人材活性化と個人のキャリア自律

「社内で人材を育て定年まで企業が面倒見る」といった人材管理のあり方はとうに崩壊しているはずですが、そのわりに企業の人材流動化が進んでいないことが日本経済の一つの課題とされています。要因は、組織・企業側にも、個人の意識の側にも、どちらにもあるようです(経産省のシンポジウムより)。

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[シンポジウムの資料抜粋]

■産業構造の変化に応じた人材流動化の必要性
“組織人材の活性化”と“個人の自律的なキャリア形成”を促す経産省の政策で「多様な『人活』支援サービスの創出・振興」というものがあります。事業の詳細や成果については、経産省のサイトでご確認いただくとして、ここでは先月行われた成果発表に位置付けられるシンポジウム
「新たな人材の流れを促す『人活』支援サービスの可能性~ミドルの自律的キャリア形成と移動がもたらす企業価値の向上」(Mar.18, 2014、主催:経産省、事務局:みずほ情報総研)
より、いくつかメモを書き出してみました。

この事業は、民間の人材紹介等会社を介し、「人材が豊富な経済セクターから、その人材の力を必要としている経済セクターへの、人の移動促進」を促すようなサービスの成功事例をつくろうという試みです。

あえて語弊のある表現をすると、次のような狙いがあるといえます。
・大中企業が持て余している40代~50代ミドルを、中小企業へ転職させる
・成熟企業に定年までしがみつこうとする社員を、成長産業へ転職させる
・組織の都合優先でヒトを考える企業に、個人主導のキャリア形成策を考えさせる
・社内育成した人材の外部流出に消極的な企業に、外部を含めた人材戦略を考えさせる

■政府予算を使った、丁寧な“お見合い”
この事業はH24年度に調査研究がまとめられ、その後に実証事業を展開。昨H25年度に3.5億円、今年度は2.9億円の政府予算がついています。H25年度は実施事業者(サービス提供会社)が8社、プログラム参加者(転職または出向を検討し、研修に参加した人)が約150人、受入候補企業(転職先または出向先として手を挙げた企業)が約270社・約400ポストだったとのこと。

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[『人活』支援サービス創出事業の概要]

単に転職希望者と求人案件を集めるだけではなく、例えば、
・海外勤務経験やグローバルな事業展開に関わった経験がある人
・新規事業創出や事業撤退などの修羅場経験がある人
といった人材条件を決めて、
・主に大企業の人事部門にもちかけて出向希望者を募集
・参加者に「学び直し塾」や「成長分野実践研修」といった研修プログラムを実施
・一つひとつの案件に対して丁寧にマッチング提案をする
といったステップを踏んでいます。その結果、実施事業者のうち(株)インテリジェンスでは11人、(株)パソナでは3人、実際に成約に至った模様です。

シンポジウムでは、守島基博一橋大学教授の基調講演、経産省からの政策背景説明、実施事業者からの成果発表、そしてパネルディスカッションが行われました。パネルディスカッションでの登壇者は以下の通り。
(ファシリテーター)
 原正紀 氏(クオリティ・オブ・ライフ 代表取締役)
(パネリスト)
 守島基博 氏(一橋大学教授)
 高橋俊介 氏(慶大特任教授)
 平岡智信 氏 (インテリジェンス キャリアディビジョン 再就職支援事業部長)
 堂前隆弘 氏 (パソナ グローバル事業部 チーム長)

議論で出た発言を、発言者省略でいくつか下に記します。
(※以下は正確な発言そのものではなく、複数の発言趣旨をまとめたり、表現を調整していることをお断りします)

■社員の転職が外部ネットワークを広げる

この事業がアウトプレースメント(不要となった人材の削減)とは違うのか、という質問がよく来る。次の2点で違う。
 (1)組織として不要な底辺を押し出すことが目的ではない。組織として必要な優秀な人材でも、場合によって、大きな観点から流動化させることを意味する
 (2)組織が社員に約束していたはずの雇用契約を破るような(肩たたきのような)転職勧告ではなく、雇用責任は重視したうえで、人材戦略に沿って展開する

転出元と良い関係を保って外に出る(転職する)人材が一定程度いる会社は、外部ネットワークができやすく、長い目で見て組織としてのメリットも大きい。
一方、退職率が高いといっても、元の組織と良い関係が築けないまま退職させてしまう企業は、(ブラック企業的であり)良い訳はない。
ミドル以降の年齢になると、(転職による)採用機会が本当に少ない。それを整備する中でわかるのは、中小企業が大きな受け皿となりうること。海外進出などを目指し、グローバル人材を求めている。
求職側(受け入れ側)からの引き合いがある一方、転出元企業(またはチャレンジする人)の方が少ない。

■多様なキャリア形成
受け入れ側の中小企業にも、ダイバーシティ対応が問われる。つまり異文化で仕事をしてきた人材を受け入れられる環境がないと、せっかくの転職者(出向者)を生かせない。特に若い成長企業の場合、年配・ベテランをなかなか使いこなせない。逆に、これに対応できると、成長企業にとって大きなプラスとなるだろう。

現在のミドル個人個人は、自分のキャリアを自分でデザインしにくい時代になっている。そのためか、非常に功利的に(損得の問題として)キャリアを考える傾向がある。キャリア自律という言葉を大いに誤解しているのではないだろうか。若いうちから自ら仕掛けていく経験を踏むことが必要か。
研修では、語学や財務のようなスキル研修より、自己理解研修といった内容への反響が大きかった。今までキャリアの棚卸しをしたことがなかった人が多かったためと思われる。

転職は、決してドロップアウトでなく、多様なキャリアの一つであると捉えるべし。
産業構造の変化により、多人数の職種転換が必要となる。何も対策せずにいると、今の40代くらいの世代はあと10-20年経った時に(居場所がなくなり)、大問題になリかねない。

■企業の人材戦略の考え方が問われている
特定の技術知識・市場知識を身につけさせることは、(研修により)対応可能なことが多い。一方、もっと抽象性の高い能力(例えば、その人の持っている意識・性格に強く関連する部分)は、すぐに身につけられないものである。マッチングにあたっては、その見極めが重要。
マッチングにおいて重要なのは、“思い込み”をしないこと。個々の人ができる仕事の内容を分解し、例えば「ある地域で発揮した能力を、他の地域でも応用可能」と判断できることがある。
“To Be Hired”的(あるべき人材能力を厳格に規定してそれに合う人のみを採用する)な人材採用ではなく、今いる人材をこうして活かしていけばよいではないか、という提案がもっと必要だ。

人活産業としては、求人マッチングそのものより、その前工程部分(企業に対する人材コンサルティングや、就業者のキャリア自律支援)にどう取り組むべきかが重要となるだろう。

  *   *   *

以上、あまりまとまっていませんが、もっとあってしかるべき人材流動化に対し、企業側にも個人側にも課題があることがわかります。個人的な感想として、
「企業は、社員を強くコントロールできて当然などと誤解してはいけない」
「個人は、キャリアを積み上げる責任が自分自身にあることを意識せよ」
といったメッセージが聴こえる気がします。