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コンビニ 5-低くなった業界の垣根

コンビニから他業態への業態拡大とともに、外の業態からコンビニ周辺へ進出も目立ちます。関連流通業をまきこんだ、企業買収・業界再編の動きも注目です。

「まいばすけっと」とローソンのベーカリー
〔イオンのサテライト型店舗と、ローソンのベーカリー〕

■店舗立地の妙と物流の強み
これまでコンビニ(標準型)がほぼ独占していた顧客を、他の業態がいろいろな形で侵食しています。まあ、最近始まった話というわけではなく、もう何十年も繰り広げられている争奪戦の一つと考えた方が良いのかもしれませんが…。

イオンが展開を始めている「まいばすけっと」も競合店の一つでしょう。写真の青物横丁店はイオン品川シーサイド店から歩いて7~8分の場所に立地しています。この店は、イオン(総合スーパーであるジャスコ)の近くにサテライトのように店を構えているところが特徴です(まいばすけっとの別の店は、必ずしもサテライトというわけではなさそうです…)。

イオン本体との間に国道を挟んでいることや、私鉄の駅からみるとイオンや他の地元食品スーパーと逆方向にあることなど、「ちょっと駅向こうのスーパーまで行くにはおっくうだな」と心理的に感じる地域の消費者をうまく吸引できる位置にあると思われます。

また、この店からイオンと逆方向に10分ほど歩くとJR大井町駅があり、イトーヨーカドー、西友、アトレ、丸井などがひしめいています。通勤経路の関係などからヨーカドーや西友を使うことが主になっている中間地点の消費者に対して、空白の一部を埋めるような意図が感じられます。

売場面積約150m2、取扱品目数3000品目と、“コンビニ仕様”よりわずかに大きめ。営業時間は7時から24時。入り口を入るとすぐに生鮮品(パック含む)がドンと目に入ることや、飲料や日配品がイオンと同じ価格で手に入ることが、周辺に4~5店あるコンビニとの大きな違いです。

いわゆるサテライト店の類は、これまでも外食チェーンなどで試みられてきましたが、結果的に大きな成功を収めたといえるものは少ないのではないかと思われます。しかし、生鮮に進出したコンビニよりもともと生鮮を扱うスーパーの小型化の方が、消費者からみるとまだ安心して買える気がします。物流の点でも大きな負担はなさそうです。今後どのように変化していくのか、ウォッチしたい店の一つです。

「まいばすけっと」のほか、ドンキホーテの「情熱空間」(広さ180m2、品目数1万2000品目、24時間営業)、小型100円ショップ、駅中コンビニ(キオスク含め)など、コンビニとの競合は増えるばかりです。

■コンビニが併設する“パン屋さん”
少し話の内容が異なってしまいますが、ローソンが12月に開いたばかりの「ナチュラルローソン ベーカリー」は、すぐ近くにあるナチュラルローソン店舗のサテライトのようにみえます。飲料など同じ商品が売られているとともに、普通のコンビニでは対応できていない「焼きたてパン」をきちんと提供する機能を持っています。

同社のニュースリリースには「“焼きたてパン”の新商品開発や、お客さまの動向を調査するテストマーケティングを行う」と書かれています。つまりここで大きな収益をあげたり多店舗展開するというより、売れる商品を作り上げその成果を標準化して他店に広げていくことが眼目のようです。

しかし、逆の発想はできないものでしょうか。標準化した商品開発をコンビニ独自に行うのではなく、例えば各地にあるベーカリーや惣菜店、おにぎり屋さん、和菓子店といった専門店と個々に(または地域ごとに)提携して、それらの専門店をサテライトのように(互いに)利用すればいいではないか? と。

この場合、コンビニ本部が無理に商品標準化を推し進める必要はありません。提携する専門店の商品の特徴を生かすことで、かえってコンビニ個店の強みにつながるはずです。問題は、そうした外部との提携、商品の選択、予定販売数量の予測といったオペレーションとソフトウェアの部分でしょう。地元企業との販売提携にはリスクもあるでしょう。しかし、その部分こそノウハウ化していければいいのではないかとも思うわけです。コンビニが小売チェーン店としての強さを発揮する一方策ではないかと想像します。

■業界再編近い? コンビニ業界
コンビニ業界は、いま少しキナ臭さがあります。少なくとも何らかの企業買収やグループ化が進むだろうと予測されています。7-11、FM、ローソン、サークルKサンクスの4大チェーンがそのまま今後も続くかどうかわかりませんし、それに続く中堅チェーンとなると、いつどこに買収されてもおかしくありません。

いま業界内の噂としては、am/pmが“売り”状態にあるとか。am/pmは「牛角」など外食産業で大きくなったレックス・ホールディングスの傘下にありますが、そのレックスは昨年(2006年)くらいから業績が低迷し始め、11月にMBO(経営者による企業買収)→上場廃止、となりました。戦略建て直しの中で、am/pmおよび高級スーパー「成城石井」といった小売分野は手放すのではないかと噂されているわけです。

もう一つ注目されているのが、コンビニ側からみて強力な競争相手であるSHOP99。ここはプリント基板設計・製造の(というより企業再生のための投資事業会社?)キョウデンという会社が親会社です。基本的には成長段階にあるSHOP99ですが、さすがに出店ペースは鈍っており、そろそろどこかの流通グループに売却されるのではないかと噂されています。

イオン、イトーヨーカドー(セブン&アイ・ホールディングス)、ドンキホーテなど、多かれ少なかれSHOP99に興味を持っていることでしょう。“何でも欲しがるイオン”が有力だとか業界では噂されています。意外とこれまで日本勢の後塵を拝してきた米ウォルマート(&西友)が獲得するなんてこともあるのではないかと個人的には思えます。“Everyday Low Price”のウォルマート式とSHOP99とは相性がよさそうに思えますが、どうなのでしょうか。

(これらの買収話はあくまでも「噂」にすぎません。念のため)

▽追加記事:
SHOP99は、ローソンと資本・業務提携に踏み込んだようです。ローソンストア100とSHOP99は統合に向けて検討されるとのことです。

・ローソンのニュースリリース(2007年2月28日)
http://www.lawson.co.jp/company/news/1171.html

▽関連情報:
・napparaのスーパーなひとりごと
その時、イオンは何をしてたのか?(まいばすけっと)
http://blog.livedoor.jp/nappara48/archives/50345472.html

・外資系経営コンサルタントの論理的思考メモ #052「新たな段階を迎えたコンビニ業界」
http://earthborn.blog12.fc2.com/blog-entry-140.html

「人間特性データベース」

サイト紹介:製品評価技術基盤機構が公開している、身体寸法や体力などの測定結果データベース。無料で利用できます。

http://www.tech.nite.go.jp/human/
nite人間特性データベース画面例

「標準的な人間の身体特性」をWeb上で検索することができます。快適な生活を送るための製品作りや生活空間作りなどに役立てることが主目的とされています。当ブログでは「身体を測る」をテーマの一つにしていますが、実際に存在する人の具体的な測定結果を簡単に確認するのに便利なサイトでしょう。

データベースの各項目を選ぶことで、平均値や標準偏差などの統計値を簡単に確認できます。元データをダウンロードすることも可能です。

データベースに掲載されている項目は、次の通りです。

・人の身体寸法(身長、体重、体脂肪率、身体の各部位の長さなど)
・体力測定(肺活量、血圧、握力、視力、聴力など)
・最大発揮力(手、肩、肘、足、腹など曲げたり伸ばしたりする力)
・手足の関節の動く角度(自力、および外からの力を加えた場合)
・指や手で押したりひねったりする力

やや心配なのは、このデータベースは数年前から公開されているわりに、その後あまり拡充されているようにみえないことでしょうか。測定項目や検索条件は少し充実されたかもしれませんが、全体のデータ件数は約1000件(人)程度であまり増えていないようです。例えば年齢、性別などいくつかの属性で絞り込むと、検索されるデータ数がすぐに2~3件とかになってしまい、統計的な数字は意味を成さなくなります。昨今、公的団体の活動は予算面などでなかなか難しいところがあるのかとも推測しますが、社会的に価値あるデータベースになっていくことを期待したいところです。

▽追加情報
・AIST人体寸法データベース(産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センター)http://www.dh.aist.go.jp/AIST91DB/
・高齢者対応機器の設計のための高齢者特性の解明に関する調査研究(人間生活工学研究センター)http://www.hql.jp/project/funcdb2000/

「失敗知識データベース」

サイト紹介:科学技術振興機構が掲載している「失敗事例」のデータベースです。無料で利用できます。

http://shippai.jst.go.jp/
JST失敗知識データベース画面例

「失敗学」といえば、日本では畑村洋太郎氏の名がまず挙がると思いますが、その畑村氏により構成された事例集といえばよいでしょうか。当ブログでたびたび採り上げているアポロやスペースシャトルの事故をはじめ、国内国外の興味深い事例と、その本質的な原因を追究した解説を読むことができます。

カテゴリーやキーワードで事例を検索できるとともに、「失敗まんだら」と名付けられた分類図から探すことができるのが特徴的です。例えば「個人に起因する原因」「組織に起因する原因」「個人・組織のいずれの責任にもできない原因」「誰の責任でもない原因」それぞれについてさらに中分類、小分類といった要素を指定し、それに該当する事例を抽出することができます。

ビジネスの実践的な場面からこれらのデータがどのように役立つのかは、正直よくわかりません。でも少なくとも内容的に大変面白く、また勉強になるサイトだと思われます。

コンビニ 4-個性の追求は難しい

「コンビニは、仕方なく行く場所?」 いくらコンビニ基本型のビジネスモデルが優れているといっても、好んで行く消費者がどれほどいるものでしょうか。

fig_cvs2
[CVS新業態の位置づけ2]

■結局“基本型”に回帰していくのか?
記事「コンビニ 1-新業態、増える」で、生鮮型コンビニやファストフード型コンビニの位置づけを試み、続く記事2本でそれぞれの実店舗の様子について軽く触れました。これらの中で「新業態は、その特徴を出そうとすればするほど他の業態に近づく」「基本型に収束していく可能性が強い」といった意見を書きました。

先に示したコンビニ新業態ポジショニング・マップを、冒頭の図のように少し単純化させました。コンビニと離れた新業態として“羽ばたっていく”ものを別にすれば、それぞれ関連業態をかすめてブーメランのように戻り、コンビニ基本型の強化として根付くのではないかと推測しています。

■生鮮棚をどう充実させるか
イートインを持つファストフード型コンビニ(図の左下方向)は、どこからみても売場面積に対する効率が低く、そのまま多店舗化するには無理があります。従来からミニストップがやっているような小ぶりなイートインにとどまらざるを得ないのではないかと推測されます。調理が必要な中食メニューなどは、うまい形で取り入れられるところもありそうです。

生鮮型コンビニ(図の右上方向)は、少なくとも店頭を見る限り生鮮品が置かれているがゆえの強みはあまり感じられず、均一料金も不徹底にならざるを得ない状態なので、コンビニ基本型と決定的な違いがよくわかりません。ただし、バックヤードや本部のオペレーションにはかなりの違いがあるはずで、そこをどう活かすかはチェーン全体の戦略として重要でしょう。

生鮮食品を安定的に取り入れるため、とくに青果物に関しては卸売市場など大量仕入に向くルートと契約農家など個別提携するルートとを併用する必要があるでしょう。いくつかリスク・テーキングをしながら仕入ルートを確保しなければなりません(すみません、このあたりの実態がどうなのかを当方は把握していません)。ここまでやれれば、本部としての機能が発揮できるということになるのでしょう。

また、雑貨や加工食品、日配品の一部では、売価を100円前後に揃えたPB(プライベート・ブランド)商品の存在価値も出てきそうです。そのためには、資本系列に総合スーパーがある7-11(イトーヨーカドー)、ローソン(ダイエー)、ミニストップ(イオン)あたりの方が商品企画力の上で有利でしょう。もっともPB商品は一つ間違うと“安売り”のための商品というイメージが強くなるかもしれません。

既報のように、ファミリーマートと7-11は、新業態開発ではなく既存の店舗に生鮮棚を入れる展開を進めているようです。スリーエフもq’s martでやや無理な多店舗展開を目指したことを反省し、既存店への生鮮品展開を重視する方向に舵を切ったようにみえます。

図の左上方向(100円ショップ型)については、これまでのコンビニ基本型でもかなりカバーしていた領域のような気がします。つまり売り方が異なるとはいえ、実に多種の雑貨をこれまでも取り扱ってきた経験があります。ただし品揃えの上で、コンビニは「買ってすぐ使うもの」のみ、100円雑貨ショップはそれに加え「いつ使うか必ずしもわからないが、買って楽しめそうなもの」という違いがあるでしょう。コンビニ側からすると、限られたスペースに生活雑貨をどう品揃えするかという“戦術”に拠るのではないかとも考えられます。

■店、従業員、客の個性
そして問題は右下方向です。ここで「生鮮小売店」としてあるのは、普通の青果店、精肉店、鮮魚店、惣菜店をイメージしています。または地域に根付いている食品スーパーも当てはまるかもしれません。ようするに
・本来の意味で新鮮な生鮮品が相当の量または種類並んでいる
・店の人が客の求めに応じて臨機応変にオペレーションしてくれる
・その店でしか手に入りにくい商品が(ときどきでも)ある
店です。

そのためには「個店の特徴を前面に出す」「従業員の個性を活かす」「顧客ごとに異なるサービスをすることを厭わない」「ストア・ブランドの商品を持つ」といった対応が必要でしょう。言い方を変えれば「オペレーションの標準化」というコンビニ(というより多店舗チェーン一般)の最も基本となる強みを否定するようなものです。どのコンビニ・チェーンも踏み出せない領域なのかもしれません。

たとえコンビニを多用している消費者でも、コンビニに行きたくて行くという人はかなりまれだと思われます。ほとんどのコンビニ客は
・すぐに必要なので仕方ないからコンビニで探す
・少し高くても仕方がないからコンビニで買う
・まずくても仕方がないからコンビニ弁当で済ます
ものですよね。

さらに異なる視点ですが、どこの地域にも、なぜか安く雑貨や食料品を売っている、どこか“いかがわしさ”のある店というものが存在します。そういう店は品揃えがあまり一定していないものの、逆にそれが時々行くときに「こんなもんもあるのか」といった面白さや驚きにもつながる、不思議な魅力があるものです。洗練されていない分、素朴ではあり、市場(いちば)というものの活気をどこか残しています。標準化されたフォーマットとは異なる魅力があるのだと思っています。

コンビニは「標準化された便利さ」の代わりに「面白さ」も「新鮮さ」も「個性」も犠牲にしてしまっているという意地悪な言い方も可能です。仕方がないといえば仕方がないのでしょう。でも、この方向(個性化の方向)に展開することはできないものなのでしょうか。皆さんは、どう思われますか?

うーむ、もともといい加減なポジショニング・マップを土台にして、さらに無理のある話の展開をしてしまったかもしれません(!)

「日本企業はNASAの危機管理に学べ」

「国際宇宙ステーション計画で、なんらかの悲劇的な事故が起きるのではないかと憂慮している」と著者は警鐘を鳴らしています。

日本企業はNASAの危機管理に学べ
「日本企業はNASAの危機管理に学べ!」
【澤岡昭(著)、2002年刊、扶桑社】

■宇宙プロジェクトにはやはり失敗も多い
以前の記事で採り上げた「組織行動の「まずい!!」学」と同じような「失敗学」の本といえます(こちらのほうが出版は先)。米国の宇宙機関の強さや賢さについてわかりやすく解説するとともに、宇宙からみの事故とそのマネジメント上での欠点について考察しています。

俎板の上に乗った素材は、アポロ1号爆発事故、アポロ13号の危機、スペースシャトル・チャレンジャー号事故、ミール・スペースシャトル計画のいざこざなど。事故の内容は他の書籍・報告書で繰り返し説明されている通りなので、この分野に精通している方にとって目新しい情報があふれているとは言いがたいかもしれませんが、日本の宇宙開発プロジェクトに実際に関わってきた著者としての視点はやはり参考になります。

テーマと、それぞれについて学ぶべき“教訓”(答)は、次に挙げる目次を見ることでほぼ推測できると思います。技術的・専門的な本ではありません。

〔目次〕
第1章 真実は現場に聞け―アポロ1号焼死事故は語る
第2章 情報は一元化すべし―アポロ13号奇跡の生還
第3章 組織優先の意思決定の落とし穴―チャレンジャー爆発の隠された原因
第4章 シミュレーションが危機を救う―NASAの「What if games」
第5章 ロシアの宇宙ステーション事故―政治的に決定された無謀な計画
第6章 国際宇宙ステーションの危機管理―救いのない憎しみとあきらめからの脱出
第7章 異文化混合から生まれたマニュアル―マニュアルを守るということ
第8章 閉鎖空間の危機管理―航空機事故に学ぶ機長の危機管理
第9章 決定的な要素 リーダーの資質―マスメディアの道化師にならないために
第10章 アメリカへの宇宙からの神託、火星へ―あこがれの国への回帰

■責任のありか
個人的には、「責任のありか」とリスクとの関係についての考察が参考になりました。

たとえば、日本以外の「すべての航空先進国では、操縦ミスに対してパイロットの責任は問わない」という点が何度か強調されています。誰でも責任問題がからむと、自らの立場を守る意識がどうしてもでてくる。こと航空機のパイロットについては、その弊害が大きいという意見です。

「事故によって生命の危機にさらされるのはパイロットとて同じであり、パイロットは最善を尽くすはず …(中略)… 同様の事故の再発を防ぐためには、操縦士の罪を追及するより、真実を知ることの方が優先されるべき」

一般企業の場合とは少し異なるかもしれませんが、たとえば何か不祥事が起こったとき、現場担当者個人にすべての責任を追いかぶせて真の原因を隠してしまい、また同じような不祥事が起こることを目にします。現場担当者が権限の範囲で精一杯活躍して結果的に失敗したときには、過剰な責任を現場に負わせないことも重要なのかと思われます。

■アポロ13号事故の責任
それと逆の例として紹介されているわけではないのですが、アポロ13号事故の際のNASA幹部の対応が対照的です。

アポロ13号のあの事故が発生した後、宇宙船のロケット噴射方法をめぐっていくつかの選択肢がありました(すぐに引き返す/スピードを上げて月を回って戻ってくる/時間をかけて月を回って戻ってくる、といった選択)。この選択はほぼ技術的な判断による(管理者ではなく現場が意思決定していく類の問題)といってよいでしょう。実際、最良と思われる選択肢を見極めたのは、実質的に管制官ジーン・クランツをリーダーとした現場担当者グループでした。

しかしこのとき、本来大所高所から方針を下す位置にいるNASA幹部がわざわざロケット帰還方法を決めるための会議を開き、最終的な意思決定をしたようです。上が下に意見を押し付けたという意味ではなく、むしろ最高幹部が決めたという形式をとった(≒その責任を幹部がとることを自ら明らかにした)ことで、クランツら現場の心理的負担を軽くし、任務の遂行をしやすくした、と筆者は推測しています。

もちろん、どんなことも上が責任をとればよいというわけではありません。現場には現場の責任があるのはもちろんです。たとえば、アポロ13号の燃料タンク爆発が起こった時点から異常個所の把握とその重大さに気付くまで約1時間もかかっていました。その間無駄に電力資源が消費されたため、後の帰還までに残された電力が本当にギリギリになってしまいました。この責任の所在は、明らかに管制官であるクランツにあったということです。「もし、電力不足による帰還失敗という事態になっていたなら、この点についてクランツは責任を問われていたであろう」と著者は述べています。

■標準マニュアルの功績と、属人的な強さ
また本書では、標準マニュアル化の重要性について1つの章が設けられています。NASAという組織の強みとして、一つひとつの作業が事細かにマニュアル化されることとか、さまざまな出来事が記録として残され分析や後の意思決定に活かされることが、事実とともに語られています。

話は少し違いますが、本blogではコンビニという小売業態についてもテーマとして採り上げています。コンビニに限らず、こうしたチェーン店が多店舗となっても機能する原動力の一つに「マニュアル」の存在があります。つまり、ある一定の合理的なオペレーションを「標準手順」としてマニュアル化し、それを関係者が一定の価値観の基で共有する。それがあってこそ一定品質の商品・サービス提供できるわけで、現代のフランチャイズやレギュラー・チェーンが成立する重要な要素になっています。

米スペースシャトルの(打ち上げはともかく)宇宙実験が成功を収めているのは、まさにその手法が機能している結果なのでしょう、極端に言えば「NASAのどの宇宙飛行士が行っても、その能力の違いで成果が大きく異なることがないよう実験マニュアルと訓練がされている(最初から、そうしたマニュアルを着実に実行できる人が宇宙飛行士として選ばれている)」。そんなシステム作りがしっかりしていることが、組織としての強さであることは間違いありません。

しかしながらその一方で、属人的な仕事の進め方があったからこそうまくいった例が示されていることも興味深いところです。

人間関係つくりで失敗続きだったミール・スペースシャトル計画(「ドラゴンフライ」 1-宇宙飛行士の“問題児”たちなど参照)でしたが、NASA2人目の飛行士シャノン・ルシドはかなりの成功を収めました。ロシア飛行士との人間関係も良好で、各種の宇宙実験も比較的スムーズに進んだとされています。

ルシドの成功は、彼女の優秀さもさることながら、運用リーダーにガーステンマイヤーという柔軟な頭脳の持ち主がいて、彼が地球側(ロシアの地上サイト)で黒子となったことが重要な要因だったそうです。NASAのシステムやマニュアルによっていたというより、ガーステンマイヤー個人のいろいろな判断が、ロシア側ともルシドとも良好な関係を作り、適切に仕事の手当てをできたのかもしれません。

注目したい点の一つは、ガーステンマイヤーの仕事ぶりに支えられていたにも関わらず、その経緯やノウハウが他と共有される形になっていないことです。「彼がいかにしてルシドの黒子を務めたかについて一切記録を残していないので、それは謎として語り継がれている。その意味でも彼の仕事ぶりはNASA的とは言えず、彼のキャラクターのなせるわざであったのではないだろうか」と著者は推察しています。

■国際宇宙ステーションでもきっと危機が起こる
ミールに関する記録、特に事故原因や事故回避のいきさつ、人間関係などについての記録は、他のプロジェクトと比べるとかなり少ないそうです。そのため未だに不明な点が数多く残っているようです。これを明らかにして教訓にしない限り、いやそれを明らかにしてもなお、不測の事故は起こるのかもしれません。それが著者の「国際宇宙ステーション計画で起こりうるなんらかの悲劇的な事故への憂慮」につながっています。

なおスペースシャトル・コロンビア帰還失敗事故は本書が書かれた後に起こった事件でなので、本書には書かれていません。コロンビア号事故に関しては、後に同じ著者が「衝撃のスペースシャトル事故報告書」(中央労働災害防止協会刊)という書籍を出版しています。そこでは「NASAの危機管理が結果的にはお粗末であった」ことに触れているなど、また認識を改めなければならない様子もみられます。

タイトルからイメージされる「企業に役立つ危機管理の手引書」というより、もっと気軽な読み物と位置付けるのが良いでしょう。