「人・組織の活性化」カテゴリーアーカイブ

「ドラゴンフライ」2-宇宙空間で危険な諍い

宇宙ステーションで起こるいくつもの争いを冷静に見てみると、それは現実社会(企業社会)で起こる人間関係の縮図のような気がしてきます。

DragonFly2a-s.jpg
「ドラゴンフライ ― ミール宇宙ステーション悪夢の真実」(上)(下)
【ブライアン・バロウ(著)、北村道雄(訳)、寺門和夫(監)、筑摩書房、2000年】

「ドラゴンフライ」1-宇宙飛行士の“問題児”たち の続きとして、宇宙ステーションでの人間関係について少しご紹介します。

宇宙飛行士個人の諍いについてあげつらうつもりは毛頭なかったのですが、やはり気になる話題がたくさん出てきます。あらためてこの本を読んでみると、宇宙ステーションという特殊な閉鎖空間の話というより、我々のごく日常的な生活の中で起こる問題が分かりやすい形で切り出されたきた話のように思えます。

■問題に慣れると問題の存在を忘れるようになる
米側の宇宙飛行士は、ミールに入ってすぐ、船内が相当ひどく散らかっていたことに驚かされました。それまでの宇宙生活でたまった残骸(小型コンピュータ、事務用品、道具、音楽テープなど)が、無重力の部屋のあちこちにあったそうです。

また、ミールのモジュールとモジュールが何本もの太いケーブル(換気チューブとか通信ケーブルとか)で無造作に結んであるため、モジュールの間のハッチを閉めることができなくなっているところがありました。万が一あるモジュールで機体破損などの事故が起こった時、他のモジュールまで波及し全滅しないように、途中のハッチを完全に閉めて隔離しなければなりません。ハッチを閉めるためには、数多くのケーブルを無理やり切断することになります(事実、貨物船プログレス衝突事故でまさにその通りの事態が起こった)。

そんな安全上の不安を米側の宇宙飛行士が口にしても、ロシア側の反応はいつも同じで「一応耳を傾けはするが、結局そのまま無視」だったされています。NASAも結局は同じような反応でした。

このあたりの反応(一応耳を傾けはするが、結局そのまま無視)は、ビジネスパーソンなら、というより社会の中でなんらかの組織・グループで活動をした経験のある人なら誰でも、かなりはっきりイメージできるのではないでしょうか。問題を指摘しても、その問題に慣れてしまうと誰も解決しようとしなくなる…。

■優秀な飛行士も、時と場合により問題児になる
ミール・ミッション(フェイズ1)の米側飛行士7人のうち「問題を起こした数人は“問題児”」と前回書きましたが、ジェリー・リネンジャーなどと違い、ジョン・ブラハはNASAではかなり優秀な宇宙飛行士の一人だったようです。それでも彼のミール・ミッションの4カ月は、本書の記述をそのまま受け取れば失敗だったと思わざるを得ません。

ブラハは体力、精神力とも優れ、それ以前のスペースシャトルで船長まで務めたベテラン宇宙飛行士でした。話によると几帳面すぎるほどしっかりと仕事をするタイプの人だったようです。“でも”というべきなのか、“だから”というべきなのか、ミール・ミッションの混乱した仕事の進め方には耐えられませんでした。

彼自身、有能だとはいえ「他の人に、はなはだしく依存する性格がある」ことが、ロシア側が行った性格検査(アセスメント・テスト)から事前に見て取れたといいます。その詳細までは書かれていませんが、推察するに「箸の上げ下ろしも部下や秘書がやってくれるような条件の上で本来の力を発揮できる“お殿様”的リーダー」だったのかもしれません。

そんな人、我々のまわりにもたくさんいますね。「大企業の社長は務まるかもしれないが、実働メンバーの立場になると何一つできない」「公の場では威張っているが、家庭では家人なしにお茶さえ自分で入れることができない」なんていうタイプの人が…。

また、ちょっとしたコミュニケーションのミスで、ミールのロシア人船長ワレリー・コルズンと怒鳴りあいになったそうです。無駄に30分くらいの時間を費やすことになってしまい「あんたのせいで35分も時間を無駄にした…」などと怒り狂ったといいます。こんな人(先輩)も現実の企業世界にいますよね。とくに有能とされる人に多く…。

そんなブラハが、時にはワレリー船長から「アメリカ人なら幼い孫にしか使わないような口調で命令された」といいます。長い共同生活がずっとその調子では、自らのペースをつかみようもありません。

■「まさか私が鬱病になるなんて…」
そんなロシア人に悩まされるよりもっとブラハを苛立たせたのが、米側のサポート体制だったといいます。訓練期間中、ロシア語の習得に費やされた時間はわずか4カ月しかありませんでした。仕事のマニュアルをめぐって、出発前から繰り返しヒューストンと対立します。「何かを求めても結局実現されないやりとり」が繰り返されるとどうなるか。“被包囲心理”、つまり「周りは敵ばかりだから、何もかも自分でやらなければならない」という心理状態が強くなり、結果的に気持ちがどんどん内へ向かうことになります。

それでいて、ヒューストンはブラハを完全に自分たちのコントロール下に置くことを疑わず、運用管理者にそれを求めます。両者の認識の違いは広がるばかり。ついにブラハは、ミール内で鬱病にまで陥ってしまいました。

「つねづね自分のことを、物事を前向きに考え、ほかのクルーが気落ちしているときに元気づけてやるタイプの人間だと思っていた。その自分が鬱病にかかるなんて理解しがたいことだった」(上巻p.188。文面は多少変更)。そんな告白を他人事ではないと感じる方もまた、少なくないでしょう。

■現場を知らない本部管理職にコントロールされる恐怖
この経過を現実のビジネス社会になぞらえ、勝手に次のような喩え話にしてみました。

・本社が、支店の営業力向上のため、本社の有能な「幹部」を支店に派遣する
・その「幹部」は、支店では営業現場の最前線で力を揮うことが期待されている
・「幹部」は有能だが、周囲に部下の手足があってこそ力を機能するタイプの人である
・しかし実際には「幹部」に手足となる部下はなく、仕事の手順書もなく、支店の文化も非常に異なる
・「幹部」は支店の現場が頼れないと悟り、本社に手順書などの作成を要望する
・しかし本社はその要望の真の意味が分からず、本社の認識を基本に「幹部」に指示を出し続ける

・「幹部」は本社もあてにならないことを知り、自分流の仕事の進め方に頼る。そして1週間に7日懸命に働こうとする。いちいち細かい動きを本部に伝えても無駄と感じられて、報告も滞る
・しかし本社は、本社の方針に沿って「幹部」に成果をあげてもらわなければならないから、監視役をたてて「幹部」を完全なコントロール下に置こうとする
・せっかく苦労して「幹部」が支店の営業現場に即した仕事の進め方を実行しようとしても、本部は認めず足を引っ張るような結果となる。
・「幹部」は自らを否定されたような立場になる
・本社との溝も、支店の他のメンバーとの溝も、いずれも深まるばかり。しかしそれでも我慢して続けなければならない立場に追いやられる

真面目な人であればあるほど、精神に支障をきたすことになりそうです。そんな話も、この現実のビジネス社会でたくさんありますね…。

■短距離走のつもりで長距離走は走れない
NASAの地上管制官への不信感もあり、ブラハが次の“問題児”リネンジャーに引き継ぎをするとき「地上からの支援はあてにするな。ここで頼りになるのは自分だけだ」とか警告していたそうです。それが今度はリネンジャーの“唯我独尊”を助長してしまうのですから、まさに悪循環です。

ブラハについては、一緒に訓練を受け気心の知れたロシア人クルーたちとはむしろ良い人間関係を作ることができたとしています。ブラハがもとから“問題児”だったのでは決してなく、ミール・ミッションという仕事のシステムとか、与えられた職務内容とかが、とことんブラハに適合しなかったために生じた摩擦といったほうがよいのでしょうか。ブラハに限らず、ミール・ミッションに関するNASAの人選や育成方法は失敗続きでした(誰もミール・ミッションに参加したがらず、他に人選の余地がなかったという現実があったにせよ)。

少し違う視点から見ると、シャトルの1~2週間という「短距離走」と、ミールの3~4ヵ月という「長距離走」の違いということもできるようです。短距離走しか参加したことのない米宇宙飛行士が、同じ流儀で長距離走に参加しようとしてもだめでしょう。短距離走者の育成・コーチ・コントロールしかしたことのないNASAが、配下の選手を長距離走の選手になるべく無理やり選抜・コーチ・コントロールしようとしても失敗するでしょう。ペース配分や考え方自体が、相当に異なっていたのかもしれません。


それはそうと、今まさにスペース・シャトル(STS-115)によるISS(国際宇宙ステーション)組み立てミッションが進んでいます。
また、近い将来ISSに搭乗する予定の若田宇宙飛行士が、ISSでの滞在を念頭に、米国の潜水艦に滞在して閉鎖空間での長期間生活訓練を受けていると伝えられています。若田さんはすでに何度か閉鎖環境テスト(「中年ドクター 宇宙飛行士受験奮戦記」でもちらと書きました)を受けたはずですし、実際の宇宙飛行も経験済みです。さらにロシア語も習得済み。ロシアの星の街・訓練センターでの訓練も経験済み。なのになぜまた今さら閉鎖生活訓練を受けるのだろうと、初めは少し疑問を持ちました。

でも本書に書かれているようなスペースシャトルと宇宙ステーションの決定的な違いを読むと、あらためてはっきりその背景や意味が納得できるような気がします。

身体を測る 04-自宅でできる健康診断

身体測定サービスをコンビニなどで簡単に買う(受ける)ことができる時代が、近づいているような気がします。

fig0609-01.gif

■測定サービスもパーソナル化
身体を測る 02-身体測定のパーソナル化」で簡単に触れましたが、体組成計だけでなくいろいろな身体測定装置が小型化、パーソナル化し、一般家庭にも広がっています。しかし血液検査など少し本格的な検査装置を必要とする特性となると、いちいち高価な測定器を購入するわけにはいきません。また、検査そのものに専門的知識が必要な場合は、当然ながら医師や検査機関の力を必要とします。

そんなニーズに応えてでてきたのが「在宅検診サービス」(遠隔測定サービス)です。生体測定 製品・サービス一覧に、(在宅・遠隔)検診サービスのごく一例を挙げました。

リストまたは提供元が公表しているweb上の情報などを見ていただければわかるように、一般的な健康診断にあるメニューが多数揃っています。ほんのわずかの血液サンプルを送って生活習慣病の検診をしてもらうとか、爪や毛髪から栄養状態を測定するといったことがかなり簡単にできるようです。機器の貸し出しで睡眠時無呼吸症の検査を行うものもあるようです。つい最近報道で注目されたものとして、爪のサンプルからDNAを検査するといったサービスがあります。

これらの検査キットの写真を見てみると、まるで昔「学研の科学」で付いてきた実験セットのような趣(?)もあり、なんとなくワクワクしてしまう…、なんて思うのは私だけでしょうか(笑)。

■身体測定の分類
身体測定(検査)を、上図のように分類してみました。専門性を横軸に、頻度(1回きり/複数回/連続的)を縦軸にしてあります。

いつものことながら少し雑な図式で申し訳ありません。これは「一般個人が自分の身体を測定したいと考えた時にどこにお世話になるのか」という観点で示してあります。たとえば、

(a1) 年に1回か2回、一般的な健康診断を受けるには、勤めている方はきっと職場で健康診断を受けるでしょうし、在宅の方などは保健所が無料またはごくわずかの費用で実施している健康診断を受けに行けばよいでしょう。

(a3) 日常的連続的に体脂肪率を測りたい場合は、おそらく普及型の体組成計を購入するのが便利でしょう。

(b2) 内臓の疾患があって定期的にその状態を監視しなければならない場合などは、一般の病院に何度も通院して検査を繰り返すことが望ましいのでしょう。

■どんな分野が在宅検診サービスに向いているのか
個人的な印象ですが、次のような見方ができます。

(a1)―基本的な血液検査や尿検査などを含む健康診断― は、さまざまな事情で必要とする方々が一定数いると思いますが、多くの人は何らかの機会を見つけて医師による検査を得られるでしょう(しかも直接的にはほとんど無料)。なので、わざわざ在宅検診サービスを受ける必要のある層は少ないような気がします。

(a3)―簡単に買える測定器で間に合うもの― つまり体組成計、血圧計、心拍計、歩数計、血糖値計などパーソナル化が進んだ測定機器で測れるものについては、必要とする方は購入してしまったほうがまず早くて安くて便利です。

(b3)―少し専門的な測定を連続的にしなければならない場合― たとえば心疾患を判定するために血圧の連続測定をするとか、睡眠状態を毎日測るとかいったものは、測定機器を簡単に購入できるものではないので、医療処置や研究事業といった位置づけの中で、測定機器のレンタルなどを受けて測るといったことになるのではないかと推測します

(c1)(c2)(c3)―専門的な検査や測定― については、さすがに専門医や研究者などの力を借りて測定する必要があるでしょう。

→ そしてそれ以外の部分、主に薄いグレーのアミカケをしたあたりが、在宅検査サービスに向いた領域なのではないかと思われいます。つまり、次のような領域です。

(b1) 定期健康診断では行わない少し専門的な領域(癌マーカーの検査、感染症の検査など)

(a2)(b2) 測定器を購入(レンタル)したり病院に相談したりするほどではないが、必要な時には手軽に何回も測定したいもの(さまざまな栄養状態の測定、心肺機能、睡眠状態など)

料金は、安いもので3000円~5000円くらい。高いものでは検査後のカウンセリング料金などを含んで1万5000円~2万円といったところでしょうか。もちろん、専門的な検査を選んだり複数のサービスの組み合わせを選んだりすると、結果的にはもう少し値が張ってしまうかもしれません。しかし、家庭で手軽にさまざまな「身体測定」ができるということは結構便利で、そこそこニーズがあると思われます。

こうしたサービスのメニューが、コンビニとかスポーツクラブなどに「カード」のような形で商品として並んでいてもおかしくありません。「おでんと栄養サプリメントを買いに寄ったついでに、ミネラル検査サービスを買ってきた」なんていうことができたらよさそうな気がしますが、どうでしょうか。

■動物の健康を守る検査サービス?
身体を測る 03-体組成計はまだまだ進化する?」の末尾で、「ペット用の体組成計はビジネスにならないか」といった余談をしましたが、健康診断サービスについても同じようなことがいえます。

そして驚くなかれ、すでに事業として成立しているようです。リストにある検診サービス業者のメニューを見てみると、たとえば「人間用のミネラル検査」(毛髪などのサンプルを切り取って送るスタイルのもの)と並び、「愛犬のミネラル検査」なんてものがあります。犬の被毛を採取して検査し「ワンちゃんの身体にたまっている有害なミネラル成分を測定」するそうです。

そんな商品があることに、なぜか非常に納得してしまいます…

「ドラゴンフライ」1-宇宙飛行士の“問題児”たち

あまり広く知られていませんが、宇宙飛行士同士の軋轢と宇宙機関の組織体質のひどさが、宇宙ステーション計画をぶち壊しそうにしたことが過去にありました。


「ドラゴンフライ ― ミール宇宙ステーション悪夢の真実」(上)(下)
【ブライアン・バロウ(著)、北村道雄(訳)、寺門和夫(監)、筑摩書房、2000年】

■宇宙ミッションをめぐるドロドロの物語
なぜこのblogは宇宙モノばかり採り上げるのかと言われそうですが、経営マネジメントの観点からも、当社の社名(ミール研究所)との関わりからも(笑)、やはりこの本に触れないわけにはいきません。この本には、NASA(アメリカ航空宇宙局)やRSA(ロシア宇宙庁)や宇宙飛行士個人の恥部とも受け取れる驚くべき告発が満載されています。あまりに生々しく、にわかに信じられないような(そのまま信じてしまっては物事の半面しかわからないだろうと感じられるような)記述もありますが、組織のあり方を考えるには良い題材となるノンフィクションです。

ミール・ミッション(正確に言えば「フェイズ1」)で実際にミールに滞在したNASAの飛行士は次の7人でした。

ノーマン・サガード  1995.3-1995.7
シャノン・ルシッド(女性) 1996.3-1996.9
ジョン・ブラハ  1996.9-1997.1
ジェリー・リネンジャー  1997.1-1997.5
マイケル・フォール  1997.5-1997.9
デビッド・ウルフ  1997.9-1998.1
アンディ・トーマス  1998.1-1998.6

■NASAはミール・ミッションを軽視していた
本書によると、このうちまともにロシア側クルーやNASAと良好な関係で仕事を継続できたのは、ベテラン女性宇宙飛行士のルシッドくらいだったのでしょうか(それでも相当に苦労したことが描かれていますし、次任者ブラハとの友情は完全に壊れてしまったようですが…)。フォールも相当良い適任といえる人材だったようですが、なにせその時期(1997年)は、貨物船プログレスのミール衝突などミールに危機的な事故が続きました。

最初のサガードは、ロシア側のキャプテン、デジュロフの権威主義と調子が合いません。プラハ、リネンジャー、ウルフは、それぞれとんでもない問題 ―人間関係上の問題― をミールの中で起こしています。しかも、それらは予測不可能な問題だったのではなく、ミッションに行く前から明確に懸念されていたことでした。

端的に言えば、
・彼らは宇宙飛行士としての資質に欠いた“問題児”ばかりだった
ということになるのでしょう。

もう少しその背景を挙げると、
・NASAはミール・ミッションを完全に軽視していた
・ミールに参加しようという飛行士はほとんどいなかった
・そのためNASAは他に使いようのない問題児飛行士ばかりを仕方なくあてがった
・しかもNASAとRSAでは、仕事の進め方や考え方、文化に大きな隔たりがあった
・それでいてNASAとRSAは責任分担の面で互いに譲らず、軋轢を招いた
などといったマイナス要因の数知れない積み重ねがあったようです。

■火災の危機に直面しても…
特にリネンジャーは相当に問題があったようです。彼はミール・ミッションの前にスペースシャトルSTS-64に搭乗していましたが、この時の仲間からもすでに「謙虚さがなく聴く耳を持たない。最悪の新米」と反発されていました。ロシア「星の街」(Звезда Город)の訓練センターでも、さんざん不満をぶちまけては周囲を困らせていたそうです。ロシアの環境不備に文句を言いまくり、仲間たちと交流を持つことも避け、サポートしてくれる医師や管制センターの担当者に一切感謝することもなく、時には敵意さえみせる。ロシア人医師に要求された検査を拒むようなことさえあったらしいです(リネンジャー自身が医師だったので、ロシア側のやっていることを「無意味」と判断し、かえって見下していたようだとのこと)。

そんな彼がミールに乗るとどうなるか。搭乗前から懸念されていたというレベルの話ではなく、ロシア側は「彼はチームプレーができないので、皆と一緒に働くのは無理だ」とはっきり表明し、リネンジャーを拒否しようとしていました。それでもNASAは「米側が飛べるといったら、ロシア側がなんと言おうと飛べるのだ」と言い張って受け入れません。「NASAの管理下にある者についてロシア側が口を出すな」「合意事項にない検査は受ける必要ない」といった主張を繰り返したとのことです。結局、リネンジャーはミールへと送り込まれることになりました。

結果は予想通り、「彼にとって」というより、「彼と一緒にすごさざるを得なかったロシア人宇宙飛行士にとって」とんでもなく大変なミッションと化してしまいました。あまりに醜くて、具体的な内容をいちいち挙げにくいほどです(詳細はぜひ本書を読んでみてください)。

悪いことに、リネンジャーがミールに滞在している間に、ミールの存亡に関わるような重大な危機、火災事故が起こっています。あわやミールそのものを捨てて脱出しなければならないか、もしくはクルーが全員死ぬことになるかといった大変な危機に直面するわけですが、それを寸でのところでロシア人クルー2人がなんとかくいとめます。しかしそんな危機にいたってさえも、リネンジャーは危機回避やその後の修理を手伝おうとしないばかりか、「問題の大きさをNASAは理解していない…」といった文句(抗議)を繰り返したとされています。

リネンジャーと宇宙空間で何カ月も同居するという“苦行”を強いられた2人のロシア人宇宙飛行士は疲労困憊し、帰還してからもその不満をロシア当局者にぶつけ、二度と宇宙に出ることはなくなってしまいました。人命が失われるような悲劇はぎりぎり回避できたかもしれませんが、やはり事の成り行き全体をみると“悲劇”に近いものだったのではないでしょうか。

■後のスペースシャトル事故にもつながる宇宙機関の体質
ここには、当事者であるリネンジャーのメンバーシップ(フォロワー・シップ)意識欠如はもちろん、NASAの組織としての臨機応変の判断もなかったことが明らかです。本書の物語のずっと後、スペースシャトル・コロンビア号の事故でNASAの官僚的組織体質が大きな原因だったという報告がされましたが、その組織体質に潜む問題点はこの時にはっきり表面化していたことがみてとれます(NASAの体質についてはいずれ別に記事に書く予定です)。

なお、リネンジャーは別の著書(自著)があり、タイトルはなんと「宇宙で気がついた人生で一番大切なこと 宇宙飛行士からの、家族への手紙」とのこと。コミュニケーションで問題があった彼がそんな本を書いていることに軽い驚きもあります。その本では「すでに、ヒーローなんかではなく一労働者に過ぎない」とか言い訳を言っているようです。

こんな本を読んでしまうと、別の記事「月の記憶 アポロ宇宙飛行士たちの『その後』」で触れたような、宇宙飛行士の人格や宇宙機関の持つ人材管理(Human Resource Management)システムのすばらしさは幻想だったのかとさえ感じそうです。

まあ、どんな組織もどんな人間も、いろいろな矛盾を抱えながら、進んだり後退したりしながら、長期的にみれば少しずつ進歩しているものだと信じていますが…。

それにリネンジャーのような状況に相応しくない言動についても、よく考えると一般人である私たちが仕事の場でつい口にしている文句のようにも思えます。我々自身が、そこに潜む危険に気付かなければならないのかもしれません。

身体を測る 03-体組成計はまだまだ進化する?

さまざまな種類の身体測定装置を一覧表にまとめてみました。

fig0608-05.gif
[体組成の計測]

■高機能化する体組成計
測定器の小型化・一般化について、「身体を測る 02-身体測定のパーソナル化?」で話を始めました。その話題の中で触れたいくつかの身体測定装置の例を、本blogと並行して運用している生体測定 製品・サービス一覧に挙げてみました。もちろんここに拾い出した商品はごく一部にすぎません。(徐々に改訂し、情報を増やしていく予定です)

これをもとに、少し取りとめもない話を続けます。

家庭用の体組成計に関する情報はweb上に多数あるので、あえて少し本格的な業務用のもの…「身体を測る 01」で紹介したものを中心に掲載しました。

この前の記事で、身体測定器の用途を次の5つに分類しました。
1.緊急用:いざというときのために用意しておくべき測定器
2.健康診断向け:日常的な健康状態を測るために常備しておく測定器
3.スポーツ向け:スポーツでの競技力向上に便利な測定器
4.介護・支援向け:要介護者などの身体状態や見守りのための機器
5.専門医療用

家庭用体組成計の用途は、ほとんどが「2.健康診断向け」になるでしょう。しかし上記の表に上げた商品は主に業務用なので、「3.スポーツ向け」や「5.専門医療用」といったものも含まれます。安価な家庭用体組成計でも多機能化、精密化が進んできているようで、今の業務用体組成計の測定レベルはどんどん家庭用でも実現されていくのではないでしょうか。

■なぜ身長や年齢を入力するのか
ところで、BIA法(biometric impedance analysis法)で、身体に流した微弱電流の電導率(逆数でいえば「インピーダンス」…交流電流における抵抗値)で脂肪部分と筋肉部分の割合がわかるなら、あとは体重の実測値がわかれば体脂肪量(率)が割り出せそうな気がします。

しかし多くの体組成計では、測定の前提として性別・年齢・身長を入力します。これは、ようするに電導率だけでは正確な計測ができないので、性別・年齢・身長で補正しているということになります。というより、先に性別・年齢・身長という条件を決め、その条件の上で適合するパラメータもしくは換算テーブルをあてはめていると考えられます。

体組成計の計測データがどのように関係しているかを、冒頭のように図示してみました。かなりいい加減な図式なのはご了承ください m(__)m 。

ためしに脚だけで測る家庭用体組成計で、自分の性別・年齢・身長をわざと入れ替えて測ってみたら、次のようになりました(いずれも入れ替えた設定値以外の条件は正しい設定値のまま)。

・正しい性別・年齢・身長で「体脂肪率:14.5%」

・性別を 女性 にすると「体脂肪率:25.5%」
・年齢を 15歳若く すると「体脂肪率:15.0%」
・身長を 10cm高く すると「体脂肪率:21.1%」
・身長を 10cm低く すると「体脂肪率:7.4%」

このとき計測された体重はもちろん一定です。計測された電導率(インピーダンス)も等しいはずです。しかし換算された体脂肪率はかなり変化します。あたりまえといえばあたりまえなのですが、見方を変えると「世間的な平均値」に無理やり変換されたと考えることもできます。

事実、体組成計を研究・開発しているあるところの担当者に話を聞いたところ、「高い精度で実測ができれば、年齢と身長は判定に必要ない。むしろ実測値のみに基づいているという意味で正確な数値になるはず」とのことでした(性別については聞き忘れました)。つまり、上の図で「手入力による設定…性別・身長・年齢」部分を外してきちんと測定できるような測定理論と精度の高いセンサーを用意することも、高性能化を目指す一つの作戦になるわけです。

■動物用の体組成計?
またしても余談ですが、動物用の体組成計というのを作ったら、ビジネスにはならないものでしょうか?

人間用の体組成計に犬とか猫とか動物を乗せて測っても、当然ながら正確な数値は測定できません。そもそもおとなしく体組成計に乗ってくれそうにありません(笑)。

現代のペットブームは、ニーズさえあれば愛犬、愛猫に人間並みの投資をすることも珍しくありません。一方“生活習慣病”の犬や猫が増えている昨今、ニーズは十分にありそうです。しかも、商品化のプロセスは(人間用の商品開発を通じて)ほとんど確立されているわけです。

あとは、
・ペットの種類や体長別にさまざまな測定データを蓄積すること
・ペットが素直にセンサーをあててくれる方法を見つける(たとえば四肢にクリップを挟むなど)
といった課題が解決できればよさそうな気もします。どうでしょうか?

身体を測る 02-身体測定のパーソナル化

身体の測定に関連する装置を調べていくと、結構面白い商品に出会います。いずれ自分の健康を自分で管理する“測定器のパーソナル化”が進むのではないかと推測します。

fig0608-04.gif
[測定器の商品化までの流れ]

■測定装置を列挙してみる
前回の記事「身体を測る 01」で、体脂肪率をはじめとした体組成率の計測について触れました。体脂肪率ほど一般的ではありませんが、世の中をみてみるといろいろ面白い(役に立つ人には役に立つ)身体測定装置があることがわかります。

少し専門的な目的を持つ装置も多く必ずしも一般人が手軽に手に入れることができるとは限りませんが、なかには体組成計のように個人でも手に届くくらいの廉価な価格で商品化されているものもあります。あるいは個人で測定器を日常的に使うというまでにはいかなくても、小規模な診療所や健康センターのような施設で使うことができたり、あるいは測定サービスとして事業化されていたりするものもあります。

やや恣意的な選択と分類(!?)かもしれませんが、身体測定ができる主な器材を列挙してみました。

【ごく一般的なもの】
・身長計、メジャー(身長、座高、胸囲、腹囲、腕脚の長さ…の測定)
・体重計
・体温計
・血圧計(血圧High/Low、心拍数の測定)
・体組成計(体脂肪量、骨量、水分量などの測定)
・万歩計

【少し専門的なもの】
・血糖値計
・ハートレートモニター(心拍数の連続的な測定、消費カロリーの測定)
・パルスオキシメーター(血中酸素飽和度の測定)
・血中乳酸値測定器(最大酸素摂取量、無酸素性作業閾値の測定)
・加速度計(1次元または3次元で身体の動きを測定)
・筋力測定器
・姿勢測定装置

【専門的なもの】
・心電図計
・脳波計
・肺活量測定器
・呼気代謝測定装置(最大酸素摂取量、無酸素性作業閾値の測定)
・血液検査装置(γ-GTP、コレステロール値などの生化学検査、ヘモグロビン量、白血球数など血球・血清検査ほか)
・尿検査装置
・自律神経の活性度測定器(交感神経、副交感神経)
・睡眠深度測定器
・唾液の成分測定器

さらには超音波エコー、CT、X線撮影機なども含まれてくるのでしょうが、このあたりで止めておきます。

■用途としての将来性
これらが使われる場面を用途別にみると、大きく「緊急用」「健康診断向け」「スポーツ向け」「介護・支援向け」「専門医療用」といった分け方ができるでしょうか。

1.緊急用:いざというときのために用意しておく測定器
上記のうちではパルスオキシメーターがその代表例となるでしょうか。パルスオキシメーターで測る「血中酸素飽和度」(「血中酸素濃度」「SaO2」ともいう)とは、血液に溶け込んでいる酸素量の度合のことで、健康な人は通常100%となるはずですが、酸素が何らかの理由で身体に取り入れられていかないと低下します。よく救急救命のドラマなどで「(患者の)脈拍150、サチュレーション90。危険な状態で…」なんていうセリフが出てきますが、この「サチュレーション(saturation))」のことです。

この測定は、血液を採取しなくても、クリップみたいな装置を指先にはさむことで、血液の流れを周波数の違う数種類の赤外線の吸収率から血中酸素飽和度を簡単に測ることができます。非常に手軽に扱える測定器の一つといってよいでしょう。さすがに家庭では緊急のためにわざわざ購入することは少ないでしょうが、学校や職場、公共施設など多くの人が集まる場所に備え付けておくべきものといった位置づけになりうるものではないかと思います。

2.健康診断向け:日常的な健康状態を測るために用意しておく測定器
すでに何度も話題としてでている体組成計のほか、体温計、血圧計、そして糖尿病を持病として持つ人には血糖値計など。予防医療や健康維持の意識が強まってくると、必ずしも身体に病気を持っている人だけでなく健康な個人・家庭でも使われるようになるかもしれません。

3.スポーツ向け:日常的な体力維持または専門スポーツでの競技力向上のために便利な測定器
スポーツの分野では、ハートレートモニターがかなり一般的なものになってきました。普及型のハートレートモニターにもいろいろありますが、胸などに心拍を感知するセンサーを貼り、腕時計式の計測器で心拍数を記録・計算するタイプの商品が多数出回っています。スポーツジムの運動マシンも当たり前のように心拍測定機能がついていますが、それを独立させたようなもののことです。

最大酸素摂取量(VO2max)や無酸素性作業閾値(LT)は、全身持久力の程度を表す指標です。身体に負荷をかけながら、血中の乳酸値または吐き出す息のなかの酸素や二酸化炭素の量を調べることで測定できます。身体内部の測定というより身体能力の特性の一部といったほうがよいかもしれません(ここではあまり厳密に区分けしません)。じつはこれらの測定数値は、スポーツをやっている者にとってかなり重要な指標になりうるものです。スポーツ関連については、まだまだ測定器のパーソナル化の需要がある分野と思われます。

4.介護・支援向け
あまり広くは知られていませんが、高年齢者の介護などに、加速度計や睡眠深度測定器といった人体センサーが用いられることがあります。これについてはあらためて詳しく記事にします。

5.専門医療用
今回の話は測定器のパーソナル化が主なテーマなので省略します。

■ニーズ開拓がカギ
上に挙げた用途別の説明もあくまで例に過ぎません。測定器はツールであり、必要性とアイデア次第で、複数の用途に対して利用技術を開拓できるでしょう。

たとえば「緊急用」として挙げたパルスオキシメーターも、たとえばある程度標高の高い山に挑戦する登山者たちが、高山病を防ぐために利用しているそうです(スポーツ向け)。また、睡眠時無呼吸症候群にかかっていると血中酸素濃度が低くなるということから、睡眠中に連続測定するためにも使われています(健康診断向け)。

そしてこうした一般向けの商品化ができるかどうかは、当然ながら一般社会でその商品に対するニーズがあるのかどうかがカギとなります。

■パーソナル測定器の商品化
体組成計にしてもパルスオキシメーターにしても、人体が発する信号を、電流や電波(光)を使ってセンサーで物理的に測定し、それを科学的な測定理論にあてはめて結果を出すという意味では、仕組みは同じようなものです。

商品化に至るまでの流れを冒頭の図のように一般化してみました。

つまり、
(A) (光や電流など)物理的に測ることができる数値と測定対象となる特性を結びつける測定理論があり、そのロジックをマイクロチップなどに埋め込む
(B) 理論を元に実際にサンプル測定をしたり実証試験をしたりして、実地に正しい数値が導けることを証明し、必要とあれば換算テーブルなどに反映させる
(C) センサーを小型化するなどして扱いやすい形にする。さらにそれを量産することでパーツとして低い原価で手に入れられるようにする

(A)と(B)を併せてソフト的なパーツ、(C)がハード的なパーツ、になろうかと思います。個人にも手に届くパーソナル測定器として成立するためには、このソフト、ハードをリーズナブルな投資でまかえなければなりません。

■小型化、一般化
思い返してみれば、つい10年くらい前までは個人や家庭で体脂肪率を測ることさえまれでした。今後も健康管理志向が社会全体で進むと仮定すると、今は専門家向けに特殊な用途として用いられている測定器も、ニーズさえ高まれば意外に早く一般化する(普及する)こともありうるのではないでしょうか。

血糖値計は相当の数の測定器が一般向けに商品化されていますが、ほんのわずかであっても針で採決をしなければならないようです。「全身持久力」の測定でも、今はまだ、わずかながら血液を採取する必要があったり(乳酸値測定器の場合)、吐き出す息を集めるためにマスクをかけたりしなければならなかったりします。しかしもっと手軽に、小型の装置でこれらの値を測定できるようになれば、パーソナル向けとして十分需要が掘り起こされると考えるのですが、いかがなものでしょうか。