ミール研究所 MIR МИР

5-2 経営上の位置付け

実質的に最後の節。経営戦略策定の一般論について、簡単に触れています。


5-2 経営上の位置付け

 最後に、印刷界の状況や電子出版の現状をふまえ、経営上重要と思われる事柄を説明する。

<経営計画の策定>
 前節で述べた経営戦略は、あくまでも印刷業一般をひとくくりにし、最大公約数的にまとめた結果である。個別の企業にとってどのような戦略を採用すべきかとなると、もう少し詳細な検討が必要だ。
 企業経営を支えてくれるものは何かというと、それはやはり先を見通した正しい経営戦略を立てることである。それも単に売上高や利益目標の設定ではない。財務上の目標はあくまでも結果を表す数値であり、もっと大事なのは経営環境の変化にうまく適応していくため経営計画を策定することである。通常3年ないし5年のスパンで設定する中期経営計画策定が基本となる。
 ごく一般的な中期経営計画策定手順を、しかも非常に簡略化した形で図5-4に示した。

(図5-4 中期経営計画策定の概略)

 戦略策定を進める途中で重要な目標となるのが、図の
(3) KFS(Key Factor for Success:成功のためのカギ)
を探し出すことである。そのためには、
(1) 自社の現状分析――つまり企業が内部的にどのような強みと弱みを持っているか、経営資源(ヒト、モノ、カネ)がどのような状態にあるのかを分析する
(2) 外部環境の変化予測――印刷業界の動向だけでなく、関連する経済/社会/文化的環境について、これまでの状況と今後の予想される状況をつかんでおく
ことが不可欠である。本書では(2)の外部環境について、それも印刷のコンピュータ化という視点からとらえた部分を提示してきたが、正しい経営戦略を立てるためには、これだけでは不十分であろう。
 KFSの抽出に成功したら
(4) 成功要因を獲得するための課題
を探り出す。簡単に言えば、現状とめざすべき目標とのギャップを見つめ直し、それを解消するための策を検討するわけである。この段階で、営業構造から商品力、組織力などの視点から具体的な施策を決定する。これらの施策を全体的にまとめたものが、中期経営計画となる。
 計画策定(プラン)の後に
(5) 推進計画を立て実行(ドウ)する、さらに進捗状況を確認(チェック)する
ことで、次の経営計画へとサイクルが回る。

<事業範囲の再設計>
 途中KFSの検討においては、これまで述べてきた電子出版の性質をふまえると、どうしても印刷業という事業領域の拡大や新しい事業領域への進出の必要性について触れざるを得ない。少しだけ、新規事業展開の考え方について説明しよう。
 事業範囲を再定義するに当たっては、「顧客」「技術」「機能」といった軸を想定して、その中で既存事業領域との関係を考えることができる。例えば、顧客面で範囲を伸ばせば“新規市場への進出”、技術面で拡大すれば“(商品)多角化”により事業範囲を設定することになる。では機能とは何か。それは、「顧客が本当は商品の何に(どんな機能に、どんな性質に)対価を払っているのか」という価値を考えることである。そして、新規事業展開や事業領域再設計をする時、この「機能」面から事業を定義することが、多くのビジネスが成熟している現代において最も適した方法と考えられている。
 例えば、鉄道事業を行っている会社を想定する。鉄道会社の顧客が本質的にどのような機能を利用しているかと言うと、それは「鉄道に乗る」ことではない。顧客は「ある地点からある地点まで(人や物を)輸送してくれる」機能を利用しているわけである。だから、鉄道に代わる輸送手段、例えば自動車がより便利に利用できれば、鉄道を利用する理由はなくなり鉄道事業は衰退していく。だから、鉄道会社としては、自社の事業は鉄道事業ではなく、人や物を運ぶ“輸送事業”であると自社の事業を再設定することが一つの考え方である。輸送という機能を事業の中心に置くことで、新たな事業展開の柱が出来る。
 図5-5に、技術(製品)による事業定義を機能による事業定義に置き換えた企業の例をいくつか示した。いずれも既存業種に属していた企業が、その事業範囲を機能面からとらえ直すことで成長に成功している。
 印刷業についても同様である。既に何度も触れたように、印刷のより本質的な要素は「人へのコミュニケーション」である。だから、印刷業は「紙へインクをのせること」でなく「あらゆる媒体に情報をのせる」と考えるべきである。

(図5-5 機能による事業再定義の例)

<組織とコンピュータ・システム>
 印刷に限らず、コンピュータ・システムを導入を前にその組織がどのような反応を示すか、また印刷業の業態改革をどのように進めれば成功するのか、組織風土や組織体制によって対応が異なる。ここでは第3章の事例研究を参考にして傾向をいくつか挙げた。
 印刷業では設立後まだ若い企業の方が「印刷業」にこだわらない(事例1のA社がその一例)。印刷業の業態改革や電子出版化をを非常に素直に受け入れている。こういう企業では、事業展開上あって当たり前のコンピュータ導入に反対する動きなどまずなかったはずだ。
 D社(事例3)では、トップの強力な主導をテコに、従来型印刷業とは別に新事業部を作ることで対応した。従来型企業のチャレンジとしてはこの方法が最も受け入れられやすいやり方かと思われる。電子出版システムの導入は、技術上の問題だけでなく、勤務形態や給与体制にも影響を及ぼしうる。年が若い人ほどコンピュータ処理に慣れていて顧客の情報処理に対応できる技術力を持っているケースも多い。そういう若い社員を伸び伸びと動かせる環境作りが必要になるかも知れない。
 事例4のE社は、とにかく自社の強みを生かす電子化が必要なことを社員に説いた。会社の基本方針として周知徹底させることで、コンピュータ化への理解を求めた。
 事例全体を通して、トップ主導またはトップが電子化にかなりの理解を示していることが分かる。やはりコンピュータのような複雑な設備導入をする意思決定者は企業の経営者である。
 ただ、電子出版システム導入を機に、逆に社内にインパクトを与えて、組織風土の改善を狙う手もある。


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お知らせ他

この文章は、1992年にJICC出版(現・宝島社)より発刊した「プロフェッショナルDTP」(著者・松山俊一)から本文を抜粋してまとめたものです。内容に少し加筆編集を加えていますが、概ね原文のまま掲載しました。執筆時期が1992年なので、書かれている内容・情報はかなり古くなっていることにご注意ください

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