ミール研究所 MIR МИР

1-2 印刷が変わる

印刷業界の電子化について、簡単にまとめています。マック、PageMaker、PostScript搭載のレーザープリンターというハード、ソフトの登場がDTPを実用にしました。プロの世界である印刷業界にも影響を及ぼし始めたのがこの頃です。


1-2 印刷が変わる

■コンピュータがもたらした印刷革命
 印刷業の歴史は古く、グーテンベルクによる活字の発明から数えても500年を越える。その間、紙媒体を主な印刷対象としてきた。近代になって印刷対象の幅は広がったものの。インクを使って文字や図柄パターンを何かの表面に擦り込むという形はほとんど変わっていない。
 だが、長い歴史を持つ印刷業界も、コンピュータ化の波により印刷の概念や方法が大きく変わることを余儀なくされた。今まで専門家でなくてはできなかった印刷ノウハウが大衆に手に入るようになり、また印刷媒体も電子媒体へ当たり前のように広がっている。まさに印刷革命である。
 革命の最大の担い手はパソコンだ。米アップル・コンピュータ社が自社の販売するパソコンMacintosh(マッキントッシュ:通称「マック」)をベースにした新しい印刷のあり方を提示したことが、市場に最も大きな影響を与えた。企業内印刷――DTP(デスクトップ・パブリッシング)という概念の登場である。
 85年、米ソフトウエア会社のアルダス社が「PageMaker」というソフトをマックとコンピュータ業界最大手IBMのパソコンIBM PC用に発売。他社からもDTP関連ソフトがいくつも発売されていった。加えて、レーザー・プリンターの登場でパソコン用プリンターの性能が向上し、従来から見ればとてつもなく低価格のシステムで高品質出力が可能になっていった。

(図1-3 DTPソフトの代表例 略)

 日本においては、パソコンよりもむしろ文書作成専用機であるワープロが大きな役割を担った。世界的にはやや特殊なマシンに位置づけられるワープロ専用機が日本では大きな市場を形成し、これがさらに発展、多機能化する段階でDTPの概念が広まっていった。
 プロフェッショナルの分野でも、それまで手作業で活字を組み合わせたり写真植字を行っていた作業がコンピュータ化され、いわゆる電算写植機、電子組版機などが登場した。これらコンピュータ化した印刷システムは、従来の組版業務、写植業務の基本を踏襲している。とはいえ、コンピュータならではの特徴――例えばプログラムとして組み込まれていない処理はいっさいこなせないという融通のなさや、逆にキーボードからの入力一つで文字やレイアウトをごく簡単に修正できる柔軟性――が、印刷の品質と業務の流れを徐々に変えていった。当時写植機メーカーが入力から出力まで一貫した専用システムとして提供されていたが、時が経つに連れその傾向は変化し、汎用のパソコンや出力機器を組み合わせることが出来るようになってきた。Aさんの例のように、一般のパソコンやワープロで作ってデータを電算写植に持っていくことなど今や当たり前のように行われている。
 一方、コンピュータで扱うデータの保存媒体として、フロッピー・ディスクからCD-ROM、光ディスク、ICカードなどが次々と実用化し、これら電子的データを電子機器で“読む”ようになった。ソニーから発売されているデータディスクマン(DD-1)がその代表例で、百科辞典や国語辞書、レストラン・マップなどを画面で検索、参照することで日常の生活に生かすことが出来る。「電子出版物」の登場である。

■業態変化の速度が加速
 91年度の印刷産業の市場規模は8兆1700億円、2000年の印刷産業の市場規模は15兆円に達すると予測されている(図1-4)。通産省の調べによると、一般印刷業に分類できる企業は約3万社強あるとされている。
 印刷業を分類すると、文字組版業者、写植版下作成業者、製本業者といった業務特化の専門業者群。ならびにこれらほとんどの機能を持つ総合印刷会社。フットワークの良さをうりものにする軽印刷業者。関連業種として制作プロダクション、広告プロダクションなどに分けられる。

――― 図1-4 印刷産業の市場規模 ―――
図1-4

 ところが、欧米先進国においては、このうち組版業者に類する印刷業者はほとんどない。いや、ないというより、一部を除いて消え去ってしまった。コンピュータを使った印刷の普及により存在意義を失ったのが最大の理由である。
 欧米では印刷業者というとそれはコンピュータ業であるといわれる。少なくとも、情報処理のノウハウなしに印刷業が存在しにくくなっているのは間違いない。欧州事情に詳しいテックデザイン斉藤和弘社長によると「印刷業者の95%がコンピュータ業のジャンルに入ると言ってよい。うち大半がマックを利用したシステムを利用している」とのことだ。
 DTPを産みだした米国はそれ以上に印刷業のコンピュータ化が進んでいる。企業ではパソコンをベースにした企業内印刷が当たり前のように行われている。米国のどこの都市を訪れても、町のあちこちにいわゆる「プリント・ショップ」が軒を連ね、企業や個人がパソコンで作成した文書データをフロッピー・ディスクで持ち込み高品質なプリントアウトを得られる。すでに電子出版のインフラストラクチャーは整備されている。
 また、ドイツのある印刷会社の例では、クライアントである百貨店と提携して現場に印刷システムを持ち込んでしまった。各種各様のパンフレット、チラシ、販促ツールをその度に制作していては手間も時間がかかる。そこで、デパートの構内にコンピュータからダイレクトに印刷できるシステムを設置し、クライアント側の制作者、印刷会社の技術者が共同で印刷物を作る。例えば「目玉商品として販売することを決めた」その時に、その場ですばやく、その商品の写真を盛り込んだ美しい販促パンフレットを作ってしまうといった芸当が出来るわけだ。
 ここから分かるのは、コンピュータ印刷システムを効果的に運用するためには、印刷業務の流れそのものを見直す必要が出てくることだ。従来型の業務では、原稿を紙でもらって、写植オペレータが1字いくらで入力して、版下を印刷して、校正紙を出して、との流れになる。しかし、フロッピー入稿となれば、少なくとも文字入力をあらためて行う必要がなくなる。写植オペレータの仕事は変質し、校正紙の出し方や修正の仕方も変わってくる。クライアントが本格的なDTPを使っている場合、印刷の最終工程以外全く業者の出番がなくなる可能性も高い。その代わり、データ処理で高度なサービスを要求されるかもしれない。
 クライアントに対する関わり方はコンピュータを触媒にして劇的に変化する。その時、顧客の本当のニーズを提供できない印刷業者は、間違いなく衰退していく。

■マルチメディア化の流れ
 紙媒体を対象とした印刷のほかに、電子媒体への印刷やマルチメディア印刷といった大きなトレンドがある。紙に文字や写真を印刷することだけが印刷業の役割だと思っていたら大間違いで、CD-ROMや通信ネットワークを介した情報提供が、印刷において重要な地位を占めることになりうる。文字、静止画はもちろん、動画や音声を新しい媒体に“印刷”するようになる。
 もっともマルチメディア印刷はまだ緒についたばかりで、話題先行の感があるのは否めない。しかし、いつか気がついてみたら、社会で重要な情報の多くが紙でなく電子媒体で提供されていたという場面は十分に起こりえる。その時、印刷の概念そのものが変わっていることだろう。


« 1-1 フロッピー入稿の現状 | メイン | 1-3 印刷とは情報伝達である »

コメント (1)

印刷業者の倒産、2009年は174件と過去5年で最多。出版業界の低迷、広告宣伝費の削減による市場縮小は今後も続きそう。大手2社は印刷以外へ事業進出。中堅クラスの倒産が気がかり
…帝国データバンク「印刷業者の倒産動向調査」より
http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p100202.html

コメントを投稿

お知らせ他

この文章は、1992年にJICC出版(現・宝島社)より発刊した「プロフェッショナルDTP」(著者・松山俊一)から本文を抜粋してまとめたものです。内容に少し加筆編集を加えていますが、概ね原文のまま掲載しました。執筆時期が1992年なので、書かれている内容・情報はかなり古くなっていることにご注意ください

連絡先:アドレス