ミール研究所 MIR МИР

3-1 導入状況

第3章の事例研究が本書の中心となる部分です。以下、印刷業者側の事例6社、一般企業側の事例3社、計9つの事例について取材した結果をレポートしました。


第3章 事例研究 3-1 導入状況

■印刷と一般企業の電子化競争
 第2章で、コンピュータ印刷システムの概要を説明した。繰り返しになるが、とにかく電子出版の導入は単なる作業効率のアップを意味するものでなく、むしろ導入によって引き起こされる印刷業務の変化を引き起こす触媒になっていることが重要だ。
 制作プロダクション、広告代理店、出版社のみならず一般企業が電子編集、DTPシステムの導入を図ることで、印刷の領域を侵食していく。一方、印刷業者も総合印刷業の道を歩んだり、情報処理に活路を見い出したり、マルチメディア化を目指したり、得意分野を確立することで企業競争力を高めたりと、ここのところ各社の動きは急である。
 まず印刷産業全般をめぐる最近の動きを確認しよう。

(図3-1)

■大手、中堅印刷業者
 印刷業では、言うまでもなく大日本印刷と凸版印刷の2社がガリバー的存在として君臨している。業界シェアでは大日本印刷が13.4%、凸版印刷が11.0%(日本経済新聞社シェア調査)で売上高では大日本の方が上だが、凸版印刷もビジネスフォーム専門のトッパン・ムーアなど関連会社を多く持ち、全体として両雄はがっぷり組んだ競争をしている。
 両社とも、CD-ROM等の出版、デザイン分野への進出を含め、多彩な活動をしており、電算化においてももちろん他をリードしているのは間違いない。大掛かりなプロジェクトで多額の投資も必要となると、これら大手でなければなかなか引き受けられない。
 ただし聞くところによると、企業規模が大きい分、小回りを利かせたいプロジェクトはあまり向いていないというのがクライアント側の反応としてある。両社は商社のようなものである。その特徴は総合力、コーディネーション・スキルにあり、専門性ではない。現実に、両社をはじめとした大手印刷会社から中小の各印刷会社に様々な形で業務が依託され、業界内でさまざまな取引関係が成り立っている。
 電子出版についても、小口クライアントごとに合わせた細かなサービス、カスタマイズ・ソフトの開発などになると、大手よりむしろ中小印刷業の方がフットワークが利かせやすいと思われる。一般論で言うと、発注者がそれぞれのニーズに合った専門性を持つ中堅中小の印刷業者を探し出すことが出来れば、商社的体質を持つ最大手より話が通じやすいと言える。
 最大手2社に続く中堅どころは、売上高で100億から1000億程度の企業群。従業員2500人規模の共同印刷、関西で大手の東洋紙業(大阪)、出版印刷が中心の図書印刷、商業印刷では日本写真印刷(京都)、三浦印刷(東京)。タグ・ラベルなどPOSに強い野崎印刷紙業(京都)、カラー印刷の光村原色版印刷所、パッケージ総合メーカーの古林紙業といった印刷会社がひしめく。
 このうちいくつかは、総合印刷会社の性質を持ちながらもそれぞれ得意分野を持っている。コンピュータ化についてももちろん積極的で、最大手2社ほど各分野に渡ったシステム導入はしていないものの、得意分野を中心に最先端のシステム導入を進めている。

■中小零細印刷業者の現状
 一般印刷業だけでも全国に3万社以上、軽印刷業、関連業種を含めると約4万5000社あるとされている。うち大半が中小零細企業。全事業所が約4分の3が従業員9人以下と工業統計で示されている(表3-1)。

(表3-1)

 印刷業は景気の波を受けやすい産業であり、1987年以降の平成景気の時代に順調に売り上げを伸ばした企業も多い。また、都市部で印刷業を営んでいる印刷業者の場合、地価高騰の恩恵を受けて工場や事業所の近代化を進めてきた傾向がある。とはいえ、電子出版、印刷物の多品種少量化、納期短縮の流れといったトレンドに対応し事業の高付加価値化を目指さない限り、今後の経営が苦しくなるのは必定だ。印刷業の数そのものは減っている。
 若者の文字離れが出版印刷、特に書籍の印刷量に影響を与えている。出版印刷では主として雑誌は大手印刷会社が、書籍は中小が手掛けるケースが多いので、文字離れの影響を大きく受けるのは中小印刷業であると言われる。
 また、印刷産業は装置産業であり、中小に限らず多額の設備投資で印刷機器を備え、それを償却し尽くすまで、あるいは「骨までしゃぶる」と言われるほど長期間使い続けることがあたりまえであった。そのため、最新設備の導入は必ずしも活発に行われているわけではない。印刷機器メーカーからの出荷を見ると、例えば手動写植機の出荷は激減し電算写植機やコンピュータ組版システムが伸びているが、印刷現場ではかなり古い機器を使い続けているのが現実である。
 ただし、特に写植機メーカーが専用システムとして提供していた入力、組版機器については、既に触れたようにパソコンのような安価なシステムで代替が利くようになってきた。出力機はそれなりに金額が張るものが多いが、従来よりずっと安価にパソコンやワープロ、ワークステーション・レベルのDTPシステムを印刷工程に組み入れることで、電子出版を比較的簡単に実現できるようになっている。要はコンピュータ運用の知識とマインドさえあれば良いわけである。大手印刷業者より小回りの利くというメリットを生かし、中小企業ならではの高付加価値印刷業への脱皮を果たすことが出来るチャンスと言えるのである。

■印刷業界のトレンド
 こういった状況を受けた印刷業の“拡印刷化”“脱印刷化”の動きをいくつか挙げてみた。

●地方分散
 都市部で営業する印刷業者で、地方都市に制作拠点を持つ傾向がかなりはっきり出ている。全国に事業所を置いたり地方の製版会社へ資本参加して、それぞれで版下などを作成する。例えば都内の企業の場合、営業拠点は都内においたまま、北海道や東北、甲信越地域に事業所を置いてそこで組版や製版、版下制作の部隊を組織するわけだ。
 制作業務の地方分散が進む最も大きな理由は人員不足である。地方で優秀な人材を確保するほか、オフィス賃貸料が安い地域で作業スペースを確保することができる。NTT(日本電信電話)が提供するISDN(統合サービス・デジタル網)の「INSネット」が全国で整備され、通信インフラが格段と整備されたことも地方分散をやりやすくしている。

●プリント・ショップの展開
 パソコンやワープロで作成したデータをもとに、その出力(プリント)を一般向けにサービスするプリント・ショップが、90年代に入って急増してきた。その多くは、従来印刷業またはその関連業種を営んでいた企業群である。
 米国では80年代半ばに既にプリント・ショップが広がり、DTPの普及にも大きく貢献した。日本では、第2章で触れたように電算写植出力を簡単にできる環境が整っていないため、プリント・ショップが力を発揮するケースはそれほど多くなかった。だが、マック(Macintosh)やMS-Windowsで高品質な出力を得ようとするニーズが高まると同時に急速に店舗展開をする動きが速まった。マックから印刷できるレーザー・プリンターやライノトロニクスへの写植出力機、サイテックスなどの製版システムへの出力がプリント・ショップの主なサービスになっている。写研製電算出力機へのデータ変換と出力サービスも行っているところがある。
 今後、写植出力機はもちろん、各種電子製版機のインタフェースがオープンになりコンピュータとの連動が増えることで、プリント・ショップのニーズはさらに高まるものと見られる。一方で、いずれ過当競争の時代に入ることも予想される。米国全土にプリント・ショップを展開しているキンコーズも住友金属鉱山と提携して日本での店舗展開を計画していると伝えられている。

●ソフトウエア業への進出
 電子出版を進める上で当然とも言えるが、ソフトウエアの開発、販売に踏み出す印刷業者は珍しくない。一般ソフトウエア業ではなかなか手掛けない印刷システム用プログラム開発、または個々の印刷関連アプリケーション向けにデータ処理を請け負う仕事である。

●システム販売への進出
 ソフトだけでなく、コンピュータ印刷システムの販売代理店となりシステム販売をする印刷会社は数多い。自社で直接販売せずとも、販売子会社を設立することでシステム販売に進出している。
 ソフトハウスやメーカーと印刷関連システムを共同開発し、その成果である印刷システムの販売を目指すケースもある。例えば、中堅印刷会社の三浦印刷は、商業印刷向け組版ソフト「WAVE:商印」をソフトハウスのシンプルプロダクツと共同開発し、両社とも販売を行っている。ほかに、コーエイグループはソニーと共同出資で新会社ニューズキャスターを設立し、ソニーのワークステーションNEWSを使った商業印刷向け写植組版システム「NewsCaster」を開発、販売している。

■一般企業の動き
 一般企業では、制作・デザイナーにグラフィックス・システムが普及してきた。制作プロダクション、編集プロダクションが特にマックを本格導入する例が増え、それを印刷物に応用できないか模索している。ところが、マック(と言うより標準的ページ記述言語のポストスクリプト)をめぐる印刷環境は十分に整備されていていないので、主流になるまでは至っていない。
 ただ、マックに限らず印刷業者側に電子出版のノウハウが十分備わっていないため、マインドのあるプロダクションや一般企業は自力で電子出版システムを組み上げようとしている。特に、若い社員の多い企業では、従来型の印刷形態(例えばフォントや校正手順、普通紙による版下)をこだわりなく改革し、結構合理的な編集・印刷システムが出来上がる可能性がある。その際、それまで取引をしていた印刷業者が不要になっていく。
 こうした草の根的に発生する電子出版だけでなく、印刷作成業務の内省化を進める大手企業は少なくない。大手企業の場合、数千万円の写植出力機ならそれほど無理なく自社で購入してしまうことがある。ごく一例で言えば、サンリオは商品に印刷する絵の版下や商品カタログの作成に自社開発の版下作成システムを開発した。CG(コンピュータグラフィックス)システムで作成したデザイン画の版下作成または直接製版ができ、版下作成にかかっていた費用を大幅に低減できるようになったという。

 業務展開の方法は、企業ごとに事情が異なるとその方針も当然異なる。一般論だけでは説得力も十分ではないと思われるため、以下では実例を基にシステム導入、業務改善のいきさつを研究してみたい。


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お知らせ他

この文章は、1992年にJICC出版(現・宝島社)より発刊した「プロフェッショナルDTP」(著者・松山俊一)から本文を抜粋してまとめたものです。内容に少し加筆編集を加えていますが、概ね原文のまま掲載しました。執筆時期が1992年なので、書かれている内容・情報はかなり古くなっていることにご注意ください

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