心臓の鼓動には思った以上に身体のいろいろな情報が含まれていて、自律神経の活性度などが分析できるそうです。
[心電図の模式図]
■健康な人のR-R間隔は適度に変動する
心臓はもちろん自律神経(交感神経と副交感神経)の支配を受けて動いているので、その支配の影響が脈拍に現れます。脈拍を調べて分析すると自律神経の活性度がわかり、そこからストレスの大きさ、睡眠の深さ、全身持久力の強さなどが計測できるそうです。その計測のカギともいえるのが、脈の強さとか頻度ではなく、脈の“ゆらぎ”だというのが興味深いところです。
心電図をとると、上のように心臓の鼓動に合わせて電圧が上下するグラフが得られます。グラフの横軸は時間です。通常、心臓は規則正しく脈を打っていて、1拍の中にP、Q、R…、というさまざまな波が含まれます。うち最も大きなピークであるR波の間隔が「R-R間隔」、つまりは一つひとつの脈の速さを意味する時間です。たとえばあるときに測ったR-R間隔が1秒だとしたら、その時の1分間の脈数は60秒÷1秒=60(拍)です。
健康な人の脈は毎回ほぼ規則正しく打たれるわけですが、面白いことにこのR-R間隔は常にごく微妙な変化をする、つまり“ゆらぐ”そうです。「R-R間隔変動」といって、通常は必ずこうした脈のゆらぎがあるそうです。一方心筋梗塞や糖尿病などの疾病がある場合、運動やストレスで心拍が高くなった場合、または年をとった人の場合など、この心拍のゆらぎは減ってしまうそうです。
我々一般人の常識からすると、心拍のゆらぎというとなんとなく“不整脈”のイメージを持ってしまいますが、そうではないのですね。考えてみると、人を興奮させる作用を持つ交感神経と、落ち着かせる作用を持つ副交感神経が、常に身体に影響を及ぼしているわけですから、それら自律神経が正常であれば心拍にすぐさま反応するというのも納得いきます。
■心拍の様子から身体の状態を測る
研究によると、心拍変動には相当に複雑な要素が含まれていて、生理学的な制御機能が長短さまざまな周期を持つ成分と関係しているとのこと。つまりR-R間隔変動はいくつもの種類の波の合成と見ることができるようです。
うち、周期が長い(周波数の低い)LF成分と周期が短い(周波数が高い)HF成分の2つがかなりはっきり認められます。LFは主に血圧調整の機能と関連しているゆらぎで交感神経と副交感神経の両方に影響を受け、HFは主に呼吸活動からくるゆらぎで副交感神経と強い関係があるとされます。
ゆらぎの大きさ(ばらつきの度合い)をそれぞれ「LF」「HF」としたとき、
・LF/HF =アクセルの利きのよさ(交感神経の活性度)
・HF =ブレーキの利きのよさ(副交感神経の活性度)
として指標化できるという解釈になっています。
さらにこれらの指標(LF、HF)と実際に計測したい何らかの状態(値「X」)との相関関係が証明できれば、
X = f (LF, HF)
といった関数(式)を導くことができることになります。
(1)人のR-R間隔を、何らかのセンサーを使って実測する
(2)R-R間隔からR-R間隔変動の値(LFとHFの値)を計算する
(3)LFとHFの値から、式にあてはめてXを計算する
という手順で、身体の何らかの状態(ここでは「X」)を測定できるということになります。
上記のうち(2)は一見難しそうに思えますが、数値処理をすることは技術的には難しくありません。「スペクトル解析」などといった純粋に数学的な処理なので、応用分野に関わらず定型的に計算できます。(1)は、ある状態の心拍をかなり精度良く計測できるセンサー技術が必要になります。(3)は、つまるところその応用分野で実用的な変換式や変換テーブルができるかどうかという話になります。現実に商品化するにあたっては、(1)と(3)を実用レベルでうまく組み合わせることができるかどうかがポイントになってくると思われます。
■自律神経から睡眠状態を測る
以前の記事「身体を測る 05-健康状態がわかる睡眠シート」で、寝ている間の睡眠の深さを測ることができる商品例をご紹介しました。具体的には、布団の下にシートを敷くだけでREM睡眠、浅いノンREM睡眠、深いノンREM睡眠…、をリアルタイムで判別できます。生体測定 製品・サービス一覧にそのちょっとしたリストがあります。
睡眠の深さとR-R間隔変動とは深い関係があるらしく、いくつかの商品はまさにこの応用で睡眠の深さを測定しています。すべて詳しく調査したわけではもちろんありませんが、リストに挙げたもののうちスリープシステム研究所(旧社名:シービーシステム開発)とジェピコの製品はこの種に該当するようです。他の睡眠シートや睡眠センサーは異なる方法(たとえばイビキの大きさ、体動の様子などからの判定法)をとっているか、もしくは公表されている情報だけからは仕組みが十分に判断できないものでした。
余談ですが、眠りの深さは自律神経系のデータから判別できるものの、最も浅い眠り(…正確な表現ではありませんが)である「REM睡眠」と「覚醒」状態の判別はできないらしいことです。睡眠の深さという高度な判断ができる一方、「起きているか/(REM睡眠として)眠りに入ったか」「目覚めたか/夢を見ながらまだ寝ているか」という、目で見ればわかるような簡単な違いをこの方法だけで判別するのが難しいというは、なんだか少し意外な気がします。結局「REM睡眠」と「覚醒」の判別は、体動や呼吸といった別の信号を加味して判断する場合が多いようです。
なお、眠りの状態を判断してアラームがなる腕時計「スリープトラッカー」(ウェザリージャパン)という商品が一部で話題となったようです。ただしこれは睡眠深度測定をしているというより、起きる時間に近づくと体動を感知して鳴らすタイミングを判断しているというものと思われます。上記リストにも挙げてありますが、「睡眠モニター」ではなく「加速度計」の一種として分類するのが適当でしょう。
■安静時の心拍変動には豊富な情報が含まれる
「身体を測る 06-メタボリ症候群と全身持久力」では、最大酸素摂取量VO2maxの測定の話をしました。一般にVO2maxを測定するにはトレッドミルなどで目いっぱいの運動をして呼気などを測定しなければなりません。
しかしここでも、心拍変動からVO2maxを測定しようとする理論があるらしく、実際にハートレートモニターの大手POLAR(ポラール)社が、Own Indexという独自の分析手法を盛り込んだ商品をすでに発売しています。(「生体測定 製品・サービス一覧」リストにも掲載しています)。
ポラール「Sシリーズ」に備わっている「フィットネステスト」がそれで、「VO2maxと同等の数値が計測できる」としています。面白いことに、運動したときの心拍を測るのではなく「5分間の安静時心拍」を測って割り出します。心拍変動は安静時に最も情報が安定して得られるらしいので、おそらくそうした理論と臨床的研究から編み出されたノウハウなのでしょう。
ただしポラールの「フィットネステスト」は、心拍データだけから直接的に計測するというより、「年齢」「性別」「身長」「体重」「運動習慣」を入力した上で割り出すようです。家庭用体組成計で体脂肪率を計測するのと同じようなイメージですね。とすると、(よくわかりませんが)精度についても「家庭用体組成計程度」ではないかと推測されます。
スポーツ愛好者などもう少し詳しく心身の状態を測定したい向きには、もう一歩踏み込んで、たとえば運動中のR-R間隔変動をリアルタイムで測定してその時のリラックス度/ストレス度を表示してくれたり、あるいはLF値、RF値を連続で記録してくれたりすると役に立ちそうな気がします。1拍ごとのR-R間隔を計測できる機能を持つ高機能なハートレートモニターもあるので、あとは計算すればよいだけではないかと思われますが、やはり運動時の心拍変動を精度高く計測するのは難しいものなのでしょうか。
心拍変動は、ストレスの測定などにも使われている例があるようです。無侵襲で身体の豊富な情報を導くことができる切り口として、さまざまなセンサーやアイデアが今後実用化されていくのではないかと予想されます。