身体を測る 03-体組成計はまだまだ進化する?

さまざまな種類の身体測定装置を一覧表にまとめてみました。

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[体組成の計測]

■高機能化する体組成計
測定器の小型化・一般化について、「身体を測る 02-身体測定のパーソナル化?」で話を始めました。その話題の中で触れたいくつかの身体測定装置の例を、本blogと並行して運用している生体測定 製品・サービス一覧に挙げてみました。もちろんここに拾い出した商品はごく一部にすぎません。(徐々に改訂し、情報を増やしていく予定です)

これをもとに、少し取りとめもない話を続けます。

家庭用の体組成計に関する情報はweb上に多数あるので、あえて少し本格的な業務用のもの…「身体を測る 01」で紹介したものを中心に掲載しました。

この前の記事で、身体測定器の用途を次の5つに分類しました。
1.緊急用:いざというときのために用意しておくべき測定器
2.健康診断向け:日常的な健康状態を測るために常備しておく測定器
3.スポーツ向け:スポーツでの競技力向上に便利な測定器
4.介護・支援向け:要介護者などの身体状態や見守りのための機器
5.専門医療用

家庭用体組成計の用途は、ほとんどが「2.健康診断向け」になるでしょう。しかし上記の表に上げた商品は主に業務用なので、「3.スポーツ向け」や「5.専門医療用」といったものも含まれます。安価な家庭用体組成計でも多機能化、精密化が進んできているようで、今の業務用体組成計の測定レベルはどんどん家庭用でも実現されていくのではないでしょうか。

■なぜ身長や年齢を入力するのか
ところで、BIA法(biometric impedance analysis法)で、身体に流した微弱電流の電導率(逆数でいえば「インピーダンス」…交流電流における抵抗値)で脂肪部分と筋肉部分の割合がわかるなら、あとは体重の実測値がわかれば体脂肪量(率)が割り出せそうな気がします。

しかし多くの体組成計では、測定の前提として性別・年齢・身長を入力します。これは、ようするに電導率だけでは正確な計測ができないので、性別・年齢・身長で補正しているということになります。というより、先に性別・年齢・身長という条件を決め、その条件の上で適合するパラメータもしくは換算テーブルをあてはめていると考えられます。

体組成計の計測データがどのように関係しているかを、冒頭のように図示してみました。かなりいい加減な図式なのはご了承ください m(__)m 。

ためしに脚だけで測る家庭用体組成計で、自分の性別・年齢・身長をわざと入れ替えて測ってみたら、次のようになりました(いずれも入れ替えた設定値以外の条件は正しい設定値のまま)。

・正しい性別・年齢・身長で「体脂肪率:14.5%」

・性別を 女性 にすると「体脂肪率:25.5%」
・年齢を 15歳若く すると「体脂肪率:15.0%」
・身長を 10cm高く すると「体脂肪率:21.1%」
・身長を 10cm低く すると「体脂肪率:7.4%」

このとき計測された体重はもちろん一定です。計測された電導率(インピーダンス)も等しいはずです。しかし換算された体脂肪率はかなり変化します。あたりまえといえばあたりまえなのですが、見方を変えると「世間的な平均値」に無理やり変換されたと考えることもできます。

事実、体組成計を研究・開発しているあるところの担当者に話を聞いたところ、「高い精度で実測ができれば、年齢と身長は判定に必要ない。むしろ実測値のみに基づいているという意味で正確な数値になるはず」とのことでした(性別については聞き忘れました)。つまり、上の図で「手入力による設定…性別・身長・年齢」部分を外してきちんと測定できるような測定理論と精度の高いセンサーを用意することも、高性能化を目指す一つの作戦になるわけです。

■動物用の体組成計?
またしても余談ですが、動物用の体組成計というのを作ったら、ビジネスにはならないものでしょうか?

人間用の体組成計に犬とか猫とか動物を乗せて測っても、当然ながら正確な数値は測定できません。そもそもおとなしく体組成計に乗ってくれそうにありません(笑)。

現代のペットブームは、ニーズさえあれば愛犬、愛猫に人間並みの投資をすることも珍しくありません。一方“生活習慣病”の犬や猫が増えている昨今、ニーズは十分にありそうです。しかも、商品化のプロセスは(人間用の商品開発を通じて)ほとんど確立されているわけです。

あとは、
・ペットの種類や体長別にさまざまな測定データを蓄積すること
・ペットが素直にセンサーをあててくれる方法を見つける(たとえば四肢にクリップを挟むなど)
といった課題が解決できればよさそうな気もします。どうでしょうか?

身体を測る 02-身体測定のパーソナル化

身体の測定に関連する装置を調べていくと、結構面白い商品に出会います。いずれ自分の健康を自分で管理する“測定器のパーソナル化”が進むのではないかと推測します。

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[測定器の商品化までの流れ]

■測定装置を列挙してみる
前回の記事「身体を測る 01」で、体脂肪率をはじめとした体組成率の計測について触れました。体脂肪率ほど一般的ではありませんが、世の中をみてみるといろいろ面白い(役に立つ人には役に立つ)身体測定装置があることがわかります。

少し専門的な目的を持つ装置も多く必ずしも一般人が手軽に手に入れることができるとは限りませんが、なかには体組成計のように個人でも手に届くくらいの廉価な価格で商品化されているものもあります。あるいは個人で測定器を日常的に使うというまでにはいかなくても、小規模な診療所や健康センターのような施設で使うことができたり、あるいは測定サービスとして事業化されていたりするものもあります。

やや恣意的な選択と分類(!?)かもしれませんが、身体測定ができる主な器材を列挙してみました。

【ごく一般的なもの】
・身長計、メジャー(身長、座高、胸囲、腹囲、腕脚の長さ…の測定)
・体重計
・体温計
・血圧計(血圧High/Low、心拍数の測定)
・体組成計(体脂肪量、骨量、水分量などの測定)
・万歩計

【少し専門的なもの】
・血糖値計
・ハートレートモニター(心拍数の連続的な測定、消費カロリーの測定)
・パルスオキシメーター(血中酸素飽和度の測定)
・血中乳酸値測定器(最大酸素摂取量、無酸素性作業閾値の測定)
・加速度計(1次元または3次元で身体の動きを測定)
・筋力測定器
・姿勢測定装置

【専門的なもの】
・心電図計
・脳波計
・肺活量測定器
・呼気代謝測定装置(最大酸素摂取量、無酸素性作業閾値の測定)
・血液検査装置(γ-GTP、コレステロール値などの生化学検査、ヘモグロビン量、白血球数など血球・血清検査ほか)
・尿検査装置
・自律神経の活性度測定器(交感神経、副交感神経)
・睡眠深度測定器
・唾液の成分測定器

さらには超音波エコー、CT、X線撮影機なども含まれてくるのでしょうが、このあたりで止めておきます。

■用途としての将来性
これらが使われる場面を用途別にみると、大きく「緊急用」「健康診断向け」「スポーツ向け」「介護・支援向け」「専門医療用」といった分け方ができるでしょうか。

1.緊急用:いざというときのために用意しておく測定器
上記のうちではパルスオキシメーターがその代表例となるでしょうか。パルスオキシメーターで測る「血中酸素飽和度」(「血中酸素濃度」「SaO2」ともいう)とは、血液に溶け込んでいる酸素量の度合のことで、健康な人は通常100%となるはずですが、酸素が何らかの理由で身体に取り入れられていかないと低下します。よく救急救命のドラマなどで「(患者の)脈拍150、サチュレーション90。危険な状態で…」なんていうセリフが出てきますが、この「サチュレーション(saturation))」のことです。

この測定は、血液を採取しなくても、クリップみたいな装置を指先にはさむことで、血液の流れを周波数の違う数種類の赤外線の吸収率から血中酸素飽和度を簡単に測ることができます。非常に手軽に扱える測定器の一つといってよいでしょう。さすがに家庭では緊急のためにわざわざ購入することは少ないでしょうが、学校や職場、公共施設など多くの人が集まる場所に備え付けておくべきものといった位置づけになりうるものではないかと思います。

2.健康診断向け:日常的な健康状態を測るために用意しておく測定器
すでに何度も話題としてでている体組成計のほか、体温計、血圧計、そして糖尿病を持病として持つ人には血糖値計など。予防医療や健康維持の意識が強まってくると、必ずしも身体に病気を持っている人だけでなく健康な個人・家庭でも使われるようになるかもしれません。

3.スポーツ向け:日常的な体力維持または専門スポーツでの競技力向上のために便利な測定器
スポーツの分野では、ハートレートモニターがかなり一般的なものになってきました。普及型のハートレートモニターにもいろいろありますが、胸などに心拍を感知するセンサーを貼り、腕時計式の計測器で心拍数を記録・計算するタイプの商品が多数出回っています。スポーツジムの運動マシンも当たり前のように心拍測定機能がついていますが、それを独立させたようなもののことです。

最大酸素摂取量(VO2max)や無酸素性作業閾値(LT)は、全身持久力の程度を表す指標です。身体に負荷をかけながら、血中の乳酸値または吐き出す息のなかの酸素や二酸化炭素の量を調べることで測定できます。身体内部の測定というより身体能力の特性の一部といったほうがよいかもしれません(ここではあまり厳密に区分けしません)。じつはこれらの測定数値は、スポーツをやっている者にとってかなり重要な指標になりうるものです。スポーツ関連については、まだまだ測定器のパーソナル化の需要がある分野と思われます。

4.介護・支援向け
あまり広くは知られていませんが、高年齢者の介護などに、加速度計や睡眠深度測定器といった人体センサーが用いられることがあります。これについてはあらためて詳しく記事にします。

5.専門医療用
今回の話は測定器のパーソナル化が主なテーマなので省略します。

■ニーズ開拓がカギ
上に挙げた用途別の説明もあくまで例に過ぎません。測定器はツールであり、必要性とアイデア次第で、複数の用途に対して利用技術を開拓できるでしょう。

たとえば「緊急用」として挙げたパルスオキシメーターも、たとえばある程度標高の高い山に挑戦する登山者たちが、高山病を防ぐために利用しているそうです(スポーツ向け)。また、睡眠時無呼吸症候群にかかっていると血中酸素濃度が低くなるということから、睡眠中に連続測定するためにも使われています(健康診断向け)。

そしてこうした一般向けの商品化ができるかどうかは、当然ながら一般社会でその商品に対するニーズがあるのかどうかがカギとなります。

■パーソナル測定器の商品化
体組成計にしてもパルスオキシメーターにしても、人体が発する信号を、電流や電波(光)を使ってセンサーで物理的に測定し、それを科学的な測定理論にあてはめて結果を出すという意味では、仕組みは同じようなものです。

商品化に至るまでの流れを冒頭の図のように一般化してみました。

つまり、
(A) (光や電流など)物理的に測ることができる数値と測定対象となる特性を結びつける測定理論があり、そのロジックをマイクロチップなどに埋め込む
(B) 理論を元に実際にサンプル測定をしたり実証試験をしたりして、実地に正しい数値が導けることを証明し、必要とあれば換算テーブルなどに反映させる
(C) センサーを小型化するなどして扱いやすい形にする。さらにそれを量産することでパーツとして低い原価で手に入れられるようにする

(A)と(B)を併せてソフト的なパーツ、(C)がハード的なパーツ、になろうかと思います。個人にも手に届くパーソナル測定器として成立するためには、このソフト、ハードをリーズナブルな投資でまかえなければなりません。

■小型化、一般化
思い返してみれば、つい10年くらい前までは個人や家庭で体脂肪率を測ることさえまれでした。今後も健康管理志向が社会全体で進むと仮定すると、今は専門家向けに特殊な用途として用いられている測定器も、ニーズさえ高まれば意外に早く一般化する(普及する)こともありうるのではないでしょうか。

血糖値計は相当の数の測定器が一般向けに商品化されていますが、ほんのわずかであっても針で採決をしなければならないようです。「全身持久力」の測定でも、今はまだ、わずかながら血液を採取する必要があったり(乳酸値測定器の場合)、吐き出す息を集めるためにマスクをかけたりしなければならなかったりします。しかしもっと手軽に、小型の装置でこれらの値を測定できるようになれば、パーソナル向けとして十分需要が掘り起こされると考えるのですが、いかがなものでしょうか。

身体を測る 01-理屈に裏づけられた測定術

人の物理的な特性を測るだけでも、「正確に測る」ために理論的なバックグラウンドが必要であることにかわりありません。

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[体組成の測定例]

■直接測ることができる数値は意外に少ない
「人事測定(≒アセスメント)」についていくつか話をしてきました。ここまでは概ね心理的特性の測定または能力の測定といった“精神的な何か”を測ることを考えてきましたが、今回はもう少し話を身近にして、人の身体的な特性の測定についてみてみます。

身体的な特性とは、ようするに身長、体重といった物理的な量のことです。長さや重さならば、メジャーとか重量計とかがあれば簡単に「客観的な値」を測ることができるわけですから、とても簡単そうに思えます。たしかに、心理測定よりはずっと簡単に測定できる場合が多いでしょう。

しかしよく考えてみると、直接測ることができる身体的特性というと、身体の各部分の長さと全体の体重くらいではないでしょうか。最近は体脂肪率、筋肉量、骨量などの体組成の測定がかなり一般的になりましたが、もちろん身体から筋肉だけを取り出して重量を測っているわけではありません。

家庭用の一般的な体脂肪計では、微弱な電流を身体に流して身体の導電率を調べることで、間接的に体脂肪率などを推定しています(BIA法)。医療用など本格的な測定器でも、電気・磁気・光などを介して間接的に身体の性質を測っていることにかわりありません。

■さまざまな測定法
それでも「身体の特性を測っている」といえるのは、その背景に「理屈」があり、その理屈に則って数値を計算または換算することにより体脂肪率などを推定できるからにほかなりません。体脂肪率でいえば、

・筋肉は電気を通しやすいが、脂肪は電気を通さない
・両足(または両腕)の間の導電率を測ることで、身体全体の導電率を推定できる
・身長、体重、年齢によって、導電率と体脂肪率の対応を推定できる

といった考え方で、瞬時に「生(なま)の測定数値」を「推定体脂肪率」に換算しているというわけです。何事も、「測る」作業の裏には「理屈」があるのです。

いいかえると、その「理屈」の組み立て方次第で、測定された数値の信頼性(同じ条件で測ったときに同じ数値が導かれる度合い)や妥当性(知りたい特性をきちんと測っているのかの度合い)が良かったり、悪かったりします。

・BIA法:身体の導電率から推定する
以外にも、以下のようにさまざまな「理屈」があります。
・水中体重測定法:・上と水中の重さの違いから計算する
・キャリパー法:皮膚などの厚さを測る
・CTスキャン法:スキャンした身体の脂肪部分の断面積を直接観察する
・DXA法:2つの異なるエネルギーを持つX線で組成成分などを測る

皆さんがよく目にする家庭用体脂肪計の計測数値の場合、測るたびに異なった数値がでてくることは誰もが経験していることでしょう。その意味で必ずしも信頼性・妥当性が高い測定方法とはいえません。少し本格的な体組成計で測れば信頼性は高くなりますが、それでも測定方法によってばらつきがあります。

■比べてみた
ほとんど余談になってしまいますが、筆者自身の身体について、次の3種類の体組成計で測った数値を比べてみました(いずれもBIA法のもの)。

・医療機器承認もされている専門家向けの体組成計
InBody720(バイオスペース社):両手両脚の計8点の電極から測定。多周波数測定方式
・スポーツジムなどにある業務用体組成計
BODYSCAN(コナミスポーツ&ライフ社):両手両脚の計8点の電極から測定。多周波数測定方式
・家庭用の体組成計
BC-513(タニタ製):両脚の計4点の電極から測定。直流・交流成分に分解して測定。

その結果は上図の通りでした。完全に測定対象項目が一致していない要素がありますが、ここでは細かい違いは無視して比べています。

それぞれ少しずつ測る条件が違いますが、その割には安価な体重計モドキでも本格的な測定器でも、基本的な数値に極端な違いはなさそうです。もちろん、本格的な測定器のほうがここに現れている数値以外にもさまざまな測定値がでます(両手・両脚ごとの筋肉バランスなど)。

…人事アセスメントに限らず、「人間を知る」という広い視点から、今後も人の身体を測ることをテーマとして取り上げていきます。

テストの開発、実施、利用、管理にかかわる基準

そもそも「人を測定するためのテスト」とはどのようなもので、どのように行われるべきものなのでしょうか。「テスト基準」なるものが2006年4月に公開されていますので、興味がある方はぜひ読んでみて下さい。

「テストの開発、実施、利用、管理にかかわる基準」
日本テスト学会 http://www.jartest.jp/ から入って http://www.jartest.jp/testsite/testkijyun/testkijyun3.htm
直接テスト実施にかかわりがなくても、人事管理関連の仕事をされている方には基礎知識として役に立つでしょう。「基準」というくらいですから、考え方や手順を用語の定義をはっきりさせながら構造的にきっちりと表現しているのですが、ここではできるだけ「基準」に示されたとおりの用語を使いながらも、少し簡略化した書き方でアウトラインをご紹介します。

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■テストの開発から実施すべての流れ
そもそもテストとは何かというと、「能力,学力,性格,行動などの個人や集団の特性を測定するための用具」(0.2節)です。本blogの視点で言うと、アセスメント(人事測定)に欠かせないツールと位置づけられます。

テストが現実に役立つものとなるためには、受検者質問項目に応えた回答から直接得点化された素点を、意味ある数値である尺度得点に変換するプロセスすべてについて考えなければなりません。たんに「それらしきテスト問題を作ればよい」というものではないのです。

開発する者としては、次の流れを確実に視野に入れることが必要です。

●基本設計
●測定内容の定義
●テスト形式(質問形式、回答形式)の設計
●採点手続の設計
●尺度の構成、標準化、共通尺度化
●尺度得点の信頼性と妥当性の確認
●メンテナンス、改訂

利用者や実施者としては、次のような流れを踏まえていなければなりません。
●テストの選択
●テスト実施の準備、受検者への説明
●実施および受検にかかわるさまざまな配慮
●採点
●結果の分析、解釈、検証
●受検者への結果報告
●記録の保管と再利用

これらほとんどの要素について、項目別にそれぞれ2~3行の短い記述ですが、考え方の基本となる事柄がまとめられています。また、コンピュータを利用したテストのあり方についても少し触れられています。「基準」から導かれる詳細な「ガイドライン」は、現在開発中のようです。

■実際の企業の現場では
実際のビジネス・人事政策の現場では、こんな理想的な準備はなかなかできないのが現実です。多くの場合は“走りながら考える体制”をとらざるを得ないことが多く、しかも走ってしまった方向からやり直しがきかずに、仕方なく荒野を走り続けなければならないといったことも起こります。

その過程で、前回の記事でも書いたような「日本の企業社会では本能的に受け入れがたいもの」にもぶつかります。たとえば、わざわざ複雑な要素を欲張って取り込もうとする思惑が測定の切り口を鈍らせたり、独特なテスト問題作りに精を出しすぎて尺度の共通化を難しくしたりします。

特にビジネス系の各種アセスメント・テスト、アチーブメント・テストがうまく機能しないことがある原因の一つは、やはりこの「テスト基準」に示されたような長期的なテストのあり方が必ずしも十分に社会に認識されていない点にあるのでは…。

だからこそ、こうした「テスト基準」が社会に浸透することで、企業の人事政策でももう少し客観的な測定論、測定技術に目が向けられることを期待したいと考えていますが、いかがなものでしょう。

■測定技術はまだ向上できる
この基準を作成、発表した日本テスト学会の理事長は、前回ご紹介した書籍「テストの科学」の著者でもある池田央氏です。

また、今回の「テスト基準」や日本テスト学会と直接関係ない追加情報ですが、比較的最近の池田先生の興味深いインタビューが次にあります。

「NAPE(全米学力調査)に学ぶ学力調査の技術」
(ベネッセ教育情報サイト BERD No.3(2006年3月発刊)
BERD http://benesse.jp/berd/center/open/berd/index.html から入って
バックナンバーのNo.4、http://benesse.jp/berd/center/open/berd/2006/03/pdf/03berd_05.pdf
副題に「測定技術の進歩が未来の学力を提起する」とあるように、人の特性を測定する「テスト」の過去、現在、未来について、わかりやすいインタビューとしてまとまっています。サイトの性格上、主に学校教育を想定した議論のようですが、社会人の能力測定についても相当に当てはまる考え方だと思われます。ご参考まで。

「テストの科学」

人の資質や能力を測る「テスト問題」。いくら作り手が「良い」と思われる問題を作っても、測定としては無意味な場合があるのです。

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「テストの科学 ― 試験にかかわるすべての人に」
【池田央(著)、1992年刊、日本文化科学社】

■きちんとしたテストを作る方法
アチーブメントテストでも心理測定テストでも、テストを行うからにはその目的にできるだけ沿った質問項目を作成したいものです。そんな仕事に関わる人には必読の書物の一つでしょう。本書はすでに14年も前に出版された書籍(さらのその前身だった新書版は1978年刊)。著者は、心理・教育測定の第一人者です。

たとえば一人の人の体重を測るとしましょう。仮にある時の身体の厳密な質量60.0kgの人が普通の状態で正確な体重計に乗れば、「60.0」(kg)という数字が測定されるはずです。しかしながら

・測定に使う体重計によってばらつきが出るかもしれない
・測定を行う時間によっても当然に体重のぶれがあるでしょう
・測定を行う場所によっても計測値に違いが出てくるかもしれません(※)

(※ 厳密に言えば、体重計で測る数値は「質量」ではなく「重さ」です。重力が1Gの場所で体重計に乗ったときには「60.0」(kg)と測定されますが、重力が1/6Gの月の表面で同じ人が同じ体重計に乗れば、そこで測定される数値は「10.0」(kg)となります)

このように体重でさえも、測定する装置および測定する条件が異なれば、測定値は異なってきてしまう可能性があります。ましてや人の特性や能力の測定を行うツールである「テスト」に携わる場合、そのブレとうまく付き合う技術が必要となるわけです。ブレをなくすことはできませんが、ブレを少なくするための努力はしなければなりません。

■テストのブレを防ぐ方法
あるテストを同じ人が複数回受けたとき、被験者の特性が変わらない限り、理論的には同じ測定結果(評点)が出てくるはずです。しかし当然ながら、与えられる課題が違えば評点は異なってくるでしょう。また記述式など客観テストではない場合、同じ解答であっても、採点者が異なれば異なる評点が付けられる可能性が高いでしょう。

そんないろいろな「ブレ」をもたらす要因のうち、どの要因は回避する必要があるのか、どの要因は必要最小限のブレとして許容する必要があるのかなど、著者の長い研究からわかりやすく導いています。

目的によってその結論は一意に決めることはできませんが、測定の信頼性を重視したとき、概ね次のようなことが言えるとしています。

(a) 「問題内容の違い」より「評価者の違い」が大きなブレをもたらす可能性が高い
(b) 問題の絶対「数」が少ないと、大きなブレをもたらす可能性が高い
(c) 一つの問題に複数の評価要素を同時に含めようとすると、測定目的がブレやすい
(d) 問題の「形式」が揃っていないと、本来の目的と異なる要素が紛れ込みやすい

これらの帰結として「択一式の問題を数多く集めた客観テスト」が、測定ツールとして大変優秀であることを論理的に説明しています。

■テストについてのかたくなな“神話”
当社(というか、この評を書いている私)もこれまで何度か、社会人向けの能力測定テストの開発や、特定企業における評価・育成システム構築に携わってきた経験があります。その経験から言うと、一般に次のような意見が(少なくとも社会人向け教育の世界では)一般的です。

(1) 択一式ではまぐれで良い点を取る人が出てくるかもしれないから、論文のような書かせるテストのほうがよいだろう…
(2) 機械的な採点じゃあてにならない。やっぱり人が直接採点しなければ…
(3) 人のさまざまな能力をみたいのだから、1つの問題にさまざまな評価要素を盛り込んだ良い問題を作ってくれ…
(4) 問題の内容によっていろいろな問題形式を作ればよいではないか。問題に書かれた要件を良く読まないのは受験者に責任がある…

上の(a)~(d)を踏まえて考えると、(1)~(4)はすべて間違った考え方だということになります。つまり、

(1′) 得点のブレが出ないためには、論文より客観式テストがよい
(2′) あてになる得点を導くには、うまく客観式テストを積み上げるのがよい
(3′) 人の能力を目的通り測定するには、評価要素を絞って問題作りをするのがよい
(4′) 人の能力を正確に測定するには、できるだけ問題の形式も揃えたほうがよい

ということです。しかしながらこれらの考え方は、日本社会での「社会人教育」とか「検定試験」とかに携わっている人たちには本能的に受け入れがたいものがあるようです。「論理的でない神話がはびこっている」などと言うと、私の愚痴になってしまうのでしょうか。

個人的に少し付け加えると、やはり
→ テストという「測定=アセスメント」のステップと、最終的に「評価=イバリュエーション」するためのステップを同一視しない
ことに重要なカギがあると考えています(人事測定と人事評価の違い参照)。もう一つ、
→ 測定に役立つ問題作りと、教育・育成に役立ちそうな問題作りとを同一視しない
という視点も大事だと考えていますが、どうでしょうか。

少し私の個人的な意見が先にたってしまいました。理論のいろいろなバックグラウンドやテスト問題の実践的な開発方法などは、本書にわかりやすく説明されています。また、テストのあり方だけでなく、偏差値の話、日本の風土の話など、もう少し広いテーマに言及していますので、ぜひ参考にされてください。

おすすめです。

目次
1章 学力測定の難しさ
2章 評点システムの検討
3章 細目積み上げ方式のすすめ
4章 客観テストの設計
5章 よい問題を作るために
6章 偏差値について
7章 採点と決定のモデル
8章 テストと日本の風土
9章 未来のテストに向けて

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