日本的企業関係の生きた見本(「築地」その2)

築地の取引ネットワークは、上下左右に結ばれる市場のさまざまな関係性に支えられています。かつての縦の“ケイレツ”と横の同業者組合が織り成す日本産業界の特徴的サンプルが生きたまま現存しているかのようです。


〔水産物と自動車、それぞれ縦横の関係〕

テオドル・ベスター著「築地」(前記事参照)には、市場の関係性が具体的な事象から詳しく書かれています。たとえば卸→仲卸→買出人という縦の取引が日々繰り返されること。ここには有形無形の企業系列関係があること。加えて、たとえば多数の仲卸の間での競争と役割分担、さらには資本関係、姻戚関係作りといった横の交流が繰り返されること。そこに強い共同体意識が生まれたり消えたりすることなどが描かれています。

■各自動車会社が一工場の復活で助け合い?
突然話が変わるようですが、2007年7月に発生した中越沖地震で、新潟県柏崎にある自動車部品メーカー「リケン」の工場が被害を受けたことが大きなニュースになりました。リケンの部品を使っている自動車会社が揃って一時的な生産停止を強いられるなど、自動車産業全体に影響を与えました。

この件で、日本の自動車メーカー各社がリケンに人員を派遣し復旧に努めているという話を、関係者の方から聞きました。工場の復興支援に集まった人員は総勢数100人(?)だとか。リケンに自社の社員まで派遣する義務は本来ないし、あらかじめ支援策が準備できていたわけなどありません。なのに、工場の生産設備を1日も早く稼動させるためにこんな“共同プロジェクト”が突如できあがっていくとは、本当に驚きです。

もちろん、各自動車メーカーからすると、リケンという部品メーカーに有形無形の支援をすることで(主要な部品を優先してまわしてもらえるなど)結局は自社の利益を得られることを確信しているわけです。ライバルである他の自動車メーカーとは、なかには直接的な利害の衝突もあるのでしょうが、どちらかというと業界全体に関わる運命共同体的な関係が優先されていきます。

一方、自動車に限らず、かつて日本の産業を支えたといわれる企業系列が、一部新しい形で復活してきているといわれています。古い日本経済のケイレツ関係は「閉鎖的」「自己完結的」で、誤解を恐れずに言えば「醜い」ものだったと認識しています。でもバブル崩壊後、ケイレツは徐々に衰退しもっとグローバルで開放的な取引関係に変化していきました。だからといって企業系列的関係がなくなったわけではもちろんありませんし、技術やシステムを媒介とした新たな形のケイレツが現れているのは自然なことでしょう。

■「彼らのビジネスは頭の中と接触先に存在する」
結局は、冒頭の図に示したように、築地の水産物流通も、日本の自動車生産・流通も、複雑な縦横のネットワークが、“日本的文化の素地の元に”同じように縫い上げられていると感じます。本書に「ある日築地で火事が発生し、一部の仲卸店舗が焼けた。しかし縦横の関係者がいろいろな形で被災者を支援し、そのおかげで非常に短期間(例えば翌日)にも営業を再開し、その後まるで火事などなかったかのように日常業務が復活していた」といった事例が書かれています。リケン柏崎工場の被災復旧とイメージが重なります。

「取引関係の精巧な社会構造によって(火事などがあっても)立ち直ることができる。彼らのビジネスは頭の中と接触先に存在する」。そんな商人が“本当に”守りたいもの、絶対に失いたくないものとは、店舗という場所や物理的な資産ではなく、「特定の社会的コンテクストにおける自分の居場所なのである」と著者が表現していることに、なるほどと思います。これから連想すれば、リケンの工場復旧に他社がこぞって人を投入することができる背景にも合点がいくような気がします。

■一見非合理な流通システムも
概して日本の流通システムは、中間に入る卸業者が多く複雑で、そのために経済的な無駄があると信じられてきました。卸売市場の形態は、一見まさにその代表例です。生鮮食品の流通をぼんやりとしか認識していないと、卸売市場の非合理性は「悪の巣窟」のように映るかもしれません。

おそらく江戸時代から明治期までの卸売市場は、垂直統合の色合いも濃く、株仲間に代表される同業者組合としての掟ももっと厳しかったことでしょう。市場という限られた空間と権利を関係者が“ギルド”的に分け合い、その利権を上流(生産者)から下流(小売店)まで垂直につなぎ合わせる“ケイレツ”があったのでしょう。

しかしそれはにわかに捨ててよいものではなく、中長期的に見た合理性も内部に隠されていたわけです。さまざまな市場関係者が苦心して積み上げたり、壊したりしてきたことでしょう。その歴史の上に成り立っている現代築地の魅力的な姿を、当事者ではない我々読者が本書を通じて少しでも垣間見ることができることに、幸運を感じずにはいられません。

あえてそんな本書に少しだけ注文をつけるなら、築地システムの「功」と「罪」のうち、「罪」についてはほんの少ししか触れていない点でしょうか。背景にある文化や歴史や特性のプラスの部分は全編にわたって書かれていますが、本当に非合理なところとか、醜い悪習とかマイナス面についての記述はわずかです。このあたりもう少し分析してくれないかな、などと思うのは贅沢な注文でしょうか。


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