ミール研究所 MIR МИР

5-1 印刷関連事業の今後

第5章は、「経営」という視点でまとめています。


第5章 印刷界の成功要因 5-1 印刷関連事業の今後

■典型的な受注型産業
 印刷のコンピュータ化とはいったん離れ、印刷界を取り巻く現状を再確認しておこう。

(図5-1 印刷業の特徴)

 印刷産業は典型的な受注生産型産業である。企業や個人のニーズが発生した時に初めて印刷業への発注が行われる。そこで顧客から要求される二大条件は「納期」と「コスト」、印刷物の種類により「品質」が重要な条件として加わる。品質はもちろん重要な条件であるが、クライアントからみれば要求品質をクリアすることは当たり前の条件で、営業の現場ではむしろ「いついつまでの最終期限に合わせてこれだけの費用でやってくれ」との要求が言い渡される。いったんその要求をクリアすれば、次に同じような印刷物のニーズがあった時にリピートオーダーを受けやすい。繰り返し仕事をこなしていくうちに、クライアントとの定常的な受発注関係が確立する。理髪店と同様に、あまり多くを語らなくともクライアントの要求を満たしてくれる関係だ。信頼関係が成り立つには、ある程度「無理の利く」業者でなくてもならない。特に短納期化への対応が求められる傾向がある。
 印刷業は多品種少量生産型の産業である。ビジネス・フォームなどある決まった印刷パターンを持つものを例外とすれば、その場その場で生産物の内容は異なる。すべてが特注の製品であり、しかも少部数の印刷物がかなりある。
 印刷は地域性のある産業でもある。一般に、ある地域の企業や個人がわざわざ離れた地域の印刷業者に仕事を依頼したりはしない。技術力で特別な理由がある場合を除けば、比較的地域に密着した営業活動となる。印刷物の制作を大量に必要とする企業は都市に集中しているため、印刷業も都市型の産業に位置付けられる。このことは、長年都市で印刷業を営んでいる企業にとって、土地や建物など固定資産を有利に利用できることも意味する。
 印刷業において従業員20人以下の小規模零細企業が90%。上に挙げた性格からも、従来型印刷は労働集約的産業であることがわかる。

■提案型印刷業への進出
 受注生産型産業からの脱皮については、中小の印刷業者も含めさまざまな試みがなされている。とにかくクライアントのニーズが生まれなければ発注が来ない構造から、クライアントのニーズを創造する提案型営業の試みである。

 提案型営業をもたらすための施策として、例えば以下のようなものがある。
・企業のPR(パブリック・リレーションズ)活動やSP(セールス・プロモーション)活動との連係
・グラフィック・デザインやCI(コーポレート・アイデンティティ)コンサルティングとの連係
・自分史/社史の編纂と出版の提案
・自費出版の提案

 技術面で優位性を持つための施策としては、例えば次のような機能を備える印刷業社の例がある。
・翻訳技術
・高品質カラー製版技術
・有価証券等の制作、印刷技術
・特殊な印刷技術(例:ホログラム印刷)
・税務・会計サービス

 こうしたノウハウや技術を提供できる印刷会社となることで、知識集約的または高度な設備投資を生かした有利な地位を確保できる。いずれも“拡”印刷業を目指したものといえる。
 なお、労働集約的という枠から離れるとは言いにくいが、超スピード印刷、少量印刷をセールス・ポイントとする中小印刷業も多い。

■情報伝達業への転換
 前章まで繰り返し述べてきた印刷業の情報処理サービス化は、提案型印刷業への脱皮や技術的優位性の確保という意味で言えば、上記の各施策と並ぶ位置にある。ただ、“拡”印刷よりもう少し根源的な業態変化、地殻変動を意味していると思われる。つまり、デザイン業務への進出や出版提案、翻訳、特殊印刷技術提供などは従来の印刷業務の上にプラス・アルファしてこそそのノウハウや技術を生かしやすい。だが、情報処理サービス化については、従来型印刷業務が基礎になっているものの、むしろその従来型印刷業務を自己否定し、転換していくようなニュアンスを秘めている。
 DTPシステムの普及は、見方を変えると、これまですったもんだ泥にまみれて印刷業者が行っていた組版、写植版下作成、校正といった部分をクライアントが自ら受け持とうという意思表明である。その意思表明にのって印刷概念を拡大または変化させることは、印刷業界にとってもクライアント企業にとっても損なことではない。これまで発注者側(クライアント)に印刷物の仕上がりを納得させるために、受注者側(印刷業者)は大変なコストと苦労を積み上げてきた。コンピュータの力を借りてその技術の一部を発注者側から受注者側に移管させることができれば、発注者側はより高度な情報処理サービスや運用ノウハウを提供するところに存在意義が出てくる。

(図5-2 印刷概念の拡大と変化)

 つまり、情報処理サービスへの転換は長期的に見れば「プラス・アルファ」の条件ではなく、絶対必要な条件である。
 第2章2節で「印刷業の経営戦略」としてまとめた部分は、その具体的な展開策にあたる。繰り返しになるが、その内容は図5-3のようにまとめられる。
 基本となるコンセプトは、“総合情報印刷業化”である。専業者特に組版、写植専業の業者は、今後真っ先に淘汰される。そして、印刷工程のすべてを貫くノウハウとして、情報処理技術を必要とする。最先端の技術を持つことで、知識集約型の事業構造を実現できる。
 最先端の情報処理技術獲得が不十分でも資本力があれば、コンピュータ印刷技術を実現する設備投資を積極的に行うことで、他社との差別化を図れる。
 総合情報印刷業への脱皮が無理とするなら、ある専門分野で卓越した技術を身に付けることが求められる。ただし、この場合は伝統芸的色彩が強くなり、事業基盤そのものは脆弱のままとなるかもしれない。
 いずれも難しいとなると、製本・加工の工程を正確に押さえて次の展開が出来るまで時間稼ぎをすることが考えられる。

(図5-3 印刷業の経営戦略)


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この文章は、1992年にJICC出版(現・宝島社)より発刊した「プロフェッショナルDTP」(著者・松山俊一)から本文を抜粋してまとめたものです。内容に少し加筆編集を加えていますが、概ね原文のまま掲載しました。執筆時期が1992年なので、書かれている内容・情報はかなり古くなっていることにご注意ください

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