ミール研究所 MIR МИР

2-2 問題点と役割分担

電子化により、それまで印刷業者がプロとして提供していたサービスの一部が発注者側に移譲されることを意味しました。


2-2 問題点と役割分担

■コンピュータ化の問題点
 印刷工程は互いに関連している。ある一部のみを取り出して電子化しても、発注者、印刷業者にとって全体最適化に必ずしもつながらないことが理解できるだろう。
 以下、問題点をあらためてリストアップした。

●データ入力
 文字入力をどこかで誰かがやらなければならないが、レイアウト情報、組版情報、文字属性情報、図版などのデータもやはりどこかで誰かがやらなければならない。顧客のコンピュータ化に合わせながら効率的なデータ入力工程を持つにはどのように役割分担をすればよいのか。

●フォント
 日本文字の多さが、コンピュータ用書体の充実を妨げている。自社フォントを社外に提供しないフォント・メーカーもある。そのコンピュータ上の制限と、デザイナーが使いたいフォントとの兼ね合いをどうするか。また、校正紙出力で使うフォントと実際の版下出力のフォントに違いがある場合、それが制作物作成の障害にならないか。

●文字組版
 日本語組版に必要な機能として、書体、縦/横組のほか、禁則処理、ルビ、割注などがある。欧文との混在も重要なポイントである。従来の組版、写植は明治以降徐々に進化してきたが、システムを使いこなせるかどうか、習熟した熟練工がどうしても必要だった。ところが、DTPシステムの登場により、“曲がりなり”にならアマチュアの手で文字組みができるようになってきたのである。その「ノンプロ的」組版手法が、以前はプロフェッショナルを要求された編集、制作までまきこみ、見方によっては「組版の基本さえ知らないプロ」を生みだすこととなった。電子化により組版ルールの乱れを招いていると言われる。
 これが熟練工にとってはたまらない。自分たちより質の低い組版技術を前提にした書籍がまかり通り、しかも脚光を浴びる結果となっている。「基本のわかっていない人がコンピュータを使っても混乱が増幅されるだけである」と警鐘を鳴らす専門家も少なくない。
 最近は、印刷の専門家が著述、編集した書物でさえも、パソコンDTPを応用したために文字組版の質が落ちているものがある。コンピュータのシステム的な限界から、例えば日本語文字と欧文の並びがおかしいケースが多々見られる。たぶん、編集している専門家たちも歯痒い思いをしているのだろう。
 しかし、そもそも単一の「正しい」組版ルールというものがどこかで定められているというわけではない。時代時代の機械的制約や立場によって日本語組版のやりかたは常に移り変わっている。運用上の多少の組版ルールの変更は避けられないと見るべきではないか。

●図版、写真との整合性
 図形作成、画像読み込みなどを、どの時点で誰が受け持つか。印刷物の性格や顧客のコンピュータ知識、印刷業者の持つ設備などにより、それぞれ最適な妥協点を見いだす必要がある。

●後工程を巻き込む訂正
 文字にせよ画像にせよ、校正出力後に大幅な修正が入ってしまうと大変非効率な作業を強いられることになりかねない。校正アップ時に原稿訂正の赤字がよく入り、印刷業者はよく苦労を強いられる。本来は修正処理をあとあとまでできるのがDTPやコンピュータ・システムの長所であるはずなのになぜこういう事態になるのか。
 一つは、文字入力時にけっこう間違いが多いこと。もう一つは、クライアントと業者の長年の力関係で、無理な訂正がまかりとおる習慣になっていることだろう。日本の場合、組み直しや修正で印刷業が金を取れないともよく言われる。
 文字校正、レイアウト校正、色校正など校正紙出力、版下作りをどのレベルでどのように出すべきか。それをはっきりさせることが、電子化を進めるに当たっての最も重要なポイントとなるだろう。ただ、長年の間に慣習となった取引形態が、電子化を前にネックとなる危険性がある。

●出力スピード
 これまでの解説ではほとんど触れなかったが、出力機の出力スピードが大きなネックとなることがある。特に、前項の例3でふれたポストスクリプトを介した出力スピードは必ずしも十分でない。
 ポストスクリプトのようなページ記述言語では、線画や文字のデータを解読し、ページ・レイアウト上の位置を計算して1点1点イメージに展開していくことで印刷できる。文字や図形をイメージに変換するソフト(またはシステム)をRIP(Raster Image Processor)と呼ぶが、その処理時間がかなりかかる。

■役割分担について
 デザイナーなど発注者側にとって何よりも重要なのは印刷物の質であり、出来栄えが良くなければ無理をしてでもやり直しをしたいと考える。一方印刷業者にとっては作業スピードを上げること、量をこなすことが重要なファクターだ。両者の指向性は基本的に矛盾するものである。
 それでは、電子印刷の導入に当たって、双方の役割分担をどう考えればよいのか。図2-9に役割分担の例を図示した。図の○印は従来型、△印はDTP利用の例である。もちろん、役割の分担パターンは印刷物の種類や方針によって何種類も存在するが、この例で言うと
・組版業者や写植業者の出番がなくなった
・製版業者の出番がやや少なくなった
・執筆者や編集者の校正直し(修正)作業が少なくなった
・制作デザイナーの仕事が大幅に増えた。その分、自らの意思を的確に反映させやすい
ことが分かる。これらがいろいろな摩擦を引き起こす。

●執筆者、編集者に予想される反応1
 「なに?私がワープロ入力までしなければいけないのか。そんなの私の仕事ではないはずだ」。
 手書きで原稿を書く執筆者の場合、今まで印刷会社が入力してくれていたものを自分でワープロに入力しなければならないことになり、非常に理不尽にとられることがある(※1の部分)。コンピュータに慣れている人にとっては、便利なワープロを使わないでわざわざ手書きをすることの方がよっぽど非効率的に思えるが、まだ世の中はワープロで文章を書く習慣になっている人が多数派であるとはいえない。

――― 図2-9 役割分担図 ―――
図2-9

●執筆者、編集者に予想される反応2
 「後で直しがきくから、まずは適当に書いておいて、後でゲラの時に修正しよう」。
 後で直しが効くという安心感は、従来以上に赤字、ミス、大修正を引き起こす可能性がある。ワープロやパソコンで作成した文章は仮名漢字変換のミスで同音意義語が入りやすいし、しかも画面で見ているだけでは間違いが見つけにくい。時間に終われたときに「とりあえず」文章を入稿してしまい、ゲラが出てきて初めて「本番の」文章を書くという悪い習慣がつくことは避けなければならない。

●制作者に予想される反応
 「電子化したからと言ってちっとも楽にならない。むしろ負担は増えている」。
 電子化によって、校正・修正役が業者から制作者(または編集者、執筆者)に移行する(※2の部分)。そのため、大抵の場合は今まで以上に制作者に完璧さを求められる。「あいまいさ」を許されず、より大きな責任を課せられる。仮に少しくらい締め切りが引きつけられたとしても、心理的な負担が増えたと感じるおそれがある。後で大きなミスを発見すると、締め切り期限を引きつけた分だけ余裕がなくなり、とんだトラブルを引き起こさないとも限らない。
 これについては、「DTPシステムによる内製化により、外注で意図と異なる出来上がりとなってしまうことを防げる。出校してしまったらもう直せないが、それまでなら直前でも自由に修正可能だ」というメリットについて、関係者でコンセンサスを得ておく必要がある。

●組版、写植業者に予想される反応
 「最近の編集者は印刷を知らなくて困る。最終工程まで責任を持つほどプロ意識を持って欲しい」。
 従来型の印刷業の立場から言うと、出版社や編集プロダクションに勤めているなら当然知っているだろう、知っていなければプロとはいえない、という期待を持ちがちだ。だが、製本まで責任もって受け持つという仕事の仕方をする編集者は既に多くない。現実は新しい時代に入ったわけだから、組版なり製版なりのプロフェッショナルとして、そのノウハウを編集者や制作者にサービスするのが仕事だと捉え直したほうが現実的と思われる。
 ましてや一般企業がクライアントの場合は、印刷手順をほとんど知らない可能性がある。それでも、受注する側としてそれに応えなければならない。むしろクライアントがノウハウをサービスできることが、今後印刷業界で成功を収めるための大きな要因と捉えたほうがよいのではないか。
 どういうスタンスで仕事を受注するのか、営業部門と制作部門が前もって社内的に綿密な打ち合わせを行い、スタンスをはっきりさせる必要がある。

●経営者に予想される反応
 「コンピュータを入れたって、作業効率が少しも向上されていないではないか」。
 DTPを導入する一般企業、コンピュータ印刷システムを導入する印刷業者とも、コンピュータを単に現状の業務を効率化する機械と思っては目論見が外れる可能性が強い。定型業務を大量にこなす仕事の場合、コンピュータ導入は間違いなく業務の効率化をもたらす。だが、非定型のOA業務一般について言えることだが、人間の代わりに合理化や効率化を進めるというより、仕事の質の変化に最大のメリットがある。経営者がそのあたりを理解しておくことが、導入成功の一つの要因になる。

■印刷業の経営戦略
 以上を一言でまとめると、「顧客のコンピュータ導入が進むに連れて、これまで印刷業者が受け持っていた業務の一部がスキップされる」とでも表現できようか。
 これまで“組版業者”や“写植版下制作業者”“文字入力業者”という単一の機能しか持たない専業業者でもそれなりに市場で生きていけた。だが、DTPや各種コンピュータ・システムの発達は組版業や版下作成業を不必要にしている。もちろん、それらのサービスに対するニーズがなくなることはないが、よほど技術力が優れていないかぎり、専業業者は脆弱な立場に甘んじることを強いられるだろう。
 では印刷のプロフェッショナルは必要ないかと言うと、そうではない。コンピュータが普及することでアマチュアが印刷の分野に簡単に入り込めるようになったとはいえ、次の点において印刷業を簡単に真似ることができない。
1 デザインから印刷まですべての面において高度なノウハウを蓄えること
2 高価な(高品質な)入出力機器を持つこと
 つまり、今後の印刷業を考える時の基本となるコンセプトは“総合情報印刷業化”だ(図2-10)。組版、写植といった単一事業から横に広く広がった事業への展開が不可欠である。そしてこれらを貫くノウハウとして「紙へのプリント」ではなく「情報処理」機能が必要である。

――― 図2-10 印刷業の業態変革 ―――
図2-10

 企業規模があまり大きくない場合、フットワークの良さを利かせて“少量多品種印刷型”を目指すのも有望である。
 もし情報処理ノウハウは不十分だが資金力はあるという企業の場合、大胆な設備投資により高品質出力機器を装備する戦略が考えられる。特に製版関連の各種機器は、出力サービスのニーズもある。同業者からの発注もかなり期待できる。ただ、この場合もある程度の情報処理ノウハウを持つことは絶対必要な条件と言える。
 総合情報印刷業までの企業力を持つのは絶対に無理とする業者ならば、ある専門分野については世界一と自負できるほどの技術力を持ち、“最高技術力型”企業となることが求められる。従来のような手動の写植、版下貼込などの技術はこれからもある程度は必要とされ、こうした技術を持った業者もわずかながら生き残ると思われる。
 総合情報印刷業化、最高技術力型のどちらも無理となるならば、印刷業として最後の砦である製本・加工機能を持つことが次善の策となる。遠い将来は分からないが、さしあたっては輪転機を回して製本業務まで内製化する一般企業は少ないと見込まれる。高い付加価値を実現できるかどうかに注意がいるが、最終工程を握っていることで、印刷前工程は侵食されても受注体制は保つことができる。
 全体的にみて、労働集約型産業だった印刷産業が知識集約型産業に変革している。


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お知らせ他

この文章は、1992年にJICC出版(現・宝島社)より発刊した「プロフェッショナルDTP」(著者・松山俊一)から本文を抜粋してまとめたものです。内容に少し加筆編集を加えていますが、概ね原文のまま掲載しました。執筆時期が1992年なので、書かれている内容・情報はかなり古くなっていることにご注意ください

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