めている経営者や人事関連の方にきっと参考になるでしょう。インバスケット法というものを言葉で知っていたがその内容まで知らない方にも、本書の実例を見ると納得できるかもしれません。

ただ、一般的なケーススタディ題材よりもさらに細かい設定、分析、予測、作りこみが必要です。たとえ企業規模の少し大きな企業であっても、わざわざ自社向けに演習題材を作るとなると、手間がかかりすぎるものだと思われます。もしインバスケット演習を取り入れたければ、一般企業の立場としては、インバスケット演習を提供している教育機関(セミナー会社)を探し、それらの中から選ぶしかないといわざるを得ません。本書はインバスケット演習の「開発」まで視野に入れた記述になっていますが、プロのセミナー会社などを除くと手を出さないほうが賢明です。

本書の記述を読むと、演習題材を一度作ってそのまま修正なしに継続させるというより、常に対象企業の状況に合わせて「改訂を続けてきた」とあります。たしかに、経済状況の変化、価値観の変化、意図しない回答などにあわせて保守していく手間が相当かかるであろうことは容易に想像できます。その意味では企業の枠を超えた客観的なアセスメントテスト(測定ツール)として機能するより、教育目的、能力開発が主眼になることが多いのかと推測します。

かなり専門性のある高価(8500円+税)な本です。先に触れた、本書の前半部分(個人特性の説明など)がすっきりした解説になっていて、あるいはこのあたりの記述が一般的に最も役立つのかもしれません。

「中小企業の技術マネジメント」

中小企業の人材育成に関連した書籍。日本独自のモノづくりの強さを支えていると言われる金属・機械産業に属する中小企業に焦点を当て、技術の強化、育成などに役立つ考え方が示されています。

中小企業の技術マネジメント
「中小企業の技術マネジメント」
〔弘中史子(著)、2007年刊、中央経済社〕

■中小企業のモノづくりの強さ
工場など製造現場はコンピューター制御が当たり前になり、モノづくりの現場は人手に頼る世界から自動化された機械に任せる世界へと比重が移ってきました。わけのわからない“伝承”“秘伝”の世界から脱し、プログラムや言葉でスマートに製造過程を取り仕きれるようになることは「進化」と呼ばれます。進化の結果、工場はより適した海外にも移せるようになり、日本の製造業は空洞化するとも言われました。

しかし、単純な大量生産工場は東南アジアをはじめとした海外に移転できても、日本国内でこなしてきた職人の高度な技は意外と海外に移転できません。というより、日本の職人たち、中小企業の現場で当たり前にこなしてきた繊細な技のいくつかは非常にユニークで、日本経済の強さの源泉になっています。それが広く認識されるようになったのは、せいぜいここ10年くらいのことではないでしょうか。いわゆる「モノづくり」を支えている元気な日本企業が、「量的にも質的にも」日本経済を支えていると位置付けられるようになってきたわけです。

前回の記事「中小企業の人材育成作戦」に続き、中小企業の人材育成に関連した書籍を紹介します。副題は「競争力を生み出すモノづくり」。金属・機械産業に属する中小企業に焦点を当て、技術の強化、育成などに役立つ面白い考え方が示されています。

■日本の就業者の100人に1人?
数字を丸めて非常にざっくりと数えると、日本の人口1億2000万人のうち就業者は約6000万人
→うち製造業は約1000万人
→うち金属・機械産業は半分の500万人
→さらにそのうち中小企業は半分の250万人

かりに働いている人を6人集めたら、うち1人が製造業にお勤め。
12人集めたら、うち1人が金属・機械メーカー。
24人集めたら、うち1人が中小の金属・機械メーカーにお勤め。

さらに推測すると、
50人くらい集めたら、うち1人が中小の金属・機械メーカーの職人
100人集めたら、うち1人が“匠(たくみ)”とか“マイスター”とか呼ばれうる優秀な職人。

ということは、極端に言うとその「100人に1人」(非就業者含めれば200人に1人)の人たちが、日本独自のモノづくりの強さを支えていることになります。(中堅・大企業および金属・機械産業以外の産業を視野の外に放り出して計算するのは少し無理がありますが、とりあえずここでは話の流れとしてお許しください (^。^) )

■技術力養成のためのフレームワーク
こうした人たちが活躍する中小企業とはいえ、変化することもなく漫然と仕事を続けていっただけの企業は遅かれ早かれ衰退してしまう運命にあります。本書では、中小企業が技術力を向上するための枠組みとして、

「技術の吸収と融合」
「自社技術の体系的把握」
「自社技術の相対的把握」
という3角形を描き、その三角形を
「複眼的技術者」
が原動力となって回転させること、

といった考え方が提示されています。

「複眼的技術者」とは、少なくとも1つの専門分野に精通し、さらに1つ以上の他の分野も理解しその見地からも問題を検討できる人材、と位置づけています。単なるスペシャリストではない人を育てることで、技術の新しい融合などにつながるというわけです。

その考え方自体は決して珍しいものではないかもしれませんが、机上の論理ではなく実例を交えて説明していることで、説得力を持った説明になっています。例えばそんな人材を育てようとしている企業の事例として従業員20名ほどの輸送用機械メーカーの事例が紹介されています。その企業では、
「各人の配属は決まっていてそこで“主たる業務”をこなすが、同時に複数の他の部門にも属するような組織形態をとっている。他の業務も日常的に遂行する」
とのこと。

近代的な企業のあり方を考えると、つい“権限のきっちり決まった組織”“命令の一本化”といったことを考えがちになります。でもジョブ・ローテーションのような組織だった仕組みが作りにくい中小企業が「複眼的技術者」を養成するなら、このような工夫は現実的です。中小企業経営者が人材育成を考える上で参考になる事例かもしれません。

その他、「(自社ブランドなどを持たない)下請企業だからといって技術力が低いわけではない(下請として競争力を強める戦略もある)」「技術の“吸収”と“融合”は別物で、両者のバランス取り方により技術力向上のパターンが異なる」など、いろいろ示唆に富む内容が語られています。

■日本国内の職人の方々を応援するには
正直言いますと、この稿を書いている私(松山)はどちらかというとコンピューターの世界から育ってきたこともあり、以前は大きな勘違いをしていました。ごく一部の例外を除き、製造のあらゆる工程はコンピューター制御に乗るか、少なくとも言葉(作業手順書など)で客観的に人から人へ伝えることができるはず、との思い込みです。

ホワイトカラーの世界でも、例えばコンピューターが考えた結果がそのまま最善な経営判断として示されうると考えられていた時代がありました(いわゆるMIS―マネジメント情報システム―の幻想)。今はさすがにそんな幻想は消え、コンピューターはあくまでも人の考え方やアイデアを補佐・支援する道具に過ぎません。しかしモノについて言えば、対象によって難易度の差はあったとしても、究極的には3次元空間の中で精密に測定でき、精密に制御できるはずだから、きっとコンピューター制御にどんどん置き換わっていくはず…。そんな楽観論です。

しかし、やはりそれも現実の世界ではほとんど幻想に近いものなのでしょう。いくら数値制御しても、製造工程を標準化しても、手作業でこなさなければならない仕事が確実に残る、というのが製造業の現場のほぼ一致した意見のようです。あるいは、理論的にはコンピューターで完全制御できるはずであっても、ほんの少量(時には1つ)しか作らない金型や部品類については、手で完成させてしまった方がはるかに効率的であるのは明らかです。その前提で、日本国内の職人の方々を応援していきたいものです。

当事者である中小企業経営者はもちろん、マネジメントに関わる方それぞれに参考になる書籍かもしれません。

「中小企業の人材育成作戦」

中小企業の組織は本当に生き物のようなもので、見かけや数字だけではなかなか推し量ることができません。きっちりした制度がないから組織ができていないというわけではなく、社員の育成も“自在流”で成功しているところが少なくありません。

中小企業の人材育成作戦
「中小企業の人材育成作戦」
【川喜多喬、九川謙一(著)、東京商工会議所(監修)、2006年刊、同友館】

■多数の事例からヒントを取り出す
副題は「創意工夫の成功事例に学べ」。人材育成を切り口に、創意工夫を凝らしている元気な中小企業に焦点を当ててその事例をまとめた書籍です。25社以上の事例がそれぞれのテーマごとに分解して紹介されていて、中小企業経営者にとっては、経営のヒントをあちこちから見出せることでしょう。

ほんの数行単位で細かい事例が次々に紹介されるスタイルなので、読みようによっては“とりとめもなく”事例の断片が書き連ねられているだけ、と感じるかもしれません。しかし、一般に中小企業は、組織の整った大企業とは質的にも異なり、どの会社をとっても「特殊事例」のようなものといえます。

「すべての中小企業に共通して通用するテーゼ」はほとんどないのですから、絶対的な答など示されているはずもありません。それでも、それぞれの項の見出しから、著者・編者が何を見出し、主張したいのかが窺えます。

〔目次〕
序論 変わらぬ基本、時々の創意工夫
第1部 人材育成の実践事例編
1 人材育成は永遠のテーマ
2 成長への責任核と人材育成
3 設備投資と人材投資は矛盾せず
4 人材観・人材像をはっきりさせよう
5 小さな会社なりの採用・確保戦略
6 ベテランの結集、中高年の活用
7 人材確保と育成の人脈づくり
8 下積みから育てるキャリア管理
9 組織内伝承の仕組み
10 人事考課も人材育成の道具
11 営業センス、経営感覚は全社員が身につけろ
12 組織づくりと社員のしつけ
13 理念で引っ張り、参画で押し上げる
14 人材育成のための公式・非公式のネットワーク
15 会社を学校にしよう、現場を塾にしよう
16 小さな工夫や福利厚生
17 人材育成はトップの仕事
18 最後にもう一度…人材育成は机上のシナリオどおりにはいかない
第2部 人材育成の調査提言編
第1章 始めよう人の開発、技術の開発
1 こんな企業が技術を磨き、人を育てる
2 こうして育てているわが社の技術者
3 技能者の育て方にもひと工夫
第2章 すぐれた中小製造業の人材開発力
1 すぐれた中小製造業の「モデル」の重要性と「モデル」選定の基準
2 すぐれた中小製造業の人的資源管理の特性

■経営資源が足りないことは、ありがたいこと?
面白い表現で、中小企業の強さが説明されているところがあります。

「ありがたいことに、少数しか採用できないゆえに綿密な選抜が行える」
「ありがたいことに、研修施設がないので現場が教室となる」
「ありがたいことに、暇がないので実用的な訓練に専念できる」
「ありがたいことに、出来合いの教育体系図を買ってくる金がないだけに机上の空論に酔うことはない」

負け惜しみのような表現にも聞こえるかもしれませんが、経営資源の足りなさをかえって強みとして活かし、実践的な人材育成の工夫をしていくのが、中小企業の知恵であり、面白さです。このあたり、中小企業の経営にどっぷり使っている方、またはこうした企業の実務に触れる機会の多い方には、肌で納得できるところかもしれません。

実践的に応用できそうな事例も、ところどころに紹介されています。たとえばスキルマップを社員一人ひとりに対して作っている事例がその一つ。すべての社員とすべての工作機械名を縦横の一覧表にして、

◎印は「人に教えられる」
○印は「一人でできる」
空白は「一人でできない」

といった具合に埋め込んでいくわけです。

■人材育成に妙手はない!
「いくらシナリオを作ってもシナリオとおりにはいかない。経営書にあるビジネスモデルをそのままやってもうまくいかない。社員のやる気が養われるのを待つことだ」
「中小企業のマンパワーはかなりデコボコになる。しかし、そうやって特徴を出さなければ生き残ることは難しい」
「人材育成に妙手はない」

かといって、なんでもボトムアップとか出たとこ勝負だけでよいというわけではなく、

「人材育成計画の前に経営事業戦略がなければならない」
「人材育成はやみくもな信仰でやるべきだといっているのではない」
「一般に技術開発にすぐれた中小製造業は、その技術だけが注目されがちだ。…しかし(中略)…“技術開発と人材育成が連動している”姿が明らかになるだろう」

など、それぞれうなずけます。

読者の立場や問題意識によって、「うん、うん、そうなのだ」と納得できる個所は異なるかもしれません。本書を読んで「なんだ、こんなこと。どこの企業でもやっていることじゃないか」とお感じなる方は、大企業など安定した組織で仕事をしている方かもしれません。読み手と中小企業経営との関わり方で、内容の受け取り方が違ってくるような本だろうと推測されます。