第4章は、1992年の世界から見た、その5年~10年後の将来予測の話です。今から振り返るとすでに5年~10年前ということになってしまいます。
第4章 電子出版の将来像 4-1 電子化された印刷物■電子出版の種類
これまで研究してきたさまざまな事例の中にも、「印刷は人間のコミュニケーション手段である」とか「ドキュメンテーション技術の一部である」といったように、紙媒体への印刷だけでなくもっと広概念で印刷をとらえ直している意見がいくつもみられた。電子出版は、印刷業の業態や企業内印刷のあり方に変革を招くとともに、紙媒体以外のメディアに簡単に情報を転用する傾向を促している。この章では、印刷電子化のすぐ先にある「電子媒体への印刷」について、その将来像を考えてみる。
紙媒体の威力は今後も衰えることはないと思われるが、近い将来、電子媒体への印刷物は間違いなく増えるだろう。既に、辞書やタウン情報、有価証券報告書、判例集など、電子出版物や1992年時点で500タイトルを優に越える。
電子出版は、大きくパッケージ系と通信系に分類できる。パッケージ系とは、CD-ROMやICカード、フロッピー・ディスクといった記憶媒体に情報を格納し、それをパッケージとして一般ユーザー(読者?)に届ける方法。従来の出版物で言えば書籍や音楽レコードがパッケージ系に位置する。一方通信系とは、文字通りネットワークを介して遠隔地に情報を伝達する方法のこと。無線によるテレビやラジオ、有線では電話や有線放送が通信系にあたる。電子出版と言うとパッケージ系のみを指すこともあるが、ここでは両者を電子出版、電子出版のジャンルとして考えることにする。
現在、パッケージ系電子出版で最も主流となっている媒体はCD-ROM(compact disc-read only memory)だ。音楽CDと同様の12cmディスクの中に540MB(メガバイト)、漢字にして約2億7000万文字ほどの情報を収録できる。やや小型で8cmのCD-ROMも普及している。CD-ROM出版物は安いもので2000円、高いものでは数百万円という値段がついている。(図4-1 電子出版の種類)
■実用性問われる電子出版物
CD-ROMを媒体にして現在市販されている電子出版物は、ほとんどが出版印刷のジャンルに入るものである。一般に使われている電子“出版”という言い方も、印象として書籍や辞典等の印刷のイメージを持たせている。
出版印刷物を電子媒体に収める意味は何か。その第一は、情報が電子化され、検索のためのキーが情報の中に埋め込まれており、データの二次利用やランダムな検索が可能になことだろう。紙という直線的な媒体に比べ、CD-ROMに限らず電子媒体はどれも非直線的に、ユーザー(読者)の求める方向を追従していける強みがある。「ハイパーメディア」すなわち縦横無人に情報のジャングルを飛び回り必要な情報にたどり着ける。データが膨大であるほど、紙では味わえない利便性が明確になる。
そう考えると電子出版は良いことづくめのように思える。ところがその反面、電子出版物は実用的でないと常に批判されている。と言うのも、CD-ROMやICカードのような電子出版物は、人間の目で中身が見えないという大きな欠点がある。電子出版物を読むには、その中身を読み出す検索機すなわちパソコンや小型情報機器としてのハードウエアと、電子出版物から情報を探し出す検索ソフトが必要である。電子出版物を読む機械のことを「ブラウザー」(ページめくり機)と呼ぶことがあるが、とにかくブラウザーなしにはせっかくの電子出版物も“ただの板”になってしまう。しかも、何か標準的なブラウザーが一つ定まっているわけではないし、まだまだブラウザーの操作性が十分に成熟しているわけでもない。
電子出版が成り立つためのハード面の条件としては、次の2点が欠かせないだろう。
(1) 標準的ブラウザーの存在
(2) 紙に匹敵するほど手軽に手に取ってみれる操作性
そしてソフト面から見ると、辞書や情報リストだけでなく、今後カタログやパンフレットなど商業印刷の内容が電子化されるかどうかが一つの条件になるのではないだろうか。
ここでちょっと、想像力を働かせて未来を描写してみよう。●想定未来像その1 (名称等はすべてフィクション)
199×年某月、カタログ訪問販売で急成長したジャパロード社は、自社の顧客のうち希望者に、無料でベガ社の小型ゲーム・マシンを配る大胆な作戦に出た。ベガの新機種「ベガジェット」は、ゲームはもちろん、ビジネスマンや主婦層に役立つ情報提供を目指したブラウザー機能も持っている。
それまで数多くの電子出版物が発売されてきたが、新し物好きの電子玩具としてしか受け入れられなかった。そこで、ジャパロードでは電子カタログをベガジェット用として大量に制作した。画面上で指示をすれば通信回線を通じて商品を申し込むことが出来るため、ジャパロードは売上増を見込める。ベガジェットと電子カタログはジャパロードの販売普及員の手からクチ込みで次から次へと伝わり、それまでの電子出版物とは比べものにならないくらい大量に出荷された。この電子カタログが、電子出版物のエポックメーキング的な存在として認められ、ベガジェットはダイレクト・マーケティングを行っている企業にとって、カタログ等情報提供をするために欠かせない標準的ブラウザーとなった。
その後、パンフレットやカタログ印刷は、電子カタログ化されるのが当たり前になった。(図4-2 電子カタログのしくみ)
■電子出版の問題点
これまでにもパソコンで読める電子カタログとオンラインで注文のできるソフトは大手百貨店が実際に配付して実現している。だが、一般に普及するまではいたっていない。何よりも、いかめしいパソコンを使って難しい操作をしなければならないし、画像もそれほど鮮明ではない。だが、技術的な進歩さえ見込めれば、商業印刷物が電子化される可能性は十分ある。あくまでも想像上の話だが、本のような出版物より、データやカタログのような商業印刷物の方がより実用化しやすいとみる見方がある。実用化しやすい商業印刷物から電子出版(電子出版)が一般化すると予想しているわけだ。
ここではブラウザーとしてゲーム・マシンを想定したが、電子手帳のような情報機器、コンピュータ・メーカーが開発中の小型パソコン(例えばアップル・コンピュータのNewton)など標準ブラウザーとなりうる機器はいくつかある。
商業印刷、出版印刷に限らず、電子出版物の作成の考え方はそれほど難しくない。これまで紙媒体で作成していた印刷物なら、その内容を電子媒体に移すだけだ。と言ってしまえば簡単だが、実務上はさまざまなトラブルも起こりがちである。
図4-3はある一般誌の例。雑誌制作を電子化し、内容をCD-ROMとしても出版することにした。文章や図版をデータベース化し、それを紙媒体と電子媒体へ“印刷”する工程を組んだ。だが、雑誌の締め切り直前に修正が生じた時、元のデータを直していてはとても時間的に間に合わない。つい版下等を直接貼り代えてしまうことになった。結局CD-ROM出版物の制作時に、直前修正部分を見付け出して再修正するハメになってしまったという。(図4-3 雑誌のCD-ROM出版)