ミール研究所 MIR МИР

2-3 システムの現状

印刷システムにおける、技術面から、いくつか基本的な事柄について確認しておきます。今となっては、すでに解決してしまった問題も数多くあり、当時の技術の未熟さが思い起こされます。


2-3 システムの現状

■印刷システムの要素
 印刷工程の各段階を電子化するための基礎技術について簡単にその概要を解説する。技術の詳細や機能の細部について触れるというより、印刷業の業態変化やクライアント側の仕事にどのような影響を及ぼしているかを軸にして、技術トレンドを追うことにする。
 そもそもコンピュータとは、コンピュート(compute)つまり「計算する」という言葉から来ている。数を数えるための機械ということなら、そろばんがまさにその代表例で、コンピュータと呼んでよいはずである。日本の標準的なそろばんで言えば5つの玉が1組となって1桁の数字を表し、それが何組も並んで桁の多い数字を表現する。さらに玉を上げたり下げたりして「計算」するわけだ。実際、初期のコンピュータは「機械式」で、物理的な動きにより“玉”を上げ下げして計算していた。だが、物理的な物の動きより、電気的信号のあるなしを取り扱った方が簡単なので、機械式コンピュータは電子リレー式コンピュータに、さらに半導体技術を駆使した高度な計算機に進歩していった。
 ここに及ぶまでに、コンピュータは「計算する」という意味を数字以外のさまざまな要素に広げていった。例えば文字をコード化して例えば「A」は「1」、「B」は「2」などと文字を数字に置き換えておく。すると見かけ上文字をコンピュータ上で表現できることになる。同様に線画、画像、音、動画などあらゆる情報を数字に置き換え、コンピュータ上の扱いを可能にしていった。言い換えるとデジタルの「データ」に表現した。現在電子出版上で扱っている文字や画像は言うまでもなくデジタル・データである。「文字データ」「画像データ」と言ったときその表現方法さえ合わせておけば、データを共通に認識できることになる。
 一方で、コンピュータは人間の考えを機械的にシミュレートするための便利な道具になった。例えば「AならばBである」かつ「BならばCである」ゆえに「AならばCである」という論理計算を実現するマシンの役目を担うことが出来た。古くはギリシャ哲学から近年ではチューリングに代表されるような論理学の発展にともない、コンピュータは「計算する」だけでなく「考える」ことができるようになった。非常に大雑把な言い方を許してもらえば、この考える手順のことを「プログラム(ソフトウエア)」という。例えば、人間が文字を1文字1文字並べて組版をする手順や考え方をプログラムとして、それをコンピュータに埋め込んだものが「電子組版システム」というわけだ。
 この「データ」の表現方法と「プログラム」の実現方法に分けて考えると、印刷技術に限らずコンピュータのトレンドを追いやすい。もっとも、最近は技術がさらに進み、「オブジェクト指向」技術のようにデータとプログラムが一体化してくる傾向もある。以下、文字処理、図形処理、画像処理、データ統合処理、操作性、データ伝送のテーマに分けて、それぞれの現状をみてみる。

■文字処理技術
 文字をデータとしてコンピュータで扱うことは難しくない。英文だったらアルファベット26文字を中心にせいぜい100文字分くらいのコード付けをしておけば全体を表現できる。一方、日本語は文字数が多い。漢和辞典の字数で言えば約6万字あり、しかもそれぞれかなり複雑な形をしている。だが、JISの漢字水準として定めてある4000字程度なら、文字として用意することはそれほど難しくない。例えば画像イメージ処理に比べればたかが知れており、扱いやすい。
 日本語文字の複雑さが日本語文字処理技術を難しくさせている面あるが、いったん用意されてしまえば発展は速かった。プロにおいては電算写植機、アマチュアにおいては日本語ワード・プロセッサー(ワープロ)がその成果である。
 電算写植機は、それまで写真植字の文字版を電子データ化し、植字手順をプログラム化した専用機である。写真植字は世界で初めに日本で実用化され、その後光学式からCRT式、レーザー式へと成長した。現在主流の電算写植機を見ると、入力用ワークステーション、レイアウト編集機、レーザー式出力機(普通紙、印画紙またはフィルム出力)などの部品により成り立っている。これら部品すべてが一組でトータルのシステムをなすものもあれば、インタフェースを公開して他のシステムと連結できるものもある。従来はメーカーごとにクローズドな専用機として用意されていたものが多いが、現在は次々にインタフェースをオープンにしていく方向にある。
 日本語ワープロは1978年に東芝から発表され、その後劇的に低価格化、高性能化が進んだ。パーソナル・コンピュータのワープロ・ソフトも83年に「松」(管理工学研究所)が世に出たあたりから実用化され、今や大きな市場に育った。ワープロと専門家向け印刷システムの違いに本質的な違いがあるわけではない。最大の差は、価格が非常に安いことと組版等の知識がなくても使えることである。それまで活版や写植機を持つ専門家でなければきれいな印刷ができなかったが、ワープロやパソコンの発達により誰でもそれなりの品質の印刷物を手元で作成できるようになった。
 両者の中間に電子組版機とかDTP(Desktop Publishing)システムと呼ばれるものが位置する。
 一言で表現すると、電子組版機は電算写植機の“簡易版”である。大手電算写植機メーカーに次ぐ写植機メーカーやコンピュータ・メーカー、軽印刷システム・メーカーがこの分野を手掛けてきた。一方、DTPシステムはワープロやパソコン・ソフトウエアの成長型である。OA機器メーカーやコンピュータ・メーカー、ソフトウエア・メーカーが次々に開発してきた。

――― 図2-11 文字処理システムの概要 ―――
図211

 結局、生い立ちは違っても、両者の目指す目的はほぼ同じである。機械の性能が近づいたことで、プロフェッショナルはワープロやDTPシステムを使うようになる。それに連れて同程度の機能を持つプロ用機器が価格を下げる。一方、アマチュアに近いユーザーも、電算写植機が安価でしかもオープン指向なシステムになることで、部分的にでもプロの持っていた機器を使いだすようになる。両者のボーダーはあいまいになっている。言い換えると、今や印刷物の作成は、プロフェッショナル時代からアマチュア時代に移ったわけだ。だからこそ、編集や制作側の印刷業務内製化や印刷業者の業態変化を余儀なくさせている。
 入力・編集面で見ると、プロ用から降りてきたマシンよりもアマ用から上がってきたワープロやDTP機の方が扱いやすく、しかも安価である。一方出力面を見ると、出力品質の上でプロ用が勝っている。したがって、印刷業者や関連ユーザーにとって今最も賢いシステムの選択法とは、入力側をワープロかDTP、出力側をプロ用を用意し、それらのリンクをとることである。この章の2節で上げた例4はちょうどこの組み合わせに当たる。

――― 図2-12 標準的な選択方法 ―――
図2-12

 ただしその前提として、両者でデータのリンクがとれなければならない。また、データのリンクがとれても、もともと文字の表現思想が違う場合は組み合わせが難しい。具体的に例を挙げると、ワープロでは全角、半角、四倍角などという文字表現のやり方があるが、電算写植機側では一般に級数やポイントで指定する。リンクはとれてもデータ表現方法が違う限り、完全な一致は望みにくい。
 完全な一致を求めるとすれば、標準データ形式を扱えるシステムを組み合わせる必要がある。つまり、ポストスクリプトのようなデータを扱えるものを組み合わせることである。ポストスクリプト対応の電算写植出力機も増えたので高品質な印字が可能ではある(2節例3)。ただし、日本で最大手の電算写植機メーカー写研は、ポストスクリプトに限らず標準データ形式に対応しているわけではない。

■図形処理技術
 製図で書く線や円のような図形をコンピュータでどんなデータで表現するかとなった時、大きく2種類の方法がある。線分を例に取り上げると、一つはその線分を点(ドット)の集合と見て数多くの点の位置データとして扱うやり方、もう一つは線分の両端の位置と「この図形は2点を結ぶ直線である」という情報を持たせる方法である。一般に前者を「ドット・データ」(またはイメージ・データ)、後者を「ベクター・データ」と呼ぶ。
 両者を比べると、製図のような図形ならベクター・データの方が明らかに扱うデータが少なくて済む。だが、絵画や写真のような絵柄を表現するのはほとんど不可能である。一方ドット・データはデータ量が膨らむが絵画や写真でも忠実に1点1点データをあてはめることで精彩な表現が出来る。コンピュータ上ではこの2種類のデータの扱い方はかなり異なり、区別して考えなければならない。ドット・データについては次の「画像処理」の項にまとめ、「図形処理」とした時は基本的にベクター・データを指すことにする。

――― 図2-13 ベクター・データとドット・データの違い ―――
図2-13
――― 図2-14 文字罫線方式と図形コマンド方式の違い ―――
図2-14

 さて、文字を1字1字並べる写植機で図形を描くには、1文字分の領域に縦線や横線をあてはめて、いわゆる「文字罫線」として描く方法が考えられる。しかしこれではあまり複雑な図形は描けないし、文字データと文字罫線データを混在させざるを得ないから、データ的にも取り扱いは面倒になる。
 そこで、図2-14のように、文字のほかに図形を描くコマンドを用意して、それを電算写植機が受け取ったときに円や線をサッと引いていく仕組みを考えるほうがより合理的である。手動写植機の時代はともかく、レーザー式電算写植機なら技術的にはごく簡単なものになっている。実際、ポストスクリプトに代表されるPDL(ページ記述言語)は図形を自由に描くデータ表現方法を持っており、PDL対応プリンターやPDL対応電算写植機はデータを読み取って印刷する。図形を文字と特に別扱いせずデータの中に盛り込めるのはこういう仕組みになっているからである。
 一般に、文字(タイプ)を並べる写植機を「タイプセッター」そのコンピュータ化したものを「コンピュータライズド・タイプセッター」(CTS)と呼ぶが、文字に加えて線画(時にはイメージ・データも)を扱える写植機は「イメージセッター」と称される。その間の厳密な定義の違いは必ずしも判然としない。だが、ライノトロニクスやバイタイパーといったポストスクリプト対応電算写植機は、イメージセッターと呼ばれることがほとんどである。一方、写研のレーザー写植出力機は、もちろん線画を扱える機種もあるのだが、一般にはCTSつまりタイプセッターに分類されることが多い。これらの違いは単に画像データの解析プログラムをどの程度重要にとらえているかどうかの違いにすぎないので、本書では単に「電算写植機」と言った時、両者とも指すことにする。
 既に述べた通り、技術上の問題点は文字処理と比べてもそれほど難しいものではない。問題は、やはりシステム間でリンクをとって図形データを共有する方法である。例えば、パソコンやワークステーションのCADデータをカタログや技術書で使う際、データ・フォーマットの違いや表現の違い、パターン定義の食い違いなどで両者がうまくリンクをとれないと、せっかくデータを再利用できなかったり、大幅な修正をする必要がでてくる。

■画像処理技術
 文字と同様、画像処理もプロフェッショナル向け製版機器の流れと、安価なパソコン・レベルのシステムの高性能化がある。だが、文字や線画に比べてイメージ・データはデータ的に膨大な量になることがあり、扱いは非常に難しい。そのためプロ仕様に耐えられる機器と、アマチュアのおもちゃとではギャップが大きい。そのため、文字の場合は写植や組版システムとワープロやDTPシステムが急接近したが、画像の場合は格差があり過ぎる。図2-11と図2-15を比べれば分かるように、プロとアマのボーダーレス化はまだ進んでいない。しかし、今まさにこの部分が注目され、数年のうちに進歩を遂げる可能性がある。

――― 図2-15 画像処理システムの概要 ―――
図2-15

 プロ向け製版システム内部において、画像のデジタル化はもちろん電子的な手段によるレタッチ、レイアウト、集版、フィルム出力をする技術が進歩した。モノクロのみならず、カラー・イメージの電子データも実用化してきた。しかも汎用のコンピュータ、特にパソコンとの連係ができるようなインタフェースを次々に用意している。
 画像処理システムは、一般に入力用スキャナー、レタッチ/編集機、レイアウト/集版機、出力機(イメージセッター)で成り立つ。これら入力から出力までのシステムは「トータル・スキャナー」とか「CEPS(Color Electronics Prepress System)」と呼ばれる。
 うち、イスラエルのサイテックス社によるトータル・スキャナー・システム(レスポンス・システム)は1979年に発表され、業界の注目を浴びた。これは製版がコンピュータ化されたというだけでなく、コンピュータ・システムの一環として設計されたため、他社のスキャナーやパソコン、ワークステーションなどとの連係が取れるようになっていたことに大きな意味があった。その後ヘルのクロマコム・システム、大日本スクリーン製造のシグマグラフなど各社が参入した。現在多くのシステムはパソコンのポストスクリプト系データとの連係を可能にしており、その意味でアマチュアにとっても意義あるシステムになりつつある。
 トータル・スキャナーの登場で、コンピュータでしなければできない作業、例えばワンピースの水着を着ている女性の写真を加工して、ビキニ姿にしてしまうというようなまねが出来るようになった。
 もっとも、パソコンとトータル・スキャナーの連動は、従来の手作業に比べ作業効率がアップできたとは言えない面もある。処理速度は決して十分ではなく、機能、操作性ともまだ発展途上である。特に、いったん完成した版の修正となると、手作業の方が圧倒的に効率的なのが現状である。
 そこで、イメージ・スキャナーで取り入れた高解像度データをトータル・スキャナーの側にとどめておいて、そのデータを低解像度にしたものをパソコンに持っていくやり方が実用化されている。画像データを低解像度にしておくことでデータ量が少なく済み、パソコンやワークステーション側で扱いやすくなる。レイアウト上のに配置した後、そのデータをトータル・スキャナーに送る。その時、画像データの部分だけを元の高解像度のデータに差し替えて、製版時には高品質な印刷が出来る。
 校正紙出力については、電子的に画像を取り扱うことで分解性能の安定化や条件の設定が可能になる。すると、色校正紙を手軽に出力できることにつながる。DDCP(Direct Digital Color Proof)と呼ばれる方法で、要は刷版、印刷を経ずコンピュータから直接校正出力をする方法が実用化しつつある。

■データ統合技術
 文字要素と画像要素を統合するには、従来の組版システムが画像を取り入れる方向と、画像製版システムが文字を取り入れる方向の2種類が考えられる。
 結論から言うと、一般には後者、つまり画像が文字を取り入れる方向で技術が進化すると目されている。文字処理の技術からは線画は簡単に取り入れても、高度な画像処理までは距離がある。逆に画像製版システムが高度な文字組版技術やフォントを取り入れるのもそれなりの困難が伴うが、どちらかというとこちらが有望視されている。
 だが現状では、一般には文字組みのデータをあらためて撮影してデジタル化したり、電子的に移管できても画像処理システムの側で文字修正ができないものも多い。その場合、文字組の修正は文字処理システムにいったん戻らなければならない。時間コストを総合的に判断すると、人的資源や組織体制作りを含めた周到なプランを立てないと統合システムを組むのは難しい。
 文字と画像が統一的に処理できるシステムであるためには、日本においてはフォントの問題が持ち上がる。写研を初めとして日本のフォント・メーカーは電算写植機とフォントを一体化させている。モリサワ、リョービなどフォントを外部に提供する例は増えてきたが、最大手の写研フォントは自社システム以外に提供しないため、製版機の側が写研日本語フォントを持てないことになる。

■操作性
 入力の操作性について、従来の電算写植機に見られるような、とにかく文字や制御記号を直線的に並べていくバッチ処理方式と、画面で見たまま確認しながらの出力を得られるWYSIWYG方式(対話型処理)の2種類がある。いずれも向き不向きがあり、例えば大量のデータ入力はバッチ式にでないとこなせいない代わりに操作は面倒、WYSIWYG方式は操作は簡単に覚えられるが大量入力に向かない。
 一般には、バッチ式がプロ向きでWYSIWYG方式がアマ向き、ということになっている。だが、当然のことだが、データベースのような文字データを大量に入力する場合はキーボードで次々入れていく方法が優れているのに対し、図版を作成するにはWYSIWYG方式がよい。扱うデータや作業内容によって使い分けるのが最適である。

■データの伝送
 高速でデジタル通信が出来る公衆電話網ISDN(NTTが「INS」の名称で商品化)が、普及し初めている。64Kbps(1秒間に6万4000ビットの速度)で送ることの出来るINSネット64は1990年頃から普及に加速度がついている。企業はもちろん、一般家庭においても簡単にINS64を導入できる。
 INS64を導入することにより、印刷会社は顧客からの組版データ、画像データを電話回線で簡単に受け取れるようになる。こうなると、いちいち印刷所に原稿を届けなくても発注が出来る。例えば、個人が自宅のコンピュータでDTPソフトで処理した結果を、そのまま同じコンピュータから印刷会社のコンピュータに流し込んで、仕事を依頼できる。
 ただし、一般の電話回線で行われているパソコン通信の手順とやや事情が違い、高速通信するための標準的手順が必ずしも定まっていない。顧客と業者間で高速通信をするためには、あらかじめ特定の端末を指定しておく必要がある。
 さらに高速のINSネット1500も企業ユースを中心に伸びている。印刷業者の事業所間で大量画像伝送をするにはINS1500が適当だ。


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お知らせ他

この文章は、1992年にJICC出版(現・宝島社)より発刊した「プロフェッショナルDTP」(著者・松山俊一)から本文を抜粋してまとめたものです。内容に少し加筆編集を加えていますが、概ね原文のまま掲載しました。執筆時期が1992年なので、書かれている内容・情報はかなり古くなっていることにご注意ください

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