言葉のアンケートに頼らざるを得なかった立場の人たちにとって、客観化された脳の反応は頼りにしたくなるはずのものです。科学者ではなくビジネスの立場、あるいは広告の立場から、いくつもの書籍が出版されてきています。
〔「買い物する脳」「脳科学から広告・ブランド論を考察する」〕
■ニューロマーケティングで消費者の本音はつかめるのか
広告というものは不思議なもので、テレビCMなり吊広告なりを「実際に見た」ことと「見たような気がする」ことと、違いがでます。また、意識の上で「好印象を受けた」ことと無意識の中で「拒否感を持つ」こととが同居していたりして、消費者の本音というものがなかなかアンケートなどではつかみにくいものです。
そんな消費者(視聴者、利用者)の反応を言葉ではなく身体の変化で確認することは、商品やサービス、ブランド、クリエイティブの質を測定する一つの重要な要素です。過去、(脳波を除けば)人の瞳孔の動き、脈拍・呼吸、皮膚の電気反応くらいしか物理的な測定ができる手段はなかったかもしれません。記事「身体を測る 11-脳の非侵襲的測定」で書いたように脳内の活動度を直接的に細かく測ることができる機械が発達し、広告やマーケティング関係者がこれらに目を向けないはずはありません。「ニューロマーケティング」と呼ばれています。
冒頭の2冊はいずれもこの分野に関するテーマの本です。
■日本の広告代理店も関わるビジネスの本
左の本は、ニューロマーケティングをビジネスにしている米国の会社の経営者が書いたものです。研究者ではなく当該ビジネスに携わっている方自身の著なので、当然ながら自社PR的要素が頻繁にでてきますが、内容としては理解しやすい事例が多数挙げられています。
たとえば買い物をするときにはミラー・ニューロンという脳の一部が反応し、ドーパミンに促されて「つい買ってしまう」ということになるのだとされています。会社のロゴより、商品を連想させる画像を見せることの方がよりその商品への購買意欲をかきたてるとのことです。また、携帯(ノキア)の有名な着信音が、ブランドと良い相乗効果を起こすというより、むしろ否定的な反応を強く起こしたという結果は、興味深いところです。タイミング悪くかかってきた電話などの経験と着信音が結び付けられてしまい、かえって不快感を呼び起こされてしまうとの分析です。
「買い物する脳 驚くべきニューロマーケティングの世界」
【マーティン・リンストローム(著)、千葉敏生(訳)、2008年、早川書房】
この著者の会社は、日本では大手広告代理店の博報堂が提携しています。fMRIと脳波計(EEG)を用いたニューロマーケティングのビジネスを広げようという目論見のようです。
■無意識的なプロセスを喚起する広告とは
右の本は、国内のアートディレクターによりまとめられたものです。広告人的な表現も交じっているためか言葉の定義が多いためか全体的に少し読みにくい感触がありますが、従来型マーケティングに携わってきた人に新たなヒントが示されるかもしれません。
たとえば日本の広告界では「広告を確かに見たか」といった意識的な注目率をチェックはしても、人の「情動」に深く関わっている無意識的な認知プロセスは無視されがちだとこと。その「無意識的な認知プロセス」はほんの数ミリ秒という短い時間で形成される、といった仕組みが解説されています。採り上げられている広告のほとんどはかつて著者が制作したもので、いくつか実際の広告効果が提示されています。
「脳科学から広告・ブランド論を考察する」
【山田理英(著)、2007年、評言社】
この2冊に限らずニューロマーケティングについては、医学的な知識がないと理解しにくい説明や著者の基本的な考え方によって互いに矛盾するような解説もあります。まだまだこれから解明されていく要素が多いのでしょう。いくつかの仮説はこれまでは検証不可能だったかもしれませんが、脳科学のツールの進歩により証明できるようになっていくのかもしれません。
■仮説を客観的に検証できるかも
もっとも、科学者ではない立場から書かれているこれらの主張や活動は、真摯な脳科学者にとって“噴飯モノ”のところも多いでしょう。前回の記事で触れた“神話”もどきがあちこちに垣間見られるからです。
しかしビジネスや広告の現場にいる人にとっての価値観は科学者とは異なります。いくら科学的に正しいことであっても実務から離れた真実はほとんど役に立ちません。一方科学的には曖昧だったり矛盾したところやいいとこ取りがあったりしても、現場で役立つ道具には大きな価値があります。本質的に両者が異なるということはないはずですが、現実にはどちらの見方をするかでとてつもなく大きな溝があるといわざるをえません。
広告に対する脳の反応パターンを単純に測っても、何も見出すことができないか、少なくとも無限に近い選択肢から何かを発見するかのような意味のない研究になってしまうでしょう。しかし一方で、あらかじめ何らかのマーケティング仮説または調査の手がかりを持ち、それを検証するために脳の反応を調べるということであれば、ニューロマーケティングの手法を用いることで有効な判断ができるのではないかと考えられます。