ミール研究所 MIR МИР

3-2事例4 トータルスキャナをいち早く導入

4つ目の会社は、大手印刷会社の例です。


―― 事例4 トータルスキャナをいち早く導入 ――E社

 E社は、今回紹介する印刷会社のうちでは最も企業規模が大きく、従業員約720人、年商約250億円。東京証券取引所市場(東証)第2部、名古屋証券取引所市場第2部に上場している公開企業である。
 「カラーのE社」と業界内で名高い。あるいは商業印刷の分野で「東のE社、西のN社」と称されるように、カラー商業印刷に強みを持つ業界リーダーの1社である。主力はカタログ、カレンダー、パンフレットなどの商業印刷物で、売り上げの約4分の3を占める。そのほか書籍、ビジネスフォーム、カラー技術を生かした美術書、キャプテン(NTTのビデオテックス・サービス)画像の企画・制作などを手掛けている。
 同社は、生産拠点として本社工場、本社近くに第2工場と立川(たてかわ)工場、千葉に船橋工場を持つ。版下作成から製版、刷版、印刷、製本まで一貫してこなすことができる。1時間3万枚の高速印刷が可能なオフセット輪転機も導入している。
 規模が大きい大手企業となると先進システムの導入も当たり前と思われがちだが、大企業だからといって必ずしもコンピュータ印刷システムのスムーズな導入に成功するとは限らない。一般に企業規模が大きいと、資本力はあっても新たな挑戦は二の足を踏んで出遅れてしまうかもしれないものである。
 だがE社は、日本では最も早い時期に電子製版システム、サイテックスの導入を始めた。すでに10年ほど前、80年代初めのことである。また、91年にはソフトハウスと商業印刷用組版ソフトを共同開発している。
 コンピュータを使った製版システムや組版システムの導入は、既存の業務形態にどうしても変化を迫るものである。大企業には大企業なりの難しさがあったと思われるが、E社の場合どのように業務改革、意識改革を進めていったのだろうか。

(図3-19 売上高、経常利益の推移グラフ)

■攻撃型の業務展開
 同社の設立は1931年(昭和6年)、創業者のM氏(現代表取締役会長)はそれまで百貨店である三越の印刷の仕事を手掛けていたことから、三越へのとの取引関係が強い。現在も三越と富士写真フィルム、三菱銀行が有力な得意先である。百貨店ともなればさまざまなパンフレットやカタログ、それも商品写真が数多く入った印刷物が必要とされる。これら商業印刷物の制作で業績を伸ばしていった。
 1959年に現在本社のある東京都墨田区に本拠を移した。その後、工場の製版・印刷設備を大胆に新型機種に入れ替えたことがある。一般に印刷業者は一度入れた印刷設備は古くなるまで使い続ける傾向があるが、同社の場合、当時から大胆な設備投資をする気概があったようだ。後に70年に千葉に船橋工場を設立し、オフセット輪転機を導入。日本経済の発展の波に乗って、カラー高級印刷物の量産化体制を確立した。その背景として、安定した営業構造を保っていたことが挙げられるだろう。
 こうした攻撃型の行動パターンを続けていたことを考えると、80年代初めに業界に先駆けてサイテックスのレスポンス・システムを入れたことにも全く違和感を感じない。「カラー製版」という同社の強みを生かすためには、当然必要な設備投資であったとさえ思えてくる。少なくとも、前向きな社風がコンピュータ化においても決断を素早くさせたと言えそうだ。
 そもそもレスポンス・システムが発表されたのは79年のこと。カラー原稿をスキャナーで入力してデジタル・データとして保存できること、画面上で色の変更やレタッチを行えることなどが評価されていた。
 サイテックスに加え、後に大日本スクリーン製造の画像処理システム、シグマグラフ2800も導入した。シグマグラフとは、一言で言えば大量処理に適した集版システムで、2800はその上位機種。複数のデザイン・ワークステーションから入力してレタッチや集版を行い出力も並行して行える。正確な用語ではないが、いわば「マルチタスク画像コンピュータ」とでも表現できようか。サイテックスと同様、パソコンとの連係やポストスクリプトRIP対応を可能にするなどオープンな思想でユーザーにあったシステム構築が出来るようになっている。現在、シグマグラフが同社の統合ラインの主力として活躍している。

■商業印刷物の組版には妥協が許されない
 E社が得意とするカタログ、パンフレット類の制作はかなり手間がかかる仕事である。これらの文字版下作成はどうしても手作業に頼らざるを得ない面があった。その一般的な手順を簡単に示すと、図3-21のようになるだろう。文字や図形要素はそれぞれ写植機や作図機で作成する。写真については、必要に応じてトリミングを行う。レイアウトのためのすべての要素が出来上がれば、それらを手作業でレイアウトし、台紙貼り込み(フィニッシュ・ワーク)に移る。これでやっと版下が完成する。

(図3-21 パンフレットの作成)

 数多くの商品データや写真を組み合わせると、体裁もかなり複雑になる。しかも、パンフレットによっては掲載商品の直前の差し替えが入ったり、印刷直前まで価格が決まらなかったりする。このあたりの文字組版を効率化させることが、同社の組版システム導入の意図だった。
 だが、実際にコンピュータでここまで複雑な組版処理を手際良く処理できるシステムはなかなかない。組版システム導入を計画してきた立川工場長のI氏が「商業印刷物の場合、妥協が許されないのです。コンピュータ組版だからと言って不完全な組版をクライアントは認めたりしない」と言うように、要求レベルは高かった。市販のコンピュータ組版システムの多くは比較的ユーザー・ターゲットを広くとり「あれこもれもできます」とさまざまな機能を盛り込みがちだ。その分“最大公約数”を集めたようなパッケージになってしまう。
 実際、DTPシステムを入れて組版やデザインの質が落ちてしまった雑誌や書籍はいくつも見られる。出版印刷物、商業印刷物のどちらにも言えることなのかも知れないが、例えば制作、編集サイドがDTPシステムで作業を内製化する場合は、システムに少々不満が残ろうとも、限界、制限に合わせて組版やデザインの様式を定めてしまえば印刷物の制作を続けていける。だが、受注型印刷業者が今までの手作業のものと全く変わらない質の印刷物を作ろうとすれば、出来合いのソフト、システムでは難しい。コンピュータ・ソフトに市販パッケージと特注ソフトがあるように、その印刷業者のニーズや流す仕事の種類に合わせて“カスタム化”し、特注の印刷システムを用意しないと、なかなか対応しきれないと思われる。
 そこでE社の場合、ソフトハウスと組んでニーズにぴったりしたコンピュータ組版システムの開発を目指した。シンプルプロダクツと共同開発した「WAVE:商印」はこういういきさつから生まれてきたものだ。CAD(Computer Aided Design)ソフトのAutoCADがベースになっている組版システムWAVE:ACADを基礎にして、AutoCADのプログラミング機能などをうまく作り込むことでカスタム化したソフトである。
 ここで大事なのは、特注の組版ソフトを作る時に印刷物や業務の狙いが明確になっていないと、やはり満足いくソフトが出来上がるとは考えにくいことだ。コンピュータのソフトを設計する際にもその狙いや使用をはっきりさせてこそ開発、導入がうまくいくものである。E社の場合、それもカタログ等の商業印刷物を制作するという目的が絞られていたため、コンピュータ組版も成功したと思われる。例えば、商業印刷から出版印刷その他もろもろの仕事がランダムにやってくる中小の印刷業者の場合は、特注であっても、1本の組版ソフトを開発してそれですべての印刷をこなせるとはとても思えない。
 現在E社では、図3-22のような流れでWAVE:商印と電算写植機、画像処理システムを組み合わせている。見れば分かるように、ここでもやはりフォントが一つのネックになっている。具体的には、写研製フォントをこの流れに組み込もうとすると、いったん印画紙で出力して、その版下をスキャナー読み込みしなければならない。電子的に用意されているフォントと使うのであれば、電算写植出力のデータを磁気テープ(MT)などを使って電子的に集版システムに持って行ける。

(図3-22 電子組版システムと電子製版システムの連係)

■熟練工にも甘えは許されない
 画像処理、電子製版システム、電子組版システムの導入により、社内の技術者の役割も変革した。事例3のD社の例と同様に、一人が二役、三役をこなすようになったのである。
 それまで、「文字処理に3年、図形に1年、編集に1年、少なくても5年なければ一通りの業務を修得できなかった。スタッフもジョブ・ローテーションを組んでおく必要があった。だがコンピュータ化によりもっとずっと早くすべての業務を修得できる」とI工場長は説明する。
 当然すぎるほど当然のことだが、コンピュータ・システムで様子が変わってしまうと今までのシステムに慣れていた熟練工から戸惑いの声が出る。しかし「ベテランだからといって新たなシステムに馴染もうとしないのは“逃げ”である」とI工場長は言い切る。ブームに過ぎないものならともかく、コンピュータは必須のものである以上、昔の技術にこだわってはいけないという。その際、
・会社の方針であること
・手作業でできないことがコンピュータならできること
・欧米の事情
・新入社員にすぐに追い付かれるかもしれないこと
などをきちんと説明することで納得してくれるという。

■専業者は情報を持て
 WAVEのような比較的安価なシステムは、外注先である協力会社にも導入を薦めている。協力会社の多くはいわゆる版下作成専業者である。決して系列化するという意味ではなく、
・手作業で台紙に貼り込んでいくより効率的である
・パソコン・レベルの低価格なシステムだから負担が少ない
・専業者として生き残るには、紙の版下を作りだすことだけでなく、コンピュータを通じ情報を作ることが重要である
などを強調している。
 中小の印刷業者ではコンピュータ導入体制が出来ていないところも多いが、一般に「経営者がある程度の電子化知識を持つこと」と「この人だったら任せられるというスタッフを社内に持つこと」を押さえれば、基本的に問題ないとI工場長は見ている。
 92年6月には子会社で教育事業を初めた。WAVE:商印や広く印刷前工程のノウハウなどを実務的に教える教室を一般に向けて有料で開講する。例えば「プリプレス・スクール」と題して1スクール5日間、生徒は数人に絞り、密度の高い教育を行う。スクールの基準をクリアしたもののみに終了証を発行するという。I工場長が教育事業の責任者となった。「せっかくシステムを入れるなら、機械が埃をかぶらないようにしてください」というのが教育事業の狙いである。

■関係会社をISDNでネットワーク
 E社内に設置したWAVE:商印のシステムは7台。外注先には約20台のシステムが入っている。外注先は東京都内に多数あるほか、岐阜や熊本、福島、群馬など遠隔地にも散在する。そこで、特に遠隔地とはISDNで使えるFDトランスファーを用意し、ネットワークで高速送受信する。これも、手作業の時代は考えられないことで、電子化したシステムだからこそできる。
 また、北海道の札幌にある印刷会社、北海道第一製版とは提携関係にあり、東京と同じ大日本スクリーン製造の画像処理ラインを導入し、業務の分担を図っている。東京と札幌の通信は高速ISDNサービスであるINS1500(NTT)を使う予定だ。INS1500なら画像送信にもかなりの威力を発揮するだろう。

(図3-23 ISDNによる各所とのネットワーク)


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コメント (1)

自己レス:
E社2009年3月期の連結売上高は約180億円。従業員数は約440人。最終当期利益は赤字。当期キャッシュフローはプラス(黒)。記事当時と比べると売上高、従業員数とも3割減といったところ。

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この文章は、1992年にJICC出版(現・宝島社)より発刊した「プロフェッショナルDTP」(著者・松山俊一)から本文を抜粋してまとめたものです。内容に少し加筆編集を加えていますが、概ね原文のまま掲載しました。執筆時期が1992年なので、書かれている内容・情報はかなり古くなっていることにご注意ください

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